73.ボイオス領へ到着
ユタカ達の車列はマクトル-ボイオスの領境になる峠へと入っていた。マクトル領内にあった道と明らかに異なり整備の不足を感じさせる上に、先の戦いにおける敵の大軍が使用した進出路であったためか路面状況はひどいものであった。その悪路の上を行くのは荷物を満載した大型の馬車であり、明らかに移動速度が遅くなっていた。
「?どうしたの急に止まって。何かあったの、ゼクティア」
ユタカの乗った馬車は明らかにそれまでと違い、上り坂が始まったあたりから徒歩程度の速度しか出なくなっていた。いつ止まるとも分からない状況ではあったが、ついに完全に進まなくなってしまった。荷物に囲まれてろくに外の様子を窺うこのできないユタカは、同じように荷物に囲まれているゼクティアに聞いた。
「・・・、二台前の馬車の車輪が道の窪みにはまってしまったようです。もうすぐ脱出が完了し前進が再開されるようです」
ユタカに問われたゼクティアは今回の引っ越し関連の指揮を執っているフェルトに通信を行い状況を確認した。それによるとこの先はさらに路面状況が悪化しているようで、先行する偵察隊に円匙を持たせて偵察任務の他に馬車の進行に支障が出るであろう箇所の簡易的な補修を行うようにするとのことだった。
再び車列が動き出して少しするとユタカの馬車の横を腰に付けた剣の鞘と円匙をカンカンと触れさせながら数体のマネキンが車列の前方に向け走り去っていった。
「想像以上に道が悪いみたいだね。もしかしたら明るい内に峠を抜けるのは難しいかな」
「フェルトの予想ですとまだなんとか夕方前には抜けられる予想です。ただ、先ほど昼食については馬車内で済ましてもらうようにとの連絡を受けました。馬の状況にもよりますが、馬の休憩がうまい具合にタイミングが昼食の時間に合わない限りはこの狭い中で携帯食料で済ましてもらいます」
その後はフェルトの命じた偵察隊による道路補修が功を奏したのか完全に止まることはなかった。しかし、明らかに曳いている馬に対して荷物の重さと坂の傾斜が厳しすぎるところが所々現れ、マネキン達による補助なしでは進めなくなっていた。
計7台の馬車の後ろに一体ずつマネキンが付いて押しているときは襲撃に対して即応力が低下することもあり、一行の緊張感も否応なしに高まったが幸いにしてほぼ一般の通行者のいない峠を縄張りにするような賊は存在しないようで無事に峠の最高点まで到達した。
「いやー、なかなか素晴らしい景色じゃん。道の駅があってもおかしくないような所だね」
「ユタカのいた世界ではないので車がないのに生半可な思いや準備で来るような人はいないでしょうからすぐに潰れると思いますよ」
長い長い上り坂が終わるとマクトル領とボイオス領のどちらも眺められる気持ちのいい場所が広がっていた。「多分あれがマクトルの町なんだろうな」と思える程度にしか見えないが、ここまでの道程を確認でき達成感を感じさせる景色であった。
「ユタカ殿、あと少しで馬の休憩を終了します。先ほどからテヒニクが各車両の足回りの確認をしていますが、痛みはあるものの今回の移動の間は問題ないとのことです」
テヒニクは額に寄ってしまったしわをさらに深くし、車体の下を覗き込みながら確認を行っていた。これまでの悪路での振動はおそらくかなりのダメージをテヒニクの作った器具に与えているのは間違いないようなので不機嫌になっていた。
「それとここからはかなり乱暴な下り方をします。かなり揺れると思いますので寝具に身を包んで怪我をしないようにしてください」
御者をしてた者やマネキン達が各々頑丈そうな金属製を棒を手に持ち、御者台や馬車の後ろに移動し始めた。なにをするのか分からずユタカは首を傾げたが、休憩を終え少し走り出して意味が分かった。
ガガガガガッガガーーガガー
車列は砂煙をもうもうと上げながら坂道を下っていた。
こういうことか!確かに馬車にブレーキらしいブレーキがなかったからどうするのかと思ってたらこんな方法で減速するなんて。
減速を担当する自動人形は手に持つ棒を地面に接触させ、自身の足と加えて抵抗力を利用して過剰な速度を打ち消すようにしていた。ここまでユタカの側にいたゼクティアでさえ外に出て、制動の間に合わない馬車に駆け寄っては車体を掴みながら土煙を上げ速度を落とさせていた。
間違っても生身の人間が真似できる方法ではないな。多分やっちゃいけない峠の道の下り方なんだろうな。普通は荷物を下ろして、馬とか人とかに担がせてゆっくり降りていくんだろうな。昔の日本に馬車のイメージがない理由はこれなんじゃないか、坂に弱すぎる!
