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63.公爵夫妻到着

 貴族学校の食堂に満たされていた空気は次々に変化していた。最初は見たことのない人物の登場による困惑、殿下に対する態度による驚きと蔑み、そして近衛の末路による恐怖。


 屈強な男二人が全力で迫りくる進路上に白い髪と蒼い瞳を持つ人形のような美しい少女が出ると二人に向け掌底を突き出した。それに触れた瞬間に屈強な男たちは体内の空気を全て吐き出しながら体をくの字に折り曲げながらはじき返されていた。


「???」


 ブルクハルトは一瞬目を離した瞬間にユタカに向かって走っていた近衛が消え去り、理解が追い付いていなかった。一方のディアナは今までの経験でユタカに敵意を向けた相手の結果を知っており、ユタカを必死に止めようとしていた。


「待ってユタカ、お願い。殿下もあなたを殺そうとしたわけではないわ。もしかしたら、陛下からあなたの立場を詳しく聞かされていないだけかもしれないわ。ね、ベータも落ち着いて。すぐに私が説明するから」


 この場で殿下の地位を持つブルクハルトに次いで高位の存在であるディアナが、いつもは勝気な雰囲気を伴っていた顔に大粒の冷や汗を浮かべながら必死にユタカに懇願する姿の異常さに食堂の生徒たちは恐怖心を大きくしていた。


「・・・わかってるよ。別に子どもの起こした癇癪で殺したりしないよ。あの二人もおそらく助かるはずだ、だいぶ手加減させたからね。彼には良く言い聞かせておいてよ、今度はつまらない結果になってしまうかもしれないからね。ったく、とんびが鷹を生むとは聞くが、その反対のことが国を統べる家で起きてはたまらないね」


 そう言い残すとなんでもなかったかのように食堂を去って行った。取り残されたブルクハルトは混乱しながらもユタカの最後の言葉は自分を蔑む意味のように感じていたが、反感を持つことさえできなかった。目の前で幼いころから見知っている同年代の子女の中でも優秀で自信に溢れていたディアナが必至な様子でどれほど危険な行為であったかを説かれては。


「殿下、私はこの目で見てきました。彼に害意を示した前ボイオス伯爵の末路は悲惨そのものでした。平民が大公家の方々を傷つけないなどという思いは捨ててください。彼の前に生まれは関係ないのです。貴族でも平民でも誠意を示せば誠意で返し、悪意を示せば死を与えるのです。たとえ殿下が次期大公陛下であっても、恐らく大公陛下であっても侮り害そうとすれば前ボイオス伯爵と同じ轍を踏むことになります。もし、納得できなければユタカに近付かないように、関わらないようにするのがご自身を守る最善の策です。ユタカに武力で勝ることは不可能です」


「・・・わかった、ディアナがそうまで言うならそうしよう。だが解せないのは何の躊躇もなく近衛の服を着たものを攻撃した。あいつは貴族を国を敵に回すことを躊躇しないのか」


「本当に生まれは関係ないのです。少なくともユタカの前では平民が敵に回ろうが、貴族が軍をあげて攻撃して来ようが、所詮は両方とも対処可能なことなんです。詳しくは御父上である陛下にお聞きいただければわかるかと思います」


 二人が話していると吹き飛ばされ食堂の壁面に衝突した後、そばのメイドたちに介抱されていた近衛騎士達が大きくむせ返したように咳を吐き出し、大きく呼吸を繰り返していた。


「ブルクハルト殿下、お二人は何とか助かりました。先ほどまで心臓が止まっていたのですが、奇跡です!」


 救護の場にいたメイドの一人が息を吹き返したことに喜びながらブルクハルトのもとに報告に来た。それを聞いたブルクハルトとディアナの二人は殺すことを少しも厭わないユタカ達の攻撃と理解し、顔を青くしていた。


