67.取捨選択
「まあ、なんだ、確かに俺が力を見せるように言った。お前はそれに応えた。それは良いんだが、他にもっと方法があるだろ!そもそもあんなデカい音が鳴るなら先に言っておけ。最後の挨拶なんて自分の声が耳に響いてるだけで、皆に聞こえている様子がなかったぞ。ったく」
錚々たる面子が集まる部屋に通され後にユタカが指定された椅子に座ると、まずはエドゥアルトの文句が始まった。
「大公陛下、実はさるお方から血生臭いことは避けるように注意を受けていたのであのような方法を選びました。けが人も出ず、私達の力を示すことが出来たと思っているのですが、何か不足でもありましたか」
エドゥアルトは弟のエンゲルベルトの方を見ると苦笑いをしていた。
「不足は、全くない。だが、結果が非常識に過ぎたがな。何がどうなったらそこのメイドがあんな力を出せるのか全く分からん。シュトツェル子爵、卿の隣に越してくる者の力については納得してもらえたかな。この者が居ればちょっとやそっとのことではトゥルバ帝国が侵入することは叶わないだろう」
エミーリアの隣にいたシュトツェル子爵と呼ばれた男は満足そうに頷いた。
「はい、大公陛下。先ほどの力を持つ者が他にもいるのならこれほど心強いことはないでしょう。あの地はトゥルバ帝国が侵攻する場合には重要な橋頭保となりえる場所なので、そこにユタカ総督が居れば侵攻は困難を極めるものと思えます」
「ユタカ、そこのメイド並みに強い部下が他に何人いるんだ。前に城に来た時の人数で全部か」
「最高機密です。ただ以前にお邪魔した際にお見せしたよりもいる、とだけ申し上げておきます」
「ッチ、子供なら自慢げに力をひけらかせばいいものを。まあいい、お前の見知らない者がいるだろう。彼はエトムント・シュトツェル子爵だ。お前に治めてもらうボイオス総督領の北に接する領地を持っている」
「よろしく、エトムント・シュトツェル子爵だ。ユタカ総督、あの地は知っているかと思うがトゥルバ帝国が公国に侵攻する際に戦略上重要な地となる。歴代のボイオス伯爵家はその勇猛果敢な戦ぶりを示し幾度となく公国を守る忠臣として名を馳せていたのだが、それがどうして・・・。過ぎたことを嘆いても詮無いが」
「よろしくお願い致します、エトムント閣下。ボイオス伯爵家が暴走した理由の最たるものは前当主の暗愚であることは間違いありません。大方、自分に流れる血に特殊な力を持っているなどという愚かな幻想に浸り、自身の権利に付随する義務を怠った結果、ただそれだけでしょう」
この部屋にいるのはユタカを除き皆、脈々と血あるいは権力を今日まで繋げてきた正真正銘の貴族たちが集まっている。努力を怠るような者はいないが己の家が紡いで来た血統、歴史には当然貴族として誇りを持っている。
その血統が過去に困難を、あるいは犯してしまった過ちから家を守って来た事実もある。それを、ユタカは幻想という言葉で切って捨てた。
「確かにあの者は愚かであった。ユタカ、お前には分からぬだろうが長い歴史の中で繋いで来た血には力があるんだよ。別に何か特別なことが出来るってわけではないが、例えば縁戚関係なんて貴族の中ではかなり重要な意味を持ち、それが家を守る力になる。だからこそ歴代の当主たちは次代が縁を結ぶ家を選定することに苦慮している。我が大公家も500年ほどの歴史の中で他国の王族から、あるいは他国の王族へ血縁を結びそれが公国を守る力の一つにもなっている」
「確かに外交という面においてそのように力を持っているのは肯定いたします。勘違いしてもらっては困るのですが、別に血統を否定してるわけでも貴族を嫌っているわけでもないです。ただ、家の力が自分の行動を無条件に肯定してくれる、と勘違いしている者が残念ながら存在しているということです。貴族制度の批判ではなく、この国の出身ではない外部からの人間が客観的に見たうえでの感想です。しかし一点だけ、大公家が500年続いているという話ですが1,000年をゆうに超える長さを持つ家がありながらも戦争に負けた国を知っています。その国の半分にも満たない歴史しか持たない国を相手に。歴史の長さだけが、血脈だけが国の力ではないことを努々忘れることない様にして頂ければ」
1,000年を超える?そんな歴史を持つ貴族も国でさえもこの大陸には存在しないはず。ユタカ、お前は一体どこの話をしている。
「・・・ああ、俺やブルクハルトを含め肝に銘じておこう」
ユタカが自分達とは全く違う環境で育ち、学んできたことがうかがえるやり取りに部屋の中が静まり返ってしまった。ユタカとしては自分の知っている歴史を少しだけ教え、今後の参考にしてみては?という程度の話のつもりであったので、一同真剣な眼差しで自分を見てくる状況に戸惑ってしまった。
「そ、それで、何か御用があるのでここに私が呼ばれたと思っているのですが。総督府に関する何かがあったのではないのですか」
「そうであったな。お前がボイオス総督府を開府させるにあたって統治に必要なことについて、ここにいる者たちで詰めようかと思っていたんだ。まず、官僚については我が大公家とマクトル公爵家から出すことで最低限だが回るようにする。良いなエンゲルベルト」
