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求めるは世界の魔法  作者: 幸野仁
第1章
3/4

シキの森

エーレを旅だったアランに待ち受ける、試練。最初の戦闘。

俺はシキの森の入り口に立ち、眼前にそびえ立つその大きな木々を見上げる。

浅黒い焦げた茶色の幹の先にはいくつもの枝が伸び、その先に青々とした葉が幾重にも折り重なっていた。


シキの森に生育している木の多くは古くから存在するとされており、最も古い樹木はこのアーク大陸が出来上がった当初からそこにあるとされており、相当な大樹であり老樹である。

しかしながら過去にその木を見た事がある者は存在しないらしい。


たまたま通りがかった冒険者や商人、長年その樹木を探し求める植物研究者でさえただの一人も見たことが無い。果たしてその木が招かれざる者達の侵入を拒んでいるのか、それとも実際には存在しないのかわからない。


この点は俺が探し求めている”世界魔法”とよく似ている。

一体、誰も見たことが無い木の事を誰が伝えているのか。


大抵の物語や伝説は吟遊詩人、旅人などの大陸間を移動する者たちによって町から町へ伝えられていく物であり、それは空想の物語であったり史実を雄弁に語る事もある。


ただ、”世界魔法”とシキの森のとある場所に生えているといわれる老樹との最も大きな相違点は、物語が存在しない事だ。

歴史はその物語とともに伝えられてくるが、シキの森の老樹に関して言えばこの地域に住む人なら誰でもそんな木があるらしい事を知っていても、逆に言えばそれ以上の事は何も知らなかった。

当然俺にも知りえない事だった。



だが、今回ここを訪れた目的はシキの森を通過して次の町へ向かう事であり齢何千年もの老樹を探すことではない。

俺は揚々と、しかし慎重に森の中へと踏み入っていった。



森の中は以外にも陽光が葉の間の至る所から差し込んでおり、周囲は明るく森の様子がよく見える。緩やかな風が森を抜け、周囲の湿度も高くない。この時期のエールの気温と比べると若干涼しいくらいだろ。