 その後、ディアナは屋敷に戻りユタカと夕食を共にしていたが改めてユタカが見せた何物にも躊躇をしない行動を思い出し、しばらくたどたどしい会話が続いていたがユタカの全く気にしていない様子を見て変に意識している自分が馬鹿みたいに感じ普段通りに戻っていた。そして、翌日の休日について話しているとメイドからディアナが心待ちにしていた連絡がもたらされた。


「お父様とお母様で明後日こちらに到着するそうよ。ユタカと会うのも楽しみにしているそうよ」


「ほー、しかしなんでこちらに来るんだ?何か用事でもあるのか」


 領主たるエンゲルベルトとそれ補佐しているアロイジアが二人揃って領地を離れてまで首都に来る理由が思い浮かべられないユタカを見て、ディアナが説明をしだした。


「ほんと私が知らないようなことをいっぱい知ってるのに、常識的なことが抜けてるわね。冬の時期は徴税とかの仕事が落ち着いて比較的時間がとれるのよ。それに合わせて首都に貴族たちが集まって会議やパーティをしてそれぞれ情報交換を行うの。特に大公爵陛下主催のパーティには代理出席含めて何かしらの形で出席する必要があるわ。その場でよく公国に関する情報が発表されるから。普段領地にこもりっきりの貴族にとっては重要な情報収集の機会なの」


「その話と大公陛下の性格を考えると嫌な予感がひしひしと感じるが、なんにしても両親に会えるのはよかったな。寂しかったんだろ」


 図星を言い当てられ頬を膨らませそっぽを向いてしまったディアナを見て、ユタカは苦笑いをしていたがアデリナが適切に話題変更をしてくれた。


「ユタカ様は何か重要な役職におつきになると聞き及んでおりますが、準備のほどは順調なのでしょうか」


「それについては大公爵家次第って感じになっています。今日、将来の人材候補を見てきたけど総督府にわざわざ就職するほど行先に困るような生徒はいなさそうですし、そうなると俺のやることは大してないですよね。もともと俺達の戦闘能力をあてにされての任命だから細かい人事に介入する必要もなかったんですが」


「ですと、あまりこちらに滞在する時間も長くないようですね」


「大公爵家と向こうの準備が完了次第向かう様な流れになるとは思うですけど、それがいつになるのか全く情報がない状況です。それを教えてくれないとこちらも今後の計画が立てにくいのですが、あきらめてます」


 その会話を聞いていたディアナが少しだけ寂しそうにしていた。


「そう、分かっていたけど長くはここに居られないのね。賑やかで楽しかったのに」


「働かざる者食うべからず。ここで何もしない生活はとても魅力的だったけど、ずっとそうもしてられないのが世の定めなんだよ。賊退治の日々か役人の日々かの違いはあったけどね」


「そうね、それで明日の行先なのだけど」


 翌日、首都メルディの治安の良さを考慮し側にゼクティアだけをつけ、他は数人が交代で遠方から有事の際に駆け付ける体制でディアナと町を巡った。ユタカの要望もあり、有名な料理店や隠れた名店を巡る食い倒れの行程となったが、ユタカとしてはシャッツへの土産話が揃い、ディアナとしては外にいるときいつもいる護衛が居ない自由な行動が出来た上、同い年の男の子との散策という初めての経験ができ終始上機嫌な様子で一日を過ごした。


 翌日の昼、ユタカはディアナと並びマクトル公爵家別邸のエントランスで人を待っていた。

 複数の馬の蹄が石畳を叩く音が近づいてきた後、馬車の車輪が転がる音が加わり、その音が止むとしばらくして別邸の大きな玄関扉が開いた。


「出迎えご苦労、ディアナ。ユタカ君もありがと。随分と出世したと連絡があってどうしているか気になってたんだよ」

「元気にしてたディアナ。ユタカと仲良くなれたみたいでよかったわ。ユタカも元気そうね」


 外の気候に合わせて豪華なマントを羽織り、まさに大貴族という風格を漂わせながら公爵夫妻が仲良く入って来た。


「この度は別邸の方に部屋を提供していただきありがとうございます。出世の件については閣下と兄君に言いたいことがないとは言えませんが、どうやら”恵まれた”職場に就職できそうです」


