68.下準備
ユタカのボイオス総督としての最初の決断が下され、その内容の苛烈さに大人達が息をのんでいるとディアナが声を上げた。
「もう少しいい方法があるんじゃない、ユタカ。ここには陛下やお父様、ハーゲン様、エトムント様もいらっしゃるのよ。皆さまは領地のことについて経験豊富だしお力もある方々よ、もう少し助けてもらえばいいじゃない。そんな、いきなり見捨てることはないわ」
「ディアナ様、いや、ディアナ。これ以上の援助を得るのは難しい。おそらく今この瞬間もマクトル公爵領やシュトツェル子爵領からの食料などの援助が行われてるんだろうがシュトツェル子爵閣下が確認されたように足りていないのだろう。それなりの規模であるボイオス領の民を支えることは簡単なことではないんだよ。貴重な資源を薄くばらまいて全て無駄になるか、限られた人間に与え確実に少数を救うか。意味があるのがどっちなのかは悩む必要さえない。もう10は救えないんだよ、0か1かそういう決断をするべき段階になってしまっている」
「でも、多くの民が死んでしまう。ユタカはそれでもいいの?耐えられるの?ユタカの選んだ方法で、死んじゃうんだよ」
「そうだ、ディアナの言う通りだ。何か方法があるはずだ、父上は民を大切にするように、とよく言っておられる。なら、ユタカも大切にしなきゃいけないんだ」
ディアナが図らずも大公たちの決断に干渉するようなことを口にしてしまったので、ユタカがあくまで友人同士の会話であることを示すため普段通りの話し方でいるとブルクハルトも会話に入って来た。
「ん~、ディアナも殿下も勘違いしてるかもしれないけど、なにも望んで切り捨てるわけじゃないんだけどな。これしかもう方法は無いし、一番効率的だ。ボイオス領の復興の初期段階で発生する悲劇の原因は現状の惨状になるまで愚か者に統治させていたことに求めるべきじゃないかな。俺はここまで熱々に熱せられた栗を拾わされてる哀れな猫ってだけだよ。まあ、給料が出るからやるけどね」
ユタカは大公との契約に従いボイオス領の統治のために最善を尽くすために自身が思いつく中で最善策を提案し、実行しようとしたのにもかかわらず、総じて部屋の中に漂う不満げな空気に少しイラついていた。
別に俺もすき好んでこんな策を出してるわけじゃないんだけどな、もっとましな状態ならいくらでも選択肢があったのにそれをここまで放置した人間が悪い。
「前伯爵のことを言われると耳が痛いな。ブルクハルト、ディアナ、ユタカの言う通りこれ以上の援助は難しいのが現実だ。いわばこれは負け戦、ユタカは突然負けの確定した戦場に放り込まれた指揮官だ。その戦場から撤退、いや敗走する中でどれだけ味方を多く助け、被害を少しでも減らせるのか。正直、俺はこの決断をすぐにできるお前を選んだことが最大のボイオス領民への救いだと思える。誰か他により良い案を持つものはおらぬか。・・・早速だが頼むぞ、ユタカ」
ディアナやブルクハルトはこれだけ経験を積んだ貴族の当主たちが居ればユタカの無慈悲な策よりいい案が出ると期待したが現実は甘くはなかった。
「正直に言わせていただければ、この策しか提案できない私を罷免してもらいたいところですが、契約した以上義務を果たしましょう、陛下」
悲惨な状況下にある領地を自分たちの子供と同い年の少年に押し付けるという後ろめたさが隠し切れない顔を一様に見せる大人と、理想と現実の差を消化しきれない子供に見られながらユタカはベータを後ろに従えながら部屋を去った。
統治を任された地域のご近所さんとの面通しも終わり、ユタカは早速現地に向かうつもりでいたが、そこから首都メルディでやることが多かった。
エドゥアルトやハーゲンの手配で用意されたボイオス領に出向する官僚や武官との面談、ハーゲンからの仮想敵国であるトゥルバ帝国の情報提供、過去のボイオス領に関する収支関係や産業に関する資料の読み込みと連日続いていた。
「は~、疲れる。少し前までの日々が今はとても懐かしい」
