第51話 危惧
「最近、拓也とうまくやっているようだな」
「うん。前より…いろんなことを、素直に話せるようになった、気がする」
「これも、前島さん…だったかしら? 美奈子のクラスメートのみなさんのおかげかしらね?」
「どちらかというと、『ミリアナ』かもしれない。あんな不可思議なことが起きたせいか、些末なことが本当に些末なことに思えるようになった…っていうのかな」
「そうか…。いや、盾とか城とかを現実世界で見た今でも、信じられない気持ちだが」
ある日曜日の朝。最近共に昼夜シフトが入りやすい仕事をしている両親と、こうして一緒に朝食を摂るのはひさしぶりだ。ただし残念ながら、この席に拓也はいない。
「拓也のやつ、また夜遅くまでVRゲームをやっていたようだな」
「え、えっと、たまたま、だよ? たまたま『勢力争い』のスケジュールが重なって、この週末だけ忙しくなって…」
「あら、美奈子が拓也をかばうなんて。前なら『ちゃんと寝ないから!』って言って、無理矢理起こして食べさせていたのに」
「それは…昔みたいに、拓也がネットにハマって毎日のように夜ふかししていた時の延長だったというか…」
「美奈子も、同じVRゲームを熱心にやっているようだな。社長さんが喜んでいたぞ」
少し前に、拓也と両親と一緒に、『フォークロア・コーポレーション』本社を訪ねた。両親の都合がようやくつき、あらためて『現界』に関する説明を受けたのだ。
もちろん、私がミリアナ・レインフォール本人であることは隠したままだ(優真くんも、ちゃんと黙っていてくれている)。なのに、それを伝えているかのような喜びようで両親の手を取り、『我が社の発展と世界平和に多大な貢献を…!』とか口走り、続きを言わせてなるものかと、私とユリシーズさんが一所懸命せきばらいを繰り広げたのは、いい思い出である。いや、よくないか。
「ふたりとも成績は悪くないし、学校での評判も良いようだしな。ゲームを多少やり過ぎることがあったといって、特に制限したりはしない。隠れてやられるよりはいいだろうしな」
ある意味、私は隠れてこそこそやっているんだよね。ゲームもそうだけど、現実世界を飛び回ってあれやこれやとこなしていることは特に。私ひとりの活動という意味では、こそこそ感が拭えない。
でも、やっぱりまだ話せない。もう少し、もう少し『判明』するまでは…。
「…だ、だが、あのアバターは…どうなんだ? その、現実のお前に、そっくりで…」
「え、ああ、うん、大丈夫だよ? もともと、リアバレ前提で活動しているようなものだから。…ちょっと、目立ってるかなあとは、思い始めてるんだけど、でも、それ言ったら…」
それ言ったら、ねえ。
「あら、美奈子もようやく自分の魅力に気づいたの? ほんと、長かったわあ」
「か、母さん! そんなこと、美奈子にはっきりと…!」
「何言ってるのよ、お父さん。この娘も、ちゃんとお付き合いする男の子がいてもいい年頃よ。前島さんはどうなの? すごくカッコ良くて優しい子じゃない。美奈子がその気になれば、すぐにだって…」
「え、そうなのか、美奈子?」
「えっと…」
どう、答えればいいのかな?
前島さんが私をどう思っているかは…うん、もうわかってるよ? ユリシーズさんの言葉もあるけど、『新緑の騎士団』ギルメンやクラスメートのおかげでもあったりするかな。何か、知りたくもないことまではっきりしてしまったような気もするけど。
でも、じゃあ私はどうかっていうと…よく、わからない。特別な好意をもってくれていることは、素直に嬉しい。嬉しいけど…その先が、進まない。思いつかない。考えられない。私は、前島さんと特別な関係になりたいの? 本当に? と自問すると、何かが引っかかる。そんな関係になったら、自分にとって大切な何かを失い、後悔することがわかっているような…。
「…お友達、かな。うん、前島さんは、私にとって、とても仲の良い友達。それだけかな、今のところ」
「そう? あの子もすごくモテそうだし、早くしないと他の女の子に取られちゃうわよ」
「母さん、美奈子にその気がないのに、そんなけしかけるような…」
そうだね、本当だよ。
でも、前島さんが老若男女問わず人気があるのは確かだし、その中のひとりと特別な関係になったとして、それが私じゃないと…ってことはないかなあ。あくまで、今の私はね。
「うーん…それじゃあ、あの人はどうなの? えっと…『ミリアナ・レインフォール』って名前だったかしら?」
「「…はい?」」
え、お母さん、一体なんの話?
