異世界でクラスメイトが気絶したまま起きないんだけどすっごい不安じゃない?
今の状況はこうだ。
夕飯の買い物帰りにクラスメイトに公園に呼び出され、気がつけば異世界だった。
炎を纏う熊に襲われている少年と遭遇するも、植井君の「ウェイ」絶叫で九死に一生。
しかし彼はその場に崩れ落ちて気を失ってしまった。
「植井君……大丈夫?」
「ったく“植井君”じゃなくて“ウェイ”って呼んでほしいぜ」
この人は頭を強く打ってしまったんだろうか。
そういえばさっき、彼は私を“オタコ”って呼んでいた気がする。
親しくもない異性をニックネームで呼ぶなんて、きっと植井君はパリピと呼ばれる人種なんだろう。
いつもウェイウェイ言っててノリで生きてる感じがするし、あと髪を染めている。
あと……他にはよく知らないや。
たぶん性別を問わず友達も多くて放課後はドリンクバーだけで何時間もファミレスに居座ったり、スポッチャでローラースケートを乗り回しているに違いない。
さすがパリピだわ。
のびている植井君はさておき、襲われていた少年は……大丈夫、怪我はないみたい。
頭の耳と尻尾は作り物には見えないし、どうやらこれは本格的に異世界というやつらしい。
最近はやってるもんね、異世界モノ。
いかにも成熟前の少年といった幼さの残る容姿がとても可愛い。
受け入れ難い現状に呆然としつつも見とれていると、ケモミミ少年が話しかけてきた。
「あーるーそんぬーづまんでぃ?」
これは想定外。
赤点常連の私でもこれが英語はない事はわかった。
つまり、全く言葉が通じないということだ。
異世界モノの言語問題は作品によってそれぞれだ。
一番楽なのは、無条件で言葉が通じる“ご都合主義パターン”。
神様的な存在が言語能力を付与してくれる“ボーナスパターン”でもいい。
ゼロから異世界言語を学ぶ“コツコツパターン”は序盤でとても苦労をするやつだ。
状況から見て、まさにその“コツコツパターン”みたいね。
これは本当に良くない。
ルックスと性格のせいで誤解されがちだけど、私はあまり勉強ができる方ではないのだ。
高校にはスポーツ推薦で入学したし、テストは赤点の方が多いほどで補修も常連。
特に現国、古文、英語といった文系教科は壊滅的で、新しい言語をこれから習得する事を考えただけで気が滅入ってしまう。
今からでもいいから神様っぽい人が出てきてくれないかなぁ……
しかし今それを嘆いても仕方がない。
“男は度胸、女は愛嬌、オカマは最強”という格言を聞いたことがある。
ジェンダーフリーな現代では誰もがオカマと言ってもいいはずだから、つまり私は最強。
最強なら言葉の壁くらいきっと超えられるはずだよね。
ボディランゲージなら何かか伝わるかもしれない。
「わたし は こまっている ここ は どこですか」
お察しかも知れないが、今私はものすごく恥ずかしい。
壊れた操り人形の方がマシに見えるんじゃないだろうか。
「あーるーのんでぃ?」
心配そうにしないでいいよ、私はどこもおかしくないから…
一つしか策はなかったけど、万策尽きた。
しかし半ば諦めてポケットの飴を口に放り込んだ時に気がついた。
―――これだ!
「君も……食べる?」
言葉は通じていないが、意図は理解してもらえたはずだ。
私の知る限り、ヴェルタースオリジナルを嫌いな人類などこの世に存在しない。してはいけない。
それがたとえ異世界の獣人だったとしてもだ。
ほら、みるみるうちに不安そうだった少年が笑顔になっていく。
やっぱりショタは笑顔に限るってお姉さんは思うのよね。
少年となんとなく打ち解けたようで、どうやらどこかへ連れて行こうとしているみたいだった。
異世界で現地人を助けて一宿一飯を世話になるのも鉄板の流れよね。
おっと、一応命の恩人である植井君の事も忘れてはいけない。
他の荷物もあるので彼を肩に担ぎ、持ちきれない分はケモミミ少年が持ってくれる事に。
普通に考えれば同級生を肩に担ぐなんて絶対に無理だけど、人間ってマジになれば何でもできるのね。
しかし小柄とはいえこんなに軽いなんて、普段ちゃんと食べてるのかしら……?