「ちょっと!ユタカ、今は授業中よ。窓の外ばかり見てないで黒板と先生の方を見なさい」
この日はディアナの通う貴族学校にユタカの姿があった。貴族学校の制服に身を包んだ生徒たちの中に黒軍服に身を包んだユタカと笑みを張り付けたフェルトの姿があった。
「さすが真面目な公爵令嬢ディアナ様だね。法律関係はフェルトが専門家だから俺はおまけみたいなものさ」
大公主催のパーティに参加して以降は戦闘力に長けたベータのみをメイドの姿にさせ護衛として共に行動していたが、貴族学校で行われている授業に参加する際はフェルトを連れてくるようにしていた。ここで受けている授業が領地運営に関する法律面、とりわけ領地の経営者として必要な知識を学ぶものであったからである。
「ユタカ殿、当然私も学ばせていただきますが最終責任者である方が無知であることは許されませんので、手を抜かぬようにお願いいたします」
ユタカは自分の席の後ろに立ち黒板を見ていたフェルトからピシャリと言われ、「はい」と小さく返事をした後、板書を自身のノートに書き込んでいった。授業が終わり昼食の時間になるとディアナに連れられ、例の事件を発生させた豪華な食堂で食事を取った。
「学校の食堂でこんな料理が出るなんて非常識だな。子供の時分にこんな贅沢をしてしまってはダメになってしまう」
「何言ってるのよ、いつもこれぐらいの料理が屋敷で出てるでしょ。それよりいつも城に行ってるか、部屋に籠って書類を見てるだけなのに学校に来るなんてどうしたの?」
「城でボイオス領に派遣される人たちとの面接も一段落して、メルディでやるべき事も少なくなってきたしね。残ってる法律関係の基本知識を学ぶのはこの学校にしようかと思って、ハーゲン首相にお願いしてたんだ。それで聴講生ってことで参加させてもらってるってわけ。それにもう少ししたら当分ディアナと会えなくなるしね、なんだかんだ長い付き合いになってたから一緒にいる時間は作っておこうかなって思った次第だよ」
「そ、そうなのね。わ、私と一緒にいたいなんて」
「目をきょろきょろしながら何を言ってるの、ディアナ」
「ふふふ」
ユタカの言葉に驚き、挙動不審な動きをしていたディアナに友人のエミーリアとカミラが近づいてきた。二人を見たユタカはなぜか自分たちの周りが席が空いているので近くの席を勧めた。
「皆さまはユタカ様とどのように接すれば分からないのです。それに先日の可愛いメイドさんのことも広まってるようですし、家から不要な接触をしないように言われてるのではないでしょうか」
「なんだ?俺は危険人物に指定されてるのか。別に人付き合いが得意ではないから避けられても構わないけど。カミラ達やご家族と縁があれば仕事上で差し支えないか」
「そういうことを言えてしまえるユタカだからみんな戸惑ってしまうのかもしれないな。私のような子爵家や男爵など下位の爵位の家にとっては学校での付き合いは家から託される重要な仕事なのさ。有力な家との繋がりが持てれば家を守ることが出来る。自分の将来、結婚相手にも影響するとなればみんな必死になるのさ。な、ディアナ」
エミーリアに話を振られたディアナは少しうんざり押した風にしながら頷いた。
公爵令嬢にして、領地は公国で商都と称されるマクトルを有する貴族の者とあれば関係を持とうとする貴族の子女が居ないはずがないし、無関係でいることを実家が許すはずもなかった。そして、毎日のようにディアナの周りには名前を知ってもらおうとする者、友人になろうとする者、結婚を目指しアプローチしてくる者が学年を問わずに訪れていた。
「私は侯爵家と言っても法衣貴族だからましだけど、ディアナの周りにはいつも人がいるわ。でも、今日は全然いないみたい。やっぱりユタカ様がいらっしゃるからみんな近づけないのね」
「なんだ、俺は別にディアナの番犬でも何でもないんだがな。まあ、男連中も苦労するだろうな。ディアナの理想は相当高そうだからな、勉強もできるって聞いてるし、剣術もすごかったし。公爵閣下が心配してたけど、まあいつの日かディアナに釣り合う運命の人が見つかるから辛抱強く待つといいよ」
