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62.学校見学

 ユタカは校長のライムントと共に一年生のクラスに入ると教室の後方に移動した。少年少女たちは自分らと歳の変わらなそうな者が校長を同伴させて現れ、その才気に満ちていた表情の中に困惑の色を加えた。


「突然ですが、とある領に新たに設立される機関の長となられる方が皆さんの授業風景をご覧になられるそうです。入学から間もないこの時期には珍しいですが、これから先このような機会が多くあります。自分自身の能力を示してください」


 突然同い年ぐらいのガキが来て、自分たちの品定めをするなんて言ったらそりゃこんな反応になるだろうな。しかし、こんなことがある学校生活って楽しくもなんともないな。学校といより訓練所って意味合いの方が強いのか。


「授業中に失礼する。私の役職、機関名などについては君たちも後日耳にすることと思うが、現時点では公表を控えたい。縁があれば将来私の下に来てもらえればと思う。では教諭、私達は教室の後ろで様子を見させていただきます」


 ユタカに教室の後ろに用意されていた椅子に案内した先生の様子はさすがに国中の俊英たちを集めた教室を任せられるだけあって、見た目の年齢で判断するようなこともなかった。


 入学間もない彼らの授業の内容は先ほど見た二年生と違い官僚の役割や位置についての確認が中心であった。授業を受けている生徒の様子はそれぞれで貴族などの支援がある者は白い紙に内容を書き取り、そうでない者はぼろ紙のようなものにできるだけ書き込めるように小さな文字をで書き取ったり、聞いたことをすべて記憶するかのように目を瞑っていたりしていた。


 なるほど、町一番どころかその領内で一番の神童だけを集めたようなものだからな。この学習意欲、姿勢はすごいものがあるな。正直これほどの子供たちがボイオス総督府を就職先に選ぶとは思えないな。もしかしたら、無駄足だったか?


 ユタカはその後もしばらくの間教室内で先生の話を聞いていた。ユタカとて大公から直接任命を受けているとは言え、役人という大きな枠からはそれほど外れた役職ではないため大いに役立つ内容であった。


「それでは、教諭お邪魔しました。午前中の授業を見させていただきましたが将来がとても有望な生徒さんばかりで、どうやって彼らに総督府に来てもらえるように勧誘するか悩むことになりそうです」


 この貴族学校の先生は全員大公の指名によって選ばられており、その多くが貴族であった。そして、貴族にはユタカのボイオス総督就任は昨晩の内に伝達が行われており、首都メルディにいる貴族の知るところとなっていた。


「このように申し上げるのも何ですが、彼らは本物の天才です。それゆえ少々風変わりな者おります。そのような者にとっては閣下が創設される総督府に興味を持つものも多くいるかと思います。待遇や地位などより見知らぬ経験をしたいという欲求の方が勝ってしまう者は多いので」


 一通りの視察の目的を果たしたユタカは教室を出たところで校長のライムントと分かれ、この後どうしようかと廊下で考えていると一人の少年が勝気な目をしながら近づいてきた。


「おい!貴族様ではないな、雰囲気が違う。俺と大して変わらない歳でどうやって先生に閣下なんて呼ばれるようになったんだ。コネかなんかか?」


「君は教室にいた子だね。俺は君と同じ14歳だ。閣下なんて呼ばれることになったのは、ん~そうだなコネと言うよりやらなきゃならないことをやった結果降って来た災難みたいなものだ。俺が仕切る所は面倒が多くなる予定でな、俺自身なら就職先には選ばないだろうな。あ、ところで貴族たちの教室ってどこかわかるか」


「変わった奴だな、お前。俺の生まれた町はそれなりにデカくて人間も多くいたがその中で一番頭がいいと思って生きてきた。けど、ここにはそんな奴ばかりだりだしお前みたいのもいるし、自信なくすぜ。貴族様たちの教室は校舎の玄関を挟んで反対側がそうだぜ」


「助かった。では少年、気の迷いで私の下に来ることになったらよろしく頼むよ」


「少年って、お前も少年じゃないか」


 ユタカはせっかくここまで来たので昼休みに入るであろうディアナの様子でも見て帰ろうかと思い、教室の前で会った少年から教えてもらった通り、正面玄関を挟んだ反対側の校舎にあるという貴族たちの教室へ移動していた。


