28.スラム街にて
ユタカ達の新たな拠点はマクトルの外側にある城壁のそばにあり、スラム街が道を挟んで向かいに広がっている。そんな周囲の環境とは似つかわしくないほど大きな敷地と立派な屋敷が建っており、その屋敷の大きな門の左右にはフードを深々とかぶり、全身を黒いマントと服で覆ったマネキンが剣を装備し不動で立っている。敷地内では二人一組のマネキンが定期的に巡回を行い、得体の知れない威圧感を周囲に与えていた。
その屋敷の最上階、東側から二つ目の部屋には屋敷の主たるユタカが眠っていた。やっと空が白み始めた頃、その部屋にはユタカの他に3人の姿があった。
「フェルト、侵入者の様子はどうでした?」
ゼクティアはその日の未明に侵入を試みた、あるは侵入した者の対処に関して指揮を執っているフェルトに確認した。
「様子見のために子供たちを敷地の周りで歩かせたり、偶に塀を越えさせてみたりしているな。ここに来てから3日目だが、無秩序に見えるスラム街にも複数の集団が形成され、それらの集団同士が衝突したり協力したりすることで外部からは見えない秩序が出来上がっているようだ。ただ、集団に属さないような奴や酒に酔って気が大きくなったような奴が無秩序に侵入しようとするケースは多々あるがな」
「なるほど、そして今日で3日目です。警告は本日をもって終了し、以降は殺害による排除へ移行することでよろしいですか」
「ああ、ただ最終確認をユタカ殿にとってからだ。その後は対処法を変更して臨む。加えて、情報を持っていそうな者に対しては尋問を行い、背後関係を確認して見せしめの意味も込めて、いくつかの集団を潰す予定だ」
「フェルト先輩、あまりこの屋敷から見えるところに生臭いものを残さないでくださいよ。町の住人からの評判が悪くなると、ユタカさんの目標の達成に支障が出てしまいます」
「当然、事後処理についても手順の確認が済んでいる。それに、ユタカ殿が住む空間に穢れが残るような手抜かりはしない。しかし、シャッツ。たまにはお前も戦闘に参加しなくてよいのか、いくら非戦闘職といえど自動人形なら素人を一人二人相手にする戦闘は可能なはずだ。動きが鈍ってしまうぞ」
「大丈夫です。毎日緊急時の動きは確認してますし、ユタカさんを守るためなら時間稼ぎぐらいは最低限出来ます」
「まあ、あなたが使えなくとも副官であり、秘書である私が常にユタカのお側で守り抜いて見せますよ」
ゼクティアとシャッツがビリビリと視線をぶつけあったところでユタカが目を覚ました。
「おはようみんな、ロイトナンは・・・そっか。今日は外で仕事をしてもらってる日だっけ」
「はい、ロイトナンには悪いのですが屋敷周辺の状況がひと段落するまでは外で動いてもらっております。捕縛が主目標ではなくなると今はロイトナンだけでも十分ではありそうですが」
「コソ泥たちももうしばらくすれば落ち着くでしょ。じゃあ、今日もシャッツの作る朝ご飯を食べてからそれぞれ仕事に取り掛かりますか」
「「「了解」」」」
ユタカによる最終決定に従って、その日よりかねてからの計画通り侵入者に対する対処方針が変更され、それを知らぬ賊たちが侵入した後に姿を消し、しばらくするとスラム街の中で人気の多い所に打ち捨てられる事件が起き始めた。
時は数日ほど遡り、スラム街の一角に周辺と比べしっかりとした外見をしている家の中にはいつもと変わりなく、女の泣き声と男たちの悦に入った声が満ちていた。その家の最上階の部屋には大きなベットの上に横たわる2,3人の裸の女と、全身を鍛え上げられた筋肉で覆った男が手下からの話を聞いている姿があった。
