72.領境へ
カミルやアルトナーに見送られマクトルを出るとユタカ達は大型馬車の車列を一路ボイオス領に向け街道を進んだ。隊列は最前列と最後尾から二台目までに家財道具が積載された馬車を、その内側にユタカの乗車する馬車を前後からテヒニクが作った器具を満載した馬車を挟むように配した隊列を形成した。
拠点に置いていた物はかなりの量になりユタカの乗っている馬車にも所狭しと物が積み込まれ、同乗しているゼクティアとほぼ密着しているような状態になっていた。
「すみません、ユタカ。想定以上の荷物があったようでこの馬車にもかなり積み込まなくてはいけなくなってしまったようです」
「いいよ、全然大丈夫。でも、気になるのはこの馬車の前後の馬車だよね。見るからに重そうな状態だよ、いくら体格のいい馬を選んで曳かせてるとはいえ道の状況によっては進めなくなっちゃいそうだよ」
テヒニクの作った機械などは金属部品が多く、かなりの重量となっている。いくつかに分解して荷重が分散するようにはしているものの、やはり限界ぎりぎりであることは間違いなかった。領境にある峠を越えられるか、ボイオス領に入ったあとの道はマクトル領ほど整備されてるかどうかで到着日時にかなり幅が出そうな予感がしていた。
「立ち往生したときのことも考えて、フェルトは一班を多めの人数で編制しているそうです。進めなくなったら馬車を後ろから押しますよ」
メルディからマクトルへの移動と同じく馬の状態を最優先にした移動を行っており、昼食の時間になっても停まることなくユタカは馬車の中でヴェンツェル支配人から貰ったサンドイッチを頬張りながら、荷物の隙間から見える風景を堪能していた。その頃になると馬車の外は主に草原が広がっていた風景の中に、かなり面積で盛大に土が掘り起こされた様子がうかがえる所が観れるようになった。
「もうここまで来たんだね。あれだけの防衛線を築いたのにもう堀を埋め戻した様子しか見えないね」
激戦によって踏みつぶされたり、多くの戦死者が流した血液が影響し草が枯れている様子がこの穏やかな空の下で確かに戦が行われたことを証明していた。
「今朝、フェルトがカミル様に確認したところマクトル領内における敗残兵、賊についてはほぼ殲滅が完了しいるようです。ですが、まだ少数の賊の活動が認められるようですのでここから先は警戒を厳にします」
何度かの馬の休憩を経て、完全に日が沈み真っ暗闇になった街道をしばらく進み峠が見え始めたところで野営を行うことになった。ユタカの乗る馬車を中心に6台の馬車を円状に配し、さらにその外側に二重の哨戒線を設定された。
ユタカは中心の馬車の側で机を出して遅い夕食を食べていた。側にはゼクティアとフェルトがいるが食料を節約するためユタカのみが食事を行っていた。
「今日一日ボイオス領に行く馬車も、来る馬車とも会わなかったね。おかげでこの車列が遅くても文句を言われなかったからよかったけど、それだけ誰も寄り付かないような地域ってことが分かっちゃうな」
「はい、そして明日からは峠を越えてそのボイオス領に入ります。早朝に出発し峠を通過するのは昼過ぎになる予想です。その後は第二、三班を街道の左右の広範囲に展開し賊退治を行います」
「いよいよだね。分かってると思うけど、みんなには賊は生かしておく必要ないから発見次第全て殺処分するように伝えておいて。それとシャッツに夕ご飯おいしかったって伝えておいて。それじゃ今日は朝早かったからもう寝るね。お休み」
「お休みなさい」
ゼクティアとフェルトはユタカが馬車の中に作りつけられたベットの中に荷物の隙間を縫い、身をよじりながら入っていくところを見送るとすぐゼクティアが不満げな顔をフェルトに向けた。
「フェルト、伝え聞く話を聞くとやはり本隊の戦力に不安はあるんじゃない。それはあなたが一番分かってるはずなのにどうしてこの体制にしたの」
フェルトはゼクティアの言う通り今回の移動の責任者として当地の危険度はかなり高いと想定していたし、本隊である第一班の人員の少なさを感じていない訳ではなかった。しかし、自らの主であるユタカの目的を察してしまった今、この体制が最善策でなくとも良策であると確認していた。