少年に導かれて森を歩く道中も色々な会話をしたけど、互いに何を言っているかは全くわからなかった。
実際のところ笑顔で独り言を言い合っているだけだったが、内容なんてどうでもいい。
ケモミミ美少年と一緒に笑顔で歩いているだけで私はすごく幸せなんだから。
集落は小さく、建物はどれも木と草で建てられていて風通しが良い感じ。
長老っぽい人に長話をされたけど意味は当然わからず、困惑しているうちに部屋に案内された。
案内された部屋は簡素な造りだけど清潔感がある。
きっと来客用の部屋なんだろう。
相変わらず目を覚まさない植井君を見る限りはベッドの寝心地も悪くなさそうだ。
なんだかいい香りが漂ってくるので、きっとご馳走を用意してくれているんだと思う。
異世界生活のスタートとしては悪くない……のだが、私には一つだけ大きな不安がある。
それがいったい何なのかお気づきだろうか?
お風呂ではない。
とても残念だけど、しばらく入れない事は既に覚悟している。
トイレでもない。
人に見られてさえいなければ草陰で用を足す覚悟すらある。
もみほぐした葉っぱでおしりを拭くであろうことも想定済みだ。
ちなみに女の子の日はしばらく来ないし、対策は考えているので言及しないでほしい。
私とてイマドキの乙女なので多少の恥じらいはある。
そんなものよりも私が懸念しているのは、現在進行系で準備が進んでいるだろう今夜の食事だ。
考えてみてほしい。
村の子供を助けた恩人が歓迎され、宿を提供される。
ということは、今夜の食事は彼らにとって最高のご馳走が用意されるだろう。
では、ジャングルに囲まれた集落で振る舞われる食事といえば?
―――肉
考えうる最高のパターンよね。
集落で飼っている鳥なら絶対にハズレはないし、ジャングルで狩ってきた獣肉もジビエの風情を楽しめるはずだ。
―――魚
これもかなり嬉しいやつ。
海の魚ならおおよそハズレはないと思う。
川魚は独特の臭みを持つものも多いけど、現地人が日常的に食べているものなら対策はしているはずだ。
―――果実
これもかなり期待できるんじゃないかな。
品種改良をされていない天然の果実でも甘くて美味しい果実はたくさんあるし、洗練されていない野生植物の酸味は食事の良いアクセントになると思う。
―――虫
最悪。
テレビでリポーターが幼虫を食べさせられていたけど、あれは本当に無理。
ジャングルなんて虫だらけだろうからきっと日常的に食べてるんだろうなぁ……。
でも、厚意で出された食事を食べないのはとても印象が悪い。
それが彼らにとってご馳走だとするとならなおさらだ。
しかも言葉が通じないので言い訳して回避するのも難しい。
できればしばらくの間お世話になりたいので、できるだけ印象は良くしておきたいんだけど……
私がこんなに頭を悩ませているのに、目の前の同級生ときたら呑気にいびきをかいている。
一向に起きる気配のない同級生を見ていると少しだけ腹が立ってきた。
ベッドを揺らしたらびっくりして目を覚ますかな?
外はだんだん日が暮れてきて、宴会するぞーって雰囲気になってきた。
ちょっと不安だなぁ……。
せっかくの異世界なのにここまでの異世界っぽさと言えばケモミミだけなのよね。
そろそろファンタジーっぽい何かが出てきてほしいんだけど……。
ってことで、この続きはついに異世界名物であるチート能力が出てくるみたい。
私としては食べ物がたくさん出せる能力がいいんだけど、誰に頼んだら叶えてくれるんだろ?




