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異世界転移と言えばチート能力だと思うんだが俺にはそういうのないんか?

今の状況はこうだ。

現在地は不明。鬱蒼とした木々に囲まれているが、どこの森かは分からない。

目の前にはやたらデカい狼……のような獣が一匹、牙を剥いて唸っている。

そして、俺の背後ではデカワイイ多田と見知らぬ少年が怯えている。

挿絵(By みてみん)

これは絶体絶命というやつに違いない。

ちなみに“デカワイイ”というのは“デカくて可愛い”を略した造語だから覚えておいてくれ。

多田は普段猫背ぎみで気づきにくいが、身長だけじゃなく色々なところがデカく、そして可愛い。

数分前まで公園で愛の告白をしようとしてたはずだが、どうしてこうなった……?



そこは森の中だった。

瞬きをする程度の僅かな時間だが、多田とのグータッチを中心に風景が歪んだような気がする。

周囲は木々に囲まれていて見通しが悪く、太陽が真上にあるのに空は不自然に黄色い。

植物には全く詳しくないのだが、森からは南国っぽい雰囲気を感じる。


急な状況の変化に混乱してもおかしくないはずだが、この時俺は妙に心が落ち着いていた。

グータッチの体勢を解除したくないので肩にかかるカバンの感触や手に食い込むレジ袋の痛みから察するしかないが、持ち物や服装に変化はないようだ。


妙に落ち着いたクールな思考のまま周囲と自分達を観察し、そして多田を観察する。

多田は控えめなグータッチのポーズのまま硬直して現状を理解しようとしているのか、はたまたこの非現実的な状況の理解を全力で拒んでいるのか……。


このまま石像になってしまえばミロのヴィーナスすら霞む美しさを後世に残せるだろう。

軽く握った左手を前に出すポーズは、例えるならネコのポーズで笑顔を振りまく猫耳メイドのようでもあった。そんな姿も相変わらずデカワイイぜ。


当の本人は混乱して青ざめているようだが、その程度は脳内でなんとでも補正できる。

思春期特有の妄想力をもってすればありとあらゆる服装の多田を想像することができるが、本人の前できわどい妄想をするのは良くないよな。

もし親密な関係になることができたのなら、その際には猫耳メイドをお願いしてみようと心に固く決意した。


体感的には何時間もグータッチをし続けていたが、この間わずか3秒。

今の俺はびっくりするくらい頭が回っている。


「なあオタコ、俺たち公園にいたよな?」


普段、心の中では多田と呼んでいるが、クラスメイトに便乗してオタコと呼んでいる。

クラスでは“お調子者”の俺がクラスメイトをあだ名で呼んでも、何の不自然もないよな?

アニメやゲームの類が好きらしいことと、多田という名字が由来だろうか。

そう呼ばれる事を本人も気に入っているらしい。


「え……うん、あれ?ここ、うん?」


多田はしっかり混乱しているな、

グータッチの体勢はそのままに怯えた顔でキョロキョロしている。

本当に可愛い。

このグータッチが永遠に続けばいいのにな。


しかし、天にも昇るような至福のグータッチは何者かの悲鳴によって終了する。

森の奥のそう遠くない場所、声から察するに子供だろうか。

状況は分からないが、自然と声の方へと走り出していた。

子供の悲鳴を聞いて動かないやつは男じゃない。


で、悲鳴の上がった場所ではバカみたいにデカい狼に少年が襲われていたってワケ。

少年には獣耳としっぽが付いてるし、狼は軽自動車サイズで火を吹いててこれは完全に異世界案件。


狼の前に立ちふさがったのはほとんど無意識で、何か策があったわけではない。

たぶん多田にカッコいい所を見せたいと思ったんだろうな。

無様に怯えて逃げ惑う姿を多田に見られたくなかったんだ。


しかし、何の技術も能力もない高校生にできる事なんてあるはずがない。

異世界転生とか異世界転移ときたら“チート能力”が付き物なわけだが、はたして俺にそんなものが付与されているのか?付与されているとしてこの状況で役立つ戦闘向けの能力なのか?


これまで見てきた数々のアニメやなろう小説を思い返してみると、異世界転生や転移の際には“神様的な何か”と接触してチート能力を授かるパターンが多いように思う。

俺はどうだった?白髭の爺さんとも会ってなければ露出の多い女神に選択を迫られた記憶もない。

いや……待てよ、女神なら既に何度だって会っている。


俺の後ろにドデカワイイ女神がいるじゃないか。

俺は彼女のためならモンスターどころかドラゴンだって殴り飛ばしてみせるさ!


「グルルルル……!!」


はい、無理ですあんなの。


男子高校生の中でもおれはかなり小柄な方で運動能力も高くはない。

大型犬にすら勝てる気がしないのに相手はライオンよりデカいバケモノだ。

立ち向かったとて、三人揃ってデカ狼の腹の中に収まるのがオチだろう。


何か使えるものはないか……ない。

カバンとレジ袋は置いてきてしまった。

仮に持ってたとしてこの状況で使えるとは思えない。


落ちているものは……ある。

多田が落とした巨大エコバッグから飛び出しているのは、ジャガイモ、ニンジン、カレー粉、豚肉のお徳用パック等々……かなりの量だが何人前作る予定だったんだろうか。


今夜はポークカレーの予定だったのかな?

体の大きな多田の事だからきっと大皿に大盛りのカレーを入れてモリモリ食べるんだろうな。

きっと何度もおかわりをして家族から苦笑いされてるかもしれないし、

もしかしたら家族揃って大食いで寸胴で作った大量のカレーをがっつくのかもしれないな。

そんな姿も最高に可愛いぜ。


もし結婚したら俺がしっかり稼いで思う存分カレーを食べさせてあげないとな……。

今日の俺はやけに思考が回るが解決策なんか一切考えつかない。


無我夢中だった。

狼は腹が減っているんだろうか、しかし俺たちは絶対に美味しくなんかないはずだ。

このパックに入ってるお得用の豚肉を食べた方が絶対に美味いし食後の満足度もあるだろう。

どうかこの美味しい豚肉に免じて俺たちを見逃してはくれないだろうか?

もう何を考えたって無駄だ。

気付けば俺は豚肉を全力投球しながら喉がはち切れんばかりに叫んでいた。


「ウ゛ェーーーーーーイ゛!!!!!!」


藁にもすがるような苦し紛れの行動だったが、運だけはあるようだ。

デカ狼は豚肉パックを追いかけるように森の中へ消えていった。

どうやら助かったのだと理解した瞬間、緊張の糸が切れたせいなのか視界が徐々にブラックアウトして全身の力が抜けていく。


遠ざかる意識の中で俺の名前を呼ぶ多田の声が聞こえた気がしたが、それも定かではない。

ったく“植井君”じゃなくて“ウェイ”って呼んでほしいぜ。


この後、俺は助けた少年の村で目を覚ますのだが、意識を失っていたので道中の記憶は全く無い。

まさかとは思うが多田に運んでもらったのではなかろうな?


好きな女の子に運ばれる姿というのはとても幸せな事かもしれない。

でも、同時にものすごく情けないような気がする。

どうか村の若い衆に運んでもらったのだと信じたい。

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