78.佐官級
寝室の窓から差し込む日の光で目を覚ましたユタカは目をこすりながら体を起こし、いつものように寝室で警備をしてくれているであろうゼクティア達に「おはよう」と言って、目を開けた。
フェルトやシャッツ達が返事をしてくれる中でいつもなら真っ先に声をかけてくれるゼクティアがベットの横で自動人形然とした佇まいでいるのを確認して、朝の弱いユタカにしては今までになく寝起きから上機嫌な笑みを浮かべた。
「水無殿、『自動人形召喚・指示』の段階が進行したことをご報告申し上げます。現在行使可能な力は、完全体8体の召喚、不完全体13体の召喚となります」
「おはよう、ゼクティア。そして報告をありがとう。まずはロイトナン達とみんなの頑張りに感謝を」
ユタカがいつものようにまだ見ぬ自動人形を求める、あるいは想像するという他者に説明ができない感覚を感じると寝室と執務室を隔てる扉の前に立っていた不完全体が一歩前に出て、その体の周囲に黒い霧が集まりだした。
マネキンの体に肉が付き、皮膚など人間としてのパーツが揃いだしたところでお揃いの黒い軍服に身を覆い赤い柘榴石のような瞳を開けてユタカを見た。
お、赤い瞳ってことは戦闘特化型ではないみたいだ。ロイトナンみたいに体格がいいけど40代後半か、テヒニクよりも少し上のような姿をしてるな。
ユタカが新たな完全体の姿を見ながら今度はどんな職能持ちなのかを想像していると、追加の二体の不完全体の召喚が完了した。
「水無殿!ただいま受肉が完了しました。『自動人形』士官職能付与型佐官級、1体の完全召喚及び2体の不完全体の召喚を報告します」
「これからもよろしく。えっと、佐官ってことは大佐とか中佐とかの階級だよね。名前は、・・・オーバストにします。よろしく、オーバスト。佐官だからロイトナンより多くの兵を指揮できるってことでいいのかな」
名前を与えられたオーバストは踵をカツっと当てて敬礼をした。そして、ロイトナン達と違い若さのあるイケメンではなく、端正な顔に良い年齢の重ね方をしたら現れる渋さのある顔立ちによく似合う重みのある声を発した。
「これより自身をオーバストと認識いたします。自分の職能についてですが、500名までの兵を指揮する能力を有しており、指揮下の部隊を五つまでに分割して同時に指揮する能力を有します。指揮能力が向上している分、尉官級に比べて戦闘能力が低下しています」
「なるほど、前の世界ならそれだけの人数を指揮するなら戦闘能力よりも部隊を俯瞰して適切な指示とかを行うことが求められるんだろうね。この世界では500人だと本当の前線で敵とぶつかる集団のごく一部でしかないからうまくみんなの能力を活かす方法を考えないといけないかもしれないな。前回もロイトナンに能力以上の部隊を指揮させようとして結局は俺の指示を伝える伝令兼戦闘員になっちゃってたみたいだから」
大規模な会戦が主たるこの世界では一つの戦闘の集団を構成する人数が多くなり、前の世界と比べると指揮下の人数に対して指揮官に求められる指揮能力が一回り以上低くなっていた。
この世界では500人ぐらいの部隊の指揮官は周囲の状況を見ながら、上司の指示の元動けばいいんだろうけど、オーバストはより広域の戦闘領域を支配して部隊を運用する能力を持ってるだろうからこのままだと本来の能力を殺してしまうな。でも、槍や弓で戦っている状況では500人ぐらいの集団に求められる働きはそこではないからこの世界の体制が適当なんだろうし、難しいな。
ユタカが前回のマクトル防衛戦より考えていた問題について考え始めたところで、シャッツが朝食をとりに寝室を出ていった。そして、ゼクティアに寝巻から着替えるように言われてのそのそと着替え始めると隣の執務室からマインラートがユタカを呼ぶ声が聞こえ、それを耳にしたゼクティアが手早く着せ替え人形のようにユタカの服を着替えさせた。
「おはようございます、マインラートさん。今日も朝早くからご苦労様です。えっと、今日から実際に作業員の募集と工事を行うんでしたっけ」
