40.襲撃作戦開始
朝になるとユタカ達や傭兵たちの姿はマクトルの南門の前にあった。門の周辺の人々は今日も走るのか、とさして気にすることなく行きかっていたが、本人たちの身に纏う雰囲気はいつものものとは違っていた。傭兵たちがそれぞれ身に着けた日々愛用している得物の確認や防具の確認を進める中で、ゲルトとケヴィンがユタカのもとにいた。
「ユタカ、持っていくものは本当に装備だけでいいのか。水もたいして持っていないみたいだが」
「ええ、今あの森には多くの領軍が展開していて一定間隔に補給が出来る場所を開設してあります。エルヴィンさんの商会が日々運んでいて、兵站に問題はないですよ。みんなが戦うときは出来る限り身軽に動けるようになってるんですよ」
「よく考えてありますね。このような方法は聞いたことがないんですが、これもユタカ君の案なんですか」
「まあ、皆さんに無駄な負担なく戦ってもらうためのちょっとした工夫ですよ」
ユタカは笑いながら話していたが、このデポのような物資の運用はこの世界では普及していなかった。最初に提案した際は、アルトナーに物資を分散させてなんの意味があるのかと問われたがアロイジアがその有用性に気付き導入された。
そろそろ出発の時間に近付いてきたところで傭兵たちがきれいに並び始め、それを確認したシャッツがユタカの前に出てきた。シャッツはいつものニコニコした表情を隠し、帽子と手袋もつけて小さいながらも普段とは異なる軍人のような雰囲気を出していた。
「水無殿。シャッツ以下29名、集合完了しました」
本来、規律より個人の強さを求めていそうな傭兵たちが縦横きれいに並んでいる姿を見て違和感を感じたユタカがフェルトの方を見ると、いつもの笑みを浮かべながら満足そうに頷いている姿があった。
傭兵たちにランニングだけじゃなく、こんなことまで教えていたとは。シャッツもいつもとは雰囲気が違うな。戦闘職でなくてもこんな感じに報告ができるんだ。
「ご苦労。戦闘地域の地図を渡す。それではシャッツ隊は南の森に進出し、先行するロイトナン隊と合流した後、作戦行動を開始せよ。気を付けて」
「了解」
シャッツが返事と共に敬礼をするとユタカも答礼をした。その様子に傭兵たちはよく意味が分かっていないようだったが、挨拶だと考えそれぞれに声を出しながら出発していった。
意気揚々と南の森へと向かって出発したシャッツ隊を見送りユタカは城へ向かった。その道中アルファから敵の集結が完了し、その総数が概算で確認できたとの連絡をゼクティアから受けた。城に用意された本部には主要な人物が集まっていた。
「それでは偵察より入った情報をお伝えします。敵の集結が完了し、その総数は約9,500とのことです。今現在ここマクトル領に向けて進行中です。この地図に表示される場所に到達次第詳しい位置をお伝えします。今の所順調に敵が進めば二週間足らずでマクトル近郊に到着の見込みです」
敵の数を聞いた公爵やアルトナーは苦々しい顔をしていた。当初想定されていた最悪の数字に匹敵してることから不安さえ感じていた。
「アルトナー、野戦築城の方はどうなっているの。間に合いそう」
「正直、厳しいと言うのが正直な所です、アロイジア様。事前に準備したおかげで、本日から本格的な工事を開始出来ていますが、敵の総数を聞くと今もう少し時間を掛けて工事を行い、万全の状態に持っていきたいと言うのが本音です」
「アルトナーはこう言ってるけど、ユタカは二週間で敵にここまで来させるつもりはないんでしょ」
アロイジアはどこか煽るような雰囲気でユタカに話を振ったが、当人はいつもと変わらぬ様子でいた。
「はい、遅滞作戦を行うための部隊は今朝、マクトルを出発しました。本日中には辺境地域の村に待機していた部隊の一部も森の部隊と合流しますので、領軍600と私の部隊30が森の中を拠点として活動を行います」
「本来だったらその数で9000以上の軍に戦いを挑むのは蛮勇と評したところでしょうけど、今回はその部隊をユタカが指揮するからそうという訳ではないのでしょうね」
「おまかせください。そのためには本日よりここで寝泊まりをして昼夜を問わず敵への攻撃を行うようにします。どれほど行軍を遅らせられるかは現時点では分かりませんが、二週間でここに到着することはないことを保証します」
アロイジアほどにユタカの有用性を理解できない公爵は9,500という敵の数に不安を抱き以前に提案していたことをもう一度切り出してきた。
「やはり兄、大公陛下に援軍を要請したほうが良いのではないのかな。ユタカ君が頑張ってくれてるのは分かっているが、今回の敵の数はそれでどうにかなるようなものだろうか」
それを聞いたユタカは心の中で舌打ちをしていた。ユタカとしてはどのようなことがあってもボイオス伯爵を自身の手で討ち取ることが目的である。だが、仮に大公が出てきてしまった場合にボイオス伯爵の殺害に対して約束を取り付けた公爵を上回る身分を根拠に、約束が反故にされてしまう危険があった。ユタカとしては今回の戦争での最高責任者はどうしても目の前の公爵である必要があった。
