82.休暇命令
ユタカ達、総督府の職員が当初思い描いていた少数での試行を経た後、改善された手順書に従い行われる本格的な工事、という流れは住む場所を失った難民たちと比べれば多少はましであると考えられていた城壁の内側で生活する住民が想定以上に追い込まていた事実を反映して、急遽改善を経ずに見込み発車せざるを得なくなり当初の計画は破綻したとも言えた。
その日から続くユタカをも含む役人や武官も関係のない激務の日々により、過労で倒れる者が続出し一時的に総督府の稼働率が下がるという事態も発生したが、二週間もすれば経験による効率化によって仕事量は減らずとも多少の余裕が現れるようになっていた。
「現在、1号線に1グループと、2号線に2グループが二つの工区に分かれて工事を行っています。集まる作業員の数は徐々に増加する一方で、採石場や物資の運搬作業など様々な作業へ振り分けていますが労働力に余剰が発生しつつあるのが現状です。そこで、現在稼働中の3グループの担当者を含めて人員整理を行い、もう一つグループを作成する案が挙がっております」
ここ数日健康的な時間には寝ることが出来ているおかげで朝から目がしっかり覚めているユタカは、相変わらず顔色のすぐれないマインラートの報告を聞いていた。
「グループを新設すること自体は賛成だよ。だけど、余剰分がどれほどかによるな。もし、さした数でなければ道路を締め固めるローラーとか不足してるからそこらの木を材料に”タコ”を作って地道にやらせてもいいんじゃない。最悪、人間が歩くだけでも踏み固まるんだからさ。効率を求めているわけではないから無理してまでグループを作る必要はないよ」
「”タコ”ですか?聞いたことのないものですね。図に描き起こしていただけますでしょうか、併せて制作方法も頂けると現場と共有ができます。グループ新設する案は余剰の労働力を計算し、再検討するようにいたします」
あれ?この世界には”タコ”がなかったのかな。時代劇の築城シーンでは頻出の道具だったから当たり前の物かと思ってたな。
「作り方については詳しくは無いから大体でしか記載できないよ。あとは現場の工夫でお願いしたいね。それと話が変わるけどマインラートさんは最近休みを取ったかい」
余りの顔色の悪さに思わずユタカはマインラートに問わずにはおれなかった。マインラートの様子はユタカ達がボイアテスに着いて初めて見た時から悪いとすごく悪いの間を行き来しているのしか目にしたことがなく、健康的な姿は一度も見ることはなかった。
「もうマクトル領に派遣されてから二か月近くが経ちますが休暇を取れる暇がない状態でして。ですが、ご安心ください。最低限の自身の健康管理は行っておりますので業務が滞るようなことは無いようにしています」
予想は出来てたけど聞きたくなかった答えだな。こういう真面目な人って仕事がある限り休みもとらずずっと働くんだろうな。勤勉であることは素晴らしいことに間違いは無いんだけど、それが組織全体にとって利点のみかというと何とも言えない部分がなるしな。
「マインラートさん、今日から一週間でマインラートさんが不在にしていても仕事が最低限にでも回るように体制の構築と業務の内容の共有を行ってください。そして、その結果を確認するためにまずは来週から二日間マインラートさんには総督命令で強制的に休暇を取ってもらいます。業務が属人的になりすぎては組織全体の危機管理上、やはり不安材料として大きすぎますので改善を始めましょう」
「しかし、この時期に行わずともよろしいのではないでしょうか。もう少し安定してからでも良い案件かと思いますが。それに私の健康状態は見た目ほど悪くはないと理解しております」
「別にマインラートさんがどうこうという訳ではなく誰かが怪我や病気をしたとたん業務が止まってしまう様な組織の在り方を変えないといけないということです。今まで回ってたこと自体が奇跡ですよ。仕事量に対して人員が足りていないこの状況にあってはなおさらです。人員不足の件は俺にも責任があることなのであまり偉そうなことは言えないですが」
「分かりました。私の業務の中で代行ができるもの、できないもの選定から初めて、補完体制を考えてみたいと思います」
そう言って、マインラートが執務室から去ってった。
ん~、最後も渋々な感じがにじみ出てたな。マインラートはなかなかのワーカホリックぶりを見せてるな。仕事が趣味であることを咎めるつもりは毛頭ないけど、そんな人を周りの人が頼ってしまう様な事は避けたいから何とか理解してもらえるといいけど。
基本は面倒くさがり屋で楽な方に流れてしまうユタカからすれば休暇が貰えるなら喜んで取るので、休暇を渋るマインラートの考えがいまいちよく理解がしにくかった。休暇を取りたがらない人の個性を尊重しつつも、組織としての問題を絡めて休ませることで、自分を含め他の役人が休んでも後ろめたさを感じないような職場を作るためには必要な策ではあった。
ユタカの休暇命令が出た日から一週間が経ち、休暇一日目のマインラートの姿は昼間の居酒屋にあった。この物資の不足しているボイオス領であっても支援物資とは別口で派遣されている文官武官のために手配されている物資をボイアテスの城の比較的近くにある居酒屋などが購入し、文官武官を相手に商売をするという流れが出来ていた。物資を地元民に勝手に横流しするのは褒められた行為ではないが、城の中にある食堂のみでは料理の種類やサービスが限られてしまこともあり公然の秘密として行われていた。
