第四十八話「歌姫」
志恵那、美永瀬、オルスレッドに他一組の生徒と数名の風紀委員、さらには先生方がグラウンドに駆けつけ時には既に『降臨せし爆炎』が放たれた後だった。だからグラウンドの様子を見ても別段驚くことはなかった。
驚かなかった分、目の前の別の光景が信じられないでいた。
デスコンド・フレイムが落ちてからオルスレッド達がグラウンドに到着するまで約十分。そのわずかな間に、皆の予想が覆された。
クレーターの中心で倒れているのは手足が斬られ、地面の磔にされたりなど、重傷を負った生徒ばかり。
「「「きゃぁぁっ!」」」
「な、なんだよこりゃ・・・」
「ひでぇ」
「酷いなんてもんじゃないぞ」
あまりにも酷い光景を見て口を押さえる者、耐え切れずに胃の中の物を戻す者もいた。
そんな中、志恵那と数名の先生はグラウンドの中心に天蘭院が駆けだしたのを見た後、対応を始めた。
「負傷者の手当てを」
「し、しかし天蘭院理事長。まだあそこにはあの霊獣が」
「心配しなくてもいいわ。宮根先生はすぐにアティア医師を呼んで来てください。手の空いた先生、および動ける生徒は手を貸しなさい。負傷者をここに集めて」
志恵那の言葉に、十人程の先生と何とか動ける一組の生徒が血だまりの中へと向かい、三十人近い負傷者を運び始める。中にはかなり重症な生徒もいてその場で志恵那に応急処置ではあるが治療される。
『いい手際だ。これなら儂が治すまでもないな』
志恵那が治療をしている後ろからフェンリルが話しかける。周りにいた生徒達はフェンリルの姿を見た瞬間に蜘蛛の子を散らすかのようにその場から離れる。
「・・・その言い方、まるで治療が間に合わない場合は自分が治す気だったみたいな言い方ね」
『そう言っている。何しろあの小僧にはやって貰わないといけない事があるからな。あまり心に闇を抱えられては困る。故に儂は内心、あの娘に期待もしている』
志恵那は振り返ってフェンリルの顔を見上げる。炎のように真っ赤なフェンリルの瞳は真っ直ぐに志恵那を見据えていた。
「やって貰わなくてはいけない事? それに内心期待してるって・・・そもそもあなた、ただの神霊ではないはずよね」
その問いにフェンリルは答えず振り返ってつぶやいた。
『・・・お主は変わったな。だからと言って、儂は手加減する気はない。これは小僧の意志だ。儂は契約によって力を貸すだけ。お前達があの娘に小僧を救って欲しいのなら、出し惜しみはしないほうがいい。そこの『歌い手』にも言っておいてやれ』
そう言ってフェンリルは地を蹴って二人の所へ向かった。
全てばれている。この時志恵那そう思った。やはりあの神霊はただの神霊ではない。しかも、私達十二天族が契約している神霊よりもっと特別な存在だ。そう直感的に感じていた。
それでも二人の戦いに加わろうとはしなかった。
その後も志恵那はこのままでは命に関わる傷の生徒を治療しながら、離れた場所で桜華と戦う自分の娘に「頑張りなさい」と、心の中で祈っていた。
◇
天蘭院が生身では到底出せないスピードで駆け寄って鎌槍剣を上部に弾く。近づいて来ているとは分かっていたが、予想以上に速かった。
霊力を脚に纏わせ、地面を蹴ると同時に霊力を爆発、または放出することで出来る、霊術と体術を組み合わせた、中級者と上級者を分かつ技法。戀国では『疾駆』と呼ぶが、他国では『瞬歩』とも言う。
一歩でおおよそ七メートルから十メートルを移動できる。
弾かれた鎌槍剣を直ぐに下ろし、バックステップをしながら更に斬りかかって来る天蘭院の剣を防ぐ。
その手に握られているのは先ほど桜華が折った剣と外見が全く同じ長剣。そう、同じのは『外見』だけ。折った方は特殊な性能も能力も秘めていない『ただの剣』。そして今天蘭院が手にするのは特殊な性能、および能力を秘めた『タクティカルアーツ』だ。
どうやら本気になったらしい。
これでようやくこちらも本気でいける。
「せいっ!」
天蘭院が赤よりも紅い色で彩られた長剣を気合の一声と共に横に一振りする。それを右手で持った鎌槍剣の鎌で受け止める。
受け止められた天蘭院は左手を開き、こちらに向けたまま腕を後ろに引く。
それを見て桜華も空いている左手を開いて後ろに引き、同時に前に突き出す。
「<炎爆!>」
「<氷爆!>」
天蘭院の手の平に炎の球体が、桜華の手の平には冷気を凝縮し、氷の礫が集まった球体が現れ、突き出したと同時にぶつかり合い爆発する。
熱波は氷を溶かし蒸発させる。冷気は炎の燃焼を抑え、凍りつかせる。
この過程を何度も繰り返し、視界が一時的に濃くなった水蒸気に覆われる。これを好機とみて離れた距離を縮めようと脚に霊力を集めた時、落ち着いた、それでいて力強い声と共に視界が赤く染まった。
「・・・『パイロ・クイーン』―――<爆龍炎舞!>」
―――ゴォォォォオオオォォォ!
