95.休憩終了
「そう、明日の昼には出るんだね。気を付けてね。2号線は数か所で工事を行ってる最中だから、割と密に警備兵が配されてるから比較的安全だし、路面の具合も良い区間が長いから1号線よりも快適に移動できるはずだよ」
夕食を終え、食堂からユタカの執務室に戻ったディアナは翌日にボイアテスを出発し、友人のエミーリアが待っているシュトツェル子爵領に向かうことを伝えた。
護衛としてマクトルから派遣されていた兵の内、騎士の一部をアルトナー指揮の下で帯同させて向かうようで万全の体制ではあったがユタカは念のためマインラートに指示をして2号線周辺の警戒を行うことにした。
「エミーリアにあったら工事の進み具合を伝えることにするわ。スピードもでるし快適だった、てね」
「そうしてくれると助かるよ。エミーリアの耳にボイオス総督領の道路が良くなってるって話が入れば領主や商人たちに伝わって交易が盛んになるかもしれないからね。道路工事の目的の一つはそこにあったからディアナが宣伝してくれるなら結構助かる」
道路工事の主目標は領民の生活環境の改善ではあったがそのことが徐々に成果を上げつつある今、流通網の改善という結果から副次目標である流通の活性化と国境の防衛力強化に目を向けたいユタカにとっては渡りに船の提案をディアナから出てきたことで気分が良くなっていた。
「うんうん、何なら今度エミーリアと一緒に遊びに来るといいよ。マクトル公爵からの領兵の派遣も来てもらえるようになったし、これから治安はどんどん回復してくと思ってるんだ。だから、今度はボイオス総督領内の観光も出来るといいね」
エミーリアと一緒、の下りを耳にしたディアナは上機嫌で話しているユタカと対称に不機嫌さを目元に露わにしてプイッ、と擬音が本当に聞こえてくるのではと思えるように顔をユタカから逸らして自身の部屋に帰っていった。
「あ、それではユタカ様。明日は移動がございますので本日は早めに休ませていただきます」
早足で自室に帰っていく主人をアデリナはポカンとしているユタカに挨拶をした後、追って去って行った。
「なんだろう急に、食中りか? 慣れない土地に来て過ごしてればそんなこともあるか。アデリナさんも付いているし問題ないとは思うけど、一応アルトナーさん、何かあったら言ってください。確か城には医者が常駐しているはずですから何か効く薬を調合してくれるはずです」
「わかったよ、ユタカ君。私も遠征先で慣れぬ水に中って苦労したものだ。私もここに残していく部下と確認しておきたいことがあるので、失礼させていただくよ」
自らの言動に一片の過失はない認識から食中りと言う間違った推測に至ったユタカと慣れぬ地で自ら幾度も経験をしていたことで確かに、と思ってしまったアルトナーによって食中りと処理されたディアナは自室のベットに潜っていた。
「ディアナ様、だらしないですよ。御髪を解かずに寝ては起きた時に大変です」
脱ぎ散らかしたドレスを片付けながらアデリナがベットに潜り込んだまま黙っているディアナに声を掛けていた。しばらくすると、ベットの中からくぐもった声で愚痴が漏れ出ていた。
「私の方が付き合いが長いのに、何で私を一番初めに案内してくれないのよ。大体、明日出て行くって言っても反応が薄いし」
「はぁ~」
自身の立場もあって身近に同年代の異性と付き合うことがなかったディアナ様が自分の気持ちが理解できずにイライラしているのは見ていて微笑ましいけど。相手のユタカ様はディアナ様のお気持ちを理解していないと思えないけど、素直ではないというより純粋に女心を理解できていないの?