「ボス、例の馬鹿な商人の屋敷に新たな住人が入るようです。高そうな家具を大量に入れてるようで、それなりのカモになりそうです」
「ほお、あの餌場が復活するのか。あの餌場があったおかげで俺たちはスラム街で頭角を現せた。ならば、餌場が復活した今、スラムを仕切るようになるのも夢じゃねえな!」
手下の報告を受け、自身の野望が手に届く道筋を確信したところに、さらに男の気分を高揚させるこ情報があった。
「それとボス、その餌場にはほかに見たこともないようないい女がいるようです。剣を持って歩くような女ですが、町の高級娼婦なんか目じゃねえですよ。もし娼婦にあんな女がいたらそこらの貴族連中でも買えないじゃないかって思えるぐらいですよ」
「くくく、最高の話が聞けて俺は最高に気分がいい。見た目が良いのを選んじゃあいるが、こいつらも所詮は薄汚ねえ貧民だ。おい、この部屋にいる女は全部お前たちにくれてやる。好きにしろ、いい話を持ってきた報酬だ」
それを聞いた女たちは疲れ切った表情の中にさらに深い絶望の色を加え、嬉しそうにする男たちに泣き声あげながら引きずられ下の階に連れていかれた。
部屋に一人残ったボスと呼ばれた男は餌場を出来るだけ長く続くようにするために、どれぐらいの間隔でどれほどの財産を収穫するかをまだ見ぬ美女を想像しながら考えていた。
翌日、様子見と他の集団へのけん制も含めて屋敷の周辺を手下にうろつかせていたが、要領の得ない報告ばかりを受け男の気分は昨日と異なりひどく苛立っていた。
「それが不気味で真っ黒な連中が門に立ってたり庭を歩いてたりして、とてもちょっかいを掛けられる雰囲気じゃあなかったんですよ」
「それでテメーは碌なことも分からず、のこのこと帰って来たわけか。ふざけんてんじゃねえぞ」
「ま、待ってください。そこらのガキに金をつかませて塀を越えさせたり、酔っ払いとか脳みそにまで筋肉が詰まってそうな奴をそそのかせて門に突っ込まさせてみましたよ。俺はそばの建物の屋根から見てたんですが、見つかっていないはずのガキが塀を越えたとたん、その黒い連中が飛んできて押さえつけるわ、酔っ払いと筋肉は門番に掴まったと思ったらビクとも出来ないような力で押さえつけられるわで。そんで、しばらくすると見たこともないほど高そうな黒い服を着た白髪の男が耳元で何か言った後、掴まってたやつらをほおり投げたんですよ」
「ああ?て言うと、奴らは寄ってきたコソ泥を殺しも痛めつけもせず、放したっていうのか」
「ええ、なんでもガキが言うには「今回は見逃してやる、警告だ、二度目はないぞ。今後は背後の連中も含めて皆殺しにする」って言われたみたいです」
「ッチ、舐められてるな。そいつらが様子見のために使われたことがバレてんのか。それで、その黒い奴らはどれぐらいいるんだ」
「それが4人しかいなかったんです。それに、信じてもらえないかもしれないが門番に関しては一晩、いや一日中同じ奴が微動だせずに立ってるんだ。交代もしないでですよ。ありゃ人間じゃないですよ。多分、力も半端ない。ボス、あそこはなんだか気味が悪いんです」
なんだ、こいつ?嘘を言ってるようには見えないが一日中門番が変わらないなんてありえねー。結局なにもわかんねーな。こうなったら直接俺が見に行くか。
その後、件の屋敷の様子を覗っていた男は外出先から帰ってくるユタカとゼクティア達の姿を見た。
あの女か、確かに今まで抱いてきた女が一瞬で霞むほどいい女だな。ぜってー俺が手に入れるぜ、それにあの強気な顔を恥辱にゆがませてー。そそるぜ!
