晴耕雨読
青空に草笛の音が響き渡る。教会裏の小さな畑は、長らく手入れされてなかったのだろう、雑草と石ころだらけだ。辛うじて整地された一区画だけが、畑として機能していた。振るっていたクワによりかかるセバスチャンの祭服は、泥にまみれている。
「確かに契約しました。しましたけどね?」
「今の環境で作れる薬の知識は渡したぜ? 土の状態さえ整えば条件に合う薬草を提供できるんだから、頑張れよな」
「まぁいいですけどね。駆け出しの薬師より効果のある薬を作れるんですから」
小さな悪魔が応援は終わったとばかりに草笛を吹き鳴らす。なんとも緩い声援を投げかけられたセバスチャンは、嘆息しつつ雑草を土にすきこんだ。
「そろそろってとこか」
ひとりごちたビフロンスは空中に赤い陣を描いた。陣から放出された光が畑へ等間隔に落ちた傍らから、柔らかい新芽がポコポコと生える。そして数秒で立派な薬草へと成長する。
「何度見てもすごいですね。これを世界規模で、ですか。一流の魔法使いでも一生かかって習得できるかというレベルの魔法を、こう簡単に行使できるとは」
「わははは、敬いたまへよ。まぁどのみち生えてない、生える環境にない段階じゃいくら知識があったって、クソの役にも立たねぇからな」
風に吹かれる薬草は、どれも最上級の品質だとわかるほど瑞々しい。これなら薬の素材として申し分ないだろう。葉の先までエネルギーに満ちたうちの一束が、ビフロンスによって摘み取られる。
「私が生きてるうちに土壌を改革し終わりますかね」
「まあ無理だろうな。俺と正式に契約して半永久的に生きる悪魔になるのなら――」
「そこまで人間やめてません」
「毎日毎日、休憩もロクに取らないで働いてるやつに言われたくねぇよ」
図星をさされたのか、調子はずれの口笛がぎこちなく音楽を奏でる。
「誤魔化すのも口笛もへただよなぁ」
「ンンっ……。植物が急成長するということは、そのぶん土が痩せるということでしょう?」
「まぁ、そうだな。土に影響がないなら、とうの昔に世界中を薬草まみれにしてるところだ」
ビフロンスが薬草をもしゃもしゃ食べる。川を挟んだ原っぱに子供が数人と、鶏の群れがやってきた。親の手伝いだろうか、子どもたちが鶏そっちのけで遊び始める。
「それなら開墾は急務です。そして早急に備蓄しなければ」
「セバスチャンよ。アンタ見かけのわりに心配症だよな」
「当然です。用心するに越したことはありませんからね。特に――」
そこで言葉を区切ったセバスチャンは「食生活の改善は人生を豊かにしますから」と言いながら、いそいそと燻製器から取り出したウィンナーを味見する。
「臭みの抜けたウィンナー……ああっ、これぞ保存食! アルコールを摂取したくなりますね」
「こら生臭牧師」
「なんたって、いい薬草を使ってますからね。無毒なだけでやたら香りのきつい草や、かき集めた枯れ葉で燻製を作るのとは格段に違います。君に会えてよかった」
「へいへい。悪魔相手に感謝する牧師なんてお前くらいだよ。あとさぁ、もっと喜ぼうぜ?」
「充分喜んでまふよ。んん〜〜美味しい! ほらあなたも味見どうぞ」
ビフロンスは手渡されたベーコンを一切れ頬張り、まんざらでもなさそうに噛みしめる。二人はそのまま木陰で二つ目を味見することにしたようだ。子供たちの楽しそうな声にセバスチャンが目を細める。
「ビフロンス、二つ質問よろしいですか」
「答えられることならな」
「ありがとう。では一つ目。せっかく育てて頂いた薬草ですけど、主に堆肥として使用しても大丈夫ですか?」
「もちろん。……例の黒い台風か」
「ええ。二年連続で被害に遭ってしまいまして。おかげで農耕なんて久々にやりましたよ」
悪魔はそうか、と呟いてウィンナーをかじる。その様子に少し首をかしげたセバスチャンは、気を取り直すように言葉を投げかける。
「では二つ目。薬草学ですけど、誰かに教えたりするのは契約違反になりますか?」
「秘薬の製造方法をペラペラ喋って怪しまれないと思うなら、好きにするといいさ」
「そんなシロモノなんですか、これ」
「薬学も司る悪魔だぜ? 古今東西ありとあらゆる薬に精通してないと話しにならねぇよ」
「村が復興したら、後任に押し付けて薬師見習いになりますかねぇ」
「そういえば、なんで牧師やってるんだ?」
セバスチャンの金眼が、気まずそうに逸らされた。
「それは」
「隠してたつもりか? 青いなーー。足さばきが思いっきり剣士なんだよ、お前」
「……転職しただけですよ」
困ったように笑うと、祭服の土埃を軽く叩き、畑へと戻って行く。ビフロンスは緩く頭を振ると、澄んだ青空へ向かって草笛を吹いた。