「どうした、マインラート。久しぶりの休暇で酒の飲み方も忘れたか?」
居酒屋の隅に設置された机に座るマインラートの向かいには体格が全く異なる人物が座り、手に持った大きなジョッキを豪快に傾けていた。
「ベルトルトはなんでこんなところにいるんだ。お前は2号線の作業員キャンプの警備責任者だろ」
マインラートは塩気の強い干し肉を少しふやかして辛味のある野草と和えた料理を摘まみながらジョッキからちびちびと飲んでいた。
「お前が総督閣下の命令で休暇を取るっていうから付き合ってやろうと思って俺も休暇にしたのさ。キャンプの方は部下たちで何とか回せるようにはなってるからしばらくは大丈夫だろう。それで、閣下との仕事はどうだ。みんな羨ましがってるぜ、あんな大陸中探しても見つからないような美少女たちに毎日会えるってな」
「は~、お前本気でそれ言ってるのか?ベルトルトが教えてくれたんだろうが、連中が普通じゃないって。お前の話を聞いてなきゃあ、まあ、おそらくこの先の人生で見ることすら叶わないような華と毎日会えるのは控えめに言ってもいい気分だったろうがな」
ベルトルトは空になったジョッキを高く掲げ、追加の酒を給仕に頼みながら味の濃いつまみを口に放り込んだ。
「華か、確かに格別に美しい華ではあることは確かだが遠目に鑑賞するのにとどめるのが最善だろうな。あれ?この話は前にもしたっけな。ここに来る前はヤンティヌム城の衛兵をやり始めた時だったんだが、閣下とあの集団が立哨する俺の前を通ったことがあったんだ。そん時気配を感じたのが先導してた先輩と閣下の二人だけで他の連中の気配が感じられなかった。姿は目の前にあるのに気配が恐ろしく希薄だったんだ。そんでどんな奴らなのかと思って、マクトルの知り合いから戦場での話を何とか聞き出して驚いたぜ。お前はいつも見てるから知ってるだろうがあいつら俺より腕とか細いだろ、なのに投げた槍で敵の身体を何人も貫通させたとか、敵の体が宙を舞っていたとかいうんだぜ。こりゃからかわれたなと思ったら陛下主催のパーティーの事件だ」
「ん?陛下のパーティーの件は聞いたことが無いな。って、閣下は陛下のパーティーで何かをやったのか」
ベルトルトは給仕が「どうぞー」と言いながら渡してきたジョッキを一口だけ口をつけ、手に持つジョッ机の上に置きながら首を振った。
「詳しいことは知らないが陛下が閣下に余興を望んだらしい。現場での話は参加した先輩たちから聞いたんだけなんだが、新雪のように白い肌と髪、澄み切った海のような青い目を持つ少女のメイドがあろうことか大公家の紋章の入った近衛騎士の鎧を片手で破壊したってな」
「青い目の少女、ああ、初日に閣下とお会いした時にそんな少女がいたな。ってあの鎧って壊れることがあるのか」
「パーティー会場から回収された鎧を直接見たが、まずはさすが近衛騎士の鎧だ、と思った。バラバラに砕け散ってはいなかったからな。だが小さめの拳の型が胸部から背中側の装甲に向けて飛び出てた。それを見て近衛の仲間たちで顔を真っ青にしたね。前にすれ違った連中は城内に入るときに武器を回収されて丸腰で、俺達は完全武装だから有利だとか、そんな次元の話ではないってな。もし、気に入らないことがあって拳を向けられたら俺の胴体を挟んだ状態であの鎧と同じような形になるんだってな」
嫌な想像をしたベルトルトは乾いた口へジョッキに残っていた酒を一気に注ぎこんだ。
「まあ、前に閣下と面接して思ったけど子供ながら、偉ぶることもなく俺達にも礼儀正しく接してくれるような方の仲間なんだから間違っても矛を交えることにゃならないだろうがな」
「それはどうだろうな。閣下なら」
今現在は出向してユタカの下で働いているとはいえ大公家に忠実な近衛騎士であると自他ともに認めるベルトルトとしては、大公への反逆の可能性が欠片でもあるのなら見逃せるものではなかった。マインラートの口から出た言葉は視線を鋭くするに足りるものであった。
「おい、勘違いするな。閣下は公国に反旗を翻すようなことはしてないし、するようにも見えない。ただな、なんだか考え方が俺達とは少し違うように思えるんだ。そもそも何者なんだろうな、閣下は。仕事から離れてゆっくりお前と話していると改めて感じるが、あの人と仕事をしてると、口から出てくる言葉を聞くと、同年代かそれよりも上の人間がいるような気がするんだ。能力や人柄、判断力、指導力、どれをとっても総督という役に相応しい様に思える人なのにその見た目だけがあまりにも不釣り合いなんだ」
「なんにせよ、お互い仕事で上司とするには文句はない人物であるのは確かなはずだ。いつまで閣下の部下でいられるかは分からないが、将来の出世のための貴重な経験をしていることは忘れないようにしないとな。それじゃ、もう一回乾杯するか。俺たちの不思議な上司に!」
二人は夜になっても飲み続け、もつれ合うようにしながら城の一角に設けられたそれぞれの宿舎に戻っていった。
次回は2月22日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




