85.元騎士との面会
恐怖の手紙を受け取った翌日、自身の領地へ戻るシュトツェル子爵を見送るために城の城門にいたユタカの顔は疲れが出ていた。それを見たシュトツェル子爵はユタカの肩に手をやり、しばらく無言で頷いていた。
「ユタカ総督、君の仕事ぶりは必ず大公陛下にお伝えしよう。そして、君の統治によってボイオス領と我が領地を結ぶ道の治安は劇的に改善している。そう遠くないうちに商取引も再開され、互いの発展に帰すものと確信している。まだまだ、大変だろうが頑張ってくれ」
シュトツェル子爵たちは来訪時には支援物資で満載となっていた馬車に歩兵を乗せて、颯爽とシュトツェル子爵領方面へと駆け出していった。
ふ~、昨日の晩に書き上げた手紙がディアナに届けば少しは時間が稼げると思いたいな。
シュトツェル子爵から渡された手紙によってディアナやマクトル公爵の機嫌が急激に悪化している事実を突如知ったユタカはゼクティアの強い勧めに従って手紙を出すことにした。マクトル公爵家の3人への手紙を急遽書きあげたユタカはそれをシュトツェル子爵に託して、とりあえずの事態の改善を図った。
「ゼクティア、シュトツェル子爵に渡した手紙が届けばマクトル領軍が峠を越えて付近の警備に参加してくれる予定だ。アルファ達には今一度峠付近とボイアテス間の治安の改善をしてもらった後、南の方へ展開するように言って」
「了解しました」
ユタカはマクトル領軍がボイオス領の警備に参加する手はずが整ったところで、改めてアルファ達に同地域における賊の掃討を指示した。いかに高い戦闘能力と無休で活動できる自動人形といえど、数の少なさは簡単にカバーできるはずもなく、アルファ達に任せていた地域において相当数の賊の取りこぼしが存在すると予想されていた。それでも、改めてアルファ達に掃討を行わせることで少しでも残存する賊の数を減らす努力をすることが、マクトルに対する礼儀であると考えていた。
「やはり我々だけでは広大な領地に存在する賊の掃討は困難かと思います。治安の回復、維持を行うには絶対的に人数が不足しております。マクトル領軍が進出して来るとは言え、早急にボイオス領内にて軍を編制する必要があるかと思います」
「ゼクティアの言う通りではあるんだけど、如何せん領民が食うのもやっとな状況で軍にまで手が回せてないのが事実なんだよね。主要な町には派遣してもらった兵士を配置して治安の維持は行えているけど、外にまで手を伸ばすほどの人数は当然いない。既存の組織はもう崩壊していると言ってもいい状態だし、しばらくはみんなに活躍してもらって時間を稼ぐしかないかな」
ゼクティアと軍に関する話をしながら城に戻って来たユタカ達は何やら城門付近で衛兵を相手に言い合いをしている集団を横目に見ながら執務室へと戻った。ユタカの執務机の上には大量の資料が積まれており、一息つく間もなく書類の処理を始めた。
「道路工事に集めてる領民もかなりの数になっているな、前にマインラートさんから提案があってグループの新設も何とか出来たから作業員の仕事を作ったけど、この調子で増えると働き先がなくなってしまうな」
「でも食料とかは余裕がありますね。マクトル公爵からの手紙では支援物資についても安定供給が可能な見込みと書いてあったので、その部分は安心ですね」
ユタカと同じ執務室で主に資金や物資の管理に関する資料を中心に確認していたシャッツが食料事情について話していた。
「選択と集中のおかげで何とかなってるな。そうだ、さっき話してた領軍の整備を行うか。今作業員として来ている者たちの中で健康な、あるいは健康になった人間で本人の意思を確認した上で領軍に入りたい者を選抜して訓練を行う」
「なら、その訓練に関してはぜひ私にお任せいただきたい、ユタカ殿」
「確かにオーバストに任せるのが一番かな。もし使えそうならそのままオーバストが指揮を執る部隊にしてしまってもいいかもしれないね。なら集める人数は最大500人ってことでいいかな」
