49.防衛陣地での戦い2
「アルトナー司令官、第二波耐えきりました!なお、死傷者が少数ですが発生しているとのことです」
「陣地に崩壊箇所なし!ですが、前段の堀が敵の死体で浅くなっている箇所が多数発生しています」
「死傷者は救護所へ移動させろ、すぐに第三波が来るぞ」
「やっぱり工事を行って誘っている箇所が集中的に狙われてる。あなた、誘いの箇所に向かう敵に今より多くの矢を放てるように予備の弓兵を再配置しなさい」
「承知いたしました、アロイジア様」
「敵、第三波、進撃開始!」
本格的な敵の攻撃が始まり本陣は各所からの報告とその対処にアロイジアを始め、領軍の幹部がそれぞれの担当する分野で奔走するようになっていた。
ディアナは普段優雅にふるまう母アロイジアや常に冷静で大きな声をめったに出すことがない先生であるアルトナーの常ならぬ姿を身近に見て、戦場の緊迫感と無数に発生する問題への対処方法を記憶に留めようと少し離れた所で立っていた。そんなディアナの側には同じく邪魔にならぬように離れた所で椅子に座り、腕を組みながら前を見ているユタカの姿があった。
ユタカ、なぜあなたはこの空気の中でいつも通りに居られるの。私はこんなにも緊張して手が冷たくてしょうがない。その強力な力のおかげ?それとも経験の差なの。
「ねえ、ユタ」
「第三波、陣地に到達!」
「まずい、あの箇所は崩れる!」
陣地に敵第三波が接触した瞬間、崩壊するであろう場所を感じ取ったアロイジアが、ユタカに話しかけようとしたディアナの声をかき消すように叫んだあと、すぐにユタカの元にやってきた。
「ユタカ、出番が来たわ。あの箇所の保持をお願い」
「了解しました、当該箇所の「保持」の要請を受領いたします。ロイトナン、行け」
座っていたユタカが黒い軍服に着けられた飾緒を揺らしながら立ち上がり、要請の受領時にアロイジアへ敬礼をした後、ロイトナン達に出撃を命じた。ユタカの命を受け、ロイトナンは短く返事をし、黒い服に覆われたマネキン達は両手で杖のように前に立てていた剣を寸分の狂いなく同時に持ち上げ、左手に持ち直すとロイトナンを先頭に馬が駆けるような速さで戦場へと向かっていった。
一連のユタカ達が放つ気迫に押され一歩下がってしまったディアナは気合を入れ直して姿勢を正し、再び戦場を観察し始めた。そんな娘の姿を見たアロイジアはディアナの肩を軽くたたいた後、幹部たちの元へと戻っていった。
「グッあ!」
「クソ、あいつまでやられちまった。おい、早く槍を持ってこい、おれのは折れてもう使えねえ」
「隊長!もうここは限界です!退きましょう!」
「まだだ、撤退の許可が出ていない。すぐに援軍が来る手はずになってる、もう少し持たせろ!」
「あ!柵が壊されたぞ!敵がなだれ込んでくるぞ、備えろ!」
「援軍はまだか、このままでは全滅だ!ん?あれは!」
崩壊箇所の現場指揮を取っていた隊長がふと後ろを見ると、一様に黒い服に覆われた少数の集団がとても人間の走る速度ではない速さで近づき、後段の防衛線の柵と堀を跳躍で越えてやって来た。
その集団は着地と同時に手に持つ剣を抜き、怒涛の勢いで迫りくる敵の塊に躊躇なく走り込んでいった。敵は突如現れた黒服の集団を気にせず進撃を続けたが、黒服が繰り出す斬撃が人を斬るにはあまりにも過剰な力が掛かっているのか、斬るというより切断に近い状態で味方が解体されていく様子に足が止まってしまった。
現場に駆け付けたロイトナンはすぐさま敵兵の排除を開始した。それから間もなくするとなぜか、補給兵が新しい槍を抱え激戦地にやって来て、所在なさげに立っていた。そして、補給兵の到着を確認したロイトナン達はその槍を奪い取るように手に持ち、渾身の力で足の止まった敵へと投擲した。異様な音を立てながら飛翔した槍は先頭に立っていた敵の体を貫通し、幾人もの兵の身体と防具を貫きながら進み、最後の一人を串刺しにした状態で止まった。
次々に切断される味方と一直線に腹に大穴を空けた状態で死んでいる味方の姿を見た敵兵は悲鳴を上げながら雪崩を打つように後退を始め、督戦の制止が全く効かない状態になった。
「おい、ここの指揮官はお前か?」
ロイトナンは敵が引いたのを確認しすぐに防衛線の修復のために現場の指揮官を探した。
「ああ、俺がこの隊の隊長だ。あんたたちのおかげで命拾いしたよ」
「そんなことより、予備の柵があるはずだ。敵が引いているうちに堀に詰まった敵の死体を少しでも片付けた後、その柵を使ってここを閉鎖しろ。急げ、そんなに時間は無いぞ」
隊長は目の前で起きた尋常ではない光景を見て茫然としていた部下たちを復帰させて、作業を始めた。
ロイトナン達は作業中に敵が近づいてこないよに防衛線から少し前に出て敵を散らす作業をしていたが、しばらくして他の箇所での救援要請があり現場へ急行した。
「あの速さはなんだ!」
「なんなのだ、あれは!」
「敵が打ち上げられてるぞ」
本陣では指揮が一時的に滞っていた。それは防衛線の崩壊箇所に到着したロイトナン達の人ではなしえないような戦いぶりを目にしてしまったためであった。
「事前に知っておりましたし、手合わせもしているのですが、改めて目の前でこの光景を見せられると・・」
「そういえばあなたは手合わせしてたのよね。この様子だとあの時はかなり手加減をしていたのでしょうね、そうじゃなかったらあなたはあそこにいる敵のようにバラバラになっていたでしょうね。ふふふ」
