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46.襲撃指揮終了

 マクトル城の一室には机の上に大きな地図が広げられ、その上に置かれた二色の駒が刻一刻とフェルトの持つ棒によって移動され、時には取り除かれていた。


「水無殿、シャッツ隊が「o-12」地点の物資集積地まで後退を完了しました。ロイトナン隊第一分隊は同集積地より敵軍の襲撃のため移動を開始を始めます」


「ディアナ様、バルリング商会の者に「o-12」以東に設置されている物資を撤収し、防衛陣地まで搬出するように伝えてください」


「分かりましたわ」


 ディアナはユタカに謝罪を行った以降、まともに話すことは出来なかったが、ユタカが本部にいるときはいつも部屋の隅に座り、指揮の様子を眺めていた。そして、ぎくしゃくとした雰囲気を拭うことは出来ずとも、時折必要となる本部の外との連絡を仲介するようなことも始めていた。


「ディアナ様が外部との連絡を取り次いで貰ってかなり助かりますね。常にアロイジア様にいらしていただくわけにもいきませんでしたので」


「そうだね、あんなに俺のやり方に抵抗感があったのに、何か心境の変化でもあったのかな。それより、そろそろ次の段階に作戦を進めざるをえないかもしれないね。襲撃に対する敵軍の反応が鈍くなってきたことから、さすがに何かしらの対応を打ってきたんだろう。あんな無茶苦茶な行軍をする連中でもそれぐらいはするんだろうね。ゼクティア、これまでの当方の被害はどれぐらいになった」


「はい、作戦開始初期に発生した被害が最も大きいですが、ロイトナン隊を中心に死傷者が100名ほど出ています。死者は30名ですが、それ以外にも連日にわたる行軍と襲撃によって疲弊している兵が出ているようです。ロイトナンが現場の判断で、そのような兵は一時的にローテーションから外して回復を図っているようですが、徐々にその割合は増えていて隊全体の稼働率の低下が懸念され始めています」


 ゼクティアの報告を聞きながら地図を見ていた腕を組んで考えていた。


 敵軍の行軍を遅延させる効果が昨日あたりから低下したのと同時に、敵兵の殺傷数も低調になっている。襲撃一回当たりに参加させる兵の数を増やして攻撃力を高める手もないことはないけど、今の報告を聞くにもう限界に近いか。予定ではもう少し粘りたかったが、俺自身が生身の兵のことを楽観的に想定しすぎたのかもしれないな。いや、想像以上に活躍するゲルトたち傭兵のおかげでよく持った方か。よし、今が引き際だ。


「ゼクティア、敵軍の行軍遅延を目的とした襲撃作戦を終了しよう。次の段階に向けて準備を行う。ロイトナンには今の襲撃が終了後、森の中の集積地を経由しながら、防衛陣地に向けて後退するように伝えて。他はロイトナン隊が後退を開始したらそれを追う形で移動を行って」


「よいのですか、ユタカ。当初の予定より防衛陣地が接敵するのが早まってしまいますが。味方の損耗を気にしているのでしたら、ロイトナン達のみで襲撃を続行する方法もあります」


「それはやめておいたほうがいいと思ってる、少なくとも防衛陣地での会戦を前にしている現状では。ロイトナン達だけである程度の戦果を挙げてしまえる状況を他の兵が見たときに「あいつらに任せればいい」と思って戦意が低下しても困るからね。あと、陣地の方はアルトナーさんの報告ではマクトル市民の協力もあって予定より早めに仕上がりそうだって話だ」


 次の段階へ移行することを決めたユタカはバルリング商会への連絡から帰ってきたディアナに両親である公爵夫妻を呼んでもらい状況の説明を行った。


「・・・という訳で、これより現在整備中の防衛陣地での決戦へ向けて段階を移行させていただきたいと思います」


「分かったわ。この少ない戦力でこれだけの戦果を挙げたのだから十分すぎる結果でしょう。でも、あなたの計画ではもう少し敵を遅らせる予定のようだったけどそのことは問題ないのね」


 ユタカの話を聞いたアロイジアはこれまでの戦果に驚きつつも、やはり当初の計画より早く決戦になることについて懸念を持っていた。だが、ユタカの回答が奇襲部隊の消耗の見込み違いによる計画とのずれと聞くと唸らずには負えなかった。


「そう、領軍の中でも精鋭を集めていたつもりだったけど鍛え方が甘かったかしら」


 領主夫人による兵への訓練という名の壮絶な制裁にも発展しそうな気迫を感じたユタカは宥めるように領軍の活躍を説明した。


「彼らは良くやっていたかと思います。今までの訓練の内容が今回の作戦では活かし難い点があったのは事実かと思います。その点、傭兵の方々は日々求められる能力と作戦内容が一致していたのかもしれません。領軍の方が足を引っ張ったのではなく、傭兵の方が予想以上の働きをしたと評価が出来るかと思います。なので、傭兵には何か褒賞を考えるべきかもしれません」


「は~、本当にあなたディアナと同い年なの?その上と下の者への気遣いの仕方。とても子供のすることではないわね」


 子供であるユタカからやんわりと嗜まれそっぽを向いた妻アロイジアの姿を笑みを浮かべながら見ていたマクトル公爵であるが、ふと真剣な表情をしてユタカに確かめるように問いかけた。