地面は凹凸が少なくしっかりしている。また草花に一面覆われてはいるものの自分のクルブシ程度の丈であり歩行を邪魔するようなものではない。


もっとも、馬の脚は人間より強靭であり多少道がぬかるむくらいなら物ともしないだろうが。


森に入るまで懸念していた道幅も、馬車が優に通れそうな場所が多くこれなら騎乗したまま草原を掛ける様にはいかないが、ある程度の速度で走り続けられるだろう。


森に分け入りしばらく、魔物の接近もなく過ごしやすいこの気候と相まって旅立ちからずっと張りつめていた気持ちが緩んでいく。

その感覚を自覚し叱責するように俺は自らの頬を両手で軽く2回、平手で打つ。


「まだ森に入ったばかりなんだ。あまりゆっくりしていたら日が落ちる前に森を抜けられないぞ。」

頬への平手打ちと共に心の声を実際口に出すことで現状を再確認する。

感覚的にではなく、感情的ではなく努めて冷静に状況を理解する。


事実、今のペースで走り続けれるならば日が落ちきる前に森を抜ける事はかなわないだろう。

もちろん数度の魔物との遭遇を予測してのことではあるが、それも低級の魔物数匹との戦闘しか想定していない。


それはこの森に棲む強力な魔物は夜間に活動することが多い為であり、日が出ている時間に活動している魔物の中で馬のスピードについてこれるものは極僅かである。

その少数の協力な魔物ももっと森の奥に縄張りを持っているので、比較的外界と近いこの場所にはほとんど現れたことが無いのだそうだ。


また、たとえ低級な魔物でも基本的には戦闘を行わずに逃げるつもりだった。

力のない魔物程群れで活動している種が多く、最初は数匹を相手取っていたはずが気づけば大量の群れに囲まれているなんてのはよく聞く話である。

群れで活動している生物がまず初めに数匹で獲物に近づくのは、斥候セッコウを放ち標的の力量を測っているからだ。

そして、外から獲物の動きや力量を測った後は数の暴力とでも言うべき物量で押し切ってくる。


だからこそ初めに接近に気づいた数匹を倒してやろうなんてせずにとにかく振り切る事を考えるのだ。


そうすれば、タイミングさえ間違えなければ馬の脚力をもってすれば完全に振り切れるだろう。



俺は一度立ち止まり森の音を聞く。

森の音何て格好をつけてはみたが、要するに流れる風の音や草木の音だ。

そしてその音に違和感を、何者かの接近がない事を確かめた後は先ほどよりも早い速度で走り始める。


それから森の中を魔物の接近に気を付けながら走っていき、日が頭上を指す頃。


木の間を流れる小川を見つけそのホトリに腰を下ろし昼食を取る。

昼食を取るといっても、俺は朝と同様にもそもそと干し肉を齧るのみだ。

不味くはないが仕方のないことであるとはいえこれが長く続くと思うとだんだんと嫌気がさしてくる。


食べられる野草やキノコ類の見分け方を覚えていれば荷物も少なく多少は彩のある食事が取れたのだろうが、現実どれも食べられそうな気もするし毒を持っていそうな気もする。

知識がなく野草に手を出してパッタリなんて冗談じゃないので大人しく干し肉をゆっくり咀嚼していった。


相棒のソフィアはというと小川の水を飲んだ後周囲に生える草をもりもりと食べている。

草食動物の本能で食べられる草を選別しているのだろう。

かといって馬と同じもの全てが人でも食べられるわけではない。先ほど物は試しに同じ草を口に含んでみたが、筋は張り青臭くとても消化できそうな気がしなかった為そうそうに諦めたところだった。


「よし!そろそろ行くかソフィー。」

俺の呼びかけにソフィアが軽くイナナキき答える。


休息を終えた俺たちは再び森の出口を目指して駆けていく。

似た景色が続くと道に迷いそうなものだが、森の入り口から道とまで言えないが人や馬が通った形跡がみられるしある程度の方角さえ合ってればいい。


地図で見ると、俺が入って来た場所自体は基本的に入り口からほぼ真っ直ぐ抜けた先に目的の出口があるハズなので日中であれば迷う方が珍しいと言われている。

ただ、先ほどから地図上を出口に向かってほぼ真っ直ぐ走っていはいるが、草むらを抜けた正面に池が出てきたり、一見泥の多いだけの地面が実際は足を取られるほどの沼地であったりしているので回り道しながら走っていく必要はある。


それでも俺たちが今しがた休憩を取っていた辺りは丁度この森の入り口と今回目指す出口の中間地点くらいであり、この調子で走り続ければ日が暮れる前にこの森を抜ける事が出来るだろう。


そう考えた矢先。微かに遠くで何かが蠢く(ウゴメク)ような、不自然な音が聞こえた気がした。

立ち止まって再度注意深く聞き耳を立てる。


歩を止め自らの周囲に紛れる不穏な音は聞こえず、そこにあるのはそよぐ木の枝によって起こる葉の擦れる音、森に生きる動物たちの営みが届くのみ。

ただただ平穏な森のいつもの顔があった。


「……気の、せいなのか?確かに何かがいた気がするんだが。」

 そう考えたところで旅に出る前に調べて練習していたいい魔術があった事を思い出す。


 それは、自分のいる位置を術式の起点として微弱な音波を周囲に飛ばし、音波の反響によって周囲の地形や生物の動きがわかるという、森や視界の悪い場所でとても便利な魔術だ。

 自然界でいうとコウモリが移動の際に使用するものと似ているか。

 所謂その全方位版といったところだ。


 ”響け 闇夜のシルベ 音波オトナミ


 その魔法は草木に覆われた森の中を一瞬で駆け巡る。

 魔法の効果範囲は約2キロル。この音を拾う事が出来るのは術者本人、もしくは聴覚が非常に発達した生物のみだ。


 俺の耳はこの術の効果範囲ぎりぎり、後方右斜めの方向に動く物体を捉えた。

 数は約5匹といったところで小型の魔物だろう。

 先ほど感じた違和感は、やはり気のせいなんかではなかった。


 それを知覚した瞬間、俺は手綱を握り直し矢の如く駆けだした。

 エーレの町を出発し、シキの森に入った俺たちはこの旅に出てから初めて、魔物に狙われている。


 それを感じた時、俺は駆けださずにはいられなかった。

 覚悟していたつもりだった。剣を持った時から何度も魔物との戦闘を想定して鍛錬を行ってきた。

 だが、俺はそれが所詮中途半端な覚悟であった事を、現実が何も見えていなかった事を理解する。

 魔物の標的にされているという恐怖。自身が彼らに狩られる側であるという現実に耐えられない思いだった。


 魔術を発動する前も感じた違和感が気のせいであってくれ、そう密かに願っていた。

 俺は両親を失ったあの日の出来事を、忘れずにいるつもりでいつの間にかわからなくなっていたんだ。

 ハイト夫妻に救われ、フランと4人で暮らした日々の中。いつしか魔物に追われる圧倒的弱者であった あの日の自分自身の事が、力無いその両手を恨んだ想いが霞んでしまっていた。