「敵の総数は多いですが、所詮は農民の徴兵が大半を占めます。先にアロイジア様がおしゃっていましたが騎兵の方もその農民の督戦に追われてまともに運用するのは難しいと考えています。それにボイオス伯爵がなぜこれほどの力を持っていたのかについても不明な部分があります。最悪、この戦争が公国全体に波及するような裏があるかもしれないこの状況において公国軍を大規模に動かしてしまう危険性の方が大きいかと」
「んー、ユタカ君の言ってることは確かにその通りなんだけど、敵の数がね。このマクトルが攻撃されること自体が公国にとっても大きな痛手になるんだよ。守り切れそうなのか、アロイジア」
「はい、決して余裕のある状況ではありませんが勝算はあるかと思います。私としては最悪ユタカ一人でもなんとかしてしまうのではと思っているぐらいですが」
「はは、我々だけで9,000以上の敵を撃破することは出来ませんが、ボイオス伯爵が生きて領地に帰ることだけはないと断言させていただきます。それと、どちらしても最終的には大公陛下には出てきていただきこの度の戦争の始末はつける必要はあるかと思います」
ユタカとアロイジアの言葉を受けて公爵は大公への援軍の依頼は行わないことにした。
その日の夜マクトルの南の森にシャッツ隊とロイトナン隊が集結した。事前に集められていた物資を使い簡単な宴会が行われていた。
「おうシャッツ、ゼクティアから聞いて驚いたがお前が部隊を指揮するとはな。出来るのか」
「ロイトナン先輩、私はユタカさんの指示に従って部隊を動かすだけです。それぐらいのことは出来ます。それに、ユタカさんの所からこれ以上戦闘が出来る完全体を離すのは得策ではないですしね。仕方ないです」
「数的に厳しいのはマクトルだけじゃなくユタカも同じか。まあ、明日から頑張ろうぜ。最悪俺たちが壊れるまで敵のど真ん中で暴れまわるだけでもなんとかなりそうだけどな」
「そんなことは絶対にユタカさんが許しませんよ。でも、ユタカさんに危険が及ぶ可能性があるなら私も協力しますよ、ロイトナン先輩」
本格的な戦闘を前にした宴は終わり、日が昇りだすとそれぞれが起きだして隊員の点呼が始まった。そして、しばらく待機しているとシャッツに移動先が通達され、その場から一足先に離れていった。
シャッツ隊が見えなくなって少しすると今度はロイトナンに行先の指示が通達された。
「ようし、じゃあ俺たちも出発だ。マクトルを出る前にアルトナー司令官から連絡を受けていることを確認しておく。まず、俺たち603名は名称をロイトナン隊と称し、隊長に俺を据える。もし仮に俺が倒れるようなことがあれば森からの攻撃は不可能になるので即時マクトルに帰還し、別命を待つこと。当初は隊の全員で動くことのみを想定していたが、状況によってはさらにロイトナン隊をいくつかに分ける必要があるかもしれないと連絡が本部よりあった。その際はうちの黒服の指示に従ってもらうが言葉の関係でハンドサインで意思疎通を行ってもらう。何か質問等はあるか」
ロイトナンは600人の隊員を見渡し、なにも質問がないことを確認するした。
さすが、マクトル領軍の中でも選りすぐり精鋭を集めただけあるな。突然現れた俺たちの下について行動なんて抵抗感があるだろうが、それを表に出さないようにしてるな。まあ、俺たち能力を目の当たりにすればその抵抗感もなくなっていい感じになりそうだな。領軍側の指揮官も優秀そうで仕事がやりやすそうだ。
「質問はないようだな。この森は最初に入った部隊が賊を掃討してくれてるので、移動中に賊に襲われるような心配はないと思われる。森での遭難は厄介だからそれぞれペアを組んだ相方がついて来ているかを常に確認しながら進め。出発!」
二つの隊は今日中に襲撃予定地点に一番近い物資集積地に到着するように移動を開始した。進軍の途中バルリング商会の関係者と思われる男たちとすれ違いながら順調に移動を続けた。
マクトル城のユタカは本部の地図の前に朝から張り付いていた。そして、ゼクティアの報告を聞きながらカジノのチップを動かす棒のようなもので森の上に置かれた兵駒を動かした。
「ユタカ殿、シャッツ及びロイトナンに進出地点の伝達が完了しました。今の所両隊ともに順調に行軍中です。予定通り本日中に移動が完了する見込みです。なお、今現在も敵軍の追跡は問題なく出来ております。マクトル侵攻のルートも想定通りのものとなるものと思われます」
「ありがとう。敵の取るルートに関しては物資の量を考えればこれしかないってものだったから心配はしてなかったけどね」
ボイオス伯爵がマクトルに進行する際に取るルートは可能性としては二通りがあった。マクトル領とボイオス領を隔てる山脈には北側と南側に峠があるが、北側のルートはボイオス領都からは回り道になり物資の余裕のないボイオス伯爵が取ることが難しいルートになっていた。そして、南側のルートは峠を越えるとすぐにシャッツ達が移動している森の縁に沿って伸びる街道になっており、敵の行軍中長い行路で急襲のチャンスが得られる状況になった。
ユタカは自分の準備した作戦が最大限に生きる状況が確定し、笑みを浮かべていた。
次回は5月4日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