「アデリナ、聞いてる? そもそも、ここに来た時に最初に行った場所が工事現場よ! しかも、罪人の。連れて行く場所としておかしいと思わない」
「そうですね、女の子と一緒に行く場所ではないのは確かですね」
ユタカが有能ではあるが同年代と比べて変わった思考の持ち主だと理解していたアデリナであっても、着いたとたん犯罪者の収容所に向かうという想像も付かないユタカの案内を受けたディアナとアデリナはしばらくユタカへ募らせていた不満をぶつけ合うかのように話していた。
その声を部屋の外で聞いたアルトナーは二人の元気そうな様子に重度の食中りではないと安堵して、自分の部屋へと入っていった。
翌朝は仕事が溜まっていたユタカに合わせるため皆が揃って執務室内で朝食をとっていた。ディアナが変わりなく食事を進めている姿を見てユタカは声を掛けようと口を開いた。
「大丈夫みたいだね、ディアナ。その様子ならお腹は、ぐふぅ!」
「?」
事態の悪化を避けるためゼクティアの白魚のように美しい手が恐ろしい速度でユタカの口を塞ぎ、ユタカは理解が出来ぬまま危機を脱した。その様子と昨晩の会話の内容を思い出したアルトナーは笑みを浮かべたまま、出発前にアデリナから大切な主君の娘の状態を確認することをしないと決めた。
「え? どうしたのゼクティア?」
「アルトナー司令官殿、シュトツェル子爵に繋がる2号線付近いついて最新の情報を共有させていただきます。我々による二度の掃討によって付近の賊はほぼ殲滅しています。その後の新たな賊の流入は若干程度確認されましたが、道路工事に伴う兵の展開によって順次掃討が行われ概ね良好な治安状態が維持されています。他、特段の留意事項はありません」
突如として口を塞がれたユタカは後ろに立っていたゼクティアに声を掛けたが、当人は凛と美しい姿でアルトナーへ向けて2号線付近の情報を伝えており、これ以上に問いかけるなと言う雰囲気を漂わせていた。
「それでユタカ、まだ先のことだけど冬はメルディに来るの? 領主となって間もないのにいきなり大公陛下のパーティーに代理のみの参加とはいかないわよ。その辺もそろそろ考えておかないと、あっと言う間にその時になってしまうわ。・・・もし、参加するのなら去年と同じようにうちの屋敷を使うといいわ」
「どうしよう、凄く行きたくない。そもそも領主と言っても雇われだしな、いや、だからこそ雇用主にご機嫌伺にいかないといけないのか? じゃあ、メルディではまたディアナの所にお世話になろうかな。ボイオス総督領に自宅もこしらえていないのに、メルディに別邸なんてものを用意する余裕はないからね」
「え? この城はユタカの家でしょ」
「冗談、こんな落ち着かない建物を家とは呼ばないよ。家には畳があって寝っ転がれなきゃいけないね。そうだ、高給取りになったんだから少し豪華な造りにしよう。平屋で、縁側が広くて、襖があって純和風な屋敷なんて夢みたいだなー。あと、大きな風呂!」
ユタカがディアナ達には理解できない単語を口にし始めたところでゼクティアがフォローを入れた。
「ユタカが生まれた地域に昔からある伝統的な造りの家を建てたいようです。どうしてもこの国の建物とは異なる点が多いので以前から夢はあったようです」
「へー、ユタカの生まれた所の家か。完成したら絶対見させてよね、私の家にも何度も招待してるんだから」
「もちろん、畳は最高だよ。ぜひディアナにも体験してもらいたいね」
その後は溜まっている仕事をそっちのけでユタカ達は他愛もない話に花を咲かせていると出発の準備が出来たアルトナーが執務室の扉を叩いた。
城門の前にはディアナの乗って来た馬車と荷馬車が騎乗する騎士達に囲まれている状態で出発の合図を待っていた。アルトナーの手を借りながら馬車に乗り込んだディアナは窓から顔を出してユタカとの別れを惜しみ、ユタカはゼクティア達と共に姿が見えなくなるまで見送った。
「行っちゃったね。いい気晴らしになって良かったよ」
「そうですね、どうしてもここにいると仕事から離れ難いですから、ユタカにとって良い休暇になったのではないですか」
「でも、その休暇も終わりだね。高い給料を貰ってる身だからやるべきことはやらなければ罰が当たるってものだよ。賊の討伐を行っているロイトナン達はどんな具合なの」
「1号線、2号線とその周辺域、つまりここボイアテスから見て領内の北と西方面の地域に関しては掃討がすでに完了しています。今現在は残りの東方面にロイトナン達が、南方面にアルファとベータが展開しています。賊の数はマクトルと比べて高い水準にありますが、当初に比べて明らかに数が減ってきているようです」
なるほど、道路工事などで一応の雇用を用意したことで潜在的な賊の担い手である困窮した難民が減少したことも影響しているのかな。それとすでに行っている賊に対する徹底的な排除の姿勢が抑止力として効いているのかもしれない。
「後でマインラートさん達を集めて今後の方針の確認をしようか。今までやって来たことが少しずつ効果が現れてきたし、マクトルから領兵の派遣という大きな支援が届いた。今一度全体の人員の分配と施策について相談しないと、地域的な偏りが大きくなりすぎる」
「分かりました、直ちにマインラートを始めとする面々に伝えます。それと東方に展開しているロイトナンの報告ですが仮想敵国であるトゥルバ帝国との国境線はとても平穏で何か策動の気配は感じ取れないとのことです。引き続き賊の掃討と合わせて適宜確認をするように伝えております」
「多分ボイオス家の暴走はかなり時間を掛けて用意してきた策だったはずだよ。そうでなきゃあの大公が治めるこの国があの状況に至るまで放置しなかったでしょ。徐々に徐々に食い込んでいって気づかれないように爆弾を仕掛けてたんだ。あきらめるとは思えないけど、しばらくは次の策略を練るために時間が必要だということなんだろうさ」
ユタカは城を出入りする役人や兵士たちとすれ違いながらまだ終わりの見えない難しい仕事の待つ執務室と向かって歩き出した。
次回は5月24日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




