20.仕事の準備
夜が明け、夕食を取った時と同じ場所で朝食を取り終え、部屋に戻ってきたユタカは部屋に備え付けられたベルを鳴らした。
「お待たせいたしました。御用を承ります」
ノックのあとに現れたのはナイスミドルの支配人ヴェンツェルだった。
「すみません、朝から支配人に来させてしまって。実は腕利きの服飾職人と馬車職人をご紹介いただければと思いまして。あと、武器屋と縄を売っている店もお願いします」
「承知いたしました。ではユタカ様がお出かけのためにロビーにいらす時までにそれらをまとめた用紙を準備させていただきます」
その後、丸一日を使って傭兵ギルドの仕事を受けるための事前準備を行うことにしたユタカ達は町を巡るためにホテルのロビーへ行くと、すでに馬車寄せに着けられた自分達の馬車と笑顔で紙を持つヴェンツェル支配人の姿を見た。
「素晴らしく行き届いたサービスですね。このホテルに滞在できることを誇りに感じます」
「そう言っていただけることが私ども従業員にとって最高の栄誉でございます。それでは、お気を付けていってらっしゃいませ」
ユタカ達はヴェンツェル支配人の見送りを受けながら紙に書かれている店へと向かった。
「ほう、服飾職人以外はエルヴィンさんの商会で済むのか。ほんとあの人は細かいところまで目が行くよ。俺たちの事情を知っている商人の方がいいと思ってくれたんだな。よし、まずは製作に時間が掛かるであろう服飾の方へ行こう」
「しかし、この世界の技術で私たちの服と同じものが作れるでしょうか。町の人々が身に着けている服を見ても、私達の服がいかに異なるデザインであるかが分かってしまいます。それに、この服には付与されている職能や階級が分かるように飾りが付いています」
「多分心配ないんじゃないかな、ゼクティア。あの支配人が推薦するんだから生半可な職人ではないはずだよ。ただし、費用はそれなりに掛かる覚悟は必要だろうね」
ユタカはこの世界の縫製技術に不安を抱くゼクティアと話しながら馬車に揺られていると、紙に書いてある職人の工房に着いた。そこは、大きな通りから一本入った袋小路の奥にあり、繁盛しているとは考えにくい外観をしていた。
「ヴェンツェル支配人の推薦がなければとても入ろうとは思わないような工房だね。すみません、ラクスホテルのヴェンツェルさんの紹介で伺ったのですが」
軋む音を出す建付けの悪いドアを開けると、薄暗い部屋の中に多種多様な布地が雑多に置かれていた。
入店したユタカの声に気づいたのか、奥の方から30代ぐらいの眼鏡をかけた小柄な男がやってきた。
「いらっしゃい、ヴェンツェルさんの紹介なら仕事をさせてもらうよ。どんな依頼だい」
「店主、実は彼らの着ている服と同じデザインの服を私の体のサイズで仕立てて欲しいんです。出来ますか」
職人気質の店主は挨拶もそこそこにロイトナン達の服を見ると目を見開き、一番近くにいたロイトナンの周りを何周もして服を見ていた。
「坊主、職人に出来るかどうかの質問はよくねえ。ただ、今回ばかしは俺も大口を叩く自信はねえが、なんとしても作らなきゃならねえと感じるぜ。悪いが、金がかなり掛かると思ってくれ」
店主はこれまでにないデザインと装飾の方に刺激を受け、停滞していた技術の向上を予感した。
「勿論費用についてはある程度用意しています。3着ほど作成してもらう予定ですが、一着は早めに用意してほしいです」
「分かった、費用は度外視で俺の知っている奴らに声を掛けて一気に作り上げるぜ。決まったんなら早速、坊主の採寸とオリジナルの服の確認をじっくり行いたい」
店主は依頼内容等が決まると出てきた時の気怠さを全く感じさせない動きでユタカの採寸を行い、ロイトナンの服を脱がせて店の奥に消えていった。
「おい、なんで俺が真っ裸に剥かれなきゃならねえんだ、フェルトでもいいじゃねえか」
ユタカ達は服を脱がされ、カーテン生地のようなものに包まりながら店の端でいじけているロイトナンを見て笑っていると、店主が奥から出ってきた。
「おい、兄ちゃん、服を返すぜ。大体分かったが確認したいことがある。多分だがこりゃ兵士が、それもお偉いさんが着るようなものと似ている点が少しだけあった。襟と肩のマークは坊主たちの中で何か決まりがあるんだろう。後で、坊主に着けるマークを教えてくれ。それと肩や胸のあたりに何かを通したり固定したりするようなものがあったんだがこれも再現するってことでいいか」
すごいな、こんな服は見たことないって言ってたけど少し見れば軍服だと見極められるんだ。しかし、通したり固定したりってなんだ。
ユタカが答えられずにいるとゼクティアが代わりに答え、追加の注文も行った。
「再現してください。飾緒というものをつけるときに必要になります。襟章と肩章はこのような模様にしてください」
ゼクティアは副官としての職能に与えられた情報を使い、ユタカの服のデザインを細かいところまで指定した。
「おいおい、金糸や銀糸とかをこんなに使うのか。すげえ金がかかるぞ、いいのか」
「構いません、これは1セットでいいので、丁寧な仕事をしてください」
ユタカはゼクティアの描いたデッサンを見て、ゼクティアを店の端まで連れて行った。
「あんな金ぴかなものを付けなきゃいけないのか。もはやコスプレみたいになってるぞ」
「あれは必要なものです。我々のトップであることを明確に示す重要なものです。それに飾緒に関しては正式な場でのみの着用で良いかと思います」