まるで雄叫びのような音と共に炎が前後左右の四方向から桜華に迫り来る。
「やばっ」
今までの炎よりもスピードと熱量が違い過ぎる。避けきれない。
炎属性に有効なのは水属性か氷属性。だがこれほどの熱量の前ではそんな物は無意味に等しい。多少威力は減らせるだろうが、気休め程度にしかならない。
ネックレスを外す時間すらない。
多少の怪我を覚悟で氷属性の壁を周りに展開しようとしたとき、
『まったく、未熟者が』
そんな声と共に桜華の視界が暗くなり、なにやら柔らかな毛に覆われているような感覚が伝わる。
直後に爆音が轟き、直撃していないのにも関わらず身体が揺れ、熱だけが伝わって来る。自分を覆う物が何なのかを桜華はすぐさま理解し、真っ暗な視界の中で爆発が止むのを待った。
◇
しばらくして爆発が止み、俺を覆っていた―――フェンリルから離れる。
「助かった、フェンリル。まさかいきなり剣技で来るとは思わなかった。人の事は言えないが」
『油断のし過ぎだ、馬鹿たれが』
フェンリルは体から煙を上げながら起き上がる。
あれほどの炎と爆発を受けてなおもピンピンしてやがる。こいつの体はいったいどうなっているのだろうか。頑丈なのは確かだが。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
少し離れた場所で天蘭院が息を荒げていた。
手に持つは刀身から炎が吹き出す長剣。それを両手で持ち、全身から汗が出ていた。その顔は疲労の色よりも焦りと困惑の方が見て取れた。
「・・・『炎姫の涙剣』か。その名と同じ炎属性の剣技―――『パイロ・クイーン』 しかもそれを使っての『爆龍炎舞』と来たか。さすがに焦ったぞ」
霊術と剣術を合わせることで得られる技―――『剣技』
その剣技を使って天蘭院が放ったのは炎属性最高位霊術だ。龍のような頭をした炎がまるで意思を持っているかのような不規則な動きで襲い掛かる技。本来なら四節の詠唱を必要とする霊術なのだが、『炎姫の涙剣』を使えばそんなもの必要なくなる。
ただでさえ大量の霊力を注がないと使えない高位霊術をタクティカルアーツの補助機能を使っているとはいえ無詠唱で使うには更に霊力が必要になる。現に天蘭院はかなりの霊力と体力を消耗している。
『炎姫の涙剣』での『爆龍炎舞』は天蘭院が今の状態で使える最強の霊術。
それを無傷で凌いだのだから、天蘭院の中に焦りが出来ても仕方のないことだ。
「体力もなくなり、霊力も尽きたか。継承式もしないで俺に勝てるわけがないだろう。終わりだな」
「くっ」
天蘭院が苦い顔を浮かべたのを見てから左腕を上げ、手を開いて天へと向ける。
「契約の名において 我が身に示せ 雷殿の王」
詠唱を開始するとともに今まで晴れていた空が曇り始める。
薄い雲から段々と濃く黒い雲に変わる。
「空を覆う雷雲 天を駆ける稲妻 光と轟音は地に轟け―――怒りを持って空を支配し 叫びを持って天を割れ」
やがて雲は雷雲へと変わり、所々で雲放電が起こる。
まだ昼前だと言うのに辺りは夜のように暗い。雲が物凄く分厚いことがわかる。
「嘘・・・空を、支配してる? こんなの、ありえない」
天蘭院が譫言のように呟く。
空を支配できるのは何も天属性だけではない。その気になれば雷属性や霆属性でだって出来る。少しばかり特殊な霊術を使えば可能だ。
「天を駆け 地に落ちよ 蒼穹を渡りし神なる霆―――<蒼穹なる雷!>」
上げていた左手を振り下ろす。
―――バリッ・・・ガカァッ!
