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96.動かない厄介事

「皆さんがお集まりになりましたので、会議を始めたいと思います。それでは初めにユタカ総督からお願いします」


 ディアナ達の見送りを行ってからしばらくし、マインラートを始めとするボイオス総督領の運営を行う幹部とも言うべき立場の職員がユタカの執務室にある大きな机の周りに座っていた。それぞれ出向元では期待の若手、新進気鋭の役人として評される者達ばかりでボイオス総督領への派遣も地元での更なるキャリアアップのための一つだと考えていた。そんなところに現れた領主とも貴族とも言い切れない微妙な立場を引っ提げてやって来た若すぎる総督を当初侮る者もいたが、今では皆無である。

 噂に違わぬ黒い軍服を纏う者たちの異常な戦闘能力、見かけとはかけ離れた苛烈な決断を躊躇なく行い、効率を求める子供の姿をした総督が参加する会議は緊張感で満たされていた。

 

 そんな空気の中で他の幹部の中でもユタカと直接相対することが多く、まとめ役ともなっているマインラートが会議の始まりを告げた。


「皆さん、お忙しい中集まってもらい感謝を。ここにいる皆さんを含め全ての方の尽力によって坂道を転げ降りるかのように悪化していた領内の状況も少しずつ改善の兆しが見えるという所まで来た。しかし、このような状況も一部地域に限られているのも確か。そこで私は現在行っている施策を残されている東部や南部地域にも展開していき、ボイオス総督領全域での改善を行うことが必要ではと考えます。ですが、実際に実務を取り仕切っている皆さんが現状において最も現場の状況、資金や物資に精通していると思うので意見をお聞かせ願いたい」


 今はボイアテスから見て北側である2号線方面の地域を重点的に、余力で西部の1号線方面で工事などの施策を展開している状況にあって更に二方面に展開したいというユタカの言葉を聞き、それぞれが管理している部門の状況を思い浮かべていた。

 温度差はあれど一様に厳しそうな表情を浮かべる中で道路工事を担当している幹部から発言が始まった。


「2号線では3グループがそれぞれの工区に分かれて工事を行っております。残りの1グループが1号線を行っております。この事業に関しては当初、より多くの領民を救うために出来る限り作業員として雇用しました。それに伴いグループの新設を行い、物流を期待できるシュトツェル子爵領とつながる2号線に集中的に人員を投入しましたが予想以上の働きによって早期に工事が完了する見込みです。しかし、総督閣下の御意向では息の長い支援が必要とのことでしたが、予想に反して余りにも早すぎる工事終了は悪影響が大きくなる可能性があります」


「2号線の早期の工事完了はシュトツェル子爵との物流を回復するための要素とはなるけど必須ではない。物流について最大の阻害要因になっていたのは賊の跋扈だ。だが、それも収束しつつある今では工事の完了を待たずとも物流は回復するだろう。すると君は東と南に工事を展開することには問題なしということかな」


「はい、ですが作業員については再度の選定が必要となるかもしれません。徐々に手元の現金が増えたことで生活の再建への目途が立ち始めた民も出始めているので、自分の故郷から離れた地区での工事に参加する者はそう多くはないかと思います。そのため改めて作業員の勧誘をやり直す必要がありますが、何度となくやって来たことなので手順は心得ておりますので効率よく行えるはずです」


 道路工事に関してはかなりマニュアル化が進み、多方面に展開しても大きな問題が無いと分かったところで資金や配給を管理している部門から指摘が入る。


「各所での節約や選択的な配給によって物資、資金共に少なからず余裕はあります。しかし、今の状態であればと言う前置きが付きます。もし、閣下の言う通りボイオス総督領全域に工事と支援を展開した場合、年内に物資が底をつき、それを追うように資金も枯渇するかと思われます。東と南への展開が重要なのは理解出来ますが、せめて北部が完全に支援を必要とせず税収さえ望める状況までお待ちできないでしょうか。越冬が出来なくなる可能性があります」


「それに関しては少し手を打っている。先に訪問のあったマクトル公爵令嬢に2号線の状況が回復しているという情報をシュトツェル子爵領の主要人物に伝わるように依頼した。また、マクトルで大きな規模の商いを行っている大手の商会にボイアテスへの展開も勧誘してある。今は疲弊しきっている地元の商会も外から参入で息を吹き返し、統廃合などを行って対抗するなどしてくれれば経済の活性化に繋がるのではと思ってる」


「なるほど、確かに効果が期待できる策をすでに考えていらしたのはさすがですが、どうしても即効性に欠けます。全域への展開となっては物資、資金の枯渇の方が先に訪れる状況です」


「では大公陛下に更なる支援を取り付けよう。なにやら冬に行われる大公陛下主催のパーティには参加しなければならないようだから、その場で支援を取り付けられるようにしよう。この忙しい中メルディにわざわざ行かされるのだ、これぐらいの見返りがあって当然だろう。申し訳ないが何とか冬を持たせられるように再度計算と無駄の削減に努めてくれ」