 ユタカの皮肉の効いた挨拶を受け、今回の件について片棒を担いでいるエンゲルベルトは苦笑いをしながらリビングへと向かった。てきぱきと使用人が動き、公爵夫妻の旅装を改めテーブル上に人数分の紅茶がそろったところでエンゲルベルトが静かに話し始めた。


「ユタカが気になっているであろう辺境地域の賊の状況だが、私達がここに向けて出発する日に完全な駆逐が完了したと連絡が入ったよ。これで、敗残兵処理と合わせて元通りになったうえで春を迎えられそうだよ。その後のこまごました仕事をカミルにやらせてるところだ」


「まあ、カミルお兄様が一人でお仕事をなさっているんですか」


「そうよ、あの子もそろそろ一人でできることを増やさないといけない時期になって来たということよ。それで、あなたの方はどうなのディアナ。学校の方は楽しい、新しい友人は出来たかしら」


 そこから非常にマクトル公爵家の家族的な内容の会話へと変わり、居づらくなったユタカは退室するタイミングを計っていると学校の食堂で起きたことに関する話題に入ってしまった。その瞬間話の主役がユタカへと変わってしまった。


「聞いてください、お父様、お母様。ユタカったら殿下の護衛を殺しかけてしまったんです。殿下の言動に非がなかった訳ではありませんがやりすぎです。注意してもユタカに響いているように感じません」


 大公爵の息子についている護衛を半殺しにするという想像も付かない行動に目を見開いて止まってしまった夫妻に向け、ユタカはなんでもないかのように反論した。


「私のような小さな子供に屈強な男が二人がかりで突進してくるんですよ。護衛を死なせずに済ませただけでも感謝して欲しいですよ。それに、彼女たちも学び舎の中ってことも考慮して出血の伴わない方法を選んでくれました。まあ、この後も攻撃の意志があるようでしたら殺害するように指示を出す予定ですが、大公爵陛下の躾の具合にいかんですね」


「いやいや、待ってくれユタカ君。ブルクハルト殿下は少しやんちゃな所があるがとても素直な人物だ。今兄上が諭してくれていると思うからもう少し待って欲しい。私がユタカ君をここに行かせたことで次代の大公爵が亡くなってしまったとなっては悔やみきれない。非公式な謝罪の場を設けるか」


「どうしましょ、あなた。義兄上様にブルクハルト殿下に言って聞かせるよう手紙を出しましょうか。殿下に何かあった後では大事です。私たちの危機感を伝えれば上手く対処していただけると思いますわ」


「いや、アロイジア。私が直接お伺いし状況を説明しよう。ユタカ君が決定してしまえば近衛騎士がどんなに防御を固めようと確実に事が起きてしまう。そうなる前にどうにかして」


 ディアナは両親からもちょっと注意をしてもらえればいいと思い、口に出したことが目の前で何やら思っていた以上に大事へと発展してしまいそうになり、思わず隣に座って呑気に紅茶の味に感動しているユタカの手を握ってしまった。

 ユタカは突然自分の手を握ってきたディアナの手が冷たく汗で湿っていたことに首をかしげながら目の前に深刻そうに話す二人に落ち着くように言った。


「閣下、アロイジア様。何もそこまでなさる必要はないでしょう。別にこの後も殿下が敵対的な行動をとると決まったわけでもありませんし、お世話になっているお二人の甥ですので多少寛大な気持ちで対応します。限度はありますけどね」


「いや、私達の甥であると理由の前にこの国の次期元首であるという理由で控えてもらいたいんだけどね」


 異常なまでの戦闘能力を有する力と身分に関係なく敵対者に対する徹底的な報復を行うことを実際に間近で見ている二人からすれば、容易に想像できる公国の危機を必死に防ごうとして当然であった。そして、ユタカからの猶予ありの言葉を受けひとまずの安心感を得るというアップダウンの激しい疲れるお茶となった。

次回は10月12日午前0時の投稿となります。


誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。

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