着替えさせられたユタカが執務室への扉を開け、ゼクティア達と共に執務室へ移動すると昨日は見かけなかったオーバストを見たマインラートが一瞬不思議そうにしたが、すぐに仕事の話を始めた。
「おはようございます、閣下。本日より小規模ながら二号線の舗装工事を開始する手はずとなっております。採石場での作業員については失業していた者を集めてすぐにでも稼働できるように午前中までに手配します。石材の運搬に関してはここボイアテスの商家に余っている馬車を徴発し、運搬を始める手はずも同時に行い、最初の工区に夕方までには搬入が行えるように手配いたします」
「さすが皆さん手際が良いですね、今日の作業で問題点を確認して明日から募集する作業者を増やして本格的に行えるようにしましょう。立ち上がりの早さで救える民の数が変わってきます」
ユタカの言葉を聞いたマインラートは作業に取り掛かるべく執務室を後にした。マインラートと入れ替わるように戻って来たシャッツの持ってきた朝食を食べたユタカは自分が総督に就任して初めてとなる施策の始まりを直接目にしたいと警護の責任者であるフェルトに直談判した。
「・・・分かりました、新たに召喚されたオーバストと不完全体二体も私の指揮下にいれるという条件の下でしたら」
ユタカの言うことに理解を示し、戦力が増えた現状と場外の危険度を計算したフェルトは渋々ながら条件付きで認めた。
「助かるよ、フェルト。その条件に付いてもなんの異論もないけど、確かフェルトって尉官級だったよね。階級的にはオーバストの方が上の階級だったと思うけど、オーバストが下についても問題が起きたりしないの?」
「ユタカ、私達の中には職能で立場の上下が決定されることはないのです。あくまで性能を示すものでしかないので、例えば同じ士官職能持ちのロイトナンとオーバストでは階級の差がありますが、あくまでも戦闘力を抑えより指揮能力に特化し大規模な部隊を運用できるような性能を保有しているのがオーバストであるという意味しか持ちません」
尉官級の職能持ちであるフェルトの下に佐官級の職能持ちのオーバストが入るという課長に指示される部長のような違和感のある構図を考えてしまったユタカだが、ゼクティアによれば立場そのものを示していないようだった。そして、自動人形たちに上下関係を設定できるのはあくまでユタカ本人しかいないとのことであった。
「なるほどね、じゃあオーバストとマネキン二人はフェルトの指示の下で動いて。それと、武器も持ってもらった方が良いだろうから備品関係についてはシャッツの指示に従って揃えておいて。ゼクティア、朝食が終わったら動こうと思うからマインラートさんに作業員の募集に同行すると伝えて来て」
そう言ってユタカはシャッツの持ってきた蒸かし芋と干し肉を油でカリッと焼いたものを食べ始めた。途中シャッツがマクトルで買い込んだ食料以外に新鮮な食材を使って料理をしたいとぼやいていたのを聞きながらゼクティアはマインラートにユタカの行動を知らせるべく役人たちが集まって作業を行っている大部屋に向けて移動した。
ボイオス城の廊下は最初に来た時と変わらず何の装飾も無い殺風景なものであったが、大公やマクトル公爵から派遣された文官や武官が忙しそうに走り回り、活気があふれていた。その中でも今回の道路工事の事業を担う部門が設置されている大部屋の中からは朝の時間帯にも関わらず大勢の人間の声が飛び交っているのが離れた廊下にいてもはっきりと分かる程であった。
マインラートもいるその大部屋に机を置いており、人の出入りの頻度を考えて扉が外されてしまっている所をゼクティアは通り抜けて入室した。
膨大な作業を行うため昼夜関係なく作業が行われている大部屋の中で周囲の役人と比べても顔色が悪くなり、目つきのぎらついているマインラートは今日から始まる事業の準備のため部下を走らせ、報告を聞きながらも手元の書類の添削を続けていた。
