86.好奇心は
無様な奇声を上げながら去って行く姿を見た衛兵やメイドは耐えきれず笑い声を上げていた。そんな様子の客間にマインラートが入ってきてユタカのソファーに「失礼します」と言って腰を下ろした。
「良かったのでしょうか、総督閣下。あの者達を生かしたまま放してしまって。貴族ではない閣下にあのように虚仮にされ、騎士の証でもある剣をこんなに跡形もなく壊されてしまってはあまりの屈辱に閣下に対して反旗を翻すのでは、と恐れております」
マインラートが元騎士達の反旗について口にするとユタカは満面の笑みを浮かべて楽し気にしていた。
「やっぱりそう思いますか、マインラートさん。それなら重畳。おそらくマクトル防衛戦で俺が斬首作戦にて決してしまったので、騎士を含めて前ボイオス伯爵に縁のある存在が多数残っていると思うのです。今は領内がこのような状況なので反乱を起こすとかその様な余裕は存在しないでしょうけど、今後ある程度安定してきたら動き出すのではと考えています。そこらで燻っていつ燃え上がるとも分からないのなら俺の望む時期に一気に炎上したほうが鎮火が楽です。なのであえて煽ってみました。後は奴らの動向に注意して、時には反乱側に情報や物資をある程度流してもいいですね、そんなことをしながら時期をこちらで調整して一気に粛清します。飢饉の脱却、治安回復、反乱分子の粛清、これでマクトル総督領に存在する負債処理が終了です」
マインラートは笑顔で今後の予定を語る姿を見て、ますますユタカに対する違和感を強めていた。話に聞くユタカは敵対者に容赦はなく、実際に現在の総督としての政策の中でも犯罪者への対応は苛烈なものであるのは確かであった。傭兵とういう経歴からそういう武断的な考え方があっても一応の理解は出来ていた。 しかし、今回のように明らかに敵意を示しユタカが何においても大切にしている仲間を渡せと言った自殺行為にも等しい要求を出した連中をあえて生かしておいて、今後の仕事のために活用しようとする狡猾さはもはや子供が考えることからかけ離れ過ぎた。
「か、閣下、本当はおいくつなのでしょうか。私は経験豊かな先輩たちやそれよりも上の方たちと話しているような印象を」
マインラートは思わず自分の抱いた大きすぎる違和感と好奇心からユタカに年齢について問うてしまった。それを聞いたユタカは光の無くなった目でじっとマインラートをしばらく見ていた。
マインラートはユタカからの視線から逃れるように周囲に身をやるとゼクティア達が一斉にその柘榴石のように赤い瞳を光らせてマインラートを突き刺すような見ている光景が映った。それを確認したマインラートは咄嗟に立ち上がり距離を取ろうとしてしまった。
「はッ、はッ、はッ」
息が浅くなり、血圧が降下したせいか急に視界が暗くなり始めたマインラートにユタカが普段の執務室にいるときと変わらない様子で話しかけた。
「やだなー、マインラートさん。そんなに俺は爺臭いですか。これでもこの城にいる誰よりも地位は高くても、年齢だけは低いと思ってたんですけど」
ユタカが笑いながら冗談を口にして、つま先立ちになりながら冷や汗でびっしょりとなっていたマインラートの肩を叩いて客間から去って行った。
ユタカ達の姿が客間から無くなるとマインラートは大きく息を吐いて崩れ落ちるようにソファーに座り込んだ。それを近くで見ていたメイドが心配そうに近寄り、額から首にかけて玉のように浮かぶ汗をハンカチで拭っていた。
「ああ、ありがとう。もう大丈夫だ、少し疲れが出ただけだと思う。君こそ総督に騎士達の情報を伝えてくれてありがとう。私はもう少し休んでから戻るから、君は先に仕事に戻ってくれ」
心配そうにマインラートを見ていたメイドは笑みを浮かべて頭を下げ、客間から去った。メイドを見送ったマインラートは先ほどしでかした自らの迂闊な行動に後悔をしていた。
くそ、触れるべきでないと分かっていたところに触れちまった。はぁ~最悪だ、好奇心を抑えられないなんて俺もまだまだだな。まだ俺の首が繋がっているところを思うと見逃されたんだろうけど、次はないな。・・・よし!
