19.豪華な拠点
見えてきた宿は周辺の建物と比べても敷地に対してかなり余裕のある建て方をしており、玄関には車寄せならぬ、馬車寄せが設けられていた。建物も四階建てで、にあえて階数を抑えてあるようで敷地面積に対する宿泊客数はかなり少なく設定されているようだった。
「おお、想像以上に立派な宿だ」
「ええ、ここを拠点にマクトルで行動できるのですか。贅沢です」
森から行動を共にしていたゼクティアは今までにない豪華な拠点に興奮を隠しきれないようだった。
フェルトが宿の馬車寄せに馬車を付けるとドアマンが待たせることなく近づいてきた。そして、荷物をてきぱきと台車に移し、フェルトに何かを確認した後御者台に乗り馬車置き場の方へ向けて移動をさせた。
「おう、なんだか、高級ホテルさながらのサービス」
ユタカが元の世界でも受けたことはないがテレビで見るようなサービスに触れて、地の貧乏性が表に出て宿泊代への不安に襲われていた。しかし、エルヴィンの紹介がすでに終えていたのかナイスミドルな支配人がユタカの名前を呼んでおり、逃げ場のない状況になっていた。
「ユタカ様、そして、皆様。ようこそいらっしゃいました。当ラクスホテルの支配人を務めさせていただいております、ヴェンツェルと申します。私が皆様をご案内させていただきます。では、お足元をご注意していただき受付の方へ進んでいただければと思います」
少しの段差を超え、大きな扉をくぐると高い吹き抜けの天井とそこから吊り下げられたシャンデリアが目に入った。
「うわ、あれ全部ろうそくの火だよ。どんだけの手間をかけてるんだろう」
ユタカが宿泊代の不安、いや恐怖を忘れるように無心になってシャンデリアを見上げていると、いつもの冷静な表情ではないゼクティアが服をちょんちょんと引っ張っていた。
「ユタカ、ユタカ。ここの宿泊代っていくらでしょうか、今の私たちの資金で賄えるのでしょうか。早めに謝って他の場所を探したほうがいいのではないでしょうか」
そんなユタカとゼクティアの様子をさりげなく確認していたヴェンツェル支配人は早速宿泊料金について説明を始めた。
「この度はラクスホテルをご利用いただきありがとうございます。エルヴィン様よりご指示いただき、コネクティングルームをご用意させていただきました。宿泊期間についてはチェックアウト予定日の二日前までにお知らせいただければ連泊が可能なようにさせていただいております。料金については4名様、1泊2食付きで金貨4枚となっております」
ん?このクォリティーで4人合わせて金貨4枚、さっきまで町を見て想定される貨幣価値を考えると4万円相当。異常に安くないか。
ユタカが自身の価値観とのずれに戸惑っていると、ヴェンツェル支配人が懐から封筒とペーパーナイフを差し出してきた。
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前略
ユタカ様、突然のお手紙失礼いたします。
私の受けた恩の一部をお返しできればと思い、ユタカ様方のお部屋を用意させていただきました。
護衛のしやすさを重視すべき、とゲルトからのアドバイスもありコネクティングルームを一室ご用意させていただきました。
費用についてはユタカ様は私が全額を出すとお気になさるかと思い、一部をご負担いただくようにさせていただきました。
ユタカ様がマクトルでの生活が落ち着いたころに改めてお礼の機会を頂ければ幸いに存じます。
草々
バルリング商会会頭、エルヴィン・バルリング
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「ふふ、海老鯛とはまさにこのことだね。まあ、エルヴィンさんは我々の戦力としての価値を見つつも義理堅い対応をしてくれる。ぜひとも、今後ともいい関係を続けたいね」
「ええ、私としては護衛にまで気を配っていただいたことは大きいですね。ゲルト様はよく分かってらっしゃる」
