新たな盟約
狼を埋葬した畑から生えた多肉植物を刈り取り、混ぜこみ、土に還す。こうして肥えた土を他のところへ移し、作物を育てる――。地道で慎ましいながらも幸せな日々が続いている。
「食べた物により生える植物が変わるみたいですね?」
「よくわかったな。いろいろ食べてるやつを肥やしにすれば植物の実り方は違うぞ。特に雑食性の――」
「おっと。牧師の前で冒涜的な発言はやめていただきたいですね」
「つまり俺と同じこと考えてたんじゃねーか」
言葉に詰まり、口笛を吹く。調子はずれの音程が動揺を表していた。
突風にあおられ、口笛が止まる。見上げた先には暗雲が立ちこめていた。
品のない高笑いとともにやってくる台風があった。
「あの台風は! 住民を避難させ――」
「ヌハハハハ! ようやく見つけたぞ、むしけらっ!」
セバスチャンが言い終わらないそばから台風が吠え、地面が青く光る。不規則な光の模様は、宙空で絡み合い魔法陣を形成する。光は上空へと伸び、雲まで青く染め上げた。村人たちの悲鳴があちこちで上がる。
「これはっ」
「チッ! なりふり構わないらしいな!」
「安全なところを探せませんか?」
空中に飛び上がったビフロンスが、すぐに降りてきた。
「駄目だ、村全体を囲っている。ご丁寧に逃走防止機能までついてやがるぜ」
村人の叫び声が聴こえる。鉄臭い風が二人の頬を撫ぜた。あちこちで上がっては静かになる悲鳴に、駆け出そうとしたセバスチャンがつんのめる。ビフロンスが彼のベルトを恐ろしい力でつかんでいたのだ。辛うじて転倒を回避した彼は、険悪な表情でビフロンスを睨みつけた。
「埋葬は後回しだ」
「助けられる可能性が」
「もう手遅れだ」
「どこかに隠れて」
「しつこい。残ってるのは俺たちだけだ」
普段と違い無表情で淡々と告げるビフロンスのそれは、確かに悪魔としての一面を覗かせるものだった。強くなる鉄の臭いと、物音のしなくなった周囲の変化が、この悪魔の言う通りなのだと告げている。血の気が引いてよろめいたセバスチャンをビフロンスが支える。そんな二人に近づいてくる足音があった。
足音の主を見たセバスチャンが顔をそむける。かつて人だったモノたちが歩いて来た。新鮮な死者たちが一人と一柱を取り囲む。大人も子どももニワトリも狼も、全てが等しく生気のない瞳に二人を映し出していた。ビフロンスが宙空に手を滑らせる。その軌跡をなぞるように赤い光の帯が走った。帯は手が動くたびに増えてゆく。
「時間を稼いでくれ。こいつらを吹き飛ばす魔法陣を構築する!」
「……了解、しました」
「頼むぜ相棒」
一瞬だけ伏せられ、だがしっかりと前を見据えた金眼に強い光が宿る。音もなく剣を抜いたセバスチャンが、飛びかかってきた狼を斬り伏せた。
返す剣身で滑空してきたニワトリを突き刺す。剣を払った勢いで吹き飛んだニワトリが、小さなゾンビにめり込んだ。しかしゾンビは斬られても粉砕されても立ち上がる。
脳天から真っ直ぐ断ち切られた青年が、左右に別れたまま地を這いずった。
「ヌハハハハ! むしけら、むしけら、むしけらどもっ!」
「ちいっ……!」
激しい突風に文字通り攻撃されるセバスチャンが悪態をついた。
耳障りな哄笑は衝撃波となり、教会ごとパイプオルガンを吹き飛ばす。
オルガンが畑を飛び越え、水飛沫を撒き散らしながら川へ水没した。
「セバスチャン、下だ!」
セバスチャンとビフロンスを取り囲むように土が盛り上がり、骨がいくつも突き出てくる。
二度に及ぶ台風で亡くなった者たちの遺骨が組み合わさり、家族の名前を呼びながら、呻きながら、叫びながら、目の前の生者二人へと襲いかかる。
「っしゃ間に合った! 伏せろ!」
ビフロンスの魔法が炸裂する。肉片が焼け焦げ、骨が粉砕された死者たちが遠くへ吹き飛んでいく。つかの間の休息時間に彼が牧師の前に立った。手を差し出す。
「俺と契約しろ」
「ビフロンス」
「お前なら、膨大な魔力で金に染まった眼のお前なら、俺よりも優秀な悪魔になれる」
「私は」
「俺たちであいつを倒そう」
「わかりました。君となら――」
「ああ。俺はいつでもお前とともにある。いつまでもな」
セバスチャンがビフロンスの手をとった。
少年の体が燃え盛り、炎へと変わる。牧師へとまとわりつき、赤からまばゆい金色へと変化した炎が天高く吹き上がる。
炎が収まったあとには、山羊の角と脚を有する、新たな悪魔が誕生していた。
「何度器を変えようが同じこと。さあ――我が権能の前にひれ伏すがいい!」
木々が倒壊するほどの暴風をものともせずに立つ。復活したスケルトンたちが牧師を飲みこむ。あたり一面にライオンゴロシが咲き、スケルトンの群れを絡めとる。
咲き誇るライオンゴロシがうごめき、台風をとらえ、上空への道を作る。
「ばかな!? くそっ! 離せ! 下等な生き物の分際で!」
「運が悪かったですね。さよなら台風の悪魔」
即席の道を駆け上がった牧師の剣が金色に輝き、台風を一太刀のもとに両断した。荒れ狂っていた風が収まり、静寂が訪れる。ライオンゴロシも役目をはたしたとばかりに枯れ果てていた。
「やりましたよビフロンス。君のおかげです」
こうでしたっけ、とつぶやいた牧師が足を踏み鳴らす。金色の陣が出現し廃村全体が柔らかな光に包まれる。死者も壊れた家屋も、すべてが土に還り地上へと還元される。あとには様々な薬草が咲き乱れる草原だけが残った。
教会の裏手――畑のあった場所――へと向かうが、墓石も既にない。
「最後にもう一撫でしておくんでしたねぇ」
嘆息とともに寝転がった悪魔の頭上を、爽やかな風が吹き抜けていった。




