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48.防衛陣地での戦い1

 決戦の前日、マクトルへ続く街道を封鎖するかのように築かれた防衛陣地の前に敵の大軍が現れた。敵軍に先立って陣地に到着したアロイジアとディアナは事前にユタカより聞いていた敵の総数と違わぬ多さに緊張をしていた。


 ユタカの報告に間違いは無いようね。事前に知っていた数でもあるし、奇襲部隊の活躍で士気も目に見えて低い様に感じる。それでも、この数の差は簡単ではないわね。厳しい戦いになるかもしれない。


「ディアナ、大丈夫?これがこれから私たちが相手にする敵よ。そして、これがユタカが城で戦っていた敵よ。ここに来たからには私やアルトナー、ユタカの動きを見て良く学ぶのよ」


「わ、分かりました。お母様やアルトナー先生たちを見て学びます」


 緊張をしながらも母親の言うことをしっかりと聞き学習意欲を見せるディアナの姿を見て、戦場には幼すぎる教え子の登場に当初困惑をしていたアルトナーも満足そうに頷いていた。


「アルトナー、早速だけど作戦を詰めましょう。事前に考えていたものと現状の差異を確認して修正していきましょう」


「分かりました、アロイジア様。防衛陣地の建築は若干甘さが残っています。前段の防衛線は計画より強固に出来上がっていますが、後段の防衛線は堀の深さと土塁の高さが計画に満たしていない箇所があります。敵の兵数に関しては当初の予定より多いです」


「そう、なら奇襲作戦から帰ってきた部隊には後段の側に待機させて、前段が崩れたところにすぐに行けるようにしましょう。疲れはあるでしょうけど止むをえないわ。ユタカの部下には結構動いてもらうことになるかもしれないけどいいかしら」


 2人を中心に領軍の幹部が作戦を練っている机から少し離れた所でゼクティアを後ろに立たせ、椅子に座っているユタカがいた。


「承知しております、当方としては問題ありません。この状況なら致し方ありません、後退の時間稼ぎのみの予定でしたが、突破された前段の防衛線の奪還も請け負います。ただ、私の作戦が発動した際は事前に了承して頂いた通りにさせていただきます」


 本陣のテントの中で来歴の分からぬ子供が多くの軍人から慕われている公爵夫人であるアロイジアと対等であるかのように話す姿を見て、今までのユタカの活躍を話で聞いていた幹部たちであったが、苛立ちを隠せずにはいられなかった。


「なぜ君のような子供がこの大戦を前にしてアロイジア様の協力の要請に条件を付けているのだ。君たちの活躍は聞き及んでいるが、それは後ろにいる君の部下たちのおかげでは、」


 アロイジアはユタカに言い寄った幹部を手で制止した。


「分かってるわ、それはあなたの目的でもあるのだし、反故にするつもりはないわ。彼の言ったことは許してちょうだい、あの数を前にして私達もいささか緊張してるのよ。決して悪い人ではないのよ」


「ええ、悪意はないことも。純粋にこの戦いに勝つために動いていることも。だから、気にしてませんよ。この防衛陣地での戦いはアロイジア様とアルトナー司令官が指揮を執られるので、私はこの場を離れましょう、さすがに疲れました。馬車におりますので何かありましたら伝令をください。行こう、ゼクティア」


「は!」


 自分より年上の、況してや高位の貴族がいる中でも何の気負いもなく、落ち着いたように存在していたユタカを見て、幹部たちは見た目と佇まいの違和感に混乱していた。


 ふふ、さすがにみんなユタカの奇妙さに戸惑っているみたいね。あの子も仇が近づいて来て、また纏う雰囲気が変わって来たわね。


「さあ、みんな意見を出してちょうだい。ここを守り切れば私たちの勝ちよ、抜かれたら負け、分かりやすいわ」


 本陣のテントでは夜遅くまでアロイジアと幹部たちによる侃々諤々の議論が交わされ、具体的な各指揮官の担当箇所、発生しうる事態への対応について一つずつ決められていった。一方のユタカは自分の馬車でアリーセからの最後の贈り物である単眼鏡を磨きながら寝るまでの間、ゼクティアと会話を続けた。


「おそらく戦いは長くは続かない。一日を過ぎれば敵の士気の限界が来るほどまでに集められた兵の士気は低い。だから、明日がその時だよ」


「はい」


「アリーセばあちゃんは奴の首をとっても喜びはしないだろうけど、これは俺のモットーだからね。仇には仇をだよ。そして、マクトル領には防衛が成功するという結果で恩を返そう」


「はい」


 暁の頃になり、もぞもぞと起き始めた兵士たちが自分の装備を身に付け、配給される朝食を受け取り、そのまま持ち場へと移動し始めた。にわかに活気づき始めた戦場の片隅に置かれた馬車の中では、ゼクティアとシャッツに着付けをされているユタカの姿があった。今日は大一番で敵大将に会うことを想定して飾緒をつけ、特別に作らせた帽子と子供の身長でも合う剣を佩いた装いで準備をしていた。


「とてもお似合いです、ユタカ」


「カッコいいですよ、ユタカさん」


「ありがとう2人とも。さて、みんな今日決まるよ、気張って行こう」


 馬車の前に待つゼクティア達4人とマネキン7人を前に気合を入れたユタカは11人を従え、本陣のテントへと入っていった。


「あら、随分と気合の入った衣装ね。最初に見た時から気になってたけど、あなたたちの衣装って見たことがないデザインよね。でも、ただ奇抜ってだけでなく長い歴史の中で洗練された来たようなデザインよね。あなたの故郷の伝統衣装?」