「「「・・・・・・・・」」」
三人の少女たちが一斉にユタカに視線を向けたまま沈黙がユタカ達のいるテーブルを支配した。
「ふふふ、ユタカ様にも弱点があるんですね。私たちと同い年で大きな武勲をあげて、陛下に力を認められて統治まで任されるほどの能力をお持ちになっているのに。苦労しますわね、ディアナ」
からかうようにカミラがユタカとディアナを見るとディアナが頬を染めながら顔を窓の外に向けてしまった。
それから数日の間、二度目の短い学生生活を体験したユタカは翌朝に出発を控え、ディアナとマクトル夫妻と夕食を共にしていた。
「いよいよ、明日ここを出発するのね。このまま直接ボイオス領に向かうのかしら」
「いえ、一度マクトルによって引っ越しの準備をしている仲間と合流し、いくつか総督としての仕事をこなしてからボイオス領に向かいます」
「そうか、マクトルにはユタカ君の屋敷があったね。屋敷はどうするんだい?引き払うのならボイオス領の件に関しては巻き込んだ側の人間として色を付けて買い取ることもできるけど」
「せっかくのご厚意ですが、まだローンを返済しきっていない家をいきなり売ってしまうのは何となく気持ちが悪いですし、初めてのマイホームですから所有したままにしようかと思っています。ただ、周りがあまり治安が良くないところに立地しているので、町の警備の巡回ルートに入れてもらえれば助かります」
「わかった、それぐらいのことはさせてもらうよ。報告ではあのあたりのスラムはすっかり大人しくなっているようだけどね。噂ではとある屋敷にちょっかいを出そうと、するとどこからともなく黒い服を着た者がやってきて無残な死を遂げるって話だよ」
エンゲルベルトは笑いながらユタカを見ていた。自衛権の行使についてはかなり緩いこの世界であっても見せしめの意味を含めて凄惨な現場を作る命令をした本人は小さく笑いながら目を泳がせていた。
そんなユタカを見ていたアロイジアが自分の子供を心配するかのように不安そうな表情をしながら領兵の派遣の時期について話し始めた。アロイジアとしては一刻も早くボイオス領に兵を派遣し、治安の回復に手を貸すことがユタカにとって良いと考えていたが、当のユタカからボイオス領内の治安の回復するまでは兵を派遣しないことになっている。
「あなた達が強いことも理解してるし、マクトル領の事を考えてくれての事であることも分かってるのだけど、ボイオス領内の治安を早く回復する方が良いんじゃないかしら」
「現地を見ていないので推測なんですが、今ボイオス領の治安悪化の要因はほとんどが賊の出現によるものだと思っています。当然それに関連して犯罪も増えているでしょうが、それは賊を討伐することで減少するのではと思っています。そこで、見るから屈強な領兵が隊伍を組んで討伐を行っても効率が良くないので、私たちのような人数が少なくて女子供の混じっている集団で行動したほうが向こうから寄って来てくれます。傭兵をしているときの経験則ですが、これなら賊を散らさず滅することが出来ます。その後は領兵の皆さんに町などで目に見える警備をしてもらって犯罪の抑止をしてもらいます」
「そうね、兵を見た賊は大概身を隠すか逃げ去るかよね。間違っても向こうから寄って来ない事を考えればユタカ達が動いた方が効率的ね。分かったわ、でも手に負えないようになったらすぐに連絡しなさい。すぐに領兵を送り込めるようにしておくわ」
アロイジアの気遣いに感謝した後はディアナの学校の様子などの話で盛り上がりながら食事を進めた。
賑やかな夕食を終えたユタカは自分の部屋で待っていたゼクティア達と出発前の打ち合わせを始めた。
次回は11月16日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




