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異世界で俺ができることなんて限られてるけど、何かやらなきゃ後悔するってのは分かるんだ

今の状況はこうだ。

現在地は町の北にある小高い丘への上り坂だ。

領主の館へ避難するお年寄りを手伝っている。


戦えなくても避難誘導くらいは人の役に立てる。

俺はそう自分に言い聞かせながら歩いていた。


振り返ると町の様子が一望できた。

町からは二手に人の列が伸びている。

北西の川を遡って集落へ向かう列と丘を上って領主の館へ向かう列だ。

町の東側では既に防衛戦が始まっていた。


上から見ると、魔獣の群れは3つに分かれていた。

今はその先頭の群れが戦闘を始めている。

俯瞰視点から眺めているとまるでタワーディフェンスゲームみたいだ。


限られた戦力で、いかに3ウェーブの猛攻を防ぎきるか……

どれだけ思考を巡らせても、完全勝利の未来は絶望的に思えた。


第1ウェーブはきっと大した被害は出ないだろう。

でも疲弊した状態での第2波を無傷でしのぐのは難しい。

きっと第3の群れにはきっと防衛線を突破されるだろう。


知性の無い魔獣は本能的に人を襲うから、きっと多くの人が犠牲になる。

町が壊滅状態になれば、いずれ避難した人を追ってもっと多くの犠牲者がでる。


そんなのは誰も望んでいないし、俺だって望んじゃいない。

多田やゴザが、アネモネが、ダリアさんやヒゲマッチョが死ぬなんて絶対に嫌だ。

それなら、なんで俺はここにいる?

でも、俺にできることなんてあったか……?


「お兄さん、町が気になるんかえ?」


話しかけてきたのはアライグマの獣人だ。

かなりの年寄りだから俺が避難を手伝っている。


「いや……うん、あそこで仲間……知人が戦ってさ」

「これを使うかえ?じいさんの形見じゃけどまだ使えるさね」


それは、古びた双眼鏡だった。

この世界の文明レベルではありえない精巧な作りの……

いや、これは俺たちの世界の物だ。


刻印はFUJII BROS……?

知らないメーカーだが名前からして日本製なのかもしれない。

だが、なぜここにこんなものがあるかなんて、今はどうでもいい。


その双眼鏡はよほど大切にされていたのか、古いのに視界はクリアだ。

防衛線では川の水とバリケードで魔獣を足止めして槍で攻撃していた。

それでも突破してきた魔獣は遊撃隊が仕留める良い連携だ。


たまにチカチカ光ってるのはゴザか?

やっぱりまだ“ウェイ”のサポートがないと魔法が安定していない。

アネモネが壁になってゴザを守っているのか……。


多田はダリアさんと一緒に魔物を各個撃破している。

ダリアさん……めちゃくちゃ強いな。


この位置からだと全体が見渡せて、戦況を正確に把握できた。

あのままでは、確実に全滅する。


「ウェイさんよぉ、ありゃ状況はそんなに良くないなぁ……」

話しかけてきたのは、アライグマのばーちゃんと一緒に避難している片翼の獣人だ。

元退役軍人で昔はかなり強かったらしいが、今はただの陽気な爺さんである。


「ここから見えてんのか?鳥の獣人はやっぱげーな」

「まあな、この両翼が揃ってりゃ俺も参戦したってのによぉ」


爺さんになっても血気盛んとは大したもんだよ。


「ばーちゃん、少しだけ双眼鏡借りててもいいか?必ず返すからさ」

「ああいいとも、役に立つなら死んだ爺さんも喜ぶよ」

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

「そうかい、気を付けて行ってきな」


俺が逃げようと言ったのは俺は仲間を守りたいからだ。

それなのにこんな所に一人でいるなんて矛盾もいい所だ。


「ところでお兄さん……そのブローチ、似合ってるよ」

「だろ?俺の宝物なんだ」


俺は、全速力で丘を駆け下りながらもう一度あらゆる条件に思考を巡らせた。

迫る3ウェーブの魔物の大群、地形、人、戦力、持っている物と情報……

今の俺にできる事を精一杯やる、きっと何かあるはずだ。


「ウェーーーーイ!!!」

俺の能力は本当に消えてしまったのか?

あの時はどれだけ叫んでも、誰にもその思いは伝わらなかった。

今だって、声に思いを乗せられているかどうかは分からない。

挿絵(By みてみん)

それでも、精一杯の思いを込めて全力で叫ぶ事はやめられなかった。

丘の上から見えた戦況を、俺たちが生き残るための小さな可能性を……。

なんとしても伝えなければいけない。


俺は以前に一度、町中の人に俺の声を響かせたことがある。

多田の胸がモブにディスられた時の事だ。

その時、俺のメッセージは町中の全員の頭に響いたのだという。

それは声が耳に届いていないはずの場所にいる人に対してもだ。


多田の能力が質量操作だったように、俺の能力にも未知な部分は多い。

本当に俺の能力は無くなったのか?本当にただの翻訳能力なのか?

それは、まだ俺にだって分からない。


だから、俺は叫ぶ。

丘を全力疾走で下るもんだから、何度か派手にこけた。

全身が痛いし擦り傷もたくさんできたけど立ち止まれない。

たとえ声が届いていないとしても、叫ばずにはいられない。


目的地にたどり着いた頃には俺の喉はもうガラガラだった。

肺は破けそうだし心臓なんて今にも爆発しそうだ。


叫びながら全力疾走でたどり着いたのは、俺たちが町はずれに借りている借家だ。

立地的には町の外周にあり、丘から戦場までのほぼ中間地点。

近くの沢を辿って川まで行き、川を下ればほどなく戦場にたどり着く。


既にヘトヘトの体に鞭打って奮い立たせ、俺はやるべきことをする。

裏庭の隅に積んである塊を一つ、また一つと川まで運ぶ。

かなりの数があったが、この博打を成功させる第一条件だ。


その作業を終えたら、あとは天に運を任せるしかない。


木陰に腰を下ろして沢の水を口に含む。

火照った喉に染み渡るね……。


今の俺の心境は……そうだな、ぶっちゃげかなり不安だ。

何も上手くいかない可能性だって低くはない。

神や仏なんて信じちゃいないけど、祈りたい気持ちになるもんだな。

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