異世界に来てから何度も戦ったけど、真っ向勝負ってほとんどしたことないなぁって気付いた
現在の状況はこうだ。
防衛線は未だ突破されておらず、今も私たちは魔獣を相手に戦っていた。
今のところは損害も少なく、負傷者はいても死者はまだ出ていない。
1つ目の群れを防ぎきってかなり善戦しているけど、状況は予断を許さない。
自警団や冒険者の皆に疲労が見え始めているけど、次の群れが目前に迫っている。
この群れは損害ゼロでしのぎ切るのは無理だろう。
でも、私達には一つだけ希望があった。
いつもふざけていて頼りないけど、小細工でなんとかしちゃうあのお調子者だ。
もう少し頑張れば、もしかしたらなんとかなるかもしれない。
ならないかもしれない。
あんな頼りない人でも希望がないよりはずっとマシだ。
しばらく戦っていると、上流から太鼓の音とあの声が聞こえてきた。
「ウェ~イ!祭だ祭だー!袖振り合うも他生の縁、躓く石も縁の端くれ!」
上流から流れてきたのは、水上輸送に使われている筏だ。
その上には小さな櫓が組まれており、そこにはよく知った人物が乗っていた。
筏を操舵しているのは定食屋のマスター、
太鼓と鐘を鳴らしているのは市場のオバちゃん。
二人は非戦闘員として上流の集落に避難していたはずだ。
植井くんの呼びかけに応じて川を下ってきたんだろう。
そして、筏の上に組まれた櫓の上にいるのは……植井君だ。
「共に踊れば繋がる縁!この世は楽園!!悩みなんざ吹っ飛ばせ!!」
植井君は筏に乗せられた大量の塊を次々と川岸に投げている。
彼が何を言っているのかは私にもよくわからないので気にしないでほしい。
「笑え笑え!ハーハッハッハッハ!!」
私達と魔獣の間をお祭りのように通り過ぎる姿はかなりシュールだ。
この異常な光景に敵も味方も驚き戸惑い、時が止まったように固まっている。
積荷を全て投げ終わった植井君は櫓の上に立ち、
人差し指を高く掲げてポーズをとる。
そのポーズはお父さんが見ていた古い海外映画で見たことがある。
サタデー・ナイト・フィーバーだ。
ああ、なんて……なんてダサいんだろう。
しかしこの合図で防衛線に活気が戻り、一斉に次の行動へと移る。
火の魔法を使える魔法使いは詠唱を始め、そうでない者は火矢を弓につがえる。
そのどちらでもない私は火炎瓶だ。
遅れて現れたヒーローは天高く指を立てたまま大きく息を吸い込み、お馴染みのあの言葉を叫んだ。
「ウェーーーーーーーーイ!!!!
あんなに嬉しそうな“ウェイ”は久々に聞いた気がする。
私がコレまで何度も助けられた、お調子者の“ウェイ”だ。
合図と同時に、植井君が川岸に投げていた謎の塊に向かって
火が放たれて瞬く間に燃え移り、立ち上る白煙が周囲に広がった。
東へ吹く緩やかな風に運ばれた白煙は徐々に魔獣の群れを包んでいく。
すると魔獣の群れは統率を失ったように混乱して半数以上が逃げ出していった。
もちろんこれは普通の煙ではない。
「ウェイウェーイ!みんな待たせたな、真打ち登場だぜ!」
筏から上陸した植井君は、ギルドで分かれた時とは違って晴れやかだった。
私達が苦戦を強いられている時に、まったく呑気なものよね。
実はこの作戦について、この場にいる全員が手順を理解していた。
1つ目の群れのピークが終わる頃に、戦況の詳細と作戦が頭に流れ込んできたのだ。
“ウェイ”の声は耳に届いていなくても、その思いはこの場の全員に届いていた。
「ウェイくん、遅いよーっ!本当は来ないのかと思ったー」
「リュータが助けに来ずともワシだけは無傷で終わるがの、カカカ」
ゴザちゃんもアネモネちゃんも、植井君の顔を見て少し表情が柔らかくなった。
命がけの状況が続いてて心の余裕なんてなかったもんね。
「ようウェイ、本当に全部上手くいくんだろうな?」
「まったく遅いんだよ、終わったら一杯奢れよな」
冒険者の皆にとってもウェイ君の登場は一呼吸つくためのいい機会になったようだ。
「ってウェイくんくっさ!!!!それ以上近寄らないでくれるかなっ!?」