「わかりました、陛下。我らはユタカに助けられた身、できる限りの支援をいたします。官僚だけでなく治安維持のための兵でしたらボイオス領との境に配置している戦力を全て回しましょう。ユタカ相手に多少の兵を置いたところで意味はありませんし、攻撃を受けるとも思えないので有効に活用します」
「マクトル公爵閣下、ありがとうございます。ですが、兵の移動に関してはこちらが連絡をするまで当地にて待機させていただければと思います。先に大公陛下から聞いた話ではボイオス領では荒廃が進んでいるようですので、賊の駆逐が完了せぬうちに境の警備をなくすことは危険です。幸いにして私の前職は傭兵であり、中でも賊の討伐を得意としていました。そうお待たせすることなく連絡をさせていただくことになるはずです」
続いて、その他の暫定的な領軍については大公家とエトムント子爵が出すことになった。数は必要数を満たせず領内の治安維持さえ難しいほどであったが、トゥルバ帝国が短期間に再び侵攻の機会を窺う兆候はないため不足分に関しては全てユタカに委ねられることとなった。
接する領地は公国側に関しては問題なくいが、仮想敵国が接している時点でかなり厳しいのにも関わらずほぼほぼ俺に丸投げされている状態。官僚も兵力に関しても十分ではなく、両方とも期限付きの暫定的な派遣だからボイオス領内での採用を行わなければならない。いくら大公家への上納金がしばらく免除されているとは言え、永遠にと言う訳ではない。は~、最初に手を付けなければならない事が多すぎるのにも関わらず、伸ばすべき手の本数が足りない。総督の給料をもっと釣り上げるべきだったか。
難しすぎる領地の状況に目を瞑ってユタカは腕を組みながらゼクティアの作ってくれた首に掛かっている桜をモチーフにした中綬を撫でていた。
「ベータ、テヒニクに連絡。工房を移動させる場合に必要となる馬車の台数を計算するように。続いてシャッツへ拠点にある家財の搬送についても同じように」
「は」
「大公陛下、思った以上に厳しい状況ですね。14歳の子供に任せようとするのは、先ほどパーティ会場で今回の案件を否定したヘルリヒ伯爵の言うとおり考えなおしたほうが良いと思えますよ。・・・ですが陛下が契約を守ってくれるのなら、私からそれを反故にすることなど考えたくもない。できる限りのことをいたします。現状すでに手遅れなことも発生してそうな気がしますが、とりあえず近日中にボイオス領に向かおうかと思います。それで陛下と、マクトル公爵、シュトツェル子爵両閣下にお願いしたいのですがボイオスと二つの領とを結ぶ街道の拡張と整備をすぐに始められるように手配のご助力を頂戴したい」
「うむ、トゥルバ帝国が進行した場合二つの領地からすぐに援軍が移動できるようにと、領内の商業のためか。すぐに工事を開始できるよう金を出そう」
「ありがとうございます。狙いとしては陛下のおっしゃった事に加え、ボイオス領民に金をばらまくことです。おそらく、すでに飢饉が発生し領民の減少、戦争による働き手の減少によって著しく経済が低迷しているはずです。食料を恵んでも一時しのぎでしかありませんが、女子供関係なく意欲のある者を街道の工事に従事させ、中期的な事業に関わることで安定した収入を得る機会を与えます。この工事が終わるまでに定職を得られるように時間を稼ぐことが出来ます」
ユタカの考えにシュトツェル子爵は難しそうに顔をゆがませていた。マクトル領と違いシュトツェル領は山で遮られていないため比較的ボイオス領の惨状を正確に把握していた。
「ユタカ総督、街道整備だけでは到底救うことはできないと思うぞ。それにボイオス領内での食料の生産量がかなり減っているようだ、他の領からの輸入して賄うことになるが輸送費の分だけ高くなる。勿論私の領からの食料を出す際に値段を釣り上げることのない様に命令は出させてもらうが、それでも焼け石に水ではないか」
「シュトツェル子爵閣下がおっしゃる通り規模が足りませんが、救えなかった分は切り捨てます。領民の減少は経済の縮小という負の面が大きいことは確かですが、ここに至っては致し方ありません。行政能力も不足している現状では民の減少が利点ともなりえます。今回の事業は任意の参加とし、老若男女問わず意欲があれば参加してもらい、働く意欲の無い者には死んでもらう。そのような者に限られた資源をさく余裕はありません」
14歳の子供がなんの苦悩も見せず民の死を容認した。領民の減少の負の面を理解しつつも利点を見出し、その選択が総合点が高いと判断し躊躇せずに判断した。領地経営を行っている者からすれば確かに最良の策であり、止むをえない選択なのは確かだが、最終手段としたいものであって現地の調査もしていない現段階で判断するのは性急であると思えた。
次回は11月9日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




