第25話 アップルパイと疑惑
ミナはアップルパイの下ごしらえをしてから出かけたようで、すぐに焼き始めた。さっきの買い出しは、使った分の補充と夕食の材料だったようだ。えっと、夕食もごちそうになれるのかな?
「ん、ひとつ目が焼けた。拓也、味見お願い」
「おう。…うん、うまい」
「本当? 遠慮してない?」
「してねえって」
「そう? 拓也って、そういうところあるから。特に、お客様が来ている時とか」
「そ、そんなこと、こんな時に言うなよ、姉さん!」
「ふふふ」
仲いいなあ。ほんっと、うらやましいよ。あ、他のみんなも台所のミナと拓也くんをチラチラ見てるし。そこの3人、また息遣いが荒いよ。
「できたよー。はい、どうぞ」
「「「いただきまーす!」」」
「まずは、真理ちゃんに食べてもらいたいんだけど」
「「「ごめんなさい」」」
「本当に、ごめんなさい…」
「前島さんが謝らなくてもいいよ、今回はね」
「いやなんか、そうした方がいい気がして」
「難儀な性格だな、アンタも」
「ははは…」
ううう、なんかもう帰りたくなってきた。こうしてミナに会えるのは嬉しいけど、針のむしろ状態は辛い。特に、三人娘のことで拓也くんに同情されるのは。はあ…。
「…! 美味しい…!!」
「そう? 良かった、ゲストの真理ちゃんに喜んでもらえて」
「お店のより美味しいです! 本当です!」
「出来たてだからかな? それとも、いいリンゴだったからかな。リンゴだけは八百屋さんで安く手に入れたんだ」
ああ、御近所の商店街か。どの店の人もみんなミナに甘そうだ。いや、スーパーの人達もかな? きっとそうに違いない。
「美奈子さんが作ったからに決まってるじゃないですか! 私またあの卵焼き食べたい!」
「おい、並木…」
「え、卵焼き? 並木さん、卵焼きって?」
「私達の中学で運動会があった時にね、美奈子さんが霧雨くんのお昼にって作ってきたんだ。おすそ分けしてもらったら、超美味しかった!」
「そうなんですか! いいなあ」
ホント、いいなあ。あの時は3人と共に強引についてっちゃったから、ボク達は食べそこねたんだよね。中学の購買のパンも悪くはなかったけど。
「え、えっと、次の機会にね? 夕食はカレーだから」
「え、もしかして、夕食も一緒に!?」
「うん。両親も帰ってくるから、大人数になっちゃうけど」
「「「私達も!?」」」
「今回はね」
「「「ゴチになります!!」」」
「こいつら…」
ははは、はは。もう笑うしかないや。
◇
パイを食べた後は、そのままリビングでくつろぐ。おしゃべりするだけだけど、話題は尽きない。なにしろ、ミナの家でミナと一緒にいるからね!
ピッピッ
ぶんっ
「美奈子さん、サイン下さい! これ、私が普段使ってる魔導書なんです!」
「えっと…私のでいいの? 優真くんから、私とミリアナのことも聞いているんだよね?」
「ミリアナには直接頼みますから! 今は、美奈子さんのがいいんです!」
「それに、今サインしてもデータ化しちゃって、現実世界には持ち帰れないし」
「構いません! 転校先でお友達になった子達も、家族と『ファラウェイ・ワールド・オンライン』やってますし」
「そ、それなら、なおさらミリアナの方が…まあ、いいけど」
「ありがとうございます!」
うんうん、真理ちゃんの気持ちはよくわかるよ。『コナミ・サキ』だって、ゲーム内では相当の人気だ。エリア1の街を中心にたまに見かける美少女アバター。リアルの学校生徒や市内住民は、それが現実の彼女そっくりということを知っているから、噂が噂を呼んでゲーム内でも知名度は高い。素材や魔石の売り買いで多少はいろんなユーザと交流しているから、ワールドアナウンスで下手に名前が乗るアバターよりよほど知られている。例によって、ミナ自身は気づいていないが。
さらさら
「サインといっても、VRゲーム内で大量の魔石を譲渡する時とかで書いているものだけど」
「はい、これでいいです! ありがとうございました!」
「あ、私もほしい! この剣の鞘とかに!」
「電子契約書に無断転載とかしないから!」
「転売もしないから」
「…そう言われると、サインしたくなくなるんだけど」
「「「えー」」」
キミ達…。
「カレーの下ごしらえでもなんでもやるから!」
「皮むきは得意だからまかせて!」
「にんじん、じゃがいも、たまねぎ、なんでもござれ」
「そういう話じゃないんだけど…まあ、いいか」
「「「やったー!」」」
「では、早速」
すたすたすた
ぞろぞろぞろ
「アンタはいいのか?」
「ボクは、サインとかを求める主義じゃないから」
「ああ、求められる方か。人気あるもんな」
「いや、求められたことなんてないけど…」
