第四十六話「対峙」
目の前に信じられない光景がある。
ここ五年程は全くと言っていいほど表に顔を出さなくなった天蘭院 志恵那。そいつが今、目の前にいる。
今すぐにでも襲い掛かりそうな自分の身体をどうにか押しとどめる。
「どうして、お前がここに・・・」
「綾香のおかげで認識阻害の霊術が消えたからよ。これならあなたとちゃんと話せると思って」
志恵那はゆっくりとした足取りで教室に入って来る。そのままこちらに近づき、俺から三メートルほど離れた所で立ち止まる。
その間俺は志恵那をずっと睨み続ける。
「お母さん、どういう事? ・・・お母さんに復讐するためって」
「あなた今自分で聞いたでしょ? 彼がどうしてこんなことをしたのかって。その答えがそれよ」
「でも、それが復讐って・・・」
天蘭院は頭を小さく左右に振る。本当にわかってないのか、それともわかろうとしていないだけなのか。
俺にはどっちでもいいが。
「間違ってはいないわ。私は、彼に復讐されるような事をしたのだから」
「そんな。嘘・・・」
「・・・まさか、覚えていたとはな。てっきり俺は、お前の中でこれまで見境なしに滅して来た記憶の中の一つでしかないと、覚えてはいまいと思っていたが・・・それであれか。天蘭院が俺の正体を暴いて認識阻害と記憶封鎖を破ったおかげで記憶が戻り、思い出したからここに来たってわけか」
口では冗談めかしつつも細心の注意を払う。
自分が狙われているとわかっていてまで姿を現したと言う事は、それなりの考えがあっての事だろう。さもないとこんなバカげた事はしない。
もっとも、俺はこいつに後悔と絶望を与えるためにここにいるので、直接命は狙わないが。
復讐が目当てなら何も天蘭院を巻き添えにしなくてもいいのではと、誰もがそう思うだろう。だが俺はこいつに命を狙われたわけでも直接的な被害を受けたわけでもない。俺が受けたのは、大切な人を、掛け替えのない人を、愛する人を目の前で殺された。それがもたらすのは自分が傷つくよりも辛いという事。
だから志恵那にも同じ目に遭わす。
天蘭院は関係ない? 部外者だ? そんなことは知らない。俺はこいつに自分がしてきたことに、一生を後悔したくなるほどの絶望を味わらせればそれでいいのだから。
「ええ、思い出したわ。ただし、全てを思い出したのは今さっきじゃないわ。もう二年も前よ」
「・・・は?」
こいつは・・・何を言っている? 二年も前に思い出しているだと?
そんなバカな。約二年前と言うと俺が入学した時期だぞ。いったいどういう事だ。
「人の記憶を永遠に封鎖させることは出来ない。時間が経つにつれて効力は薄れていく。私達霊術を使う者は解呪霊術を使う事もあるからなおさらよ。あなたが私の記憶を封鎖してから五年も経っては効力が薄れていても当然よ」
確かにその通りだ。
術を永遠にかけ続ける事なんで出来ない。特殊な術式や方法を使えば出来なくもないが、フェンリルが記憶を封じたのはほんの一瞬での出来事。永遠にかけ続ける効果を付加出来なかったとは聞いた。
だから認識阻害の霊術の他にも、封鎖効力が薄れるのを抑制さえる効果もつけていた。
それなのに二年も前に効力が切れていたとは・・・少々誤算だった。だが、それなら何故今まで放って置いた? どう考えたって俺は危険人物だろ。こいつは俺の両親と学生内で俺の正体を知っている二人を覗けば、唯一俺が『霊核剥離』だと知っている人物なのだから。
「なら・・・何故今まで見逃していた。お前は、俺がどういう存在なのか知っているはずだ。自分達にどんな危害を加える存在で・・・俺にどんな使い道があるのかも」
「・・・?」
隣で天蘭院が首を傾げる。俺の言っている意味がわからないようだ。傍で聞いていた美永瀬も他の生徒も同じだった。
そう、こいつらからすれば『霊核剥離』は喉から手が出る程の存在なはずだ。そんな俺を野放しにしておくとは思えない。
「確かに、あなたの存在は私達にとってとても重要よ。昔の私なら本人の意思なんて無視して身柄を拘束していたでしょうね。でも、あの時の記憶を封鎖されてから私はとてつもない後悔と恐怖に襲われた。理由も原因もわからなかったけれど、毎日毎日、小さな子供が大きな獣を従えて私を殺しに来る夢を見た。そしてある時ふと理解した。私はその子に殺されても仕方がないことをしたのだと」
なにを言い出したのかと思ったが、小さな子供と大きな獣の所でわかった。その二つは俺とフェンリルだ。あの時の俺の怒りと恨みが記憶を封鎖したにも関わらず寝ている間だけでも漏れていたのだろう。