立ち上がったマインラートは両の頬を手で叩き、気合を入れて大量の仕事が待っている自分の職場へと戻っていった。一方のユタカは一足先に自分の執務室に戻って、書類に目を通していた。
「脅かしすぎちゃったかな。でもね、あんなにはっきりと言われちゃうとね」
「マインラートさんはそのへんの触れるべきでない事は理解できる人だと思っていたのですけど」
「でもゼクティア、考えて見なよ。マインラートさんもあんなに優秀だから忘れがちだけど、まだかなり若い人だよ、むくむくと膨らむ好奇心が抑えられなかったってところじゃない。まあ、年齢に関して指摘されても個人的には気にしないんだけど、そこから変に想像が膨らんで異世界の人間だなんて思われたらどうなるか予想がつかないからね。ただでさえ、異様な覚醒者ではないかと思われてるんだから、これ以上不安要素を増やすことは避けたいね」
「そういえばユタカ殿、マインラートに領軍の人員の件を伝えなくてよろしかったのですか」
元騎士達の対応ですっかり頭から領軍についてマインラートに相談しようとしていたことを忘れていたユタカに冷静な指摘をオーバストがした。
「あ!せっかく会って話す機会があったのすっかり忘れてた。どうしよう、また呼び出するの大量の仕事を抱えているマインラートさんに悪い気がするし。そうだ、オーバストが伝えてきてくれない。ついでに訓練時に必要な備品とかも一緒の申請しておけばすぐにでも動き出せるはずだ」
「了解しました。先ほど話していた内容でマインラートに要請を行います。訓練についても少し考えていることがありますので、それも含めて打ち合わせを行ってきます。ゼクティア、私はマインラートのいる場所知らないので教えてくれ」
その後ゼクティアからマインラートが執務している部屋の行き方を聞いたオーバストは一人、城を歩いていた。
「ねえ、見てよ。あの方、私の好みそのものよ」
「え~、あんた、渋いのが好み?私は断然フェルト様、一択よ」
「あなた分かってないわね。年齢を重ねたからこその包容力、しかも超イケメン!」
「まあ、イケメンなのは分かるけど。でも今まであんな方いたかしら?」
オーバストは城にいる使用人や役人達の話題を独占しながら、適度に笑みを浮かべて対応し人当たりの良さを示していた。しばらく歩くとマインラートが詰めている大部屋に近づいた。その部屋の扉は相変わらず、人の出入りの多さを考慮して扉が取り外されており中からはがやがやとした話し声や物音で溢れていた。そんな部屋に壁を指の関節でコンコンと叩いてからオーバストが入ると机に噛り付くようにしていた役人達が一斉にオーバストを見たが反応は様々であった。男性の役人はその独特のデザインの黒い服が目に入るとキラキラとした視線を向けたが、それが男と知るとすぐさま書類に視線を固定した。だが一部の女性の役人達からは熱烈な視線が注がれ、ふらふらとオーバストの側に行こうとした者もいたが、隣の同僚に肩を掴まれ渋々仕事を始めていた。
「こんにちは、マインラート殿。今朝、ユタカ総督閣下と話をしていて挙がった構想についてだが今時間は大丈夫かい」
マインラートは先ほどの失態で少し自己嫌悪に陥りつつ、目の前の仕事を処理することで日常を取り戻そうとしていた。そんな時にいつかのように大部屋全体から一瞬音が消えた後、ざわめき出す光景を見て総督の部下がやって来たと理解した。
こんな時に来てしまうのか。今あの少女の赤くて冷たい目で話しかけられたら胃に穴が開きそう。ん?男の声、それに妙に親しみすい話し方。
「え、ええ。勿論です。ええと」
「失礼した。私はオーバストという者だ。ユタカ総督閣下にお仕えしている者だよ。それで、早速本題に入るが今朝ほど閣下が資料の確認していたところ道路工事に対して集まっている領民の数が少々過大であるというデータが報告されていたかと思う。そこで、希望者に限って領軍に入隊させる事を考えておられるようだ。訓練に関しては私が担当するので、そちらでは希望者の募集と訓練に使う備品の調達をお願いしたい。どうだろうか?」
「なるほど、素晴らしいお考えかと。私もボイオス総督領で自前の領軍を整える動きを始めたほうが良いのではと考えておりました。当然、本格的な編制は不可能ですが小さな規模で少しずつということでしたら、今すぐにでも動き出したほうが良いかと思います。人員の募集と備品、資金、物資の手配は我々で行わさせていただきます。ですが、一点お願いがあるのですがよろしいでしょうか」
「構いませんよ。なんでしょうか」
「今現在、旧ボイオス領軍とでも言いましょうか、そこに所属していた人間を一部ですが雇用している状態です。どうしても、人員の不足やそれまでの実務経験を考えると全員を解雇することは難しかったので。それで、そのような者達をオーバストさんが行う訓練に参加させて基準に合格するようでしたら正式に領軍に入隊させ直すことをお願いしたいのです。以前、総督閣下もご覧になっていらっしゃるのですが規律などが低下して、質は悪化しておりますがこのような状況ではある程度理解が出来ますし、しっかりと町を守っているなど最低限の業務を果たしている者は意外にも多いのです」
「分かりました。私の訓練で徹底的に叩き直すとしましょう。訓練を逃げ出したりすればそれまでの人間だったと諦めます。それではよろしくお願いします、マインラート殿」
話を終えたオーバストは声を掛けて来た女性に笑みを見せて軽く会話をした後部屋を去って行った。マインラートは各工区の人員の管理者に軍に志望するものがいるかの確認をするように指示書を書き、領軍に掛かる費用等の予算の捻出のために経理部門を集めて会議を始める用意をした。
オーバストさんで良かった。最近現れた人だけど総督閣下の部下の中で一番接しやすかったな。ゼクティアさんはただ見る分には美しくて目の保養になるけど、話をすると異様に緊張感があるからな。これからも連絡はオーバストさんに任されてくれないかな。
役人達が詰める大部屋の大半を占める男達はゼクティアが来ることを望み、まとめ役のマインラートと一部の女性の役人はオーバストを望む些細な派閥を形成しながらもボイオス総督領に山積する課題を処理するための激務は続く。
次回は3月22日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




