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70.バルリング商会への依頼

 マクトルの大通りを抜け、小綺麗な建物から雑多で不穏な雰囲気を感じさせる建物が密集する地域に近づくと周辺の建物とは異質なほど立派な風格を漂わす屋敷が見えてきた。その屋敷の大きな門はユタカ達の乗る馬車の接近に合わせ警備についていたマネキン二体よって開門され、馬車が止まることなく敷地内へと入ると同時に閉門された。


 久しぶりに帰って来た屋敷の庭には何台もの大型の馬車が整然と駐車されており、そのうちのいくつかは荷台に分解された家具などが満載されていた。ゼクティアからの連絡を受けたシャッツ達は移動の用意を着々と進めていたようで、屋敷の中に入ってみると数は多くは無かったがそれでも必要な分はあった家具の全てが姿を消し、 伽藍堂のようになっていた。そんな様子を見ていると上の階からマネキンに指示を出しながら残りの家具の運びを行っていたシャッツがやって来た。


「ユタカさん、おかえりなさい。なんだか大変なことになったみたいですね。公爵家から入金がありましたが、その後の引っ越しの準備でかなりお金が掛かっちゃてますよ。相変わらずテヒニクは変なものを買い込むし」


 主計官職としてユタカ達の会計的なことの一切を仕切って管理をしているシャッツは新たな収入源が得られたのはよかったようだが、予定外の出費と費用を気にせず研究を行うテヒニクの存在が頭痛の種になっていたようだった。エルビィンの商会に便宜を図ってもらったとは言え、大型馬車を何台も購入としそれらを牽引する馬の購入したとあってかなりの出費となっているようであった。そんな、シャッツにユタカは労いの言葉を掛けながら、メルディを出発する際にアロイジアに渡されたお土産を渡すと満面の笑みを浮かべながら引っ越しの準備へと戻っていった。


「ゼクティアとアルファは俺と一緒にエルビィンさんの所に行こう。他のみんなは引っ越しの手伝いをして、終わったらラクスホテルに行っておいて。そこで落ち合おう」


 ユタカはマクトルを発つ前の晩はこの町に来た時に初めて泊まった高級ホテルであるラクスホテルで豪華な食事でみんなの英気を養おうと思っていた。


 シャッツに小言を言われるかもしれないが引っ越しの準備が行われもぬけの殻となりつつある屋敷で一晩を過ごすより合理的だし、この世界で本意でなくとも初めて定職に就くんだからシャッツも許してくれるでしょ。


 ユタカは久しぶりのラクスホテルの豪華な夕食に期待をしながらも、自分のなすべきことをなすためにエルビィンの営むバルリング商会へと赴き、会頭のエルビィンとの商談を始めた。


「お久しぶりです、ユタカ様。噂はマクトルまで届いておりますよ。なんでも、新しい役職に就いてボイオス領を統治なさるとか。こういっては何ですが、あの森で出会った方がこのような偉業をなすとは思いませんでした。それに先の戦いでも私共の商会に大きな仕事を回していただいたようで、また貸しが大きくなってしまいましたね」


「さすがエルビィンさんは耳が早いですね、何とも成り行きと言いますでしょうか、大きな仕事をやることになってしまいました。貸しと言いますが今回こちらもシャッツが買い入れた馬車や馬に関してはかなり値段を調整してもらっているようで助かりました。これから先、何かと資金が必要な我々としてはこの段階での出費が少しでも減るのはとっても助かります」


 先の戦いで戦局に大きな影響を与える森での襲撃を物資面で支えるという重要な仕事をユタカの指名で行い無事に成し遂げたことでバルリング商会の評価は高まり、売り上げは右肩上がりとなっていた。そのせいか店員の数も前に訪れた時よりもだいぶ増え、以前にも増して活気のある店へとなり手狭になりつつあるのか店の周辺の土地の購入も行い店の拡張を行っている様子であった。


「馬車の件に関しては本当でしたら無料で差し上げたいぐらいでしたが、最近のマクトルの活況で馬車の需要が高まっていまして、値段の高騰していることとシャッツ様がどうしても譲渡は受けないとおっしゃっておりまして、いくらか割引したお値段で購入していただいたんです。ユタカ様に言うことではないですが、シャッツ様とお話をしていますととても見た通りの年齢には思えないほど思慮深い方で常に緊張感を持って商談を行わさせていただいております」


 そうエルビィンは笑いながら話していた。シャッツは非常に友好的な関係を築いている商会が相手とは言え、一方的な施しを受けることが後々の関係に悪影響を及ぼす事を考慮した上で割引などの有利なサービス

を受けつつも決してただで物を貰う様な取引を行うことはなかった。親密な関係は利用しても過度な馴れ合いを排除するドライな面を見せるシャッツとの交渉をエルビィンも楽しんでいるようであった。


「それで今回のお邪魔したのはエルビィンさんがもう知ってらっしゃる次の私の仕事に関することです。端的に申しますと、ボイオス領への食料の輸送と支店の出店依頼です」


 それを聞いたエルビィンはそれまでのニコニコとした笑みを消し、名うての商人としてこの案件に関するリスクとリターンについて厳しい表情で考えていた。そんな様子を確認したユタカは言葉を続けた。