「ゼクティア、フェルト、ベータ。貴族たちには俺のことについて通知が行ってるから知った奴が絡んでくるかもしれないが、ほどほどにしてくれよ。殺すのは無しにしよう、骨折までだ。子供を殺すのは寝覚めが悪いからな」


「わかりました。ところでディアナさんの教室の場所はご存じなのですか」


「いいや、でも公爵令嬢なんだから1組とか数字の少ないところなんじゃないの、多分。いなかったらそこら生徒に聞けば知っているでしょ」


 貴族たちの教室の区画に入ると雰囲気がガラッと変わり、行政科に満ちていた気迫や緊張感のような雰囲気は全くなく、上品な雰囲気と中坊が集まって楽しく過ごすにぎやかさを混ぜたような感じであった。そんな空間に揃いの黒軍服に身を包んだユタカ達が入り込めば異物感は大きく、生徒たちはおしゃべりをやめひそひそと友人同士で噂しあうな様子が見られた。


「なんでしょう、あの方たちは。知ってらっしゃいます」

「なんと美しい方でしょう。お人形さんのようですわ」

「あの黒い服は先日ヤンティヌム城に向かった一団が着ていた物と同じですわ」

「昨晩通達があったという方はあの方たちかしら、私達と変わらない年齢の方がいらっしゃいますね」


 なんだかみんな執事やメイドやらを側に控えさせて学校で授業を受けるのに必要なのか?求められていることが違うとは言え、この空気感の違いはすごいな。区画を分ける理由がよくわかる、ここまで違うと一層別の学校にした方が良い様に思える。


 興味や嫉妬といった様々な視線にさらされながら歩いているとディアナがいるであろうと予想していた教室の前についた。そして、ノックをした後教室の扉を開くと多くの生徒に囲まれているディアナの姿が見えた。


「ディアナ様、今度わたくしの屋敷でダンスパーティーを開きますの。ぜひいらしていただけないかしら」

「ディアナ様、俺の剣術について意見を頂ければ。もしよければ、共に放課後教練を受けませんか」


「すみません、その日にはすで予定が入っておりまして。またお誘いください」

「そんな、女のわたくしが剣術について何か言うなど。それに教練をご一緒させていただいても邪魔になってしまいますわ」


 淑やかに穏やかに、優し気な笑みを浮かべながら次々に話かけてくるクラスメイトに丁寧に対応しているディアナを半目になりながらユタカは教室の一角から見ていた。


「ゼクティア、なんだあれは?」


「おそらく屋敷の外ではあのような振舞いをするようにしているのではないでしょうか。あのような振舞いこそ大貴族の令嬢として求められているのかもしれません」


「大変だな、子供のくせに家の外に出ればあんな風に仮面をかぶってなきゃならないなんて。そりゃ俺みたいな存在相手にフランクに接するようになる訳だ。はいはい、ちょっと空けてもらえる」


 そう言いながらユタカはディアナ目当ての人だかりを進み、ディアナの側へと近づいていった。


「ちょっと、あなた達なんですの。この学校の生徒ではないですわね、外部の方がどうしてここにいるの」

「やあ、ディアナ。ちょうど仕事があってこの学校に来たから様子を見に来た。随分と面白い様子が見れて来たかいがあったよ」


「誰、ってユタカ?なんでここにいるの!」


「仕事だよ、総督府に来てくれそうな人材を確認しに来た。こんにちはアデリナさん、お疲れ様です。ディアナの外での面白い様子が見れて十分楽しめたしそろそろ帰るとするか」


「面白いって、あ、あれが私の本来の姿よ」


「そういうことにしておこう。ではまた屋敷で。行くぞ、ゼクティア」


「ちょっと待って。せっかく来たんだから食堂でお昼を食べたらどう?ちょうど私もこれから行くところだったし」


 突然教室に現れた見知らぬ者が公爵令嬢であるディアナを呼び捨てにし、親し気に話している姿に取り巻いていた生徒は騒めいていた。そんな様子を知ってか知らずかディアナはユタカを昼食に誘い、食堂へ向けて引っ張っていしまった。ディアナに直接聞ける様子ではなかったので、取り残された生徒はとりあえず後を付けて廊下をぞろぞろと移動した。


