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第五十四話「復讐の果てに」

 私は上段に構えた剣を、真っ直ぐ向かって来る黒い塊へと振り下ろした。

 激しい衝撃音が響き、白と黒のせめぎ合いが始まった。霊力を介して私に流れ込んでくる彼の心。

 憎しみ、怒り、嫉妬。それらの心がまるで怨霊のように流れ込んでくる。

 けれどそんな物は私には気にならなかった。彼にはそんなものよりも強いものがあると私は気付くことが出来たからだ。

 彼は自分が言うほど復讐を望んでおらず、自分が思っているほど、自分の心を捨て切れていない事に。そうでもなければ、嫌われている霊や妖怪、半妖を助けたり匿ったりしない。

 それを教えたくて、私は彼に向けて剣を向けた。

 そして今、その彼とぶつかり合っている。

 対になる属性である光と闇の象徴の剣。どちらも相手の存在を許そうとしないかのように、消し合う。

 そんな中、

―――・・・ピシッ

 何かに罅が入るような音が聞こえた。

―――パキピシ・・・バキッ

 それはだんだんと広がり始める。

 同時に、押し寄せてくる黒い力が強くなったような気がした。

―――バキ、バキバキ・・・ッ

 それは錯覚。

 黒い力が強くなったのではない。私が放つ、白い力が弱くなったのだ。

 目も開けていられない程に眩しい光の中、正面を向いていた視線を少し下げ、自分が握る白き光の剣を見る。

 刀身にいくつもの罅が入っていた。

「・・・っ、悔しいな。もっと、いっぱいっ・・・したいことあったのに。伝えたいことが、あったのにな」

 涙が込み上げて来て視界が霞んだ、その時、

―――バキィィィンッ

 破砕音が響いた。

 光の剣が砕け散り、淡い光の粒となって霧散する。

『綾香!』

 後ろからアストライアスの声。

 私に迫る黒い力がゆっくりと向かって来ているように見えた。そんな異様に時間が遅い世界の中、私と黒い力の間に誰かが割って入って来るのが見えた。

 私に背を向け、両手を左右に大きく広げる。その姿に、どこか安心感を覚えた。

 顔は見えなかった。

「―――・・・」

 それでも、それが誰なのか理解出来ていた。無意識にその人を呼ぶ。


 そして光が消え去り―――何も見えなくなった。


                ◇


―――ドォォォン・・・


 地面を振るわすかのような爆音が響き渡る。

 光と闇の力がぶつかり合い、決着が付いた。

 ただそれだけ。

 最後まで残っていた色は紫っぽく、それでいて限りなく黒に近い闇色。つまり、闇が光を飲み込んだのだ。

 残っていた闇の霊力が、土煙が晴れるにつれて小さくなっていき、完全に消え去る。

 そこには剣の柄を両手で握り、右肩まで上げ、剣先を前に向けて構えて突き刺した後のような恰好をしている人物がいた。


                ◇


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 握りつぶされるかのような心臓の痛みに耐えながら、抵抗していた力が消え、剣が何かを突き刺したのを感じた。

 そして、放出していた霊力を抑える。

 いい加減に限界だった。ズキンズキンと痛む頭。揺れ動く視界。激痛のする心臓。

 ここまで身体を酷使したのは久しぶりだった。

 だが、今俺の心を満たしているのは、ようやく復讐が出来たことに対する達成感だった。あの日、あの時からそれだけを抱いてきた。そしてようやく、それを成し遂げる事ができた。

 肩の荷が下りたような気がした。

 あたりの煙が晴れだしたのに気が付き、突き刺したであろう天蘭院の顔を見ようとした・・・その時、

「ケホッ、ケホッ、ケホッ」

 誰かの咳が聞こえた。

 そして、その声には聞き覚えがあった。しかし、それは今聞こえるはずのないないもの。精確に言えば、そんな『咳』のような軽いものが聞こえるはずがないのだ。聞こえるのなら、もっと苦しそうな―――そう、例えば身体を剣で貫かれ、肺から逆流してくる大量の血を抑え、激しい痛みに耐えようとする苦悶な声のはず。

 何かがおかしい。

 そう思った俺は顔を上げ、咳の聞こえるほうに視線を向けると、そこには信じられないものが見えた。

「ケホッ・・・はぁ、はぁ・・・あれ、私、生きてる・・・?」

 アップで一つにまとめる赤い髪。目つきはきつそうに見えなくもないが、逆にそれがその人物の容姿をより際立たせ、性格は驚くほど優しい。女子にしては背が高く、高校生にしては発育の良い身体。