「それを理解してからは夢にその子が出て来るたびに私は抵抗することなく殺され続けた。何の意味も持たないけれど殺され続け、ただ後悔と恐怖だけが強くなっていった。それが一番強くなったのが二年前の入学式であなたの姿を見た時。すぐにわかったわ。夢の少年があなたである事を、そして全てを思い出した。自分があなたにした事を」
志恵那が突然ここ二年間の悪夢(?)体験を暴露し出した。だが、それがどうだと言うのだ。
第三者としてその話を聞けば同情もしただろうが、俺は当事者だ。そして復讐者だ。こいつが苦しんでいたと言うのならそれはそれで当然だ。これからも苦しめばいい。
そう思っているのだが、話を聞くにつれて心の底から沸々と怒りが湧き出てきた。
今すぐにでも襲い掛かりそうな程湧き出てくる怒りを気づかれないように歯を食いしばって堪える。
「それが、どうした・・・っ。夢の中で俺に殺され続けて来たから許してくれとでも言いたいのかっ? それとも霊は悪だと言い張りにでも来たのかっ?」
「・・・いいえ、どちらでもないわ」
志恵那が首を横に振る。
「それじゃあ何をしに」
なら今になって俺の身柄を抑えにでも来たのか。
そう考えてさらに警戒をするが、次に発せられた言葉は予想とは全く別のものだった。
「私は・・・あなたの復讐を受け入れに来たのよ」
「なん・・・だと?」
その真剣な眼差しが冗談を言っていないと語ってる。
俺の復讐を受け入れに来ただと? それはつまり、自分がしてきた事を悔いているという事か?
っ・・・っるな。
ふざ・・・けるなっ。
ふざけるなふざけるなふざけるなっ!
何が今さら殺されても仕方のないことをして来ただ! 何が復讐を受け入れるだ! 何なんだその目はっ!
激しく苛立ちながら真っ直ぐにこちらを見つめてくる志恵那を睨み返す。
志恵那のその目は逸らすどころか、微動だにしなかった。本気だ。こいつは本気で俺の復讐を受け入れる気でここに立っている。死ぬことに後悔も未練もないような目だが、表に出さないだけでその実心の中では不安だらけなはずだ。
瞳の奥にそんな感情が見えた気がした。
「私は逃げも抵抗もしないわ。やりなさい」
そう言って両手を広げる志恵那。それはまるで、子供に抱き着いておいでと言っているような恰好だ。
どうやら俺の復讐が自分を殺すことと勘違いしているようだ。だがいったいどうしてだ? どうして『あの』天蘭院 志恵那がこんな事を? 俺の知っているこいつは霊を全て悪だと決めつけ、いくら霊を滅しても何も思わず、霊達に対して残酷で極悪非道な行いをして来たこいつが・・・後悔しているだと?
信じられない。信じられないが・・・。
そもそもそんな事、俺にはどうだっていい。今まで志恵那がどれだけ後悔したかなどはどうでもいい。何故なら、その後悔に『愛する人を失うと言う後悔』が含まれていないからだ。
だからどうでもいい。そんな後悔、俺には関係ない。
俺の目的はただ一つなのだから。
「・・・・・・」
志恵那を見据えながら一歩近づこうとした時、俺と志恵那の間に人影が割り込んできた。
「駄目よ、天ヶ咲君・・・復讐だなんて。そんなの駄目よ」
割り込んで来たのは天蘭院だった。
さすがのこれには俺も志恵那も驚く。
「そこをどきなさい、綾香。これは私と彼の問題なのよ」
「だからってお母さんが死ぬことなんてない。何があったかは知らないけど、話し合えばいいじゃない。それにお母さんが死んだら、悲しむ人がいるのよ!? そのことも考えて」
「・・・っ」
天蘭院の言葉に、志恵那の表情が一瞬崩れた。
それを見逃さず、俺は長年の目的実行を決めた。
「何を勘違いしているか知らないが、俺は別にそいつを殺そうとは思っていない。だが復讐はする」
「・・・どういう、事? 天ヶ咲君」
「あなた、いったい何を言って・・・」
俺の言葉が理解出来なかったのか、二人とも口論を止めた。いいさ。俺のやろうとしている事は、誰にも理解出来ない事だ。だから理解してもらおうとも思わない。してもらう必要もない。
家族以外で俺の事を理解してくれる人はもう、いないのだから。
「悪いな天蘭院。お前に怨みはないが・・・怨むなら俺の事を放っておいて、止めなかった自分の母親の事を怨むんだな」
振り返った天蘭院の目の前まで歩み寄り、
「「っ! 綾香! 避けなさい(て)!」」
「・・・え? っきゃ!」
―――ドンッ
志恵那と今まで黙っていた美永瀬が叫ぶと同時に、俺は隙だらけの天蘭院の首を右手で掴み、廊下側の壁に投げつける。机を薙ぎ倒し、不意打ちで天蘭院は受け身も対処も出来ずに壁に叩き付けられる。
俺は床を力強く蹴り、崩れ落ちる天蘭院の首を今度は左手で掴んで壁に押し付けた。
