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98.誘発失敗

 ある日、ボイオス総督領南部の中でも西部寄りに存在する町に屋敷を構える元騎士の屋敷には客人がおり、当主が対応していた。客人のいる部屋からは客人の切羽詰まった声が響いていた。


「・・・卿! いつになられたら兵をお出しいただけるのですか。今、我々ボイオス騎士の置かれている立場は危機的な状況です。お分かりですか。誰とも知らぬ子供の領主が送られて来たかと思えば、周辺から集まる他領の軍、騎士の廃止を言い放つ愚かな領主。すでに一部の騎士は無様にも新たな領主に頭を垂れたそうです。こうなれば、次は我々に向けて軍が向けられるのも時間の問題なのです」


「まあまあ、落ち着きたまえ。私も無礼なガキがやって来たことは把握しているし、皆で力を合わせてボイオス領を取り返すことに大いに賛成だ。だが、先日大量の献金をさせていた賊が姿を消して金が足りぬのだ」


 いかに危機的な状況であるかを必死に説いている客人を正面に、グラスに注がれたワインを回しながら色合いを確認していた小太りの元騎士は、厳しい財政状況を理由に兵士の派遣を渋っていた。

 この元騎士に与えられていた所領には大きな規模の賊が居座り、好き放題に犯罪行為をしていた。そして、この賊のリーダーは頭が回るようで、元騎士に対して上納金を収めることで犯罪行為について目を瞑って欲しい、と持ち掛けてきた。その申し出を元騎士は快諾し、決められた範囲での犯罪を見逃す代わりに多額の資金を得ていた。兵を出しても森に逃げ隠れし手間と資金が必要となる元騎士と、いかに規模が大きく数が多いとは言え武装した兵士が討伐に乗り出せばタダでは済まない賊にとって両得の関係は、賊が消息を絶ったことで破綻した。


「それは存じております。卿の所領以外でも賊が姿を消したり、突如全滅した状態で発見されたりといった事例は起きています。これこそ、あの忌々しい領主の手が我々に迫っている証拠ではありませんか。であるならば、一刻も早く兵を・・・!」


「どうしたのだ? そんなに目を見開いて」


 小太りの元騎士が客人の視線の先である自分自身の背後へ顔を向けると、夜風を取り込むために開けていた窓枠に真っ白な手袋をした手が掛かり、尋常ではない握力によるものなのか木材が軋むような音を立てていた。そして、その手の先にある身体が体重を感じさせない様に這い上がってくると、黒い服に身を包んだ青い目の男が現れた。客人は自分の主人から新たな領主とその周りにいる奇妙な者達の情報を聞き及んでおり、すぐに領主の手の者と判断した。


「貴様! あの領主の仲間か!」


 客人がそう言った瞬間に腰から下げていた剣を音もなく抜き、元騎士の首が胴から離れた。元騎士が持っていたワイングラスがカーペットの敷かれた床に落ち、中の赤ワインと元騎士の血が混ざったシミを作った。


「貴様! なんということを。このような蛮行、許されるとおもってるの・・・ぁ」


 アルファはその部屋にいた最後の生き残りを剣で撫で斬りにした後、元来た経路で屋敷を後にした。アルファがすでに遠く離れた頃に屋敷内にいた元騎士の家族が現場を発見し、悲鳴と泣き声がこだました。



「ユタカ、アルファとベータは順調に任務を遂行しており当初計画分を間もなく消化するとのことです」


 元騎士達が次々に暗殺されるという事件が発生しているボイオス総督領南部から離れたボイアテスでは、机に積まれた書類と戦っている最中のユタカへゼクティアから報告が行われていた。


「良かった、2人には残りを片付けたら賊の掃討の方に戻ってもらう様に伝えておいて。しばらく待って相手さんの動きを見て見ないといけないからね。まだ動き出す気配もないならもう一回2人には同じ作業をしてもう」


「分かりました。以降、元騎士達の動きを監視、反乱の兆しありと確認できた時点で現在賊への対応をしている全自動人形を即座に帰還させるようにします」


「よろしく、それとオーバストの方の進捗はどうなってるか聞いてる? できれば今回の件を実習に使ってしまおうかと思ってるんだけど」


「聞いたところによると引率がしっかりとついている状態であれば、とのことです。ですのでロイトナン達に遠足を手伝って欲しいと言っております」


 何とかみんなで遠足が出来るぐらいにまでは仕上がって来たのか、それは重畳。せっかくの機会を無駄にする手は無いからな。なんでも経験すれば学習効果も上がるし、派遣されてる武官たちの負担も減って一石二鳥だ。愚かな元騎士達には最後に領主への奉仕させてあげるとしよう。


 ユタカは悪い顔をしながら元騎士達の暴発を早められたと確信して、数日中には慌ててやって来るであろうマインラートを待っていた。しかし、実際に来るのは日常業務を常態化している隈を浮かべながら執務室にやって来るマインラートであった。


「なぜだ? なぜ動かない。突然自分たちの権利であったものを奪い取った俺と言う共通の敵を得たうえ、同じ考えを持っているであろう仲間が暗殺されればすぐにでも動き出すものだろう」