 今俺は魔物に追われている事実が何よりも怖かった。その恐怖から逃れるように、手綱を繰りひた走った。


 「……っ!もう振り切ったか……!?」


 俺は再び簡易魔法陣に魔力を流して”音波オトナミ”を、先ほどより範囲を広げて発動させる。

魔術の効果範囲範囲にして約4キロル。


 必死で走ったからか、術によって感知できる範囲上にはやつらの影は見えない。

 まだ逃げ切ったとは言い難いが少なくとも距離を話せたことは僥倖だろう。


 ただ、奴らが鼻の利く種の魔物であれば留まっている限り追いつかれるのは時間の問題だろう。

 その後約2アーツ程の時間を走り続けた。


 「……流石にここまで来れば大丈夫だろう。」

 ソフィアはまだまだ余裕たっぷりと言った様子であったが、正直時俺自身の精神が疲弊している。

 馬の鞍から降り、近くにあった川辺へ崩れるように膝をつく。


 川の水を両の手で掬い上げ、バシャバシャと顔にかける。

 冷たい水が緊張で火照った顔から熱を奪う。ふと水面を見ると、流れに揺らぐ水の中に見慣れた男のなんとも情けの無い顔が映っている。


 「はは……。」

思わず口からは乾いた声が零れ出る。

 「情けないな、本当に。ガハルド達に威勢よく啖呵を切ったやつと同一人物だとは思えないな。お前はいったい何のために町をでた?大事な、大事な妹を助けるためだろう。」

 「そうだ。だが、怖いものは怖いんだ。弱い奴は強い奴に狩られる。俺のような自分が見えていない様な愚か者は襲われて当然だ。」

 「あぁ、お前は弱い。だが本当に何もできないのか?お前は両親を失ったあの日のまま図体がデカくなっただけかよ?違うだろう。魔術を覚え剣術の修練もした日々は、その両手で大切な誰かを守るためにあった。もう一度問う。お前はあの日のままか?」


 水に映る自身と自問自答しながら、怯えきった自分を振るい立たせる。

 ぶるるぅと鼻なのか喉なのかはよくわからないがそんな音をだしつつ、ソフィアが顔を寄せ舌で俺の頬を舐める。どうやら首を垂れ動かなくなった俺を心配してくれているらしい。


 「すまない、ソフィー。お前にも心配をかけた。俺と一緒に来てくれるお前は俺と同じように奴らに追われているのに、恐怖せず俺を背に乗せ駆けてくれる。それにこうして慰められちゃ俺がいつまでもうじうじしてられないよな・・・。うし!いくかソフィー!」

 俺の呼び声に軽やかな足取りと高めの嘶きで答えるソフィアの頭をなで、俺は決意新たに再び背に跨り走り出す。


 そうして俺たちが歩みを再開した頃、日は徐々に傾き始め空には若干赤みが差し始めていた。

 夕暮れが近づきつつあるのだ。

 魔物から逃げるために通常の道を外れ進んでいるので、森を抜ける予想時刻からだいぶ遅れている。

 正直なところ日が落ちる前に森を抜け切るかは微妙なところだろう。


 駆ける俺の目線の先にある木々の間が周囲より明るくなている。

 恐らく開けた場所になっているのだろう。こういう場所では魔物が陣取っている事が多いし、森の中の 開けた場所というのはそれだけで気を付けなければいけない場所だ。


 手綱を引き速度を緩め、その場所から少し離れたところでソフィアに待機を命じ、俺自身は腰を下ろし態勢を低くして徐々にそこへ近づいていく。

 背の高い草の間に紛れながらゆっくりと頭を上げてその先の状況を確認すると、やはりというべきか小型のゴブリンが3体車座になって何やら話している。


 ゴブリンは人型ではあるが知能はそれほど高くない。上位の種類になれば人語を介するやつもいるらしいが、どちらにしろ刃物をいじりながらしている話なんて碌でもない事だろう。