 テントに入って来たユタカの一団を見たアロイジアが、さすがの貴族的な衣装に関する感性から当たらずとも遠からずの推測を披露した。


「伝統衣装というほどのものではありませんが、ん~、強いて言うならば仕事着です。その中でも正式な場で装うような服でしょうか。私もそれほど詳しくはないんですが」


 アロイジアと問答をしているとあくびをしながらテントにやってきたディアナがユタカの姿を見て、うらやましそうな目をした後、頬を赤らめて領軍の幹部が集まっている方へ走っていった。


「ふふ、ディアナはあなたの格好が気に入ったみたいね。さあ、もう少しすると戦闘が始まるわ。こんなところで関係の無い話をせず、陣地が見渡せるところに移動しましょう」


 その無駄話を積極的にしていたアロイジアが颯爽とテントを出ていった。それに続くように幹部たちが出ていき、ユタカがため息をこぼした後、テントから外に移動した。


 目の前に広がる陣地では着々と準備が進められ、弓兵の配置されている箇所に向かって矢を満載にした馬が歩いて行き、そこで分配が行われていた。場所によっては陣地の構築がいまだに続けられているところもあった。それを見たユタカが目をひそめていると、アロイジアが笑みを浮かべながら近づいてきた。


「あれはわざとやってるのよ。まあ、実際に作業が完了していないのも事実なのだけど。ああやって敵に見えるように工事をしてたら、どうしてもあの場所を狙いたくなるでしょ。指揮官が誘いだと思っていても、あの統率がとれてなさそうな状態では兵がどうしてもあの場所に寄っていくと思うわ。だから、あの辺りに弓兵を多めに布陣させて敵の漸減を狙う予定なの」


「なるほど、確かに有効な手です。ただ漫然と受けるのではなく、攻撃箇所を少しでもコントロールして有利に防衛しようとする。さすがアロイジア様です」


「ふふ、私もアルトナーもそれなりに場数を踏んでいるのよ。あなたが示してくれた経験をしたことのない戦いでは役に立たないかもしれないけど、こと会戦にあっては優秀な部類と思っているし、実際にそうよ」


 ディアナはいつ戦いが始まるとも分からない中で、普段通りに話す母とユタカの姿を見て、自身の至らなさを改めて自覚していた。そのうえで母の側から離れぬ位置で戦場の空気を感じとり、これから起こるすべてのことを記憶しようと前を見た。そして、敵軍の後方から銅鑼の音が鳴り響くと大きく横に広がった陣形の最前部が波のように陣地へと寄せてきた。


「来たわね、まずは小手調べのようね。弓兵で射殺してしまいなさい、矢の数は気にせず好きなだけ射っていいわ。使いきれないほど持って来てある」


 アロイジアの指示は瞬時に伝令へと通達され、それぞれが担当する戦域の指揮官に通達され各所から矢が空に向け打ち上げられていった。打ち上げられ運動エネルギーを位置エネルギーに変換し終えた矢はその逆のプロセスを経て、押し寄せる敵軍の波の中へと落ちていった。

 矢の雨を受ける敵はもとより配給される数が少ないのか、過酷な行軍の中で捨てたのか、あまりに少ない盾で受けざるをえず、しつこく降り続ける矢の雨に打たれ波のようであった勢いも消え、虫食いの状態で堀へと駆け込み、土塁を登ろうとしていた。


 その姿を確認したアロイジアはアルトナーに目配せをし、それを受けアルトナー司令官は左手を一振りした。その合図で弓の攻撃が止み、土塁の上に設置された木の柵の間から敵の兵士たちが懸命に昇って来たところで頭部を槍で一刺し、堀の底へと返していった。


「アロイジア様、敵の第一波は撃滅いたしました。被害は入隊したばかりの弓兵が矢の取り回しを緊張で間違えて、軽い怪我をしたくらいとのことです」


「これだけの陣地を作っただけあって、あの程度の攻撃じゃあビクともしないわね。この結果を見て敵も本気で当たってくるでしょうね。さっきより何倍も多い数で来るわよ。気合を入れていきましょう」


 アロイジアの言葉通り敵軍は先ほどと比べ何倍もの数の兵を陣の前に出し、その後ろを馬に乗った騎士たちが等間隔で横に並び、味方の背中に槍を向けてゆっくりと前へ進み始めた。


「あれは督戦部隊ですかね。まあ、あのように士気の低い兵を敵陣に突撃させるには致し方ないでしょうけど、何とも無様な状況です」


「先代のボイオス伯爵であれば、あのように無様な姿をさらすこともなかったでしょうね。でも、あれは私達貴族の戒めとしてしっかり見ておきましょう、愚かな者が領地を担えば自身も領民も巻き込んで破滅してしまうということを」


 アロイジアは自分の横で顔をしかめて敵軍の動きを見るディアナとここにはいない息子のカミルを思って語りつつ、ボイオス領民に哀れみを感じた。


 戦場の推移をマクトル領軍の首脳部がいるところの近くに用意された椅子に座りながら眺めていたユタカは、後ろに待機するロイトナン達に向け首を動かした。


「ロイトナン、多分第三波あたりで綻びが生じる、そのタイミングで出撃要請があるだろうからよろしく頼む」


「俺たちはいつでもいけるぜ。あんな数の敵が来ちまえば深く掘った堀と言えど、かなり埋まっちまうな。忙しくなりそうだ」


 ロイトナンはニッと笑みを浮かべ、自分の後ろに控えているマネキン達を見た。

次回は6月29日午前0時の投稿となります。


誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。

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