「かはっ!」
「天蘭院 志恵那! 自分の最愛なる娘が死ぬのを、その眼に焼き付けるんだな!」
「ま、待って!」
志恵那の制止の言葉を聞きながら、空いた右手の指を揃えて手刀の形を作る。
狙うは・・・心臓。喉元を抉る手もあるが、その程度の怪我ならあっという間に治すことが出来る。確実に殺すなら今現在の霊術の技術で治すのが不可能な脳と心臓を潰すのが手っ取り早い。
天蘭院の左胸。俺から見れば右胸の所にあり、人体の急所である心臓を見定める。
高校生にしては発育が良く、苦痛と呼吸のしにくさで荒く揺れている胸へ向け、手刀の形にした右手に闇属性の霊力を纏わせ―――突き刺した。
「っ!」
俺の右手は服と皮を破り、そして肉を―――貫きはしなかった。
心臓へ届くどころか、人差し指、中指、薬指の計三本の指の第一関節までしか食い込まなかった。そして、それ以上俺の右手は前には進まなくなる。
別に天蘭院の身体が鋼のように固いわけではない。なら何故か。理由は簡単。
見えない鎖が俺の身体に巻き付き、動きを停めたからだ。
これは・・・風属性の霊術―――『戒めの風鎖』か!
霊力のパターンは天蘭院のだ。だがいったい何時? 不意打ちの攻撃で対処出来ず、その後も霊術を発動した様子はなかったはずだ。
しかし、天蘭院の霊術はそれで終わりではなかった。
続いて風の刃が俺の身体を襲い、足元から爆発が起きて俺の身体が炎に包みこまれる。
発動の兆候なしの霊術。プログラム霊術か!
どうやら天蘭院は緊急防御プログラムをいくつかの霊術に組み込んでいたようだ。だが、これしきの霊術は領域干渉で防げる。それに『戒めの風鎖』でいつまでも縛り続けられると思うなよ。
霊力を身体全体に流し、身体機能及び感覚機能を上昇させ、鎖を引き千切ろうとした時、天蘭院の苦しみながらの声が聞こえた。
「―――<風の追撃破っ>」
「なっ・・・」
天蘭院の周りに白い空気の渦が出来たかと思うと、
―――ヒュン、ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・
そこから衝撃波のごとくレーザーが俺目掛けて放たれる。
とっさに首を掴んでいた左手と天蘭院の胸に食い込んでいた右手を引いて体の前でクロスする。レーザーは途切れることなく俺目掛けて襲い掛かる。
ただのレーザーならよかったのだが、貫通能力とレーザーのくせに強度があるおかげで反対側まで押し戻され、そのまま壁に激突する。それでもレーザーの雨は止むことなく襲い続け、俺に当たり損ねたのが壁を砕いた。
脆くなった壁は簡単に崩れ、俺は再びレーザーに押されながら空中へと放り出される。
このまま落ちればただでは済まなさそうだが、幸いにもレーザーが空中で俺を押し続けてくれたので、二階建ての東棟の屋上に着地する。そしてそのまま止まらずに今度は自分の足で後方に大きく跳躍する。この時には既にレーザーは止んでいた。
東棟よりも更に向こうには普通の学校よりも広大なグラウンド。
二階から飛び降りたにも関わらず怪我一つしないで着地する。全身のばねを使って衝撃を抑え、何度か後ろに跳びながら衝撃を完全に殺しきった。この一連の動作中、霊力で身体強化はしていない。
まさか、こんなことになろうとはな。
着地の姿勢から立ち上がり、今しがた俺が跳んできた―――文字通り跳躍して来た―――方向を見る。
そこには、空を飛んで俺の元へと向かって来る天蘭院 綾香の姿があった。
◇
お母さんとの口論で、この場においてしてはいけない事をしてしまった。それは、彼の事が意識から消え去っていたこと。
そこで決定的な隙が生じてしまった。
後ろから話しかけられて振り向いた時には既に、彼の右手は私の首目掛けて伸びていた。
突然の事で対処する事が出来ず、首を掴まれて廊下側の壁に投げつけられる。背中と頭に激痛が走る。意識が途切れそうな中、正面から彼が走って来た。そしてまたもや首を掴まれて壁に押し付けられる。
「かはっ!」
激痛と息が出来ない状態になり、乾いた声が漏れる。
「天蘭院 志恵那! 自分の最愛なる娘が死ぬのを、その眼に焼き付けるんだな!」
「ま、待って!」
そう言って彼―――天ヶ咲君は右手を手刀の形にし、おまけに闇属性の霊力を纏わせて私の左胸、心臓へと突き刺してくる。
天ヶ咲君の眼は本気だった。本気で私を殺しに来ていた。
よく小説等で「好きな人に殺されてもいい」なんて事がよくあり、私も天ヶ咲君にならと思ったことがないこともない。
でも・・・それでも、今私は殺されるわけにはいかない。私はまだ、あなたの事を諦めてはいないのだから!