「門外漢の私は今の状況が有利か不利かがよく判断が出来ないが、ユタカ君、私は、マクトルを、家族を守り切ることが出来そうなのかい」


「兵数的には不利、防衛陣地の構築は計画より若干の不備が残った状態で接敵するでしょう。対して敵は兵数は有利なれど士気の低下、糧秣の深刻な不足。これは輜重隊が軍の最後尾にあって首脳部も最後尾に位置していることと、敵兵の尋問の結果から確実の情報です。客観的に見るなら不利ではない、と言った所でしょうか。しかし、私が今回の決戦にて敵ボイオス伯爵の首を取ることを決定しています。これは何があってもです。ならば自ずと我が方の勝利は決定済みかと」


 そうだったな、ユタカ君の目標はボイオス伯爵の殺害だったな。あくまでそのためにマクトル防衛を行うのだった。アロイジアやアルトナーの理解が追い付けない戦いを行い、我が娘ディアナが嫉妬する同い年の男の子。客観的に判断が出来るし、傲慢とも思えるほどの自信もある。彼と出会えた時点で決まっていたな。


 マクトル公爵はユタカの目を見ながら大きく頷いて笑みを浮かべた。


「防衛陣地での会戦へと状況が移行するに当たり、私もこの本部を離れ現地へ移動を行います。」


「ええ、私も支度を整えた後に輜重隊を伴って陣地に向かうわ。先にアルトナーと打ち合わせをしていてちょうだい。」


 フェルト達が机上の兵駒を片付け、地図を畳み、ゼクティアが恭しく単眼鏡をユタカに手渡していると、それを見ていたディアナが突然一緒に付いて行きたいと言い始めた。


「お母様、私も一緒に防衛陣地に行かせて下さい。邪魔も口出しもしません、安全な所にいます。だからお願いします、お母様」


「ディアナ、子供のあなたではいるだけで邪魔になってしまうわ。公爵家の娘っていうのはそれだけ重いの」


「ですが、お母様。同じ子供のユタカが行くではありませんか。それに公爵家の人間が戦場に姿があれば味方の士気が」


「それは、・・・」


 子供であるユタカを戦争に関わらせ戦場に行かせようとしている現状に後ろめたさもあり、アロイジアが答えに詰まっていると、マクトル公爵がディアナに話始めた。


「ディアナ、父さんの言うことが理解できて、納得できるなら許可してあげよう。ディアナは自分の身を守るだけの力を持っていないこと、自分が戦場では足手纏いであること。どうだい、ディアナ、出来るかい」


「エンゲルベルト様、良いのですか。ディアナには早すぎます」


「でも、いつかは経験するものだろう。それにディアナの言う通り、君とディアナが戦場に姿を見せれば味方の士気も高まるだろう。本当はカミルが行くべきだが、誰に似たのか戦争に関してはからっきしだしね。それで、ディアナ、どうだい」


「・・・分かりました。私はユタカと違って自分自身を守る力も、指揮を執る知識もありません。だから、安全な所から見させてください」


 マクトル公爵は娘が安易にユタカと自分を並べたことに対して、暗に苦言を呈したことが通じて満足そうに頷いていた。

 一方ユタカは、フェルト達に物資を先に馬車に運ばせた後、ゼクティアと共に公爵家の話が終わるのを待っていた。


「お話し中に失礼いたします。私は準備が整いましたので出発します。アロイジア様、ディアナ様、後程戦場でお会いいたしましょう」


「ユタカ君、よろしく頼むよ。それと、さっきバルリング商会のエルヴィンが物資を収めに来た時にユタカ君から頼まれていた物が出来たと言っていたよ。なんでも、君の要求した水準には到達しなかったが、数回使用する程度なら耐えることは出来るらしい。君、ユタカ君に渡してくれ。しかし、これは何だい。見たことがない物だね」


 マクトル公爵がメイドに指示を出すと、しずしずユタカの前に反りのある剣と白い布に包まれただけの短い剣を運んできた。


「わざわざお持ちいただきありがとうございます。これはなんといいましょうか、私の故郷で刀と呼ばれる物です、いえ、それに似せて作ってもらったものです。今回の敵は腐っても身分の高い者なので、古い習慣に習って礼節をもって討ち果たそうと思い準備をいたしました。それでは公爵閣下、次は戦勝のご報告をお持ちいたします」


 そう言ってユタカは冷たい笑みを浮かべながらゼクティアを従えて部屋を出ていった。


「さあ、私達もすぐに出発の準備を済まして、ユタカを追うわよ。あなたも、すぐに支度をなさい」


 マクトル城でアロイジアが率いる輜重隊の準備が始まり活気づいている頃、ユタカ達はすでにマクトルの城門を抜け、一路防衛陣地に向け馬車を進めていた。


「じゃあ、これからのことの確認だけど基本的に陣地での指揮はアロイジア様とアルトナー司令官がとることになってる。ロイトナン達と合流したら俺はゼクティア、フェルト、シャッツと共に本陣に詰めてボイオス伯爵を討つ機会を探る。ロイトナンとマネキン7人は適宜アロイジア様の指示の下、綻び生じた防衛線の援護、あるいは後退の援護を行ってもらうよ。今まで森で作戦に従事してもらってた者には、本陣で予備戦力になってもらおう。ゼクティア、ロイトナン達にそう伝えておいて」


「了解」


 ここまでの仕込みはおおむね順調、味方の働きもいい。あと、数手でアリーセばあちゃんの仇に手が届く。


 周囲を真っ黒な服に包まれたマネキン4体が護衛しながら走る馬車の中で、ユタカは手を前方に伸ばし、握り潰すように手を閉じた。

次回は6月15日午前0時の投稿となります。


誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。

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