馬にとっては登りと違い負荷が少ない状態で、自分のペースで坂を下っていくので比較的楽そうであったが舞い散る大量の砂埃には辟易とした様子であった。それでも、素直に進んでくれたおかげでフェルトの予想よりも少し日は傾いてしまっていたが、それほど大きな遅れもなく峠越えが出来た。
「参ったね、これはマクトルからの支援が不十分になるわけだ。支援物資がある、なしの問題以前に大量に荷物を運ぶ術がないんだから当然だな。ボイオス領が落ち着いたらこの峠を何とかしてうまく通れる方法を考えたいところだね」
「はい、将来的にはその必要があるとは思いますが目先のことを報告させていただきますとここから先はボイオス領になります。まだ距離はありますが偵察隊から複数の賊が徘徊しているとの情報がすでに上がっています。ですが、当初の予定通りこれより先は第二、三班を街道の左右に大きく展開させるということでよろしいでしょうか」
峠を抜けて平地に出てすぐに久しく使用されていないと思われる関所が姿を見せ、関所の門もだらしなく開かれている状態で放置されていた。
「へー、早速賊を発見できたんだ。幸先良いね。勿論二班は展開させて、できるだけ賊を殲滅するようにして。俺たちはこの車列が堂々と見せながら明かりに寄ってくる虫のごとく現れる賊を殲滅するとしよう。彼らは俺が統治するボイオス領には必要のない存在だからちゃんと排除しとかないと後々面倒になるからね」
「は!それでは第二班並びに第三班を展開させます。第一班は馬車の護衛と賊の殲滅を行い、ここから先は車列の速度を落として進むようにいたします」
自分の身の安全を守ることに加えてしっかりと賊を殲滅することにも重きを置いた行動を提案してくれたフェルトに満足そうに笑みを浮かべユタカは大きく頷いた。
先行して偵察していた隊が戻り、一度全員が集合した後第二班、三班としてしばらく別行動をするロイトナン達と言葉を交わし、各々散開し再び移動が再開された。
「なんだか聞いていた感じと違って長閑な感じだね。もっと賊がそこら中で跋扈して村を襲ったり、縄張り争いしたりしてる世界かと思ってた」
覚悟していた状況との違いについてユタカは荷物の隙間から御者台に顔を出して手綱を握っている黒い軍服に身を包んだ少女に話しかけた。
「ちょっと、ユタカさん。顔を出さないでくださいよ、私がフェルト先輩に怒られちゃうじゃないですか。・・・え?フェルト先輩、これは違うんです、ってなんですぐにばれちゃったんですか。あー!」
シャッツが横を見るとユタカの乗っている馬車の護衛を外で行っていたゼクティアがすごい目をしていた。どうやら首を出したユタカと話しているシャッツを見ながらフェルトに密告の通信を行っていたようだった。
「ユタカさんのせいで怒られちゃったじゃないですか。しばらく中で大人しくしておいてください。頭の中に直接聞こえる通信でフェルト先輩の説教を聞く経験のしたことのないユタカさんはこの辛さが分からないんです」
両の頬をぷーと膨らませ、もうユタカとは話さないと言わんばかりに顔を反らしてしまったシャッツを見ながらユタカは「ごめん、ごめん」と言いながら馬車の奥へと戻っていった。ユタカのいる第一班は馬車7台にゼクティア、フェルト、シャッツ、テヒニクとマネキン9体からなる編制になっており、御者に就いていないゼクティアとマネキン5体から先頭と最後尾に1体ずつ配され、他が適宜隊列の側面の護衛に配されている。
みんな馬車に隠れてもらって見える護衛を無くして進んでもいいかなと思ったけど、フェルトが許してくれなかったからこの体制になって、これでうまく賊が釣れるといいな。考えようによってはゼクティアが外を警備してれば馬鹿な連中が食いついてくれるかもしれないな。
ユタカがそんなことを考えているとその通り釣りあげられようとしている賊が一同の前方に待機していた。
「おい、お前ら久しぶりに大物が掛かったぜ。いいか、でけえ馬車が7台もあるうえに見たこともないほどの上玉の女が二人いるらしいぜ。一人は俺のだから手を出して汚すなよ、それ以外はお前らにくれてやるぜ」
「「「ひゃーー!」」」
「飯と一緒に女がセットでやって来たぜ、これはちゃんと楽しまないといけねぇなー」
「今日は眠れない夜になりそうだぜ、ひひひ」
得物の少ない場所を縄張りとせざるを得なかったこの賊の集団は久しぶりの獲物が大物だけでなく、思わぬおまけ付きと知って気を昂らせていた。そんな中にようやく少年から大人に変わろうかといった年頃の賊が恐る恐る頭である大柄の男の側に近づいた。
「か、頭。おかしくないですか、だってあいつらあんな大きな馬車を何台も連れて峠を越えてきたはずなのにあれしか護衛がいないなんて。罠なんじゃないですか」
「ァア゛?てめえビビッてるのか?馬車と峠に何の関係があるんだ。あの妙な服を観ろ、どうせ売れない見世物屋やそこらだろう。それより大事なのは目の前に女と金があるってことだろ!ビビりの新入りはここで縮こまって俺たちが極上の女と楽しんでるところを見てな!おら!仕掛けるぞ!」
「か、頭!俺はあの戦いで荷役をしてただから知ってるんだ!あの人数じゃ下り坂は無理だ。あ!!」
賊の集団は忠告を聞くことなく、勘の良い新入り一人を残して全員が馬車に向かって奇声を上げながら走っていった。その先にあるのは食料にありつける天国でも、絶世の美女で遊べる楽園でもなく、理不尽な人生の終着点でしかないにも関わらず。
次回は12月21日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