 先ほどは魔物と遭遇しかけただけで心臓の鼓動は早くなり恐怖に駆られ必死で逃げ惑ったが、今回はそうもいかない。奴らに気づかれないように遠回りすればほぼ確実に日が暮れてしまう。ゴブリンの脚は決して早くはない。が、ソフィアに跨り駆け抜けたとしても奴らの持つ武器が小型のナイフと弓である以上横を走り抜ければ弓の攻撃が当たる可能性が高い。

 つまり、最速で3体を仕留めすぐにこの場所を受けていく必要がある。


 わずかに早まる鼓動。ゆっくりと深く息を吸い込み吐き出す。呼吸を整え、改めて状況を確認する。

 「敵は3体のみで武器はそれぞれ手に持っているナイフと傍らに置いてある弓。敵はこちらに気づく様子もない、というよりあいつら全然警戒してないな・・・。低級の魔物とはいえこちらの戦闘経験はガハルドとの模擬戦闘程度で実質初めての戦闘だ。油断せず確実に行こう。」


 まずは魔術による遠隔からの攻撃で足を止め、一気に剣で仕留める!

俺は静に剣を鞘から抜き放ち右手に構える。そして左手で地面に魔法陣を描き今一度深呼吸した後、詠唱を開始する。

 

 ”大気よ 凍てつき飛来せよ 氷撃ヒョウゲキ!”


 詠唱と共に淡い水色に輝いた魔法陣から冷気が漏れ出す。俺の周囲に20セント程度の氷塊が6つ生成され高速で標的に向かって射出される。

1体のゴブリンに命中し傷を与えるが、それで倒せたわけではない。

 突然の攻撃に油断していた奴らはわけもわからず困惑している。その隙に剣を両手に持ち直した俺は下段に構え草の間から全力で駆けだす。


 足音に気が付いた奴らがこちらの姿を認識しナイフを構えようとするが、それよりも早く氷撃を当ていまだに仰け反っている1体に向かって剣を振り上げる。

 剣先が上に向かって閃きゴブリンの左わき腹から右肩に向けて大きく切りつける。

 俺は1体を切り捨てた後、そのまま隣にいる少し太めのゴブリンの首筋目掛けて振り下ろす。


 入ったと思ったがすかさず差し込まれたナイフに軌道を逸らされ、振り下ろした剣は敵の右腕を削り取る。

 そこへ残りの1体が少し離れた場所から弓を構えているのを視界の端で捉え、大きく後ろに飛びのく。


 間一髪、鼻先をヒュンと音を立て矢が通り過ぎる。

 矢を当てそこなったゴブリンは悔しそうに地団太を踏んでおりすぐに矢をつがえない。

 俺は再びナイフを左手に持ちなおしたゴブリンに向かって剣を両手で突き込む。

 剣先は喉元に吸い込まれるように突き刺さり、奇妙な鳴き声を上げながら絶命していった。

 

 残り1体のゴブリンは怒りに震え矢を抜き放つが、俺はぎりぎりでそれを躱し肉薄する。

 剣の間合いに敵を捉え最後の一手を講じようとしたその時、ゴブリンの口から耳を覆いたくなるような奇声が轟き大気を振るわせる。


 ギャアァァァ……!!と徐々に消えゆくような鳴き声を聞き一瞬怯んだが、すぐに態勢を立て直し横薙ぎに剣を振りぬき胴体を一閃。ズレ落ちるその体を見下ろし、俺は思案する。

 戦闘は終了したが言いようのない不安感をどうしても拭えない。

 また、何か見逃しているような、忘れているような感覚に思案するように記憶を掘り起こす。


 ゴブリンの習性、魔物のついて記述された本に書かれていた項目。


 通常ゴブリンは群れを成して生活しており、群れに所属する個体は20~30。他の個体に比べ一際体格の大きな個体が群れの長である事が多い。それ以外のゴブリン達は住処を守るため3体程度の監視役を巣の周囲数か所に配置する。そして外敵の侵入、生命の危機を感じた時大きな鳴き声を発することで仲間へ敵の数や戦況を伝える事が出来る。こちらが少数で挑んでいた場合、長となるゴブリンが仲間を連れて外敵の殲滅を図る事がある為、戦闘終了後は直ちに離脱する事をお勧めする。


