古の盟約
血の跡が教会の裏手へと不規則に続いている。道標の先には祭服の一部が血で汚れたセバスチャンがいた。付着した血液はそのままに、足踏み式の砥石で剣を研いでいる。そんな彼に小さな影がさす。
「おうセバスチャン、狼退治おつかれさん」
「ええ。ありがとうビフロンス」
ビフロンスは荷車に山と積まれた狼たちの死骸を見て口笛を吹いた。
「群れを一人で全滅させる牧師もそうそういねぇよな」
「ははは。まあ元剣士ですしね」
「笑い方が嬉しそうじゃねえなぁ。なにかあったのか?」
彼は悪魔の問いに応えず、剣に油を塗り始めた。ぼんやりしているようにも、集中しているようにも見える金眼はかげっている。
「おーーい。セバスチャン? 今日はやけに上の空だな」
「ああ、いえ、すみません。狼がやけに痩せていたもので、気になっていて」
「あいつらの餌が減ってきたってか」
「彼らの生息地は山を二つ超えたところのはずなんです。ここはあまり緑がありませんからね」
「土地自体の栄養が乏しいからな。となると、餌は――」
「ええ。警戒しておいて損はありません」
「そうだな」
生臭い風が二人の頬をねっとりと撫ぜてゆく。余分な油を羊毛で拭き取ったセバスチャンが、剣を鞘に納める。彼は傍らにある墓を一撫ですると、それきり黙り込む。ビフロンスは重苦しい空気を払拭するかのように、草笛を鳴らす。
――それに呼応したのは小鳥ではなく荷車だった。
死したはずの狼たちが、我先にと地面に降り立つ。
「困りましたね。ゾンビになる前に処理したかったんですが」
「いつもどおり肉は燻製にして毛皮はなめせばいいだけだろ?」
「いいえ、今回はそのまま砕いて埋める予定――でしたっ!」
自然の理から外れたモノたちと戦う牧師をよそに、悪魔は翼を生やし、空中へと待避する。草笛の頼りない応援が咆哮にかき消された。
「がんばれーー」
「まあ、いいですけどねっ。何度だって、斬れば、いいだけですからっ」
「戦いながら話すとか器用だよな、お前」
血の雨が祭服を染め上げていく。的確に肉を絶ち、骨を砕く技術。傷ひとつ負わない立ち回り――まさしくセバスチャンは一流の剣士であった。
今度こそ沈黙した亡骸を悼み、ごちゃごちゃにまぜっ返しながら畑に埋葬する。
「そんな埋め方で大丈夫か」
「手伝ってください契約者」
「具体的には?」
「これから直接薬草を咲かせる……とか」
「直接は無理。そこまで魔力ねぇよ。お前なら可能だろうがな」
「私にだって無理ですよ?」
「そんなの簡単だ、俺と同じように悪魔になればいい」
「なんですって?」
水桶から盛大に水を浴びせられる。
金眼をしばたくセバスチャンに、ビフロンスが優しい笑みで近づく。
「世界がこうなった原因ってさ、俺の親父なんだよね」
「なんですって!? お父様は今どちらに!」
「悪魔と無理矢理契約させられて、世界中で暴れまわってるよ」
「世界中で。まさかあの台風がそうなのですか!」
「そうそう。台風。下卑た笑い声でスケルトンを操る、厄介な悪魔だよ」
生暖かい風が二人の間を通りすぎる。
「台風悪魔に勝てれば、このゾンビ化はなくなるんですよね、ビフロンス?」
「まぁな。で、どうする? 俺と本当に契約しちゃう?」
「待ってください。あなたは何だったのですか。悪魔になる前の、あなたは」
「見ての通り。ただの子どもさ。親父の召喚術に巻き込まれて死にかけて、お人好しの悪魔と契約しただけのガキだよ」
「お人好しの悪魔さんは、どちらに」
「今も昔も――ただ契約して消滅するのみさぁ」
「それは、つまり」
なにか言いたげなセバスチャンに、二杯目の水が浴びせられる。
「まあゆっくり考えな」
「……はい」
「狼は時間こそかかるが堆肥にすることで栄養を吸い取れるはずだ。すっごく疲れるけどな」
「お願いします、ビフロンス。埋めるだけなら私も手伝いますので」
「今度はしっかり埋葬してくれよ、契約者さん」
「もちろんですとも」
淀んだ空気を、昼下がりの爽やかな風が吹き飛ばしていった。




