83.資源の活用法
ボイオス総督領で始まった公共工事は立ち上がりから問題が起き、今現在に至るまで大小様々な問題が発生してはいるが現場の献身的な努力によって全体としては順調と評価できるものであった。ユタカの狙いの一つである領民の選別、労働の意欲を示す真面目な者とそうでない者で生存数の違いが発生しているとも思える情報は各地から届けられていた。
ボイオス領各地にある城壁を持つ町の外に存在していた難民キャンプはその姿を消し、大部分の民は工事の作業員として仕事を行い、食料や金銭を得て暮らしていくことが出来るようになった。町の中にいる領民達も職を失った者などを中心に作業員として働き、残した家族に賃金の仕送りを行いその金が町の中で循環する動きも見られるようになった。一方で作業員として労働することを望まず蓄えがなくなった者は生活が困難になり、野盗あるいは町の中で強盗や盗みを働いた。そういった者たちの末路は過程こそ異なっても死という所で一致していた。
野盗の方は討伐のための部隊を十分に編成する人員が不足していることもあって平均の生存期間は長めであった。しかし、運悪くユタカの自動人形たちに発見されれば確実にその場で殺され、捕縛される者はほとんど存在しなかった。一方で街中の犯罪者は最近配置が行われ始めた巡回の兵士によって捕縛されるようになり、その全てがとある場所に護送されることとなった。
「いかがでしょうか、ユタカ総督閣下。こちらがボイオス側の最初のトンネル掘削現場になります。現在、先進導坑が入り口から200mほど、先進導坑を拡幅した本坑が150mまで進んでおります」
ユタカ達の姿はマクトルとボイオス領の境に広がっている山々を越える峠道のボイオス付近にあった。そこには大勢の捕縛された犯罪者が10人で一班としその右足首を各々が長めの鎖によって一列に繋がれ、与えられた仕事を汗と泥まみれになりながら行っていた。その周辺には鋭い視線を犯罪者に向け、剣を抜き身で持っている多くの兵士の姿があった。
「まあまあ順調なんですかね、作業従事者が犯罪者であることを考えれば。ところでこのトンネルは全長がどれ程の予定になっているんですか」
「250mほどで貫通すると事前の測定で算出しております。しかし、この峠を越える新たな1号線バイパス道の予定ルート上にはここよりも長いトンネルがまだありますし、数も10本近く掘らないといけないようです。正直、完成がいつになるか見当がつかないのが事実です」
ユタカは公国随一の商業都市であるマクトルとボイオス領の領都ボイアテスを結ぶ仮称1号線の中で交通に際して大きな制限を掛けている峠道を何とかできないかと考えていた。いくら道路を舗装しても物資輸送に大きな障害となることをユタカ達自身がマクトル領に入るときの苦労から学んでいたからだ。そこで考えたのが従前の道に改良の余地が無いのなら新たにバイパス道を通すという時間と金と労力が多大に掛かる方法だった。工事開始の前に複数の山師、地元のマタギ、住人の協力の下最も勾配が少なくかつトンネルや橋の建設が少ないルートを作成した。
「そこは気にしてませんので構いません。捕らえた犯罪者の処分のついでに先行して工事を始めているだけなので。この領の混迷した状況が落ち着いたらちゃんとした作業員と技術者を集めて本格的にやりますよ。それまではどこまで行けるかな、というお試しのようなものです。期待しすぎずやりましょう」
ここの工事責任者を任されているのはマクトル領で刑務所にあたる場所を管理していた若い役人で、工事とはかけ離れた土木仕事をしてきた者であった。しかし、働いている者が犯罪者であるということを重視したユタカはあくまでも刑務所の延長線上として捉え彼に任せることにした。前職で犯罪者を時には処刑する仕事にも関わって来た彼、フェリクスだったがこの現場に来てから人生で一番の減量を達成してしまっている。
ゴゴッゴゴゴ、・・・ブフォーーーォォーー
犯罪者たちが作業をしている正にそのトンネルから地響きと間をおいて大量の砂埃が噴出した。そして、兵士の一人が報告のためユタカ達が話しているところに駆け寄って来た。
「先進導坑の先端部で崩落事故が発生しました。その影響で作業にあたっていたグループ全員の安否が不明とのことです」
それを聞いたフェリクスは胃の上を抑え、恨めしそうな眼をユタカに向けた後収容施設に待機していた犯罪者のグループを投入するように指示した。それを受けて兵士たちは犯罪者たちを引きずるようにトンネルの中へと連れて行った。
「いやだー、死にたくない!」
「真面目に土を運んでたじゃないか、なんで俺達なんだ。あんな死に方いやだ!」
「俺は友達に誘われてやっただけなんだ、どうして、どうしてこんな目に・・・」
ローテンションで休日になって待機しているグループが突如としてトンネルに投入されるのは掘削工事の先端部で事故が起き、代わりの作業をさせられると施設全体の常識となっていた。同時にそれが二度と地上の光を見ることが叶わなくなるということも分かっていた。