「ユタカ総督、聞き及ぶ情報によれば反乱を主導できる人物が決められていないとのことです。総督、お考え下さい、そもそも元ボイオス伯爵がマクトルへの侵攻を行った際に侵攻軍に参加しなかった者たちの集まりです。侵攻に参加した騎士達はユタカ総督の手によってことごとく討ち果たされ、残ったのは色々なことを理由にして戦争に参加しないような騎士達の集まりの中には反乱を主導できるような器を持つも者もいないし、それぞれが被る被害を少なくしようとけん制しあって、簡単には動けないのでしょう。って、総督は暗殺なんて指示を出されていたのですか。あの時おっしゃっていたひと押しって元騎士の暗殺だったのですか」


「でも奴らは、俺の期待とは違って動きが相変わらず遅い。また暗殺を行ってもいいけど、そうすると反乱がおきる前に元騎士達が減りすぎて、反乱を起こすには兵が足りないと判断して地下に潜るといった行動をとるかもしれない。地下に潜られては手間と時間が掛かりすぎるから何としてもそれは避けたい。だから、今は待ちの一手しか打ちようがないのが歯がゆい」


「さしもの総督にも思い通りに事が運べないことがあるとは新たな発見です。しかし、考えようによっては現在訓練中の領軍の候補生に準備の時間を確保できる見方もできますから良かったと思うのはどうでしょうか」


「今まで自分が思ってもいなかったことの連続だよ。でも、マインラートさんの言った通りそうでも思って待つしかないかな。相手がいることだし無理をして余計に手間がかかるようなことになっても本末転倒だからね」


 元騎士達を反乱につき進めるための決定的な一撃になるであろうとユタカが思っていた暗殺も大きな効果も発揮できず、ユタカはいつもの書類仕事と領軍の候補生が受けている訓練の進み具合を確認する日々が続いた。そんな中、ユタカが以前ボイオス城に呼び、相対して騎士の廃止を通知した元騎士達の一人、ゴットハルト・アメルハウザーという老齢の騎士だった者が所領の引き上げが完了したと報告をしにユタカの元へ訪れた。


「ユタカ様、ご無沙汰しております。ユタカ様の御指示の下、所領と屋敷を返還させていただきます」


「お久しぶりです、ゴットハルトさん。そういえばそろそろあれから返還期限の一か月になるんでしたね。あ、私に「様」は不要です。呼び方は総督でも、ユタカさんでも、閣下とかでも構いません」


「は! 承知いたしましたユタカ総督閣下。ところで、我々に先立って閣下の領軍の訓練に参加しているモルゲンシュテルン卿はいかがでしょうか」


 ユタカはゴットハルトから出てきたモルゲンシュテルンという人物が思い浮かばず目を泳がすと、すかさず耳元でゼクティアが対象の人物についての情報を伝えた。


「ああ、ライナー兵長のことか。ライナー兵長は優秀でうちのオーバストも非常に評価をしていたよ。彼と一緒に訓練を始めた幼馴染みの従士長だったか、その人も同じ兵長の位階を与えてオーバストの行っている訓練の補助をしているはず。ちなみに兵長ってのは領軍の位階の内下から4番目の所にあたる地位です」


 ボイオス領軍では位階を下から二等兵、一等兵、上等兵、兵長、伍長、軍曹・・・といった具合で設定し、候補生は全員が二等兵にあたり、正式に領軍に入ると一等兵へ昇格するようになっている。元騎士の中で若くして騎士の家の当主となっていたライナーは、家の撤収などの仕事を自分の妻に一切を任せ、右腕的存在である元従士長と共にユタカとの面談の翌日から訓練に参加し、ボイオス伯爵領でも新進気鋭と評されていた能力をいかんなく発揮していた。そして、今まで馴染みのなかった規則や訓練をごく短期間で習得し、オーバストから兵長への昇任を推薦され、ユタカが認めることとなった。


「彼らは今後も無事に勤めを果たせば現在の候補生が正式採用されるのと同時に伍長に昇任される見込みです。ところで、ゴットハルトさんはどうしますか? 前職がなんであれ候補生を経ずには軍に採用されることはありません。ゴットハルトさんの年齢を考えればなかなかに厳しい訓練が待っていますが。特別講師と言うことで剣術の指導に当たってもらうこともできますよ」


 それを聞いたゴットハルトはすぐさま首を横に振り、厳めしい顔の中に少しの楽し気な雰囲気を見せながら訓練に参加すると決めた。


「私も領軍を目指す元部下たちと共に候補生として訓練に参加させていただくしだいです。年齢は食っておりますが、まだまだ体力気力共に衰えていないことを示して見せます」


「分かりました。以前のお話で理解していらっしゃるかと思いますが私は生まれや家格で評価することはありません。ゴットハルトさんもしかり、もし基準に満たさないとなれば残念ながら領軍への正式採用は見送られますのでそのつもりでいらしてください」


「そうしていただいて結構です。実は興奮しているのです、己の能力のみが評価される純然たる実力主義の場所でどれぐらい自分が出来るのか試してみたい!」


 興奮気味に語ったゴットハルトは意気揚々とユタカの執務室から身の回りの品が入っているカバンを持ち、練兵場へと去って行った。

次回は6月14日午前0時の投稿となります。


誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。

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