よかった。なんだか金色の紐で体の片側を巻かれたような状態で毎日過ごさなきゃならないんなんて、実生活に影響が出るよ。
「坊主、相談は終わったか。金に関してだがこれだけのものだからある程度前金が欲しい。前金として大金貨6枚、完成品の引き渡し時にさらに2枚ってところだ。出せるか。これでも、新しいものを見せてもらった礼で値引きしての結果だが」
「なかなかの額ですね。わかりました、お願いします。フェルトお願い」
ユタカは財布を持ってもらっているフェルトに支払うようにいった。
「お前、何者だ?こんな金をポンと出すなんて。まあ、いいや、もう行った行った。もう店を閉めて作り始める。明日の昼頃には一着目が出来てるようにするぜ」
完全に職人モードになった店主はユタカ達を追い出すように工房の外へ出し、ドアのカギを閉めてしまった。
「ヴェンツェル支配人の紹介だけあって確かな技術を持ってるようには見えるけど、接客が独特すぎるね。この店構えにも納得だ。さあ、服は終わった。次はエルヴィンさんの商会に行って、残りの用事を済ませよう」
ユタカたちが馬車をマクトルのメインストリートに進めると、思うように馬車を進めることが出来なくなるほど賑っていた。そんなメインストリートを少し進むとバルリング商会の看板を発見した。
「いいところに店を構えてるなエルヴィンさんは。ロイトナン、フェルト、ここでの用事に関しては俺はほとんどわからないから、服の代金とホテル代以外すべて有り金を使っていいから万端にしてくれ」
「わかりました、行きましょうロイトナン」
フェルトはロイトナンと共に店の中に入っていった。残されたユタカもゼクティアを護衛として、遅れて店の中に入ると商談を行う人や商品を求める人で賑っていた。
ユタカが盛況ぶりに感心して周りを見ていると、店員の一人がフェルト達の姿を見て慌てるように店の奥へと走って行き、しばらくするとエルヴィンさんを伴って小走りで戻ってきた。
「これはこれは、ユタカ様。いらしていただけるのでしたら、そう言っていただければ私がご案内しましたのに。本日は何かご入用で」
マクトルでも急成長中の商会の会頭が子供の元に走り寄り、ペコペコとしてる姿を見た周囲の客は驚いていた。
「すみません、突然来てしまって。ギルドの仕事を受けるうえで必要なものを揃えようとしたときに、ヴェンツェル支配人からエルヴィンさんの所を紹介されましたのでお邪魔しました。今は、あの二人に選んでもらっているところです」
ロイトナンとフェルトの所に目をやると何やら店員と揉めていた。ロイトナンは棚にすべての縄と投擲用のナイフをカウンターに載せ、更なる量を要求しているようだった。フェルトは店員へ紙に馬車の改造案を描いたものを見せながら細かい指定をしていた。
「突然来て、大量の商品を買ったりするのは迷惑でしたかね。何なら、後程ホテルに届けてくれる形でもいいのですが」
それを見ていたエルヴィンは鋭い目をして付いてきた店員に何やら指示を出すと、店員がロイトナン達と揉めていた店員のもとに行き、耳打ちをした。すると、耳打ちを受けた店員は急にきびきびと動き出した。
「申し訳ございません。お見苦しいところをお見せしてしまいました。最近少し店が大きくなったことで従業員が居丈高な接客を行うことがありまして注意はしているのですが。すぐにご対応させていただきます。おそらく馬車の改造には少々お時間を頂くことになるかと思いますので、どうでしょう、ご昼食などしていただきお待ちいただくのは」
「いいんですか。では、お言葉に甘えさせていただきましょう」
ユタカ達はエルヴィンに案内され店の奥の応接間に通された、少し待つとロイトナンとフェルトも合流し、エルヴィンを交えて昼食を食べることになった。
「そうだ、最初に言わなきゃいけなかったことですが、ホテルの件ありがとうございます。とても快適な日々を過ごさせてもらってます」
「そう言っていただければご紹介した甲斐があります。それで、ユタカ様は今後、どのようなことをマクトルでなさるつもりですか。出来ることがあれば何でもお手伝いいたします」
「実はギルドの仕事で資金を稼いで建物を一棟借りるか、買い上げるかしようと思っています。あのホテルは素晴らしいのですが、ずっといると自分が怠けてしまう気がするんです」
「はは、ユタカ様らしい。私の商会では不動産関係もいくつか扱っているので時が来ましたら、お手伝いをさせていただきますよ」
「それは大変助かります。エルヴィンさんに頼りっぱなしですが、よろしくお願いいたします」
その後、マクトルの景気や周辺の賊の活動具合を聞きながら食事をし、食後の紅茶を飲み終わったころに馬車とその他商品の用意が出来たと連絡が来た。そして、代金としてエルヴィンから告げられた額よりも多い金貨をフェルトに出させて、店を後にした。
「みんな、今日は一日ご苦労様でした。順調に準備が進んだから、明日は昼過ぎに賊の売却代金と俺の服を受け取った後、傭兵ギルドでの初仕事を受けに行こう。俺は酒が飲めないけど、明日みんなが無事に仕事を終えられるように、乾杯」
ホテルに戻ったユタカ達はすぐに食堂に行き、明日のために英気を養った。そして、ユタカは食後すぐに床に就き明日へ備えた。
次回は12月16日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