「アロイジア様、笑いごとではありません。もう二度と彼らとは戦いませんよ、そして、ユタカ君とは絶対に敵対したくないですね。戦って死ぬのなら軍人たる者の本懐でしょうが、あれはただの解体作業です。剣を通すことさえかなわない強固な体を持ち、防具さえ意味をなさない攻撃力を持つ化け物を相手に戦うなんて出来ません」
「ほんと敵が可哀想に感じてしまうもの。安心しなさい、ユタカと敵対するなんてエンゲルベルト様も私も考えてさえいないわ。彼らに敵対すれば逃げ切ることなんて出来ないわよ、多分」
そう言って2人は自分たちから少し離れた所で単眼鏡を目に当て、敵軍の後方を探る子供を見た。
「って、話していたらあそこも持たなそうね。伝えてきてちょうだい」
アルトナーにロイトナン達を新たな場所へ移動を依頼するように命じた後、アロイジアは敵陣の中で今までより手間取った様子でこれまでで最多の兵を動員するであろう第四波が用意されているのを見た。
さっきの理不尽な攻撃が敵に効いたらしいわね、士気を持たせるのもそろそろ限界かしら。でも、こちらの前段の防衛線は堀が機能を果たしているところの方が少ない。次の攻撃を前段で受けきるのは難しそう。なら、今度は撤退支援をお願いしましょう。
準備に手間取った第四波は三波との時間の間隔が空いていたが、その時間では到底堀に溜まった敵兵の死体を取り除く作業は出来ず、すぐにロイトナン達に撤退支援の要請があった。
「よし!この地区に侵入した敵は片付けた。おい、早く予備の柵で隣の地区との間に柵を設置しろ。完了したら後段の防衛線に早く下がれ」
ロイトナン達は前段の防衛線を突破し、侵入して来た敵兵を駆逐し終えた後、事前に後方で用意されていた組み立て済みの柵が両隣の地区との間を分断するように設置されるまで敵の侵入を抑えていた。そして、分断作業が終わると兵は全員が後段の防衛線へ後退した。
アロイジアは敵との戦力差を考え、街道を封鎖するように構えた防衛線が横に長くなることによる戦力の分散が原因で、完全に守り切ることは出来ないと考えていた。そこで、ユタカの情報網と奇襲部隊で捻出した時間を使い防衛線を二段構えにしていた。そして、前段の防衛線の一部が崩壊してもそれが左右に広がるのを防ぐために、突破された際には隣の地区との間に柵を設置し、凹字のような形になるように指示を予め行っていた。
「また、救援の要請か。お前ら行くぞ!ったく、もう前段で守れている場所の方が少ないんじゃないか?」
アロイジアは丘の上の本陣から前段の防衛線が次々に破られている様子を見て顔に汗をにじませていた。
まずいわ、ほとんど前段の防衛線は残っていない。予備部隊を全て後段の防衛に回しているから今は抜かれることはないけど、それも次の攻撃を受けきれるかはかなり怪しい。でも、敵の士気が崩壊するのも近い気がする。次の第五波を行う士気が残っているか、いないか。いや、敵の崩壊に望みをかけているようじゃだめだわ。
「・・・撤退の決断をするなら今が最後のチャンスか」
厳しい状況だがまだ耐えられと考え、方策を模索していたアルトナーを始めとした幹部は、本陣の中で妙に響いたアロイジアの小さなつぶやきを聞き、悔しそうな表情で視線をアロイジアに向けた。
「ゼクティア、アルファからの報告はどうなってる?」
そんなアロイジア達をしり目に単眼鏡を敵軍の後方に向け続けていたユタカが、後ろに立っているゼクティアに敵軍を近くで監視させているアルファからの報告を確認した。
「は、敵は第四波の攻撃が想定していた効果を発揮しなかったせいか、督戦として使っていた騎士たちの一部を後方の本陣近くに集結させる動きがあります。ですが、依然第五波を準備する動きは続けています」
「おそらく逃げる気だね。あんな兵の状況で督戦を減らしたら第五波を準備できるかさえ怪しくなる。自分たちが逃げるための壁にしようってところか、あわよくば少しでもまとまった攻撃が出来れば確実に追撃は避けられるだろうからね。昼も過ぎて日が傾き始めた。よし、斬首作戦を始める!」
「了解!ロイトナン達を帰還させます。それと、ご報告が一点ありますが、それは移動中の馬車のなかで」
ユタカはその言葉で報告の内容が察しがつき、笑みを浮かべた。そして、そのままゼクティア達3人を引き連れアロイジア達がいるところに向かった。
「お待ちください、アロイジア様。まだ後段の防衛線は無傷です。それにあの者たちが前線で暴れてくれれば十分に持ちこたえることが出来ます」
「そうです。あの一騎当千の兵を防衛線の各所に散開させてはいかがです。これなら戦力に厚みが出来ます」
幹部たちがユタカとの間で取り決められていたことを知らないためか、自分たちで采配で自由に配置が出来るかのように解釈し、その考えに基づいた配置案を進言していた。その案に対してどう答えようかとアルトナーが考えている所に、笑みを浮かべたユタカが状況をかき乱すようなことを言い始めた。
「アロイジア様、皆様、ご苦労様です。これより事前の取り決めに基づき、要請を元に派遣していた部隊を撤収させ私のもとに帰還させます」
次回は7月6日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