 そう、俺の視線の先には天蘭院 綾香が女の子座りで地面に座って生きていたのだ。

 左胸の白いシャツに未だに赤いシミがあるくらいで、他には目立った外傷は一切ない。

 では、俺が突き刺したのはいったい・・・。

 不思議に思い、視線を握っている剣の柄から徐々に剣先へと動かし、土煙が晴れたそこに見たものに、俺は一瞬息を呑んだ。

「っ・・・お前はっ!」

「え?」

 俺の声が聞こえたのか、天蘭院も視線を向けると、表情が一変して血相を変えた。

「ぐっ・・・」

「お、お母さん!」

 天蘭院 志恵那が『原罪の漆剣(アロンダイト)』に貫かれていた。


                ◇


「お母さんっ、大丈夫!? お母さん!」

「大丈夫・・・よ」

「これに触れちゃ駄目。そのままじっとしてて」

 胸に突き刺さった剣を抜こうとする志恵那を天蘭院は止める。

 地面に腰をおろし、自分の母親を支えながら天蘭院は胸に刺さっている漆黒の剣に目を向ける。その刃には、呼び出した時に刻まれていたはずの白い文字が消えていた。

「何故、お前が・・・」

 目の前の光景が理解出来なかった。

 どうして志恵那(こいつ)がここにいる。どうしてこいつが貫かれている。どうしてこいつが・・・こいつは間に合ったんだ?

 そんな思いが、俺の中で繰り返されていた。

「何故・・・と言われてもね。母が娘を・・・ケホッ、護るのは、当然でしょ?」

「喋らないで、お母さん!」

 そんな事は知っている。

 大切な人を、好きな人を、愛する人を護ろうとするのはわかる。しかし、俺が知りたいのはそんな事じゃない。俺が知りたいのは、どうしてお前なんかが間に合ったかという事。

 そう思うと、自分が無力だったと言われているような気がして、湧き上って来た怒りをぶつけたくなってきた。

 いや、現にぶつけていた。

「護る・・・? 護るだと? 今まで散々自分勝手に多くの無実な命を、魂を奪って来ておいて、いざ自分の娘が危なくなったら護るのか。自分と同じように、大切な人を護ろうとした命までも平気で奪っておいてっ、手の平を返したように護るのか! そんな身勝手が許されると思っているのか!」

 手を志恵那に向けて翳すと、前端の尖った全長三十センチ程の氷が複数現れる。氷属性基本霊術の『氷の凍矢』を志恵那に向かって放つ。

 しかし『氷の凍矢』は志恵那に当たる前に炎の壁に憚れる。

「止めて天ヶ咲君! 確かに、お母さんがやったことはそう簡単に許される事じゃないと、昔の報告書や調査書なんかを見て私もそう思った。でも、お母さんは五年程前からはそんなことは一切してないの! それどころか、ちゃんと自分がして来た罪を償おうとしてる、贖おうとしてるの!」

「自分がして来た罪を償い、贖うだと!?」

 天蘭院のその言葉は、俺の怒りをさらに激しくさせた。

「霊や妖怪を助けることが償いか? 破壊してきた場所を元に戻すことが贖いだとでも言うのかっ? あいつらに住むための場所を与え、生きていくための物資を与えることが罪滅ぼしだとでも思っているのか!? 笑わせるな! そんなのはただの自己満足だろうが!」

「っ・・・どうして、それを・・・?」

 今までよりも激しい俺の怒りに押されながらも、天蘭院は目を見開く。

 どうやら天蘭院は、俺が志恵那のしていたことを知らないと思っていたらしい。そんなことは少し調べればすぐにわかる事だ。

 確かに志恵那は五年程前―――正確には四年と半年ほど前―――から霊を滅し、妖怪を殺すという事をしなくなった。まったくしなくなったのだ。上からどんなに命令が来ようと、どんなに霊や妖怪が暴れていようと、だ。

 しかも志恵那がそんな事になった理由というのが、

「霊となって現れた自分の母親が滅せられなかった? その母親に説教紛いのことを言われたから止めたと? えぇ!? 本当に自分勝手だな、お前は」

 天蘭院 綾香の祖母にして志恵那の母親、天蘭院 羽須美(はすみ)。十数年前にこの世を去ったはずの羽須美が霊として再びこの世に現れたのだ。

 人が霊になるのは必ずしも死んで直ぐにと言う訳ではない。死んだ時の悔いや思いの強さや個人差があるとされている。羽須美のように十年経ってから霊になったりすることもあるのだ。

