79.難民キャンプへ
「あ、おかえりゼクティア。マインラートさんはすぐに見つかった?」
ゼクティアが執務室に戻るとユタカがその体に不釣り合いなほど大きく立派な机の上に広げていた皿をシャッツに渡しているところだった。
「はい、正午には担当の役人数名とその護衛として武官が15名で城の正門前に集まるそうです。手始めにまず町の外の難民たちを対象に募集を行うようですが、多少の混乱が予想されるそうです。フェルト、大丈夫そうですか」
「ああ、先日この町に入るときに確認したが武器と呼べるようなものを大量に所持しているようには思えなかったのと、かなり体力が低下しているよう様子も見て取れた。仮に暴動が起きたところで抑え込みユタカ殿をお守りすることは可能だろう。ただ、ユタカ殿には馬車の中からの視察に留めてもらいたい」
ゼクティアから警護に関して振られたフェルトはボイアテスに入る際に目にした難民たちの様子を思い出しながらユタカの赴く先の危険度の算定をしていた。危険度は高いとは言えないがやはり混乱が生じた際に飛び道具が不意にユタカを襲う可能性は避けたいという意図からいつもの馬車から外を窺う程度にする条件を設定した。
「フェルトの条件に従うよ、それが約束だしね。募集をしたときの反応がどんなものかを確認したかったから馬車の中からでも現場にいればわかるでしょ。この領地の民の性質って言うのか、気質って言うのかそれが分かれば今後の役に立ちそうだしね。あ、片付けありがとう、シャッツ」
シャッツがユタカの朝食の食器を片付けに執務室を出ていくと入れ替わりにノックの後、マインラートの部下が書類の山を抱えて入って来た。
「ユタカ総督閣下、こちらが未決済の文書でございます。ご確認をお願いいたします」
「ご苦労さまです、正午からしばらく外で視察に出ますのでいつもより決済が遅れるかもしれませんが今日中には片づけておきます」
それを聞いた役人は何か言いたげにしていたが口にすることなくユタカに静かに頭を下げた後、執務室を後にした。
ユタカはすでに見慣れてしまった机の上に鎮座する書類の山を見て朝からため息をつかざるを得ない気分を抑え込み一番上の書類を取って目を通し始めた。
「・・・承認っと、『水無 隆』。は~、この世界に来て前の世界では信じられない経験をいくつもしてきたけど、一周回って原点回帰の書類仕事を労働基準法ガン無視でやってる現状に泣けてくるね」
「頑張ってください、ユタカさん。ボイアテスに来るための旅費とかマクトルの屋敷のローン返済があるので、この仕事で得られる給料は必須です。かなり額もいいですしね」
食器の片付けから戻って来たシャッツが両手に拳を握って応援してくれたが、ユタカは異世界に来てまで書類仕事をしてる自分に思うところはあった。
パソコンがないし、メールもない、書く道具も羽ペンだから書き辛いったらありゃしない。この世界の実務をこなしてる人たちには頭が上がらないな。表計算ソフトもないのにこんな予算書を作れなんて言われたら俺は逃げるね。
「我らが会計のシャッツにそう言われては頑張るしかないね。確かに月収が白金貨1枚だもんな、円換算すれば年収1,200万円の高額所得者の仲間入りか。しかも、成績評価で賞与が出る上支給額がそのまま手取りになるんだからすごいはずだ、総督の給料が普通いくらなのか知らないから比較できないけど」
大公との契約で雇われている形のユタカの評価はこの城にいる役人の誰かが査定係をしているらしく、毎月の大公への報告を参考にして行われることとなっていた。この成績評価はプラスは勿論マイナス査定も含まれるシビアなものではあるがユタカは、地に着いているどころか、地面深くに向けて掘り進めているようなボイオス領の現状では評価の据え置きがあってもマイナス査定は無いものと考えている。
その後もゼクティア達の助けを借りながら書類の決裁を進めていると作業員の募集に向かう役人たちが集合する時間となった。
「ユタカ殿、そろそろお時間ですので移動いたしましょう。城の正面玄関にテヒニクとオーバストが馬車を向かわせています」
ユタカは机の上に広げられていた書類を簡単にまとめた後、フェルトとゼクティアが先導する中シャッツと並んでマネキン4人を引き連れ正面玄関へと移動していった。
道中、執務室からめったに出ない総督の姿と黒の軍服に身を包んだ自動人形の集団を見かけた役人たちが慌てて道の真ん中を開け、頭を下げている姿を目にした。
「あれ、結構人気者じゃんシャッツ。さっきの女性なんて小さく手振ってたよ」
ユタカの食事の手配などで明るい時間に城の中を移動する機会のあるシャッツはその体格と容姿から歩く高級な人形的存在として女性を中心にひそかな人気があり、声を掛けれられることもしばしばあった。
「部屋の外に出る機会が多いので見知ってる人が多いのかもしれないですね。実はフェルト先輩もひそかな人気があるんですよ、あの容姿で常に笑みを張り付けてますから分かりますけど。でも、さっき執務室に戻る途中で耳に入った噂には他を寄せ付けない冷たすぎる振舞いをする氷の秘書官がいるってものがありました。っぷ、だれのことなんでしょう、氷の何とかって」
