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71.ボイオス領へ

「だぁ~、疲れた」


 ユタカが仮眠をしていた部屋からゼクティアと共に出てくると、大きなソファーにだらしなく体を預けながら大きく息を吐いたロイトナンがいた。肉体的な疲労とは無縁の自動人形だが精神的な疲労は別のようであった。


「なんだかお疲れだね、ロイトナン。そんなに大変だったの?」


 ソファーにかけたまま首を背もたれに沿ってグッと反らして後ろに立っていたユタカを逆さに見たロイトナンが愚痴りだした。


「聞いてくれ、ユタカ。俺が家具を運んだり、馬車に詰めてると、やれ家具の角がぶつかっただの、積み込む順番が違うだのって文句を言うんだぜ。テヒニクに至ってはクッソ重い実験器具を運んでると斜めにするなとか、衝撃を与えるなとか。文句を言われ続けてりゃ疲れるぜ」


「ロイトナン先輩は物を雑に扱い過ぎです。あの家具一ついくらすると思ってるんですか。今度運ぶとき傷付けたらロイトナン先輩のお小遣いから天引きしますからね。大体あんな適当な積み方してたら何台馬車があっても足りなくなっちゃいます」

「そうだぜ、物を大切に扱え。俺が作ったあの機械にどれだけの時間と手間がかかってるのか分かってるのか?少しの衝撃でどんなずれが出てくるかもわかんねえんだ。馬車に載せて運送ってだけでげんなりしてるのに、積み込むのにもあんな扱いをされたらたまらないぜ」


 シャッツやテヒニクが話しているように今現在、すべての荷物が屋敷から馬車に移されテヒニクが研究している機材なども工房から出て、馬車に載せられている状態であることから11人のマネキン達が総出で馬車や屋敷の敷地内を警備する厳重な体制が敷かれていた。一方食事をすることのできる完全体は皆ラクスホテルに集まり、明日からの日々への英気を養おうとしていた。


 まだ、ボイオス領へ出発もしていない状態にも関わらず、多大な疲労を抱えている若干一名がいたが各々久しぶり、あるいは初めてのラクスホテルの高級料理を味わうためホテルの食堂へと移動した。

 食堂ではヴェンツェル支配人の差配によって数々の料理が配膳された。追加料金の件もあり、今までにないほどに豪華な料理が並びシャッツは味わいながらもナイフとフォークを器用に使い、料理を分解しながら何やら納得しながら食べていた。


「食事の途中だけど、明日からいよいよ本格的に仕事が始まるよ。この世界に来て初めての定職だからせめていきなり首になるようなことのない様に頑張ろうか。とーっても面倒な仕事だけどその分給料は良いからね、その分は頑張らないと道理が通らない。その為に今日は豪華な食事を用意してもらいました。存分に飲み食いして明日からの過酷な日々のために力を蓄えよう」


 その日は夜遅くまで飲み食いをした。途中、ヴェンツェル支配人がお得意様であるユタカの出世ということもありホテルの中でも高級な酒瓶をサービスで出し、ロイトナンやテヒニクがうまそうに飲んでいる姿を見てユタカが久方ぶりに酒を飲んで見たところ前の世界では飲んだこともないほど上等な味がした。そして、その味によってかなりの量を飲んでしまったにもかかわらず顔色一つ変わることがなかった。


 おかしいな、こんなに飲むといつもならダウンするところなのに酔った感じがまったくしない。前にゼクティアが俺の体が改変されてるって言ってたけど、病気に強くなってるってだけじゃなくて毒への耐性も強化されてるのか。


 ロイトナン達自動人形がアルコールなど摂取したところでその効果を発するはずもなく、ユタカでさえ異常な耐性を見せてしまいヴェンツェル支配人が酒の力で気分を良くしてもらおうと気をまわしてた甲斐もなく、いくら飲み進めても全員が素面のまま食事が進んでいった。


 翌朝、まだ町の住人が動き始める前にユタカ達はラクスホテルを後にしようとしていた。


「ユタカ様、ご利用ありがとうございました。早くに立つとお伺いしておりましたので朝食の代わりにもと思いまして、携行できる食事をご用意させていただきました。どうぞ、皆様でお召し上がりください。本日は当ラクスホテルのご利用いただきありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


「ありがとうございます。道中みんなで頂きます。それではまた伺います、ヴェンツェル支配人」


 ユタカは請求額より幾分多めの金額を支払い、ラクスホテルを出て自分たちの屋敷に向かった。マクトルの町は所々で鎧戸を開ける姿が見られる程度のとても静かなもので、いつもの活気あふれる雰囲気とは違った印象を与えていた。その中を子供を先頭にした白い髪を湛えた美男美女の集団が静かに進み、スラム街そばの屋敷の敷地へと入っていった。


 その屋敷の庭には大型の馬車が7台も停まっており、その周囲には11体ものマネキンが歩哨や立哨を行い厳重な警備が敷かれていた。そして、この馬車を曳くために用意された馬も立派な体格をしたものが新たに12頭がおり、ユタカ達がグレンゼ村から世話になっている馬を合わせ14頭になる大所帯となった。


「ユタカ殿、ボイオス領内にある目的地までの体制について確認させていただきます。まず今回の移動に関しては目的を第一に人員、物資ともに損耗なく移動を完了すること、第二に街道周辺に存在するであろう賊の討伐とします。そのために3班に分けて行動を行います。第一班はユタカ殿、物資を積載する馬車の警護、御者として私を始めゼクティア、シャッツ、テヒニク、そして不完全体9体で編制します。第二班はロイトナンと不完全体2体で、第三班はアルファとベータで編制し、街道から左右に展開し賊退治を遂行します。なお、今回の作戦の指揮は私が執らせていただきます」