「どうしましたか?そんな目をして。大方、軟弱地盤に到達したか、支保工を正しく設置しなかったかじゃないですか。よかったですね、大量の水が出ないってことは破砕帯にぶつかったわけじゃなさそうですよ」
それを聞いたフェリクスは化け物でも見たような顔をして自分より背の低い子供から一歩引いた。マクトルにいたフェリクスはユタカが戦争でどれほどの活躍をしたか理解していたし、大きな恩があると思っている。しかし、普段の柔らかく部下や民に対しても決して居丈高な態度をとならない子供が犯罪者を相手にするとまるで消耗品にしか見えていないのではと思えるような事を言い始め恐怖した。
「か、閣下はこれが何度目の事故かご存じですか?もう20回を超えています!その度に10人単位で死者が出ているのです。いくら犯罪者だからと言ってあまりにも被害が大きすぎます。せめてトンネル工事に専門の知識を持っている方を責任者に着けてください。私では適切な監督が出来ず、この先どれほどの死者が出るか分かりません」
「?、その程度の損耗は全く気にしませんよ。フェリクスさんには一分の瑕疵もないことはしっかり理解しています。当然専門家の件については大公陛下にお願いして派遣をしてもらうようにしています。もう少し時間が掛かると連絡が来ましたけどね。ああ、数が減ってしまう問題ですか?大丈夫ですよ、残念ながら補充の犯罪者はまだまだ来るそうです。早く犯罪者が領内から減って普通の状態に戻ってほしいですね」
首をかしげて話し始めたユタカの後ろのトンネルの入り口では崩落個所から排出された土砂が運び出されていた。所々に服の一部と思われる布切れや赤黒く染まった岩などが混じっている光景を見たフェリクスは胃と口を押えて側にあった木の根元で嘔吐していた。
一体あの人はなんなんだ!時々言葉が通じていないようなときがある。俺の末の弟と同じよな年齢でどうしてあそこまで壊れた感覚を持ってるんだ。怖い、早くマクトルに帰りたい。少しでも故郷を守ってくれた恩を返そうと来てみたのが失敗だったかな。
口を拭ってユタカの下に戻ろうと振り返ると笑みを浮かべたユタカが側に立っており、優しく声をかけてきた。
「フェリクスさんは彼ら彼女らのことを気にかけているんですね。でもあれは自分達の故郷が混乱し、疲弊して大変な時期にもかかわらず、その混乱に乗じて犯罪を犯すような輩です。故郷を復興させるために立ち上がれとは言いません、それぞれ立場や役割で限界がありますから。でも、自分たちの故郷に追い打ちをかけるような行動をするものはことごとく駆除する必要があります。私の統治下にその存在を許しません。そんなただただ廃棄を待つ廃品に己が故郷のために活用する機会与えて上げたのです。あれらは喜んで作業をしてもらいたいですね」
ユタカは「視察は終わりましたので帰ります」と言って美男美女ぞろいの護衛を伴って去って行った。その途中再び地響きと土煙が上がったがもう見る価値もなしと思ったのか視線を向けることなく自身の馬車へ乗り込んだ。残されたフェリクスは顔を青白くして胃を抑えたが、すでに出すものが無くなった状態ではえずくだけであり、そんな姿を心配した兵士が肩を抱いて事務所として使っているテントの方へと連れて行った。
「やっぱこの時代でトンネルを掘るのは簡単なことじゃないね。でも、あんなに苦労した峠道のバイパスが出来ればかなり経済効果が出るんじゃないかと期待してるんだ。フェリクスにはもう少し頑張ってもらいたいよ、職場が合ってなかったみたいだから交代の人事が決まったらすぐに異動してあげようかな」
峠の工事現場からボイアテスに戻る馬車の中でユタカはフェリクスの人事について考えていた。
「彼の前職を考えれば適正があると考えてのことでしたが、そんな単純な話では済まないようでしたね。それよりこの1号線もかなり安全になったと思いませんか。アルファたちが頑張ってくれているようでもうこの辺りには賊の気配がないようです。今はここから離れた地域で作戦行動を行っているようです」
「確かに行きも全く賊に出会うことがなかった。この様子ならマクトル公爵に頼んでマクトル領兵をボイオス領内まで進めてもらう時期が近いかな。そうしたらもっと広域で賊退治を行って治安の正常化への道筋も見えてくるはずだから」
「ということはディアナをボイアテスに呼ぶこともできそうですね」
それを聞いたゼクティアは笑みを浮かべ揶揄う様にユタカに以前ディアナと約束したことを思い出させた。
「あー、そうだった。ボイオス領を旅行するってやつだよね。治安が回復しても忙しそうだしな、でもあの時の公爵やアロイジアさんは結構怖かったし、反故にしたらディアナを含めてめちゃくちゃ怒られそう。ん~、視察も兼ねての旅行になるだろうな。は~、好きな時に好きなように旅行へ行けないなんて難儀な職業に就いたものだよ」
初めてこの道を通った時と違い、小鳥がさえずり木々の間からの木漏れ日と木々の匂いに忙し日々の疲れを少し癒しつつ大量の仕事が待つボイアテスへ向けて馬車が進んだ。
次回は3月1日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