「学校の食堂がどうしてこんな高級レストランにも勝るような内装なんだ。食べ物もコース料理だし。ったくディアナたちは何しに学校に来てるんだか分からなくなるな」


 クラスの生徒を引き連れながら大勢でやって来たユタカ達に食堂にいる生徒たちの視線が集まる中、アデリナの給仕のもと”学校給食”のコースを堪能していた。


「様々なマナーの習得や人間関係を築くことに重きが置かれてるから、ユタカが見てきた行政科とはずいぶんと違うと思うわ。役人に必要なことと貴族に必要なことは違うからしょうがないんじゃない」


「経営者と労働者に求められる能力の違いか。それで、ここにいるときはいつもあんなしゃべり方してるのか、疲れそうだな」


「残念ながら私の素の様子は知れ渡ってるわ。これでもそこそこ有名人なの。それでも、あんな風にしないといけないのよ、時と場所によって使い分けないと。あなた得意でしょ、そういうの」


「得意というより慣れてるだけだけどな。まあ、頑張ってくれ。行政科の方に行ったけどすぐに新規勧誘が出来るような人はいなかったから総督府の方は少ない官僚で回さざる負えないようで憂鬱。はぁ~」


「ほう、お前が昨日父上が言っていたユタカ男爵か。随分と気に入られたようで傭兵から随分出世して過分な施しを受けているようだな。それよりディアナ、今度のパーティに着て行く服だが」


 食後の紅茶を楽しみながらディアナと話していると学校指定の制服にいつぞやのユタカのように金色の飾りをじゃらじゃらとぶら下げ、剣まで持っている少年が近づいてきた。その少年の側には城の中で見かけた近衛騎士と似たような剣と簡単な鎧を着けて両サイドを固めていた。


「ブルクハルト殿下、先日も申し上げましたがその日は先約がありまして出席できません。私ではなくどなたか良い人とご出席ください」


「なんだ、ディアナがお取込みのようなので帰るか。じゃあディアナ、学校生活を楽しみたまえ。それでは失礼します、アデリナさん」


 明らかに大公の息子とわかるような出で立ちと話の内容を聞き、そんな人物に対して何の反応も示さず、絡まれているディアナを気にした様子もなくこの場を去ろうとするユタカの行動にさすがのアデリナもドン引きの様子であった。


「おい、待て貴様。俺様を無視か!」

「なんで私を見捨てて帰ろうとしてるの!」


 ディアナとブルクハルトの声が重なって聞こえてきた。


「いや、だって生徒同士の交流を邪魔しちゃいけないでしょ。俺部外者だし。それとそこのじゃらじゃらした服着てる君、そういう服を着る大変さを共有できるであろう君に一つ教えておくと俺は男爵じゃない男爵相当だ。そんで、過分な施しと君が思うならぜひ父親にその施しを撤回するように言ってくれ。そうなればとても助かる」


「何を言ってる?父上から与えられたものを拒むのか?」

「何を言ってるの?ユタカ、せっかくの地位を捨てる気!」


 またしても重なる二人の声。


「さすが従妹同士、息が合ってる。じゃあよろしく」


 なおも帰ろうとするユタカ達の姿を見て次期大公であるブルクハルトは、今まで自身が経験してきた周囲の反応との違いから自分が馬鹿にされたように感じ、護衛の近衛騎士を使って捕らえた上で、正しい礼儀を教え込んでやろうと思った。


「あのガキをひっ捕らえて、俺の元に連れてこい」

「やめてください、殿下。兵が死んでしまう!」

「?」


 ディアナはユタカに近衛を嗾けてしまったブルクハルトを慌てて止めようとしたが間に合わず、指示を受けた近衛は普段の訓練の結果をいかんなく示す素早い動きでユタカとの距離を詰めていた。聞いたことのないディアナの必死の叫びにブルクハルトが首を傾げディアナの方を見た瞬間、2人の近衛はブルクハルトのすぐ横の床面を見たこともない勢いで滑っていき、食堂の壁面に激突した。

次回は10月5日午前0時の投稿となります。


誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。

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