「ありがとうございます。ですが、なにも全員を私の指揮下に入れる必要はないので訓練だけを施すのなら特に上限はありません。ただそうですね、私の指揮下に入れるのは500までですので選抜していくことになると思います」
領軍についての案が決まったところでユタカは早速その件について相談をするためにマインラートを呼ぼうとした時、執務室の扉からノックをしたマインラートが現れた。
「素晴らしいタイミングで現れますね、マインラートさん。ちょうど呼ぼうとしていたところなんです。実はですね」
「?閣下、すみません。お話の途中ですが、少し問題が起きまして閣下のご指示を仰ぎに伺いました。以前お話しさせていただいた騎士についてです。ついに閣下が下された解雇処分について異議を申し立てに複数人で城に現れました。今は客間の方で待機させていますが、閣下に早く合わせろと何度も催促をしております」
ボイアテスに到着してすぐに解雇処分を下してからかなりの時間が経った今、突如異議を申し立てに現れた元騎士達の行動が理解できなかったユタカではあったが、何かあれば自分に通すように言っていたこともあり全員を引き連れてクレーム対応へ向かうことにした。
「おそらくはですが、騎士たちはまさか本当に解雇されるとは考えていなかったのではないでしょか。しかし、本当に食料の優先的な分配が完全に止まり、危機的な状況になった今動き出したのではないかと」
「ふ~ん、マインラートさん、以前騎士達を処分する際に義務を果たそうとしているか動向を調査するようにお願いしていたかと思いますが、その結果をまとめた資料をお持ちいただけますか。広間に先に行ってますから、届けてください。話し合いにはマインラートさんが付き合う必要はありませんので、仕事を進めていてください。お願いしたいことが出来ましたので」
「それでは後程まとめた資料をお持ちするようにいたします。念のためお気を付けください、衛兵を配置しておりますが、彼らは自分たちが今も騎士だと頑として譲らず、帯剣したまま広間で待っております。閣下のお姿を見て、場合によっては剣を振りかざすやもしれません」
「そうなったら話が早いです。そのまま殺処分するだけです」
ゼクティア達を従えながらマインラートの話を聞いていたユタカは口角の上がった口元とは異なる、冷たい目をしながら騎士たちの待つ広間へと向かった。
「いつまで我々を待たせる気だ!しかも、格の低い客間に通させるとは」
「全くですな、所詮は成り上がりの傭兵では騎士に対する礼儀さえ知らないということですな」
「まあ2人とも”総督”とやらにあまり期待するのは酷だろう。ところで、子供だとか最強の兵士を有するとか眉唾なうわさが色々が流れているが、私が調べだと見たこともないような美女を従えているのは本当のようだ。どうだ、今回の詫びとしてそれを我らで受け取るのも一興ではないかな」
「ははは、確かに。素直に渡せば今後のボイオス領の発展のために手を貸してやることも考えてやるか。まあ、その美女とやらが本当に美しければだがな」
何とも気楽な会話をしている様子を客間の壁際に立っている衛兵達はこの者達の行く末を予想して憐れんでいた。元騎士達がユタカに協力するにあたってどれぐらいの報酬を要求するかについて楽しそうに話していると広間の扉が開き、共に入って来た衛兵がユタカの到着を告げた。
「ボイオス総督領、ユタカ総督閣下のご入室です」
ゼクティア達9人の自動人形を従えて部屋に入って来たユタカの雰囲気は衛兵達が時折目にするものと異なり緊張感を周囲に与えるものだった。元騎士達は総督の入室と聞いて入り口を座ったまま目を向け、先頭を歩く子供の存在に違和感を持ちつつも、誰が総督なのかを探していた。
そんな目を向けられながらユタカが広間にある一番上座の椅子に座り、ゼクティア達を後ろに立たせて元騎士達を見た。