「そうなのか? ちょっと意外かも」
「霧雨くん、あなたがサイン求められることがあるからって、前島さんにあるとは限らないよ?」
「え、拓也くん、そうなのかい?」
「おい、並木、さっきからいろいろ暴露しすぎ! 姉さんには言うなよ?」
「てへ。でも、霧雨くん、『ファラウェイ・ワールド・オンライン』ではもちろん、リアルでも人気じゃない」
「リアルの方は姉さん目当てだろ。ったく…」
「そうかな? うーん」
ああ、それはわかる。拓也くんは、見た目は普通の中学生だけど、話してみると、結構頼もしい感じだ。ミナの前ではずっと弟っぽくしていたみたいだけど、最近はそんなこだわりもなくなり、ミナにも落ち着いた対応をしている。天空城の取得とかでミリアナと関わったのがきっかけだったようだ。ああ、あの戦闘メイドさん達もか。
「いやいや、少なくとも拓也くんの『ヘラルド・ミストライブラ』としての活躍は本物だよ。ボクらは未だ勝てないしね」
「それは、アンタらが弱いだけ」
「『神々の黄昏』以外には連戦連勝だけど」
「正確には、神々の黄昏とミリアナ以外には、でしょ?」
「ミリアナには、俺達もどうしても勝てねえ。美奈子姉さんがバックにいることを抜きにしても」
「私は、もう少しだったのに…」
「ミリアナさんもすごいんだね。やっぱり、いつかサインもらおうっと」
「僕は、実際に戦ってるところをちゃんと見たいな。中継だとよくわからなくて」
「直接見ても同じだと思うよ。ほぼ瞬殺」
「だなあ」
ミリアナ曰く、『魔剣レインフォール』以外のあらゆる装備・アイテムは、全て『コナミ・サキ』ブランドらしい。パーティによるパワーレベリングなしであそこまですごいとなると、やっぱりコナミ…ミナのおかげで強いのかもしれない。
「拓也くん、ミナがいつミリアナと知り合ったかは知らないんだよね? 一緒に始めたはずなのに」
「アンタもいきなりだな、おい。俺への挑発か? 受けて立つぜ」
「ち、違うよ。ミナが『ファラウェイ・ワールド・オンライン』を始めた時はどうだったのかなあって」
「フルダイブ装置は一緒に揃えたんだけどな。姉さんは装備強化が先でしょって、森に入って素材集めと鍛冶・調合スキル習得を始めて。仕方ないから、俺はクラスメートに声かけてギルド作って、攻略を始めて…」
「ああ、レナードとランスに聞いたよ。ミナが一緒にゲームしてくれないからって…」
「うわあああ! あいつら、余計なこと言いやがってー!」
「ミナも聞いてるよ。拓也くんがミナと一緒に遊べるようがんばってきたって。今は一緒にいられることが多くなって、ミナも喜んでいるから」
「お、おう…」
はー、やっぱり、拓也くん共々、だな。とりあえず『神々の黄昏』と『新緑の騎士団』を合併できないかな? いや、曲がりなりにも『ファラウェイ・ワールド・オンライン』でツートップのギルドを合併すると問題かな? 対ミリアナを強調すると、ミリアナ側にいるミナ…コナミ・サキがむしろ遠ざかりそうだし。難しいものだ。
「らぶらぶだね」
「らぶらぶですね」
「噂通りですね」
「噂ってなんだ!? いや、まあ、そういうわけだから、俺は姉さんがいつミリアナと知り合ったのかは知らねえんだ。アンタも一緒にいたろ? あの時初めて知ったんだよ、ミリアナと関わってるってこと」
「そうか…。いやね、ミリアナの中身が女性だとして…」
「…ああ、それは間違いない。ここだけの話、姉さんはリアルで会ってるらしいから」
「ミナがそう言ったのかい? ふーむ…」
これは、もしかして…。
「なんだよ?」
「ミナと『ミリアナ』って、似てるなあって。名前がさ」
「姉さんをそんな呼び方してるのアンタだけだろうが。…っておい、まさか!?」
「拓也くんだって、見たことはないんじゃない? 『コナミ・サキ』と『ミリアナ・レインフォール』が、一緒にいるところ」
「それは…」
がたっ
がたたっ
「ん? どうした、並木?」
「優真も。なんか、慌てた様子で」
「い、いやー、美奈子さんがミリアナだなんて、びっくりしちゃって!」
「そ、そう、そうだよ! 美奈子姉ちゃんがミリアナだったら、友達みんなに自慢できるなーって」
「いや、単に名前が似てるから、もしかしてって思っただけだから。そもそも、ミナとミリアナでは、何から何まで…」
ぽーん
え? VRシステムからメッセージ?
ぱたぱた
「ギルマス! そっちにも届いてる?」
「緊急クエストよ! 私達にもようやく!」
「リアル報酬がっぽがっぽ。またとないチャンス」
確かに、緊急クエストだ。しかも、『現界』しているボクと三人娘と…優真に真理ちゃんも!? 危ないクエストじゃなきゃいいけど…。