男が下劣な欲望を抱いてゼクティアを見つめていると屋敷の門番している2人が一糸乱れぬ敬礼をユタカにし、それに答えながら敷地内に入った。
「なんだ、急に右手を額に当てて。なんかの合図か?だが、妙な黒い服を着た連中の頭はあのガキみたいだが何者なんだ。おい!あそこをうろついてる肉だるまを門に突っ込ませてみろ」
男の目線の先には屋敷の側をふらふらと歩く100㎏はゆうに超していそうな大男がいた。そして、手下に金を握らせ屋敷に侵入するように言った。
大男が門に近づいた瞬間、門番の一人が片手で大男の胸元を掴み上げ暴れまわるのも気にせず、その状態で微動だせずに停止していた。少しすると、笑みを張り付けたような白髪の男が何かを告げた後、大男は放り投げられ這う這うの体で去っていった。
「おいおいおい、嘘だろ。なんだありゃ、あんなことが出来る人間がいるのか。舐めてたぜ、こりゃ長い間餌場として使うなんて悠長なことは言ってらんねーな。一発で女も金も奪いきってやるしかねー」
その4日後、男は自身の根城で手下を集めユタカの屋敷を襲撃するために最終準備を行っていた。
「これから餌場に行くぜ。変な門番がいるが数が少ない、ここにいる全員でやっちまえば問題ない。あそこにある女も金も俺たちのものだ!ただし、白い髪の女は傷つけるなよ。あれは俺のものだ。それ以外は早い者勝ちだ、遅れるなよ!」
「ボ、ボス!まさかあそこを襲うつもりですか?やめましょー、いやな予感がする。それに、前に侵入した仲間が帰ってこないんだ。なんだかおかしいですよ」
「なにビビってんだ、奴らは殺す度胸もないド素人だ。多少強くったって問題な」
ズガッ!・・・・・、カチャン。
男が話していると根城にしている家の分厚い玄関扉に白い手袋をはめた手が穴を空けて突き出ていた。そして、周囲を探るような動きをした後、扉の鍵の部分に手が近づき、ゆっくりとスライド式の錠を横にずらした。
手が扉から抜かれ、ゆっくりと扉が開かれるとそこには笑みを張り付けた白髪の男と、同じような服を着たもう一人の白髪の男、全身を黒いマントに覆われ表情さえ確認できない者が2人いた。
「て、てめえは、どうしてここが分かった」
思わぬ人物の登場に男は狼狽を隠せずにいたが、笑みを張り付けた白髪の男は淡々と作業のように感情なく言葉を発し始めた。
「昨日の日没後より警告期間は終了。その後に侵入した者を尋問した結果、拠点の割り出しが完了したため、脅威の完全な排除を行う。全員、敵を排除せよ」
号令が掛かると、男の根城に存在する賊を全て殺害するために逃げ道となりそうな箇所に素早く展開した後、粛々と作業が始まった。無機質に、ただ作業を行うかのように、男の手下が首をはねられ、心臓を突かれ、時間をおかずに男がただ一人残された。
「クソーー!ここまで、ここまで来たってのに。テメーらのせいでなにもかもがーー」
手に持った大剣を己の恵まれた体格を十分に活かし、笑みを張り付けた白髪の男に向けて渾身の力で叩きつけた。しかし、大剣はその敵に触れることは出来ず、片手で持つ小さなナイフに受け止められ、ビクともしなくなった。
「う、嘘だろ。こんなこボァッッ!」
白髪の男がもう片方に持つ剣によって静かに喉を付かれ、自身の血で溺れるようにして男は意識を断った。
「作戦終了、総員、損害報告を」
フェルトはナイフをしまった後、作戦の終了をただただ平たんに告げた。
「損害なし。それで、この後はどうする。上の階には攫われた女たちがいたが助けるか?」
「ロイトナン、私達は別に慈善事業をしに来たわけではない。その者たちが生きていく意思があるなら勝手にするでしょう。では、ユタカ殿が待っている屋敷に急ぎ帰りますよ」
「おう」
4人の姿は夜のスラム街から音もなく消え去っていった。
そのころユタカは直立不動となり人形のような表情したゼクティアより報告を受けていた。
「水無殿、『自動人形召喚・指示』の段階が進行したことをご報告申し上げます。現在行使可能な力は、完全体5体の召喚、不完全体9体の召喚となります」
「そう、無事に終わったみたいだね」
次回は2月10日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