 思い出すが早く、顔を上げ指笛で待機させているソフィアを呼ぼうと口に指を掛けた。だが音を鳴らす前にはすでに草むらをかき分け、先ほど切り伏せたゴブリンより大きな個体を中心に数匹分のギラつく瞳が木々の間から見えていた。


 群れの長は俺を視認すると、仲間を殺害した者へ鋭い憎悪の咆哮を投げつける。

 やつの叫びによって再び大気が揺れ森へ木霊する。


 俺はゴブリンが俺を囲むように散開しているのを確認し、真逆の方向へ走りつつ指を鳴らしてソフィアを呼ぶ。


 急いで駆けてきたソフィアの背に跨り緊急退避の指示をだす。

 俺の掛け声に状況を理解したのか、ソフィアは初速から全開の速度で森に向かって駆け出した。


 振り返ると、俺たちを逃さんとゴブリン達が弓へ矢をつがえこちらへ狙いを定めている。

 そして、長の合図咆哮を合図に一斉に矢が飛来してきた。


 俺は飛来する矢を払い落とさんと慌てて剣を抜き矢を叩く。

 しかし、後ろから来る脅威に寸でのところで対応しきれず左の脇腹を霞める。


 ぐっ…!とくぐもった声が口からこぼれ、痛みに顔をしかめる。

 そうして一陣が終了したのを確認し、剣を鞘へ戻した右手をそのまま腰にぶら下げていた簡易魔導書へ回す。

 次の攻撃が来る前にと簡易魔導書から一枚の紙片を引きちぎり、指で挟みこむように持ち顔の前で立て魔力を流し込む。


 魔力を込められた魔法陣が淡く緑に輝きを放つ。


 ”吹き荒べ 旋風センプウ!”


 詠唱と共に一層輝きを増した魔法陣を後方へ向かって投げつける。

 すると、紙片を起点に思わず顔を覆うような強烈な風が吹く。その勢いはリスなどの小動物であれば吹き飛んでいくほどであり、風を受けたゴブリン達は構えていた矢を離し飛ばされまいと踏ん張っている。


 俺たちはその隙にと森の中へ舞い戻り、木の間を駆け抜け追い立てる奴らを引き離す。


 ゴブリンの悔し気な鳴き声が微かに耳へ届き、すぐに追いつけない距離まで引き離したことを理解する。

 しかし、奴らは獰猛で狡猾な生き物である。油断して追いつかれるわけにもいかないのでとにかく距離を離さんとそのままの速度を維持し続けた。


 そうして正面から日が差し、森が僅かに朱色に染まり始めるころになってようやく日が沈みかけている事を理解した。

 全力で走っていたソフィアの呼吸も荒くなってきていたが、正直なところこのまま休むわけにもいかなかった。


 日が沈むという事は太陽の苦手な夜行性の魔物たちが狩りを始めるという事。

 そうなれば、傷を負った今の状態でましてやゴブリンを振り切るのがやっとの俺の体では凶暴な奴らの餌になってしまう。


 「ソフィー、すまないがもう少し頑張ってくれるか?」

 と首筋を撫でながら呼びかける俺の声に答える様に小さく鳴いたソフィアは力強く歩を進めてくれた。


 一刻も早く森を抜けるため駆けていたが、その時になってようやく俺は体の違和感に気が付く。


 矢が霞めた傷口からの出血は、浅かった為か血は衣服に滲む程度であったがズキズキと尚も鈍い痛みを発している。

 そして徐々に視界はぼやけ、段々と正面が見づらくなってくる頃になって、先ほど当たった矢の先端に毒が塗布して合った事を理解した。


 次第に重くなる症状。指が震え握力が弱まり体全体が弛緩していく。

 俺はついに手綱をつかんでいられなくなり、アブミから足が外れゆっくりと体が斜めに傾きそのまま地面へ落下してしまう。


 ドサッという音と体に伝わる土の感触。

 起き上がろうと手をつくが、力の入らない体を支えられず手は滑る。


 主人を落とし、申し訳なさそうに心配するように傍にソフィアが寄ってきて頬を舐める。

 緩やかに停滞していく思考に何とか声を発する。


 「フ……ラン………。」


 零れた音は最愛の妹の名。

 妹を助けんがため、故郷を旅立ちまだひと月とたちはしていない。

 薄れゆく意識の中で後悔と懺悔を繰り返しながらついに、力尽きた。

 


読んで頂きありがとうございます。感想、コメント等々頂けましたら幸いです。



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