ユタカを警護する面からフェルトはエルヴィン達の気配りに感心し、ユタカ達が落ち着いたころあいを図り、ヴェンツェル支配人が部屋へ案内を行った。
「皆様のお部屋は四階の東側の角部屋となります。どうぞこちらのお部屋となります」
案内をされた部屋は廊下に面したドアのある部屋とその部屋と間仕切りのドアで繋がった1部屋から成っていた。廊下に面した部屋にベットが4つあり、ソファーなどが完備されたリビングのような部屋で、奥の部屋はベットが2つと机がある部屋だった。
一通り2つの部屋の説明を行ったヴェンツェル支配人は2つのカギをユタカに渡した。
「こちらが廊下側のドアのカギで、こちらが間仕切りのドアのカギでございます。ご夕食のお時間は日没後から2回の鐘が鳴るまでとなり、ご朝食は日の出から1回鐘が鳴るまでの間で一階の専用食堂でご提供させていただきます。何かご不明な点はございますでしょうか。では、何かございましたら据え付けのベルを鳴らしていただければお伺いさせていただきます。それではごゆっくりおくつろぎください」
そう言ってヴェンツェル支配人は音が出ぬようにドアを閉めて戻っていった。それを見届けたユタカは渡された二つのカギをフェルトに渡した。
「なんだか、すごい部屋に泊まれることになったけどここでの警護に関してはフェルトを責任者として行ってもらえればと思う」
「了解しました。早速ですが、警護の責任者として一点お願いがございます。不完全体をそれぞれの部屋の窓際とドア横に配置していただけないでしょうか。緊急時以外は動かず私達による警備の補完的な役割に徹してもらえれば、もしこのホテルの従業員などに目撃されても何とか言い分けができるかと思います」
「いいよ、計3人のマネキンの召喚を行おう。3人はフェルトの指揮下に入ってもらうとしようか」
フェルトの提案に沿ってユタカは不完全体3人を召喚し、フェルトの指揮下へ入るように指示した。
「ありがとうございます、これでより分厚い警備体制を構築できます。さらに、我々が不在の際にも役立てるかと思います」
フェルトがゼクティアやロイトナン達と今後の警備の仕方の打ち合わせが終わったところで日が暮れ、夕食を取りに食堂へと移動した。ユタカ達に用意されていた食堂の席は個室となっており、4人の席の前には洋食のコース料理のような食器の配置がされていた。
「うわ、俺全然洋食のマナーとか詳しくないぞ。ゼクティアとか知ってる?」
「いえ、我々の知識はこの世界の最低限の知識とユタカの記憶にあったもののみです。ユタカが少しでもネットなどで目にしていたら可能性もありますが、残念ながらそのようなことはなかったようです」
ユタカはとりあえず席に座り立体的に折ってあるナプキンを二つ折りにして膝の上に置いた。
まあ、食器は外から使うぐらいのことは知ってるし、もしマナーを詳しく知っていたとしても、この世界と元の世界のマナーが同じである保証もなかったのだから、気にせずいこう。
「こんばんは、ユタカ様。私どもの自慢料理をお召し上がりいただければと思いますが、マナーについては全く気にせずご自由なスタイルでお召し上がりいただければと思います」
優秀なホテルマン、ヴェンツェル支配人がユタカ達のもとを訪れ挨拶を行った。そして去り際にユタカの耳元で「エルヴィン様にご事情等は伺っております、どこか遠方よりいらしたのではこちらのマナーに明るくないと思い、個室をご用意させていただきました」と告げていった。
「なんだか、もはや心を読んでるんじゃないかって思えるぐらい気配りのできる人だな、ヴェンツェルさんは」
その後の4人は、それぞれ好きなように食べた。ロイトナンだけは少量の酒を飲みながらであったが、アミューズから始まりカフェ・ブティフールに終わる本格的なフルコースを全員しっかり最後の菓子まで食べ終え、満足して部屋へと戻った。
食後、ユタカは部屋にあるシャワーを浴び終えたところで全員を呼び今後の方針の確認を行った。