同時に耳を劈くほどの雷鳴が轟き、眩いばかりの光を発しながら雷が天蘭院目掛けて落ちてくる。
俺が詠唱している間に出来るだけ防御障壁を展開していたらしく、天蘭院の周りにはいくつもの障壁が多重に造られていたが、落ちてきた雷はそれらを紙切れのように破壊して天蘭院に直撃した。
「きっ、きゃぁぁぁぁああああぁぁぁぁっ!」
―――ガガガガガガガガガガガッ!
天蘭院の悲鳴と共に雷の嵐が起きる。
凄まじい雷撃音と共に地が揺れる。天蘭院の悲鳴以外にもいくつかの悲鳴が聞こえて来た。どうやらグラウンドに出てきた同じクラスの奴の悲鳴だろ。
―――ガガガガガ、ガガ・・・
雷撃は十秒程で止み、辺りに土煙が立ち込める。少ししてようやく視界が晴れると、そこには長剣を杖のように両手で地面に突いて立っている天蘭院の姿があった。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「驚いたな・・・まさか生きていたとは。高位の霊術師が消し飛んでもおかしくないんだがな」
満身創痍な天蘭院へとゆっくり近寄る。
その目は未だに光を失ってはなかったがもはや立っている事でやっとの状態らしい。突けば倒れてしまいそうに身体が震えていた。
天蘭院の前に立ち、鎌槍剣を持った右手を高く掲げる。
「じゃあな、天蘭院。怨むなら自分の母親を怨め」
鎌槍剣の鎌の部分を天蘭院に向け、うなだれている首を刎ねるべく振り下ろそうとした、その時。
―――♪
「っ!?」
音が・・・聞こえた。微かに聞こえた音。それはまるで歌や楽曲に使われるような音。
普段耳にしない音、状況は幸運か不幸の予兆。鎌槍剣を振り下ろすのを止めて耳を澄ます。しかし、気のせいだったのか何も聞こえて来なかった。
空耳か? と思った時、また微かに聞こえた。
―――♫・・・♪~~~
聞き間違いじゃない。確かに聞こえた。だがなんだ? この感覚は。確かに綺麗な音色のような音が聞こえたのだが、何かおかしい。
まるで鼓膜を響かせて聞こえて来るのではなく、心に直接響いてくるような感覚。
これは・・・霊声か?
霊力を言葉に変換して大気に流す声。それは耳に届くのではなく脳、または心に直接届く。まさしくこれは霊声だ。だがいったいどこから?
それに、何を言っているのか気になってその音を聞き取るべく集中すると、今度ははっきり聞こえて来た。
黒き夜には 月の輝きを
静かなる時には 静寂なる感情を
あなたの意識は夢の中 それでも瞳は闇を見る
白銀なる月の下で 共に夜を明かそう
二人が紡ぎしは 今宵を彩る 闇夜の夜想曲
「これは、歌? いや、歌と言うよりも詩に近いな」
音楽と調子のある声はまさしく歌のようだが、その歌詞にあたる部分が詩を読むような感じだった。
いったいどこから聞こえて来るのか辺りを見回そうとした時、
「・・・何を笑っている」
そう、天蘭院の顔が笑みを浮かべていたのだ。
諦めの笑みではない。まだ気配は死んではいない。それどころか、だんだんと活気に満ちて来ていた。
安息を願う死者 私は暗闇で その身を横たえる
しかしあなたは許さない 私を永久の眠りから目覚めさせる
幾度も幾度も眠りから呼び覚まし 幾度も幾度も私は葬送される
休むことを許されず 死ぬことも許されない
永遠の輪廻に囚われる 死を悼む鎮魂曲
次なる詩が歌われた時、変化が起きた。
まず起きた変化は膨大な霊力の発生だ。グラウンドの隅―――教室棟のある方向に突然膨大な霊力が発生した。そしてその霊力が全て目の前の天蘭院に注がれた。
そして、天蘭院にも変化が現れた。
身体中にあった切り傷と火傷の跡が見る見るうちに癒え始め、荒い息が落ち着いていく。黒焦げになった服も新品同様に戻る。何よりも驚いたのは尽きていたはずの天蘭院の霊力が回復していた事だ。しかもその量がさっきよりも増えているし、濃度も増していた。