「確かに、母が霊として目の前に現れた時、私は滅する事が出来なかった。それで初めて知った。私がして来た事が、彼らの気持ちが」

「今さら知っても遅いんだよ! そんな事で俺の復讐が―――っ」

「嘘!」

 突然、天蘭院が叫んだ。

 それには志恵那も驚き、天蘭院の顔を見つめる。

「復讐がしたいなんて嘘。天ヶ咲君はそんなこと、本心から望んでなんかない。そうでしょ? もう自分の気持ちに嘘を吐き続けるのは止めて」

「何を証拠に・・・」

「それじゃあこれは何?」

 そう言って天蘭院は、志恵那の胸に刺さっている剣に―――白く刻まれた文字が消え、色褪せたアロンダイトに手を伸ばす。

 止めろ。今それに触れるな・・・触れるんじゃない。

 頭ではそう思っても声に出なかった。

 視れば理解してしまう。ずっと考えないようにしていたそれを、天蘭院とのこの短いやり取りで改めて気付かされた―――自分の気持ちに。

 そうこうしている内に天蘭院が六芒星の描かれた(つか)に触れると、アロンダイトがボロボロと崩れ始めた。

「これは・・・いったい」

 志恵那は崩れていくアロンダイトを見つめ、完全に崩れ去ったのを確認してからついさっきまで刺さっていたはずの胸に触れてみる。しかし、そこには服が破れているだけだった。出血どころか傷跡すらなかった。

 痛みはあった。しかし傷がない。

 志恵那は半ば混乱しながら視線を天蘭院に向け、次に俺に向けて来た。

「闇の『古代武器(エンシェント・アーツ)』―――『原罪の漆剣(アロンダイト)』 罪と呪いの象徴にして、光を葬り、憎悪や怨恨といった負の感情を糧に顕現する闇の剣。この意味が解るよね? 天ヶ咲君」

「・・・・・・」

「どういう、事? 綾香」

 わからないはずがない。

 だがそれを理解してしまえば、止められなくなってしまう。あの日から抑えて来た感情が。今まで『復讐』という形で誤魔化してきた、本当の気持ちに。

「どうしてアロンダイトは崩れ去ったの? どうしてあの剣に貫かれたはずのお母さんが生きていられるの? 何故傷一つないの?」

「・・・・・・」

「天ヶ咲君の怒りは本物かもしれない。でもそれが=復讐にはならない。だって天ヶ咲君は優しいもの。優しさがなきゃお母さんは死んでいたよ?」

「俺が、優しい・・・だと? 何を言い出すかと思えば、そんな世迷言」

「世迷言なんかじゃない」

 俺の眼を見ながら、天蘭院ははっきりと言い張った。

 どうしてそう言い切れる。どうしてそこまで俺の事がわかる。今まで誰にも、それこそ父さんと母さんにも言っていない俺の気持ちを・・・。

 どうして天蘭院の言葉にここまで心を突き動かされるのだろうか。

「天ヶ咲君の全てを知ってるわけじゃないけど、だからこそわかることがある。天ヶ咲君は優しい。そうじゃなきゃ半妖の女の子を助けて世話なんてしない。その子だけじゃなく、他にもたくさんの霊や妖怪を助けることもしない」

 俺が天蘭院の記憶を見たのと同じように、天蘭院も俺の記憶を見たという事を。

「天ヶ咲君だって、これが意味ないことくらいわかってるでしょう? 怒りを忘れろとは言わない。でもそれを復讐にするのは間違ってるよ」

「わかってるさ・・・そんなこと」

 何とも言い難い遣る瀬無さが込み上げてきて、拳を強く握りしめる。

「だったら―――」

「だったらなんだって言うんだ! 霊が滅されても仕方ない、はいそうですかと諦めろとでも言うのか!」

「天ヶ咲君・・・」

 本日何度目になるのか分からない、俺の心からの叫び。だけど、どうしてか嫌ではなかった。むしろその逆で、何故かすっきりするような気がした。

「わかってるさ、意味がないことくらい! この怒りをお前に向けることが、復讐心で自分の心を誤魔化すのがおかしいことくらい、言われるまでもなくわかってるさ! だがなっ・・・そうまでしないと、俺は・・・」

 長年溜め込んで来た思いを吐き出すと、全身から力が抜けていく。立っていられなくなり、その場に膝を付く。

 もう怒りはなかった。

 あるのはただ、長年知って欲しかった事のみ。俺はそれを、まるで懇願するように言った。

霊や妖怪(あいつら)の何がいけない。あいつらだって、ちゃんと生きてる。人間(おれたち)と同じように笑って、泣いて、些細なことで怒って・・・ただほんの少し在り方が違うだけだろ。それのどこがいけない。あいつらにだって命がある。人間と同じように、たった一つだけの命だ。それを奪う権利が、俺達人間にあるはずがない・・・ないんだよっ」