「ユタカ殿は今回の移動で果たすべき目的を二つ設定している。それは、損害なく目的地に到着すること。もう一つは周辺の賊を殲滅すること。これは今朝話したな。どうやら二つ目の賊の殲滅は移動中に手が開けば程度のことではないらしい。今朝ユタカ殿に全体の体制について話した時も第二、三班の戦力の薄さに少し不満がある様子だった。ユタカ殿は自身の護衛を削ってまで賊の殲滅にこだわりを持っているようだ。おそらくだが賊の殲滅が直接の目的ではなく人間を殺すこと自体が目的かもしれない」
「今の我々の数では足りない・・・力の段階を上げることを目的にしている、・・・総督就任のせいか!今のユタカ能力を超えた仕事量に対応するために危険を負ってまで性急に力を求めざるを得なくなっていってことね」
人形のように端正な顔にある細く美しい眉を吊り上げながらゼクティアは安全を優先する傾向のあるユタカが似合わない程リスクを負っている理由に気づいた。ゼクティアの推測に困ったように頷いたフェルトはユタカを翻意させることが叶わないだろうと確信していた。
「もどかしいが今の我々の力だけではこれからユタカ殿が抱えるであろう人々を守ることは難しい。忘れたわけではないだろう、グレンゼ村でのことを。だがユタカ殿も総督就任が足手まといを抱えることになると分かっていてもあえて受けた。ユタカ殿の、我々の目的を達成するための一歩になると判断したからだ。その為に望んでいない力を求めているようだしな」
「テヒニクと行っていることね。この世界に対してさした思い入れは無いけど、確かに”アレ”がもたらす悲劇の引き金を引いて欲しいとは思わないわね。いつか到達するにしても、それがよそ者によるものではいけないでしょうね」
二人はテヒニクが作った器具が分解され積載されている馬車を見ながらため息をついた。
「ユタカ殿もあくまでも保険であって使用するつもりはないようだから、我々がもっと力を付ければ使用する場面に出会すこともなくなるだろう。それで、ここからはゼクティアにしかできない依頼だが、もし本隊で対応不可能なほどの状況になった場合はユタカ殿を昏睡させてでも無理やり離脱し、マクトルに戻れるようにしておいてくれ。大森林でユタカ殿を止めることを願われたのはゼクティアだからな」
ゼクティアは大森林の遺跡を見渡せる木の上で話していた内容を思い出しながら、苦々しい顔をしながら了承した。
「頼んだぞ。別にユタカ殿が力に溺れて、過信したうえで更なる力を求めるために無理をしている訳ではないのは知っているが、それでも我々の内誰一人損耗することはさせない、などという指示を出されては守れるもの守れなくなってしまうからな」
馬車の方からユタカが狭い空間のせいなのか寝苦しそうにごそごそと物音を立てるとゼクティアが笑みを浮かべながらユタカの寝ている馬車の中に身を器用に動かしながら入っていった。
自動人形たちによる不眠不休の警戒網を潜り抜け襲撃をするような愚か者は存在せず静かな夜が明けた早朝、シャッツが簡単な朝食を作りユタカに渡すと食べる時間も用意することなく車列は峠に向けて移動を始めた。
「すみません、ユタカ。どうしても明るい内に峠を越えてボイオス領に入りたいので食事は馬車の中で済ませてください」
「わかってるよ、俺も暗くなってから危険地帯に入りたいとは思わないからね。そうだ、ゼクティア。御者をしてるみんなに馬車の状態に一層気を付けるように言っておいて。坂道で変な壊れ方して荷物が坂を転げ落ちてほしくは無いから、少しでも異常があればすぐに止まって点検をするようにしよう」
ゼクティアはユタカの指示をすぐに御者を担当している自動人形に向けて通信を行った。そして、車列はマクトル防衛戦の初期段階で活躍した襲撃部隊の策源地と化していた森から徐々に離れゴツゴツとした岩の目立つ道へと進んでいった。
ユタカが後ろを進む馬車を見るとゼクティア達と同じ端正な顔に年齢を重ねて醸し出される渋さのあるおじさんがいつにもまして渋みを増しながら馬の手綱を持っている姿があった。
うわ、道が悪くなってきて振動が起きてるからかすごい機嫌悪そう。元々移動に対して不満があったみたいだからなー。シャッツには悪いけどボイオス領に新たな拠点が出来たらテヒニクの予算を増やしてのびのびと研究ができるようにするから許してくれ。
所狭しと積み込まれた荷物の隙間からテヒニクに向けて手を合わせているユタカを奇妙そうに見た後、ゼクティアは近付いてきた領境の峠に鋭い視線を向けた。
次回は12月14日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