「さあ、なんだか凄くおいしい料理と豪華な部屋を得て満足しちゃったけど、働かざる者食うべからず。働きたくはないけどそれなりのことをしないと、ばちが当たるってものだよ。それで、今後の予定だけどまず当初の目的完遂のためマクトルでの活動を円滑にするために家を借りるなり、購入するなりして入手することを考えてる。機密保持の問題とこのままこのホテルにいたらだらける自信がある!」
ユタカの変な自信の告白を受けたゼクティアは若干の惜しさを感じつつ、肯定した。
「確かにここは素晴らしいですが、警備のことを考えると不完全体を制約なく運用できる環境の方が望ましいです。それで、資金調達は傭兵ギルドでの仕事からとなりますか」
「うん、昨日ゲルトから聞いた情報によると賊の討伐依頼は人気がないみたいだ。うま味が少ないってのが理由らしいけど、俺たちに関してはその問題をクリアできるから積極的に討伐依頼を受けるつもり。それで、新たな拠点の入手方法については依頼の収入に見合ったものにしようと思う。何か意見はある?」
ユタカから方針を聞いたロイトナンはいつになく真剣な雰囲気でユタカに意見を出した。
「方針自体に何の文句もない。主に荒事を担当した俺から二つだけ言わせてくれ。一つ目は装備について、今は剣と槍しかないが投擲用のナイフをそれなりの数が欲しい。二つ目はユタカの服装について、今の服装はグレンゼ村で手に入れた村人風の服とパジャマしかない。傭兵ギルドでの絡まれたところを見るに服装で舐められた面もある。せめて、俺たちと同じような格好をすれば少しはましになるかと思う」
確かにロイトナン達が折襟の黒軍服みたいな服装で統一されてるのに、その中に一人だけ村人の格好した子供がいれば珍妙な雰囲気が強すぎるか。俺もロイトナン達と似た格好なら傭兵団の一員としてまとまった雰囲気は出せる。
「確かに、周囲からどう見えるかについては俺の考えが至らなかった。言われた通りに服装を改めよう。投擲用のナイフについても購入しよう。他には何かある」
「では私も、賊の討伐にはユタカ殿もご同行されると思いますがその際に今の状況には多少の不安がありますので、馬車の防御力を高めるための改造を行わせていただけたらと思います。それと、賊を生け捕りのために多量の縄の購入も要請します」
「分かった、縄の購入と手持ちの資金の中での改造を許可しよう。ゼクティアは?」
「では、副官として一点だけ。人目の多い都市部での不完全体の運用に不自由が生じています。つきましては、ユタカの力の段階を進めることも志向に入れることを具申します。なお、次の段階では完全体4体と不完全体8体の召喚になります」
それを聞いたユタカは少し冷たい感情を抱きながらゼクティアの言わんとしていること理解した。
「それは、賊のすべてを捕らえるのではなく、賞金の有無や犯罪奴隷としての価値を考え、効率の悪い者は殺害する必要があるってことだね」
人形のような表情をしたゼクティアはその瞳に確固たる意志持って答えた。
「はい。我々にとって何よりも重要なのは水無殿の身の安全であり、今後の方針でもある情報収集、拠点確保はその前提があってのものです。ましてや、収入の多寡とは重要性の次元が異なります」
「分かった。数日後に行われるであろう捕縛した賊の換金状況を精査し、捕縛する価値のある者の基準を作成し、それに沿った討伐を行おう」
賊の生殺与奪の基準などシビアな話を終え、ユタカは自分のベットへ向かった。
「あれ、ゼクティアもこの部屋なの?」
顔を赤くしたゼクティアがユタカが寝る部屋に一緒に入ってきた。
「あ、あの。フェルトの警備方針では、私が就寝中のユタカの警備をこの部屋で行います」
「へー、フェルトも気が利くね。寝るときに見る顔は野郎の顔より、美少女の顔の方がいい睡眠がとれそうな気がするもん。じゃあ、お休みゼクティア」
「はい!おやすみなさい」
ユタカが寝際に見たのは嬉しそうに笑顔を浮かべるゼクティアの顔だった。
次回は12月9日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