シャッツは前を歩くゼクティアにちらちらと目線を送りながらわざとらしく聞いて来た。当然それが聞こえていたゼクティアがぎろっと鋭い視線をシャッツに送り黙らせていた。
「まあ、なんだ、俺も含めてだろうけど誰彼構わず仲良くなれとは言わないけど、この状況で一緒に頑張ってくれてる仲間なんだからそれなりにコミュニケーションと取るようにしておいた方が良いよ、多分ね」
時折ゼクティアとシャッツが視線を使った鍔迫り合いを横から眺めているとテヒニクたちが待っている馬車が見えてきた。
「おお、ここに来た時と比べてかなり中の空間が空いたね。これなら体をねじ込んで乗り込む必要はなさそうだ」
「おうよ、城に持って行ける物は移動済みだし、保存食とかも徐々に減ってるからユタカの他に乗っても十分に余裕はあるはずだぜ。おれの工房から持ち出した荷物はいまだに置き場が決まらず馬車に載ったままだがよ」
馬車の横で立っていたテヒニクが新しい工房の計画がいまだ立っておらず、道具も今だ荷ほどきさえせず馬車に積載されたままの状況に不満げであった。
「ごめん、テヒニク。しばらく辛抱してくれ、こんな状況じゃ新たな拠点の候補地の選定さえできてないんだ。せめてあふれる難民と賊をなんとかできる目途がたったらすぐにでも始めるから、それまでは道路の敷設工事の監修をして」
テヒニクは「わかってる」と返事をし、オーバストに肩を抱かれながら馬車に乗っていた。二人が乗ったのを見たユタカとシャッツも小走りで馬車の中に乗り、御者台にゼクティアとフェルトが乗ったところで馬車が動き出した。
ユタカ達の馬車が正門前に到着するとすでに役人と護衛の文官がそれぞれ分かれて打ち合わせをしている最中のようであった。
「総督閣下、ようこそいらっしゃいました。最終確認が終わりましたら、早速ボイアテスの城壁の外にいる民から作業員の募集を掛けます。正直に申しますとどれだけの人数が集まるのか予想が難しいため、多く集まれば石材や輸送関連などの業務に振り分けますし、少なければ工事の開始は見送り工区ごとに設置するキャンプの設営業務のみに従事させる予定です」
募集の責任者を任されたマインラートの部下をしている役人が黒い軍服の集団に守られて近づいてくる馬車を見るや否や打ち合わせを切り上げ説明を始めた。ユタカは近付いてきた役人の説明を馬車に設置された窓から顔を出しながら聞き、特段の案内や配慮は必要ない旨を伝えた後、順調な滑り出しを期待しつつ集まっている者たちの姿を見ていた。
面倒ごとを押し付けられたが派遣された人材の選定については大公に感謝だな。いくら優秀でも俺を子供と侮るようでは邪魔になるだけだから、固定概念が少なくて優秀な者を選定してくれたのはさすがだな。
ボイオス領に派遣される人材は大公やマクトル公爵領からの出向で占められているが、その選定にあたっては大公の意向で業務経験より若さと能力が重視され、選ばれた者は少なくとも一度はユタカと直接の会話をする機会を経てから派遣されていた。若さと能力面で選定された人材の中には当然、自分よりも幼い子供を上司として働くことを拒んだり、侮りを隠さない者もいたがそれらはユタカが直接会う中で排除されていた。大公やマクトル公爵の配慮のおかげで子供がトップを務める新たな組織は内部での不協和音が発生しにくい環境で立ち上がった。当然、選定を厳しくしたせいで人数が十分に充足せず一人一人に掛かる業務の負担は相当なものとなってしまっていた。それでも若く才気あふれた文官武官たちは過酷な現場で大きな経験が得られると感じており奮起していた。
先ほどユタカに説明していた役人は全員の準備が終えたのを確認すると以降のスケジュールと注意事項、そして総督が視察していることに軽く触れた後、出発の合図をした。
ユタカ達の馬車は皆の邪魔にならないように集団の一番後ろにつき、治安が悪化している難民キャンプに立ち入ることに緊張をしている役人やその役人を守るために意気込む武官たちの様子を眺めていた。
相変わらず人気の少ない大通りを一行は順調に進み、ユタカ達がボイアテスに入るときに使った門に到着した。そこには規律は崩壊しているが、かろうじてゴロツキには落ちていないといった体の門番達が屯っていた。そんな門番達も明らかに服装が異なり、外の領地から派遣された兵士たちを連れる一行を見れば金を要求することなく大人しく開門作業を始めた。
城門を通過している最中、見覚えのある黒い軍服とそれに守られる馬車の姿を見た一部の門番がギョッとした様子で見ていたが、関わることを避けるためか目線をすぐに逸らしそそくさと裏の方へ去って行った。
城門を抜け、難民キャンプの中でも人が多く集まっている場所に移動した一行は持ち運んでいた簡単な演台を用意してその上に担当者が立ち、作業員募集の説明を始めた。
次回は2月1日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