 担当者は難しそうな顔をしながらなんとか頷き、見落としは無いか点検し直し資金繰りを練り直すことになった。


「治安に関してよろしいでしょうか。先にマクトル公爵領軍の応援が到着し、早速1号線と西部の全域に展開してもらい治安維持をお願いしています。人員的にはその分余裕が出来ましたが残りの3方面に展開できるかと言われると厳しいものがあります。せめて現在閣下が創設を考えていらっしゃるボイオス総督領軍にも協力頂きたいです」


「候補生を教育している最中だが、教育担当者からは概ね順調であると報告を受けている状況だ。慣れない事を要求していることもあってもうしばらく時間が欲しいけど、教育内容には司法関係の知識を習得することが必須になっているから正式に領軍となった時には即戦力として治安維持活動に従事できることは保証する。それまでは引き続きで申し訳ないが要所を抑えるようにして何とか頑張ってもらいたい」


 それまでの話を聞いていたマインラートが手を挙げた後に所感を述べ始めた。


「総督閣下、各部門の状況を聞くに東部と南部への展開は可能ではあると思えます。しかし、そうした場合の不安要素がどうしても多すぎるように思えます。もし、不慮の事態になった時に対応ができる余力が残されていないのも問題です。ここまで見えてきた復興の兆しに大きなリスクを与えるのは賢明ではないと思われます。ここは東部か南部かどちらかを先行して支援の開始を行ってはいかがでしょうか。残された方面の民をある意味切り捨てる様なものですが、選択が必要な場面がまだ続くのではと思われます」


 マインラートの的確な所感を聞いたユタカは腕を組んで目を瞑っていた。その様子を他の幹部たちはユタカが口を開くまで黙って待った。


 各部門の反応を聞く分には努力すれば可能、でもかなりギリギリ。マインラートの言う通り余力がなさ過ぎて大コケする可能性を孕んでいる案ではあるのは確か。選択が必要なのは理解できるがあまりに地域間で格差が大きくなると今後の領内の運営に大きな影を落とす要因になるのは目に見えてるから何とかこの時期に潰しておきたいけど。

 不慮の事態か、東ならトゥルバ帝国の侵攻あるいはそれに準ずる行動、これは大公の能力をもってすればある程度の予測ができるはずだから何かあれば真っ先に連絡が来る。なら、南か。


「マインラートさん、元騎士達の動向を確認するように依頼してましたがどうでした」


「閣下に恭順の意を示した元騎士達と関係者は拠点としていた場所の整理とボイアテスの参集が順次行われています。反抗の意志を持っていると思われる一部の者は、南部の都市とその周辺の打ち捨てられた村を中心に集まるような様子を示しています」


「何をちんたらしてるんだ、早く動けば良いものを。何かひと押しする必要があるな」


 ユタカは領内に抱える不安要素、不穏分子である元騎士達の処分を考えていたが、行うのなら時間を掛けずに集まったところを一挙に叩くことを望んでおり、そのためには元騎士達が中心人物を決めて一斉蜂起をさせる必要があった。以前、ユタカの前に来た元騎士達を大いに煽り、暴発するように誘導したつもりだが、中心となる人物がいないのか、能力が不足しているのかなかなか蜂起を行わない今、目の前でお預けを食らっている状態となっていた。


「決めた。2号線で行っている工事に関しては作業員の意向を聞き取り、余裕の出来た者などを中心に故郷に戻らせよう。無理やりはだめだけど勧める感じでお願い。作業員の減少幅にもよるけど2グループないし1グループまで減らして、物資の節約を狙う。マインラートさんの言う通り不慮の事態への対応する力が残されていないのは確かだから今すぐに東部と南部への展開は取りやめる。でも、その不慮の事態を潰した後には両方面に展開するのでそのつもりで。展開は元騎士達の武装蜂起鎮圧をもって開始する、各員そのつもりで準備を進めてくれ」


 一時的な事業の縮小と元騎士排除後の領内全域への再度展開の方針が決まると幹部たちはそれぞれの担当部署に必要な指示だしを行うため、早足で自身の事務室の方へ去って行った。残ったのはユタカ達をマインラートのみとなった。


「閣下、元騎士達の蜂起を待っているようですが、今からでも順次討伐を行ってはどうでしょうか。大きな戦いとなれば再び領地が荒廃してしまいます」


「一つずつ対応していたら時間と人員が無駄にかかってしまいます。過去の遺物にそんな無駄なことは出来ない、それに中途半端な対応で地下に潜られては面倒。ならば煽って、焦らして、恐怖させて総督と言う存在からボイオスを取り返す、みたいな大儀を抱えて正面からまとまってぶつかって来た方が処分が捗る。所詮は千人集まるかどうかだろう、それも無能が率いる集団など時間を掛けずに消せる。でしょ、ゼクティア」


 決して多くない武官が領内の治安を回復するため広域に散らばってしまっている状態では、たとえ千に満たずともそれだけの集団が武器を持って襲ってくるだけで危機的な状況である。しかし、眼前の子供の深く考慮すべき事項と認識していない様子と側に控える純白の髪を湛える美しい少女の笑みを見てマインラートは背中を濡らした。

次回は5月31日午前0時の投稿となります。


誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。

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