事前に大公陛下に閣下が始める事業について聞かされていたが、予算規模が大きすぎて事前準備していた計画が役に立たない!支援金や支援物資を全てこの事業に注ぎ込むなんて無茶苦茶なことを、くそ、この計画書では物資輸送に後々欠陥が生じる。
「おい、こんな計画では一週間と保たずにこの工区で物資不足を起こすぞ。どんな計算をしてる!」
この事業のために集められた役人は能力を認められた者たちばかりで、本来ならば全体統括をしているマインラートが書類を細部まで確認する必要はないはずであったが、連日の激務と想定を超えた事業規模にミスが頻繁に発生し、その是正を指摘する場面が増え始めていた。ミスをした部下の目の下には大きな隈が自分の起こした単純なミスに信じられないような表情をしつつもすぐに訂正した書類の作成を始めた。そんな、槍や矢が飛んでいないだけでほぼ戦場と変わらないような職場に突如どよめきと静寂が発生した。
マインラートは何事かと思い机の上にある書類の山越しに部下達の視線の先に目を向けると、新たな上司になった妙な子供が従えている黒服の女が感情を全く感じさせない目線を自分に向けていた。
城に詰めている役人たちはほとんどがゼクティア達の姿を目にする機会がなかった。それは、主であるユタカが城の上層階にある執務室からほとんど出る機会が無く、ユタカの執務室内で行われる会議は幹部級の者しか参加することが無いため、その存在をたまたま見かけた役人たちの目撃情報だけが広まっていた。やれ、黒いマントに覆われた死神が城の屋根を走っていた、白い髪の美少女が食べ物を抱えて走り回る、イケメンが城の窓から外を憂いの表情を浮かべながら見つめている。多くの役人の中でそんな噂だけの存在になっていたそのものが突如として職場に現れ、歩いている姿を見て声を上げずにはいられなかった。
「ほら言ったじゃねか、あれは夢じゃなかったんだ。あの夜見た美少女は存在してたんだ」
「見て!信じられない程白い髪と肌、キレイ」
「それになんて整った顔立ち、どこかの王侯貴族の縁者の方かしら」
「すげー、あんな美人初めて見た。今日までの徹夜の疲れが浄化されるみたいだ」
そんなざわめきの中、徐々に近づいてきたゼクティアを見てマインラートは体に緊張を感じた。ボイオス領に派遣される時と新たな上司の情報を集めていくうちにマクトル防衛戦で最終盤に発生した大量のボイオス兵の死傷に今目の前にいる存在とその仲間が関与していることに行きついた。初めて実際に目にした際は生身の人間では考えられない程美しい見た目に驚き、くだらない噂を掴んでしまったと思ってしまったが旧知の武官が口にした言葉によって常にユタカ達に会う時は背に汗をかく羽目になった。
「これは、えっと、ゼクティアさんでしたか。このような場所に来られるとは珍しいですね。何か閣下からご指示でしょうか」
「ユタカ総督閣下が本日、道路敷設事業の人員募集の状況を視察したいとおっしゃられました。つきましては募集の時間、場所の情報を頂きたいと思いましてお邪魔いたしました」
マインラートがいつものように緊張感を全く感じさせないように対応すると相手は燃えるように赤い瞳を向け、なんの感情も抑揚もなく、ただ意味の分かる音が発しているような風に要件を伝えてきた。それを聞いたマインラートは広い机の上にいくつもある書類の山の一つから関係するものを見つけ出し、ユタカが必要とする情報を伝えるとゼクティアが短く礼のようなものを言った後去って行った。
ふ~、閣下がおられる場ではもう少し感情というか、人間味を感じたが今のはまるで大きな人形と話しているようにしか感じなかったぞ。
そんなマインラートを役人たちが興味深げに見ていたが、作業に戻るように檄をとばすと再びそれぞが自身の抱える仕事の処理に掛かった。
次回は1月25日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