 目が段々と熱を帯び、視界が滲み始める。

「俺はただ、それを知って欲しかった・・・ただそれだけなんだよ」

 肩を落とし、項垂れる様に頭を下げる。

 そうでもしないと、二人に見られてしまう。目から溢れ、頬を伝う涙を。声を上げて泣いてしまいそうな、情けない顔を。

「・・・っ、ぅっ・・・・・・くっっ」

 必死に声を抑え、涙を止めようとするが、嗚咽が漏れ始める。

 今さらながら、自分がどうしようもないほどバカなのだという事に気が付いた。ユエラがいなくなった悲しさや寂しさを紛らわすために、偽物の復讐心を作り上げ、この年になってまで誤魔化し続けていた。

 俺は怖かったのだ。

 ユエラがいない。その事実にもう一度、真っ向から向かい合うことが。信じたくなかったのだ。

「っぅぐ・・・っ、・・・ぁあぁっ」

 止めどなく涙が溢れ、地面を濡らす。

 いよいよ嗚咽の我慢が出来なくなってきた―――その時、

「っ!!」

 視界いっぱいに広がる白色。顔全体を包む温もりと、ふんわりとした柔らかさ。鼻腔をくすぐる甘い香り。そして頭上から聞こえて来る声。

「いいんだよ・・・もう天ヶ咲君は、泣いていいんだよ」

 俺の頭を天蘭院は優しく抱きしめる。

「泣きたい時は泣くの。その涙を天ヶ咲君自身の為に、ユエラちゃんの為に泣けばいい。天ヶ咲君が泣いてあげないと、ユエラちゃん、きっと心配するよ?」

 それが止めだった。

「っ、ぁぁ・・・うぁぁぁああっぁぁぁぁあ!!」

 恥じらいを忘れ、天蘭院に抱きしめられながら俺は、声を上げて泣いた。

「ぁぁあああっ!! ぅああぁぁぁぁああぁぁっ!」

「そう、それでいい。悲しい時は泣かないと。自分の気持ちに正直には泣いてあげないと」

 ユエラがいなくなったあの時、俺は一生分の涙を流しきったと思っていた。しかし実際はそうではなかったらしい。天蘭院の言葉と温もりがさらに俺に涙を流させた。

 人の温もりというのがこんなにも心地いいものだったと思い出す。

「っぅぅぐ・・・んぐっ、ぁぁぁっ・・・っ、んぁああ! ぁぁぁぁああああああっ! うぁぁあぁあああー!」

 心の底から上がって来る叫び。

 俺は泣き叫ぶ事しか出来なかった。


                ◇


 蓮桜学園一学期が終わる頃。学園のグラウンドに一人の生徒の泣声が響いていた。

 大切な人を奪われ、怒りと悲しみを自分の心を誤魔化す為に復讐心へと変えた少年の叫び。彼の偽物の復讐劇の終わりを告げる叫び。

 そしてグラウンドには、もう一人。

 そんな彼に知らず知らずの内に恋心を抱き、その彼に命が狙われているにも関わらず、彼を助けようとした少女の姿。

 そんな二人をまるで温かく見守るかのように傍に立つ、一匹の黒狼と、一体の神霊。

 少女は泣き叫ぶ少年の頭を抱きしめ、その腕の中で涙を流す少年。

 この日、蓮桜学園で起きた事件を知る者は、学園関係者である全学生と全教師、そして極一部の部外者だけだった。

 誰も今日この日の事を他人はおろか、家族にも言わなかった。

 また、それを茶化そうとする者もいなかった。

 ただただ、二人の様子を遠くから黙って見ていただけだった。


大変長らくお待たせしました

『霊核剥離~tear off the ghost core~』 第五十四話どうでしたか?

いろいろと事情が重なってなかなか執筆に時間を割くことができず、また最後の桜華の泣き声を上手く書くことが出来ないという事態に陥ってましたが、どうにか書き上げることができました。

これにて第三章は終了です。次回からは第四章・・・といきたいのですが、おそらくその前にちょこっとだけ別の話を割り込ませるかもしれません。

あ、別の話と言っても本編に関係のある話なので。


それでは、これからも『霊核剥離~tear off the ghost core~ 』をよろしくお願いします

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