「おいおい、そんな冷たい事を言うなよ、コレは状況打開の鍵なんだぜ?」
実は、私は既にこの強烈な匂いの正体に気付いている。
植井君が「ある地域ではコレを乾かしてレンガを作るらしい」とか「農園の肥料になるかも」とか言って裏庭に溜め込んでいたアレだ。
「お前さんに言われたと通り火をつけたが、あの塊は何なんだ?」
他の冒険者は知らないのも無理はないよね。
「アレかい?聞いて驚け!中型魔獣の乾燥ウンコだ……ッ!!!」
全身ウンコまみれでカッコつけられても、イマイチ締まらない。
ある程度乾燥させたとは言っても、中の方はしっとりしている。
手や足だけじゃなく、服や顔までウンコ、ウンコ、ウンコ……。
お食事中の人がいたら、ごめんなさいね。
しかし野生の動物、特に魔獣は匂いにとても敏感だ。
糞尿は縄張りを知らせる警告サインとしても使われ、下位の獣は自分より上位の警告サインを本能的に避ける傾向にある。
これは以前、炎狼討伐の作戦会議でマジハ村長から学んだことだ。
水分を含んだフンは燃やすとかなり煙が出るけど、この際に匂いは何十倍にも強まって広範囲に広がっていく。
ゴリサンもボブもモーフも、現在迫ってきているどの魔獣よりも上位の存在だ。
そのフンの匂いは小型の魔獣にとって本能的な恐怖を感じるものだろう。
「半数ほどは散ったようじゃが……残りの数もかなりのものじゃぞ」
「ウェ~イ心配すんなって、まだ策はあるさ」
もう既に“次の策”とやらの変化は始まっているって事だけど……。
私には何が変わっているのかさっぱり分からない。
「おい、川の水量が多くなってないか?」
「やった!これで魔獣の勢いがかなり抑えられる!」
「でもなんでだ、雨なんて降ってないぞ!?」
バリケードの守備班が異変に気づいていた。
でも、どうやってそんな事……!?
「上流の分岐点で細工をしてもらったんだよ」
「でもいったい誰に……あっ!!」
「ウェイ、そりゃ避難民だよ」
現在、町の人たちが避難するルートは2つある。
川に沿って上流の集落へと向かうルートと、丘を登って領主の館へ向かうルートだ。
町を挟んで流れる川は上流で合流しており、川沿いルートの途中にある。
避難民にお願いして川の分岐の片方を堰き止める細工をしてもらったのだ。
ウンコ煙で魔獣の数が半減し、川が増水して防衛線はより強固になった。
それでも、まだ一部の魔獣はこちらに向かって攻撃を仕掛けてきている。
「ダリアさん、俺らは単独行動するけど大丈夫?」
「はいリュータさん、この状況なら守り切れます!」
植井君が言うには、私達は防衛以外の役割があるのだという。
それはきっと、今も土属性魔法が使える人たちが作っているアレに関する事だろう。
「なあオタコ、野生の動物ってこんな動きをするもんか?」
こんな動きというのは、大量の魔獣の大移動のことだ。
魔獣たちは迷わずまっすぐに町へ向かってきているように見えた。
可能性はいくつか考えられる。
弱い野生動物が生存率を上げるために群れで行動するのは珍しい事ではない。
脅威から逃れるため、もしくは餌や水を求めて大群で大移動することもあるだろう。
それに、知能の低い魔獣は本能的に人を襲うというから、町に向かうのも説明はつく。
でも、今回のこれはあまりに不自然だと思った。
種族や生息域の異なる小型の魔獣が一緒になって行動している。
驚異から逃れるためならそれも説明できなくないけど、そうは見えなかった。
言ってみれば、何かに統率された行軍のような……
「そうなんだよ、統率された移動に波状攻撃……統率者がいるはずなんだ」
丘から見えた大群の中には、それらしき姿が見えたらしい。
「だから俺たちは、今からそいつを叩く!」
植井君が攻めの姿勢に積極的なのはなんだか久しぶりだ。
もしかしたら裏路地の一件以来かもしれない。
リスクを恐れて弱腰になるよりも、私としてはむしろ性に合っている。
さあ、これからは私達が攻撃をする番だ。