「当然、今のボイオス領の状況を考えると被る損害の方が大きくてとても利のある話ではありません。ですが、現状ボイオス領では大規模な食糧難が発生しています。それに対応するためにある程度の予算を回します。略奪が多発する危険地帯を通過する輸送路であることを踏まえ、警備費の実費は私が持ち、無事にボイオス領届いた食料については全量を警備費を除いた仕入代、輸送費、利益など加味したエルビィンさんの言い値で購入します。どうでしょう?」


 条件を聞いたエルビィンは輸送中の危険性について考えていた。ユタカの言う通りまさに危険地帯と化しているボイオス領へ輸送することは並大抵のことではなかった。今現在も時折、マクトルから食料支援が送られているがそれも多くの兵を帯同させ、さながら軍の輜重隊のような警備の元でやっとなせるような状態であり、一商会が行える状況にはなかった。ユタカの示した条件はかなりエルビィンにとって有利なものであったが、それでも自分の商会員がさらされる危険性を考えるとすぐに頷けずにいた。


 店舗をもつ大きな商会の会頭にも関わらず時には自身が行商を行うエルビィンがボイオス領までの輸送の危険性についてどのように評価しているのかを十分に理解しているユタカだが、ユタカとしてもマクトル公爵家による支援だけでなく民間による物流が存在しなければ先がないと考えていた。そこで自身が最も信頼できる業者であるバルリング商会の輸送への参加はボイオス領の復興のために必須な要素と捉えた。そこで利益だけではなく、すこしでも治安に関するプラス情報を提供するようにした。


「我々は明日ボイオス領に向けて移動を開始します。その道はエルビィンさんにお願いしたい食糧輸送の経路と同じですが、道中部下を広く展開しながら移動して賊を発見次第残らず討伐するつもりです。伊達にマクトルで賊退治を行ってはいません、私の想定ではかなりの数の賊を排除出来た上で周辺の賊へも恐怖を与える効果があると考えています」


 確かにユタカ様はマクトル周辺の賊を退治して、周辺の賊に対して絶対的な恐怖を与えてきた。あの人数からは考えられないような戦果を挙げているのは疑いようの無いものだが、今のボイオス領はマクトル周辺の賊とは比べ物にならない程の数が存在し、賊同士の縄張り争いまで頻繁に行われるほどの惨状らしい。いかにユタカ様と言えど容易なことではないはずだが、今までユタカ様は私の期待をいい意味で裏切って来た。


 エルビィンがユタカの話と力、そして今までの恩を勘案し一つの条件を出したうえで了承することを決めた。


「わかりました、ユタカ様から頂いた恩を考えれば我が商会としてもできる限りご協力をしたいと思います。しかし、申し訳ないのですが私の想定を超えるほどの危険が迫っていると判断した場合はユタカ様の事前了承なく輸送の中止をお許しいただきたいのですがよろしいでしょうか」


「わかりました。その条件の下お願いします。それで、二つ目の支店の出店については今後ボイオス領が安定してからの話なので今性急に結論を出してもらう必要はありません。今後の輸送業務の中で向こうの状況を観察した後で判断してもらえればと思います」


 エルビィンが出してきた条件は自身の商会員を守るために当然つけるであろうことと思っていたユタカは即座に了承し、バルリング商会による食料の輸送経路の開拓に成功した。仕事の条件を書類にまとめた契約書を作成し、互いにサインをした後握手を交わした。今後しばらくマクトルを離れるユタカはエルビィンと今までの思い出話に花を咲かせた後、ボイオス領への移動も含め当分の食料を購入し、屋敷に届けるように手配しラクスホテルへと向かった。


「ようこそいらっしゃいました、ユタカ様、皆様。以前お使いいただいたお部屋の方をご用意させていただいております」


 ラクスホテルに入ると支配人のヴェンツェルが直々に出迎え、以前逗留していた部屋へと案内をしてくれた。


「ヴェンツェル支配人、ご無沙汰してます。今回は一泊ですがよろしくお願いします。この後連れがやってきますが、揃ったところで夕食をお願いします。久しぶりのラクスホテルの夕食に喜びを抑えられないようで、追加料金を払いますので品数を増やしてもらえますか」


 それを聞いたヴェンツェル支配人は笑みを浮かべ「かしこまりました」と言い残し、部屋の扉を閉め去って行った。


「ふ~、この部屋に泊まってたのがすごく前に感じるな。アルファは完全体になってから初めてだよね。ここのごはんはすごくおいしいから楽しみにしてよ」


 マクトルに強行軍で到着した後、休憩を入れることなくエルビィンとの交渉を行いさすがに疲れたユタカはロイトナン達が来るまで以前自分が寝起きしていた部屋へ行き、仮眠をとっていた。そして、コネクティングルームになっている隣の部屋にどたどたと複数人が入ってくる音がした後、ベットの隣に置いた椅子に座っていたゼクティアが優しく声をかけ、ユタカを起こした。

次回は11月30日午前0時の投稿となります。


誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。

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