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97.運の尽き

 ボイオス総督領の領都、ボイアテスで行われた幹部会で決定し方針に基づいて、ゼクティアが指示を出した先は遠く離れた南部の森の中を移動していた男女二人である。

 二人は月の光も届かない暗闇を常人の全速力を軽く上回る速度で、生い茂る木々を避けながら移動をしていた。やや前方を走るの純白の髪を持ち目鼻立ちの整った男が突如、地面や木の根を傷つけながら急停止すると後ろを走っていた同じ髪の色をした美少女とも評すべき女もそれに合わせて止まった。両者共に一目見れば目で追うことを避けえない程の美男美女であるが、怪しく光る蒼い目といかなる感情も載っていない表情は尋常ならざる者である雰囲気があふれていた。

 二人の急停止時の土や木の根が削れる音が森に響いた以降、静寂に包まれた暗闇の中で二人はただ進行方向を見据えたまま、お互いに目も合わさずしばらくの間立っていた。


『『命令、受領』』


『新規命令、完遂のため転進を』


『依然、先の賊討伐命令の撤回が無い為、当地近傍に存在する賊拠点の壊滅を完了した後、転進』


『二手に分かれることを進言』


『拒否。単身にて賊の壊滅は容易なれど、水無殿の命に従い単独行動は回避』


 召喚された順序の早いアルファの意見に従い、ベータは再び賊の拠点に向かって移動しだしたアルファの後について移動を始めた。



 生身であるユタカの警護から解放され、人目を気にする必要もなくなった戦闘特化型自動人形二体はユタカが指定した条件に合う人間を発見、殺害する兵器となり昼夜を問わず行動し続けた。理不尽ともいえる脅威に最初に晒された1号線付近の地域であるボイオス総督領西部の賊は三パターンいずれかの結果を経験せざるをえなかった。

 一つ目は迫りくる自動人形に挑み敗れるか、逃げることも叶わず狩られる。二つ目はボイオス総督領北部へ逃げるかであったが、そこに待っていたのはロイトナン率いる別の部隊が存在し、一つ目の選択した者よりは僅かに長く人生を過ごすことが叶った。そして、三つ目が南部へ逃げるというものであった。


「頭ぁ、そろそろ俺達にも楽しませてくださいよ。頭の所に厄介になってから大分経ったし、ちゃんと獲物もかっぱらって来たんですから」


 南部地域の一部を縄張りにする規模的にも有数の賊を率いているリーダーに、下手から媚びるように笑みを浮かべる男はしばらく前に西部から自分の手下たちを率いて今の集団の下についた。逃げるようにやって来た彼らは周りから小馬鹿にするような言葉や態度に晒され、常に危険度の高い仕事を回される日々であった。そんな環境下であっても部下をまとめ上げ、確実に仕事をこなしていく男は優秀であることは間違いなく、かつて西部で縄張りを張っていた賊にあって最も長く生き残る選択を直感的に出来た頼れる人物である。そんな男にはかつてからの手下の多くが信頼を寄せ、付いてきていた。


「あー、てめえらは逃げて来た腰抜けのわりに良くやってるのは聞いてるぜ。そうだな、今度の仕事で女を二人以上攫ってこい。そしたら、俺が一人を残して俺が選んでやるからそれで楽しんでろ。腰抜けの手前らなら一人いりゃ十分すぎるだろ、ハハハ」


「へへへ、ありがてぇ。じゃあ、約束ですぜ、頭」


 男が身を寄せている賊の集団は豊かな土壌を有する南部にあることから他の地域と比較をすれば食料的な余裕はあり、そこに住む民も賊も他の地域程飢えに苦しむ者は少なかった。そんな地域にあって複数の農村を縄張りとするこの集団は定期的に農村に現れ、食料や村の娘を攫うことをしていた。すでに抵抗をする気力が完全に失せてしまった村から物資を回収する楽な仕事を任されるのは元からの賊に所属している者に限られ、新たに参加した男の集団は比較的危険な商隊の襲撃やまだ抵抗の意志を持つ村の襲撃ばかりであった。

 大きな洞窟に設けられた男たちのために用意された大部屋の隣からは攫ってきた女と食料によって享楽にふける賊たちの声だけが聞こえていた。僅かに配分される酒と隣から聞こえる女の喘ぎ声しか楽しみの無い部屋で西部にいた頃と変わらず男を頭と呼び続ける仲間たちが声を掛けてきた。


「頭、あのデブがまたいけすかねえことを口にしたんですか」


「デブじゃねえ、頭だ。だが、確かに動かねえで食ってばかりのケチな奴ってのは当たってるがな。そんなケチな奴から何とか自分たちで攫ってきた女の内一人を回すように約束を取り付けてきた。何とか飯は食えるが、こんな隣の騒ぎしか聞こえない生活も何とか終わりが見えそうだぜ」