 フェルトらしい手堅い布陣だな。自動人形の中で個として最強戦力であるアルファとベータ、小規模な数を統率し戦闘を指揮できる士官職能持ちのロイトナンの下にマネキンを二人つけて連携による戦闘力を期待するか。欲を言えばもう一班編制して、さらに広範囲で賊を殲滅することが出来ればよかったけどこの馬車の数とそれによる隊列側面の面積の増加を考えれば難しいか。賊程度なら問題ないとは思うけど、ちょっと過保護なフェルトがそれに首を縦に振ってくれるとは思えないな。これがフェルトの最大限の譲歩なんだろう。


「二班、三班に関しては本隊の警護よりも賊退治を優先するようにするつもりですので、場合によっては本隊が襲撃を受けた際には駆けつけるまでに時間を要することが考えられます。そこで一班は襲撃者の殲滅ではなく、防御に重きを置いた動きにします」


「わかった、委細フェルトに任せるよ。荷物の重量がかなりのものになってるから馬や馬車の状態に常に気を付けるようにしておいて。それじゃ、出発しようか」


「は!御者担当は割り振られた馬車に搭乗せよ。その他は所定の配置に着け。総員、移動開始」


 フェルトの命令によってキビキビと18体もの自動人形が動き出した。ユタカも自分の馬車にマネキンの助けを受けながら乗車し、それが完了すると屋敷の門が開きはなたれ7台の馬車が次々を出発した。

 再びマクトルの表通りに出て東門へと向かって車列が移動していると、早朝とは違い住人が家から表に出て各々活動を始めていると所であった。明らかに不審な車列であったがもはや見慣れた黒い軍服に身を包む者に守られるように移動する姿を見て、住人たちは「また賊を潰しに行くのか」程度の感想を持ちつつも自分たちの仕事へと戻っていった。ごく一部の旅人のような装いをした人にとっては戦争が起きているわけでもないのに輜重隊のように厳重な警護がされた馬車が何台も連なっていては何事かと身を構えたが、周りにいるマクトルの住人の反応を見て「マクトルはこんな事がよく起きるのか」と間違ったイメージを持ってしまった。


「そろそろ東門に着きます。テヒニクから報告を受けていますが、工房に保管していた器具に関しては検査をさせるわけにはいきませんのでユタカの持つ総督としての権限を利用する可能性もあるので準備をしておいてください」


 そうだった。テヒニクと作ったあの機械を見られるのはまずい。外見を見られるだけでもこの世界に変な影響を与えてしまうかもしれないしな。


 ユタカはテヒニクが作った機械を考えながら内ポケットに仕舞った大公の任命書を手に触れて確認した。


 馬車を曳く馬たちの軽快な足音が前を行く馬車から徐々になくなっていきユタカの乗る馬車も停車した。隊列の前方からはフェルトと聞き覚えのある声がし、ユタカが身を乗り出して先頭の方を見た。


「あ、アルトナー司令官。どうしたんですか、こんな朝早く。何かありました?あれ、カミル様までどうしたのですか」


 ユタカは車列の先頭にいたフェルトと話すアルトナーとマクトル公爵家嫡男カミルの姿を確認し、ゼクティアを連れて向かった。


「おお、久しぶりだねユタカ君。これから困難な地へと赴く君に挨拶をと思って待たせてもらったんだ。カミル様もぜひ君に挨拶したいとのことでご一緒してる。おっと、もう”君”なんてつけて呼んじゃいけないんだったね。ユタカ様」


「アルトナーさん、俺は貴族になったつもりはないですよ。役職の関係上で男爵相当の地位を得てるだけで外部登用の役人みたいなものですよ。ぜひ今まで通りでお願いします。カミル様、おはようございます。わざわざ見送りに来ていただいてありがとうございます」


 最初にあった時は父であるエンゲルベルトの陰に隠れて弱気な雰囲気を感じさせていたカミルは父不在のマクトルをまとめ上げるという仕事を担っているせいか、少し自信を持った様子でユタカの前に立っていた。


「ユタカ様、妹のディアナがお世話になっています。ご迷惑をお掛けしなかったでしょうか。兄としてはまずそこが心配でして」


「いいえ、メルディではこちらがお世話になってばかりでしたよ。こう言っては失礼ですが、カミル様のお姿は以前お会いした時と比べて堂々とした雰囲気を感じさせ、これから隣の地域を統治する身としては大変心強くあります。何かとご迷惑をおかけしてしまうことがあろうかと思いますが、どうぞ宜しくお願い申し上げます」


「いえいえ、父上から一時的にマクトルを任されてから入ってくる報告を見るとボイオス領の荒廃の具合はかなり酷いものでマクトル領にまで悪影響が及んでいる始末です。そこをユタカ様が統治していただけるというのはマクトルにとって大変良いことなのです。何かありましたらぜひ声をお掛けいただければと思います」


 ふむ、初見では自信なさげで大丈夫かとも思ったがさすがは公爵家といった所だな。これだけ優秀な次代がいる領がお隣にあるってのはかなり心強いな。


 二人に挨拶をし終えると門番による検査も省略され出発の許可が下りた。アルトナーと兵たちの敬礼を受けながら馬車はゆっくりと進み、ユタカも答礼をしながらマクトルを後にした。

次回は12月7日午前0時の投稿となります。


誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。

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