「み、美奈子!? ま、まさか、あのアバターの中身は、男なのか!?」
「その人も、特に美奈子と親しくしてくれるんでしょう? 他のユーザ達にはほとんど関わらないのに。だったら、その人も美奈子のことを…」
「…ああ、そういうこと」
そうかそうか、そうだった。『ミリアナ・レインフォール』が私であることを明かせないってことは、『ミリアナ・レインフォール』の中の人が誰かを明かせないってことだ。性別、生年月日、社会的な立場、などなどの一切が不明。掲示板で『引きこもりオタク野郎』などと書かれても、誰も否定も肯定もしない。それほどまでに『正体不明』である。
「ここだけの話だけど…ミリアナは確かに女性だよ。あと、女の子大好きってタイプでもないし。…一度だけ、直接会ったことがあるから」
「そ、そうなのか? そうなのか!」
「まあ、残念ね」
一度どころか毎日ですけどね。なにしろ、本人だし。ははは。
「ミリアナが確かに女性ってことは、運営以外には言わないでね。そもそも、私が彼女と親しくしていること自体、一部の人しか知らないから。拓也や前島さんの仲間くらいかな」
「…そうか! 美奈子が彼女のリアルをよく知っているほど、懇意にしていると広まったら…!」
「まあ、大変だわ。美奈子を攫って身代金…じゃなくて、あの凄い能力を使えと脅されたら!」
まさに、それが理由で私は正体を隠しているんですけどね。この場合、人質になるのは両親の方である。
「話を戻すけど、とにかく今の私には、恋人を作ったり、隠れて付き合ったりするような人はいないよ」
「そ、そうか」
「なんか、もったいないわねえ」
お母さん…。
「それに、ふたりが思うほど、私は異性に縁がないよ? 学校を除けば、それこそ拓也くらいだよ」
「「…え?」」
「…え?」
え、ふたり揃ってなんなの、その反応。
「み、美奈子、まさかとは思うが…」
「なに?」
「ううん、なんでもないわよ。うん、そうね、美奈子、拓也とうまくやってるって言ってたもんね」
「うん。あ、そうそう、拓也って最近、私のこと『美奈子姉さん』って呼ぶようになったんだ」
「「…え?」」
「びっくりでしょ? 私もびっくりしたけど…拓也も成長してるんだなあって。拓也ね、いつの間にか、すっかり落ち着いた性格になって…」
…
あれ? お父さんもお母さんも、どうしたの? 私の顔を、じっと見て。
「(ひそひそ)おい、これって、もしかして…」
「(ひそひそ)だ、大丈夫よ。きっと、たぶん…」
私の前でひそひそ話始めた!? ひそひそ話は不安になるのよ。教室とかでもそうだったし!
「と、とにかく、拓也とはこれまで通りうまくやっていきなさい」
「そ、そうね。私達もまたしばらく忙しくなるから、あまり顔を合わせられないけど…」
「大丈夫だよ。最近は、拓也とまたいろいろと話せるようになって、本当に嬉しいから…」
うん、そう。だから、安心していいよ、お父さん、お母さん。
「(ひそひそ)…手遅れかしら?」
「(ひそひそ)おい! とにかく、拓也の方にも一度聞いた方がいいな…」
だから、ひそひそ話はやめてー。不安になるから!