―――<読心っ>
天ヶ咲君の指が左胸に食い込むと同時に、天ヶ咲君の心に干渉して記憶や思念を感じ取る。
私はあまり属性外霊術が得意ではない。だから、『読心』で相手の心をより感じ取るには肌に直接触れないと出来ない。
結果的に『読心』は成功した。天ヶ咲君がどんな思いでここにいるのか、何故こんなことをするのか、どうしてこうなってしまったのか等を感じ取り、見ることが出来た。
でも安堵は出来ない。
目の前で緊急防御プログラムの霊術を食らっても天ヶ咲君は平気でさらに襲い掛かって来る。このままだと袋叩きに遭ってしまう。
「―――<風の追撃破っ>」
「なっ・・・」
今度は自分の意思で霊術を発動する。
衝撃波のレーザーが天ヶ咲君に襲い掛かる。でもさすが天ヶ咲君。至近距離からのレーザーを腕をクロスする事で直撃を防ぐ。
そもそもこの程度の霊術が防がれることは承知の上。
今は少し時間を稼ぐのが先決。
レーザーは天ヶ咲君を反対の壁際まで押し戻し、さらに壁を破壊する。私が霊力供給を止めない限り放たれ続けるレーザーは天ヶ咲君を空中へと押し出した。
「はっ、はっ、はっ、はっ・・・」
やっと息が出来るようになり、無理やり肺を動かして息をする。
背中が、肺が縛られるみたいに痛い。白色の制服の左胸あたりが真っ赤に染まっている。そこまで深くはないと思う。
自分の身体の状態を確認していると加菜恵とお母さんが駆け寄ってくる。
「綾香、大丈夫!?」
「ごめんなさい、綾香。彼を止めなかったばっかりに・・・」
「気にしないで、お母さん」
申し訳なさそうな顔をするお母さんに大丈夫だと告げる。
それを聞いてお母さんの表情が和らぐ。その顔を見ると、常にこうなら綺麗なのになといつも思う。
「今すぐ治癒するからじっとしてて」
加菜恵が持ってきた自分のバックから黄緑色の液体が入った小瓶を取り出す。
「いいの、加菜恵。これぐらい何ともないわ」
それに、その程度の治癒薬ではこの左胸の傷は治せない。
「でも・・・」
「そんなことより私、行かなきゃ」
未だふらつく足を立ち上がる。
それを見かねた加菜恵とお母さんが止めにかかって来た。
「行かなきゃいけないの。だって私は、そう決めたから。それにね、お母さん。私見たの。お母さんが昔、天ヶ咲君にした事を。どうしてこうなったかを。そして、彼の心を」
「綾香・・・あなた」
「私は救うって決めたの。どんな結末になろうとも、そう決めたの。だからお願い。彼の所に行かせて!」
真っ直ぐにお母さんの眼を見つめる。私と同じ真っ黒なお母さんの瞳。そこに私の意思を伝える。
しばらく見詰めていると、お母さんが目を閉じて私の前を開ける。
「好きにしなさい」
「お母さん・・・」
「ただし、惚れた男の一人くらい私に紹介しないと許しませんからね」
「ちょっ、ちょっとお母さん! こんな時に何言っているの!?」
お母さんの本気か冗談かわからない言葉に適当に返事をしながら崩れた壁際まで行き、軽くジャンプする。本来ならこの後重力に引かれて落ちるはずだけど、私の身体は重力に引かれて落ちる事なく、逆に重力に逆らって宙を飛ぶ。
東棟の向こう。グラウンドの中央には天ヶ咲君が風に朱色のコートをはためかせながら立っていた。
さあ、ここからが本番。
天ヶ咲君の狙いは私の命。
私の目的は彼を救う事。
即ち、もうこの状況を打破するためには私が死ぬか、私が彼を救うしかないという事。
もう戻れない。戻ることが許されない。
私は大きく息を吸うのと同時に、自分の意志を成し遂げる事をもう一度誓って降り立った。
霊核剥離である桜華に挑む綾香
桜華に命を狙われながら綾香は桜華を救うことが出来るのか!
まさに一触即発の状況!
ではでは
次回でまた会いましょう