「何用か、元騎士の諸君」
ユタカの第一声は大上段に構えた言葉だった。言葉だけでなく、姿勢までも威圧的なもので大きな椅子に腰かけ肘置きに腕を立てている様子は子供の身体とあって一見笑いを誘う様な光景でもあったが、後ろに控えている黒で統一された身動き一つしない者達と本人の目を見てはとても笑う雰囲気ではなかった。
先ほどまで楽しく噂の美女とどのような遊びをして、噂の平民総督からどれぐらい金を毟ろうかと話していた元騎士達は言おうと決めていたセリフが口に出ずにいた。
ユタカが元騎士達の誰を見るでもなく様子をただ黙ってみていると、一番年嵩の元騎士がグッと拳を握り意を決したように話し始めた。
「我々は伯爵によって任命され、代々このボイオスにて騎士の地位を担ってきたのだ。それが突如やって来た総督なる胡乱な役職を持つ者が身勝手に地位を奪うことは出来ない。貴族でもない傭兵風情が誇り高き我ら騎士を蔑ろにするなど無礼千万、謝罪と賠償を求める」
年嵩の元騎士は仲間達を鼓舞するように必要以上に大きな声で宣言し、ユタカの後ろにいるゼクティアに目を向けて笑みを浮かべた。それを聞いていたユタカは特に何の表情の変化もなく、その元騎士に視線を振るでもなくただ座っていた。
「犯罪者、アンスガー・ボイオスを輩出した家によって見出された騎士には何の価値も見出すことは不可能。そして、その騎士の地位を活かしこの困難な状況において領民とその生活を守ろうともしない存在は排除するのみだ。これはエドゥアルト・ヤンティヌム大公爵陛下よりボイオス総督に任命された私の権限によって行われ覆されることはない」
「フッ、平民がやってる役人の役職の名前の一つにすぎんだろう。ここに最初に派遣された代官も大公陛下に任命されたのだ。大公陛下に任命されて勘違いしたか、平民。これだから学の無い傭兵は。いいか、貴族が任命した騎士の地位を剥奪できるのは貴族だけだ。出過ぎた真似をした報いとしてそこにいるお前の部下の美しい少女を私の屋敷の使用人に寄越せ。そうすれば、我らがこのボイオス領のためにお前と共に盛り立ててやることも検討してやる」
勢いづいた元騎士達は先ほどまでの様子で口々に金銭やゼクティアやシャッツを寄越せと要求を始めた。しかし、ユタカは特に何の反応も無く広間の扉が開き書類を抱えた1人のメイドがユタカの側に来るまで動きを見せなかった。
ユタカが現れたメイドと元騎士達に指を指しながら話し始めると何事かと訝しんだ元騎士達は口を閉じてユタカを見ていた。
「・・・ほう、お前はこの飢饉にあって商家より大量の食料を強制的に買い占めたと。その結果は餓死者が大量に発生したようだ。お前は賊に武器を渡して上前をはねていたのか、随分儲かったのではないかな。お前は生活が苦しくなった家の若い娘を僅かな食糧で釣って淫蕩に耽るか。まだまだあるが」
ユタカは以前からこの城で働いていたメイドが教えてくれる広間にいる元騎士達の名前とマインラートが調べていた騎士達の動きをまとめた資料とを突き合わせて、その者達の行いを詳らかに開示した。ある程度紹介したところで右手を上げると、フェルト達が動き出してソファーに深く腰掛けていた元騎士達の頭を掴み上げそのまま地面にたたきつけた。
「ガァアァァ!」
「ボハァッ」
「正直、貴様らはこの場で処刑しても良いのだが、そのようなことをすればこの部屋の清掃費用が掛かってしまう。お前たちの命より清掃費用の方が高そうだからな、去れ」
ユタカがそう言った瞬間、元騎士達の頭を掴んでいたフェルト達は元騎士達の佩いていた剣を素手でゆっくりと握り潰して破壊した。それを見た元騎士達は悲鳴を上げながら城を去っていった。
次回は3月15日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