その結果を見てようやく気が付いた。これは・・・、
「歌による付加効果・・・『歌い手』か!」
「っ!」
うなだれていた天蘭院が突然顔を上げ、『炎姫の涙剣』を斬り上げてくる。
顔を横に傾けて直撃を避けて後方に跳ぶが、すぐさま天蘭院が詰め寄って来る。上段からの一撃を柄で受け止めるが、今までの一撃よりもかなり重かった。
「治癒効果に霊力供給。物質復元に疲労回復、さらには霊力の増加に濃度増し、加えて身体強化に感覚強化までも、まさか今のはっ・・・」
「そうよ! 歌い手の中でも加菜恵の称号は『歌姫』よ!」
天蘭院が力強く答える。
その反面俺は舌打ちしたくなる気分だった。
『歌姫』
それは『歌い手』と呼ばれる、歌でいろいろな効果を付加させる者の中でも秀でた才能を持ち、いくつもの効果を付加させる者を指す。
一見、歌でそんなことするのは無駄ではないかと思われているが、必ずしもそうではない。
確かに歌には時間が掛かるし邪魔されると効果が発揮しないが、一度に声が届く範囲にいる者に同時に効果を付加させることが出来るというメリットがある。
付加させる対象も選択でき、霊声を用いているので回避不可能という点もある。
「前々から美永瀬の力はもっと別のものとは思っていたがまさか歌姫だったとはな」
復活した天蘭院の猛攻を防ぎながら呟くと、律儀にも天蘭院はそれに答えた。
「歌姫の称号を貰ったのは今年だけど、その実力は一級品よ。加菜恵はそれを隠すのを止めてまで私に力を貸してくれた。だから、私も全力で行く! お母さん!」
一度大きく距離を天蘭院が取ると、先ほどまでの重傷と霊力枯渇が嘘のように治って文字通り死の淵から蘇った天蘭院は、僅かに後ろを振り向いて自らの母親の名前を叫び始めた。
◇
重症だった天蘭院を治した張本人である美永瀬 加菜恵は詩を歌い終わり、疲労で倒れかけたところをオルスレッド=J・S=ヴェルに支えられていた。
周りにいた生徒は美永瀬が何をしていたのか最初わからなかった。
突然霊力を練り始めたかと思うと歌い始めては誰だってそう思う。しかしその歌がもたらした結果を見て全員が理解した。
「美永瀬さん、歌姫だったんだ」
気まずい沈黙の中、最初に口を開いたのはオルスレッドだった。
美永瀬は顔を上げ、オルスレッドの隣に立っている天蘭院 志恵那の顔を見て、志恵那が頷くのを確認してから答えた。
「あんまりその呼び方は好きじゃないし、自分で言うのも何だけど・・・確かに私は歌姫よ」
どうやら美永瀬本人は歌姫である事を隠しておきたかったらしい。
歌い手の詩は精神干渉霊術に分類される。そのため、許可なく使用する事を禁じられている。そんな理由があるため、美永瀬はあまりこの力を人前では使いたくなかったのだ。他にも、自分に『歌姫』という言葉が似合っていないという理由もあるが。
「私が隠すのを止めてまで歌ったんだから、勝ちなさいよ・・・綾香」
荒い息をあげる美永瀬の視線の先には、さっきまでの苦戦が嘘のように猛然と桜華に向かう天蘭院の姿。その天蘭院が一度桜華から距離を取ったと思うと、少なくても二百メートルは離れている場所からここまで聞こえる声で叫んだ。
「・・・お母さん!」
確かにそう聞こえた。
それを聞き取った志恵那は、こちらも負けじと張り合う様に声を張り上げて答えた。
「我が名において許可するわ! 綾香、やりなさい!」
そう答えた瞬間・・・嵐が起きた。
執筆速度と諸事情などにより更新が遅れたことをお詫びします
次話の更新ですか、
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次回は十二月の第二土曜日から更新します
それではまた




