41.奇襲攻撃開始
ユタカが自分の想像していた通りに物事が進み上機嫌でいると、公爵夫人のアロイジアとその娘であるディアナがメイドを引き連れて部屋に入ってきた。
「おはよう、ユタカ。朝から精が出るわね。明け方からユタカの声が聞こえるとメイドから聞いているけど朝ご飯はちゃんと食べたの?」
「すみません、お騒がせしてしまって。今部隊を動かし始めて一段落したところです。忙しかったのでお昼だけでよいかと思っていました」
「全く、朝食を抜くのは体に良くないのよ。特にあなたみたいな育ち盛りの時に横着をしてはいけません。ほらメイドに朝食を持ってこさせたから、そこの机で食べなさい。ゼクティアちゃんって言ったかしら、あなたもユタカが大切ならそういうところをちゃんと気を配りなさい」
思わぬところからアロイジアの矛が向いたゼクティアはうろたえながら頷いていた。その間もゼクティアを経由してフェルトが森の部隊の位置を確認し、地図上の兵駒の位置を更新していた。
「へー、なんだか凄すぎていまだに現実味がないのだけど、あの森にある駒が今現在の部隊の位置を示しているのよね?」
「はい、今現在シャッツ隊は約時速3km、ロイトナン隊はそれより若干下回る速度で共に東進を続けています」
アロイジアの質問に対してフェルトが機械的に返答を行った。そんなフェルトを横目にディアナは地図の置いてある大きな机の上にあった古い単眼鏡を見つけた。
「ねえ、ユタカ。この単眼鏡はなに、随分古そうだけど」
「それは私がとてもお世話になった方から頂いたものです。しばらく屋敷に戻れなさそうですし、状況によっては取りに行く暇もなく戦場に向かう可能性もありますので、事前に持って来ておいたんです。とても大事なものなので壊さないでくださいね」
「ふーん、ユタカはここを離れて戦いに行くつもりなの。てっきりここから指示を出すだけだと思ってた。だってユタカは全然戦えなさそうなんだもの」
「勿論激戦地に飛び込むわけではないですよ、ディアナの見立て通り戦えませんから。でも、ボイオス伯爵の首を落とすのは自分が直接見れる状況でやるつもりなんですよ」
そう言って笑いながらユタカは自分の首に手刀を当てていたが、目が放っているものは笑みとは遠いものだった。今まで見たことのないその目を見たディアナは思わず後ずさりをしてしまった。
「ユタカ、その辺にしてあげて。ディアナは実戦経験がないのよ、そんな気を当てられるのは慣れていないの。ほんと、ディアナと歳の変わらないあなたからそんな殺気が出るなんて、どんな経験をしてきたのから」
ディアナを意図せず怖がらせてしまったユタカはペコペコと謝り、食べていた朝食に添えられたデザートを慰謝料としてディアナに渡すことで和解が成立した。
「それで、何かいいことでもあったの?さっきあなただいぶ機嫌が良かったみたいに見えたのだけど」
「はい、敵軍がこちらの予想通り南側の峠を通過して進軍するのがほぼ確実になったとの偵察結果がさっき入りましたもので。これで、当方の勝率が更に高くなりました」
「そう、今までの準備の効果が最大限発揮されるってことね。それで最初の衝突はいつごろになりそうなの」
「そうですね、明日の夕方以降になるかと思います。それでアロイジアさんに教えて頂きたいことがあるのですが、敵軍が進軍するときの配置はどのようなものが考えられますか?」
「そうね、敵の勢力圏内に入ったら騎兵による前方の偵察ね。その後ろに歩兵を置いて、真ん中に輜重隊、その前後どちらかに指揮官って感じね。その他弓兵とかは適宜その場の状況で配置するわね」
「ありがとうございます。選択肢としては偵察部隊を叩くか、その後の指揮官や輜重隊を叩くかですね。どこを叩くのが一番効果があるのか考えてみます」
「じゃあ、ユタカはしばらくやることがないのね。それじゃあ私と一緒にお勉強をしましょ。2人でしたほうが捗る気がするわ」
確かにしばらくは待機する予定だったユタカはディアナに手を引かれるがままに部屋を出ていき、勉強を一緒にすることになった。
「あらあら、ディアナはこんなに長く同世代の子と一緒にいたことがないから舞い上がているみたいね。ゼクティアちゃん、ユタカが無理をしないようにしっかりと見てあげなさい。あの子が倒れてしまったら今回の作戦も上手くいかなくなっちゃうでしょ」
「分かりました、アロイジア様。秘書たる私が今以上にユタカ様をお支えいたします」
その後はディアナと共に勉強をしたり、剣の稽古に付き合わされそうになるのをどうにか避けたりと忙しくしていたが、ユタカにとっては良い息抜きになっていた。そして、翌日の公爵家との夕食時に敵軍が峠を越えたとの連絡を受け取った。デザートが給仕されるタイミングとなっていたが辞退をして地図のある本部に駆け込んだ。
ユタカが地図上の東側の端に存在する兵駒を確認すると黒の駒が峠を越え、ロイトナン達の潜む森の縁を通る道に進出しているところだった。状況を眺めている最中にもフェルトが次々と黒の駒を地図上に配置していた。
「ようやくか。ゼクティア、やるよ。2人には通知してある?」
「はい、すでに通知をしており両部隊共に行動準備が完了し、予定位置に進出中です」
森の部隊の状況を確認していると同じように夕食を途中で切り上げた公爵家とアルトナーが本部に入って来た。
「いよいよ敵が来たみたいだね、ユタカ君。私は君の条件を果たすことを約束した、君はこのマクトルを我々と共に守ってくれ。アロイジア、アルトナー、私は戦のことは分からない、十分にユタカ君を助けてあげなさい」
公爵の話を聞き2人が頷いているときユタカは別のことをで頭がいっぱいになっていた。
目の前の白い駒がなくなるほどの大きな損害が出るような采配はしないし、そのための準備もした。でも、確実に駒では表示できない被害が出る。それも俺の指示の下で確実に。分かっていたことだが最悪の気分だ、でもやらなければ目的が達成できない。ふーーー、始めよう!