「よっしゃー」

「やっと生きてる女が抱けるぜ」

「さすが頭ぁ」


「よっしゃぁ、俺の直感が今すぐにでも仕事に掛かれって言ってきてるぜ。こんな夜中だが仕事をしに行くぞ、てめぇら」


 夕食も終え、これから床に着こうとしていた時間ではあったが、この男の直感に従って賊が次々と姿を消していった西部から脱出し、生き残れている事実があることで誰一人文句を言わずテキパキと準備を行い暗闇の広がる森へと向かった。


「なんだぁ、お前らは腰抜けちゃん一行か。こんな夜中からお仕事か? ご苦労なこった」

「よしてやれ、この真面目な腰抜けちゃんは明るいところを移動するのが怖いんだよ。ヒャハハハ」


 途中、洞窟の出入り口の見張りをしていた賊から馬鹿にされながらも、なんとか喧嘩にならないように部下をなだめながら歩く男は嫌な予感を抱いていた。


 くそ、首筋がムズムズしやがる。西部にいた時に感じたのと同じだな。今日あんな話を聞いたせいか? あの商人が死に際に言ってた話が本当ならやべぇぞ。


「薄汚い賊め、領主様の天使がお前たちを一人残らず殺すだろう。逃げれるなんて思うなよ、西部にも北部にもお前たちの仲間はもう誰一人として残ってないぞ!」


 昼に襲った行商が殺される間際に言い放っていた言葉が気になり、何かしていないと落ち着かなくなっていた男は夜にも関わらず洞窟を出て獲物を探すために手下を率いて森をうろつくことにした。しかし、治安が著しく悪化している地域を夜間に移動するような者はおらず、夜が更ける前にねぐらにしている洞窟に戻ることになった。そして、洞窟にある程度近づいたところで手下の中でも特に夜目の利く者が異変に気づき男に知らせてきた。


「頭、何か変ですよ。裸の女達が剣を地面に何度も刺してる。何やってんだ?」


「裸の女? って、ありゃ攫ってきた女たちじゃねえか。なんで外にいるんだ? 中の奴はどうした」


 男たちが近づくと大勢の男たちに嬲られたせいか、体中が汚れ、痣だらけになった女が三人が虚ろな目で人間の死体に何度も何度も剣を付き立てていた。


「うっ、あの死体は出て行くときに馬鹿にしてきた奴らですよ。ほら、あっちの奴は辛うじて顔が残ってます」


 男は周りに飛び散っていた血の跡がまだ真新しいことに気づくと顔中に冷や汗をかきながら手下たちに告げた。


「やべーやべーやべーー。おい、とにかくここから離れるぞ! 絶対に音を立てるな、ここから少しでも距離をとる」


 西部にいた頃以来の鬼気迫る男の姿を見て、皆洞窟内に置いてきた自分たちの荷物を惜しむことなく移動を始めた。しかし、賊が襲撃者に向けて放ったであろう矢が暗闇の地面に落ちており、乾いた木の割れる音が洞窟の入り口付近に響いてしまった。それを耳にした女たちの一人が剣を投げ捨て、うずくまりながら甲高い悲鳴を上げた。

 突然の悲鳴を聞いた男たちは思わず足を止め、洞窟の方に目をやると入り口から二つの蒼い光が現れた。そして、その光がゆっくりと近づいて来ると、森の木々の間から差し込む月光にその正体が照らされた。背中まで伸びた白い髪に一切の瑕疵はなく月光を反射して輝かせ、髪とは対照的な黒い服はその者のスタイルの良さを怪しく際立たせていた。その黒い服の袖口から見える白く美しい肌の手には赤い血の滴る剣が握られていた。


「ああ、あれが天使か。悪いお前ら、俺の勘もここまでみたいだ」


 男は現れた美しい女が尋常ならざるものと感じ取り、諦めてしまった。そして、瞬きを一回すると女の姿は消え、隣に立っていた手下から大量の血液が噴出していた。僅かな瞬間で数人の手下が命を落とし、狂ったような叫びをあげていた手下も次々と沈黙していき、ついには暗い森が静寂に包まれた。最後の一人となった男が手下たちの立っていた背後に目を向けようとすると、背中に衝撃が走り自分の胸を見下ろすと剣が身体から生えていた。肺から溢れる自分の血に溺れながら倒れると霞む視線の先から自分達を殺したのとは別の天使が現れ、笑みを浮かべてしまった。



『掃討完了、新規に受領した命令完遂のため転進』


『了解』


 アルファとベータは付近の賊の討伐を完了すると、すぐさま新たにユタカが発した命令を実行するために、暗闇の森の中を駆け抜けていった。

次回は6月7日午前0時の投稿となります。


誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。

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