「ユタカ殿、両部隊配置に付きました。ご指示を」
ゼクティアの声を遠くに聞きながらアリーセの単眼鏡を一撫でした後、左手を自分の額に当てた。
「シャッツ隊へ命令、敵偵察部隊を視認次第これを殲滅せよ。ロイトナン隊へ命令、敵軍中段にあると予測される輜重隊を狙い攻撃せよ、敵兵殺傷よりも物資破壊に重点を置け」
「了解しました、ユタカ殿」
「フェルト、ゼクティアからの通信を受け今以上の頻度で地図上に状況を反映させろ、マネキンも使え」
「了解」
常に周りの人間に丁寧な言葉で話していたユタカが左手を額に当てたとたんに命令口調になり、纏う雰囲気も変えた様子を目の前にし、公爵たちは驚いていた。ユタカの豹変ぶりに公爵の子供たちはそれぞれ親の後ろに隠れるようにしていた。
「とてもディアナお嬢様と同い年とは思えない様子ですね。かなりの実戦経験があるのでしょう、あの地図上に示されている通り、今この瞬間敵と味方が殺しあっているのでしょうが、それを恐れる様子もなく淡々と指揮をしている。まるで老練な指揮官そのものですね」
「本当にそうなのかしらね。普段のユタカの様子が演技だったとは思えないわ、今のユタカの雰囲気・・・何か無理をしてなければいいのだけど」
公爵たちが戸惑っているのを気にもせずユタカが指揮を続けていると、シャッツから落馬して息のある敵兵の扱いについて確認が来た。そして、続けざまにロイトナンからは襲撃した部隊が予想と異なり輜重隊ではないとの連絡が来た。
「敵兵は生かしたまま森の中に連行しろ、シャッツ隊は一旦森に戻り休息を入れろ。シャッツとマネキンは敵兵を尋問し、敵軍の構成を聞き出せ。拷問も許可する、尋問後は速やかに殺せ」
ロイトナン隊に襲わせた中段の敵が歩兵部隊だった。アロイジアが言っていた配置とは違うのか。通常とは異なる行軍をしているならその理由を聞き出したい。
ユタカがロイトナン隊が襲撃した部隊が輜重隊でなかったことの理由を解明するために尋問の指示を出したのを聞いたディアナがユタカに怒りを露わにしながら近づいてきた。
「ユタカ!馬に乗っていたということはその兵は騎士かもしれません。たとえ敵であっても騎士であるなら堂々と戦い打ち取らなければなりません。それを痛めつけ、その、拷問にかけるなんて武人のやることではありません」
それを聞いたユタカは地図の方から顔を反らさず、ギョロっと冷たい目だけを動かしディアナの目を見た。
「ディアナ様、私は騎士ごっこをしているつもりはありません。やることはいかに効率よく敵を殺し、味方の損耗を抑えるかです。その為に必要となるありとあらゆる行動が私の選択肢になります。その兵が騎士なら敵軍の情報の情報を多く持っている可能性があります。ならば。シャッツに命令、接敵した偵察部隊は多くの情報を持っている可能性が高い、取り残された敵偵察部隊に息のある者がいないか確認しろ、息があれば先の兵の前で痛めつければ効率的に情報を吐くかもしれない。それと複数人から情報を取って得られた情報の確度を高めろ」
「了解」
騎士であると告げたのにも関わらず何の躊躇いものなさらなる尋問の指示を出したユタカを見たディアナは信じられないものを見るような眼をしていた。
「ユタカ、あなた!」
「我々の作戦行動を妨害するのは公爵閣下の意向を受けてのことですか。ならば再考しましょう」
ディアナは目から涙を流しながら縋るように父である公爵を見るが顔を横に振っていた。それを見たディアナは乱暴に扉を開け廊下へと走り去り、それを追いかけるように兄のカミルが出ていった。
一方のユタカは気にも留めずに刻一刻と駒の位置が変わる地図を睨んでいた。
「ユタカ、ディアナが言ってたことは理想論ではあるけど騎士を辱める行為は良しとされていないわ。たとえ敵であったとしてもね。騎士は貴族が直接指名してるのよ。その騎士をただの傭兵であるあなたが名誉を辱めるようなことを行うのはお勧めできないわ」
「お言葉ですが、アロイジア様。敵に貴族も騎士も平民も貧民もありません。あるのは我々に仇なす敵という分類だけです。敵を慮ることにより貴重な味方の命に危機が訪れるようなことはあってはならないと考えますが、いかがでしょうか」
それを聞いたアロイジアは今までユタカと話していた時に感じていた違和感に納得がいった。
「そう、今まであなたと話していて感じた違和感の正体が何なのかが分かったわ。あなた心の底から貴族と平民の違いが存在しないのね」
ユタカは作戦とは直接関係ない話になったと思い、返事もそこそこに地図の方へ視線を向けた。
次回は5月11日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




