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第四十五話「暴かれる正体」

 いつもと違う二人。

 面倒事は避け、勉強は二の次。じっとするのが苦手で本を読むのはもちろん文字を極力読もうとは普段思わない美永瀬が、幻覚で別の本に見えているにも関わらず読み続けている。

 誰にも優しく、明るく、分け隔てなく接する器の広さ。よっぽどのことがない限り緊張も動揺もすることがない天蘭院が妙に緊張していた。

 普段と違う雰囲気。妙な違和感。何よりも今まで幾度となく危険な目に合ってきた中で身に付いた危険を感じる能力。それらが告げる事がなんなのか俺にはわからなかった。

 だが天蘭院が放った一言で全て理解した。


「へぇ~、フィアナード王国に関する報告書・・・か。凄いの読んでるんだね、天ヶ咲君」


「・・・・・・っ」

 幻覚霊術が効いていない。声に微妙な揺らぎがあり、それでいてどこか覚悟を決めた者の声だった。

―――ピシッ

 しかも決定的だったのは誰の耳にも聞こえない、俺だけが聞こえるこの何かに罅が入るような音だ。

 意識を集中させれば俺が常時発動している認識阻害の霊術陣に罅が入っていた。

 俺は一般の人にも自分が十二天族ではないと認識させるために、俺を中心として戀国を覆うほど大きな認識阻害の霊術を常時発動しているのだ。もちろんバレないように高位の隠蔽霊術を使っている。

 事情を知っている者以外が俺の事を認識すると効力が失われる。その兆候が罅となって霊術陣に現れる。

 これが意味するところはつまり、この場において天蘭院が俺の事を十二天族の天ヶ咲 桜華だと確信を持って話しかけて来たという事。

 だが何故・・・何故ばれた?

 確かにここ最近手の内を明かし過ぎた。紅快天の時には本来の戦闘スタイルではないが戦闘スタイルを一つ披露してしまった。期末試験ではオルスレッドのせいで全試合に勝利しなければならなくなって『奈落の獄狼(フェンリル)』を召喚してしまった。

 だがフェンリルの記憶封鎖はそう易々と破られるものではないはずだ。はずなのだがこの様子だと天蘭院は俺の事を既にちゃんと認識していそうだ。

 だが、完全には思い出していない、まだあやふやな状態なはずだ。俺の認識阻害の霊術が完全に壊れてはいないから。

「ねえ、天ヶ咲君。少し聞きたいことがあるんだけど」

「・・・・・・」

 ならここは黙っているのが先決だろう。そう決めて俺は黙ることにした。

「どうして天ヶ咲君が、十二天族の中でもかなり権限が高くないと閲覧することが出来ない国家機密レベルの報告書を読んでるの? しかもそれ、天ヶ咲 隆二さんのサイン入りじゃない。どうして天ヶ咲君がそんな物を持ってるの?」

 そこまで見えているのか。

 幻覚霊術とは別に、天蘭院が指摘した父さんのサインを隠すために高位の隠蔽霊術を掛けていたのだが、天蘭院にはそれさえも効かないようだ。これはかなり高位で高度な霊術対策をしているみたいだった。

 内心歯噛みしながら尚も黙る。

「ねえ、どうして? ・・・どうしてそんな物を持ってるの? どうして・・・どうしてなの。答えてよ。ねえ、答えてよっ」

―――ピッ・・・ピシィッ

 罅が大きくなっていく。

 少しずつ天蘭院の声が震えているのがわかった。

 そして徐々に声が大きくなってきている。今にも叫びだしそうな気がしたが、いくら天蘭院でも叫ばないだろうと思った。

 だが結果的にその考えは間違っていた。

 黙秘を続ける俺に対してか、それとも言いたいことを言わなように我慢していたがついに我慢出来なくなったのか、天蘭院の声が教室中に響いた。

「どうして十二天族でもない天ヶ咲君が十二天族しか見れない書類を持ってるの! そもそもそれ自体が嘘だよね。どうして正体を隠してるの!」

―――パキッ・・・バキバキッ

 罅が霊術陣全体に広がる。もはや修復不可能なほどだ。

 これ以上はヤバい。どうにかしなければと必死に思考を巡らす。その時、昨日村長が言っていた言葉が脳裏をよぎった。

『お前さんの目論見は近いうちに必ず破れる。必ずじゃ』

 まさにその通りだった。

 もはや今の俺に打つ手はない。今の俺には、天蘭院が自分に掛けられている霊術と認識阻害の霊術を壊すのを待っている事しか出来なかった。


 教室にいる生徒は天蘭院の突然の声に驚いたのか、皆黙っていた。正確には驚き、喋ることが出来ないでいた。理由は単純。先ほど天蘭院が発した言葉が原因だ。

『どうして正体を隠しているの!』

 この言葉にクラス全員が目を見開いて驚いていた。

 中には「何を言っているんだ」と、天蘭院に声を掛けようとする生徒がいたが、あまりにも必死な天蘭院の表情を見て何も言わずにその場から離れる。そして誰もが理解する。天蘭院が言った言葉が真実なのだと。

 それでも信じられないのか、必然的に皆の視線が俺に集まってくる。

 天蘭院の眼差しが、訴えかける。真実を言えと。

「どうして正体を隠してまでこんな事をしてるの。同姓同名なんかじゃない。あなたは正真正銘の・・・十二天族が一つ、天ヶ咲家現当主である天ヶ咲 隆二さんの一人息子、天ヶ咲 桜華君よね」

―――バキィンッ

 落ち着きを取り戻した天蘭院のその断言により認識阻害の霊術が砕け散る。

 これにより二十四時間程掛けて戀国で認識阻害の効果が完全に消え去るだろう。それなりの実力の持ち主なら今すぐに効果が消えているはずだ。教室で何人かが頭を押さえてよろめいたり膝を付いたりしているように。

 美永瀬も効果が消えたのか、俺を見る目が少し変わった気がする。

 天蘭院は相変わらずのはずだ。直接は見ていないが、気配が変わっていないからな。

 クラスの連中が小声で話し始める。内容は聞くまでもない。俺の事だ。記憶が戻り、認識阻害の効果が消えた今、俺が十二天族ではないと妨げるものは何もない。

 恐らく今学園全体で同じような事が起こっているはずだ。妙に上と下の階が少し騒がしくなってきている。

「合ってるよね。本物の天ヶ咲 桜華君で、合ってるよね」

「・・・俺がそうだと言う証拠はあるのか?」

 無駄だとはわかっているが、どうしても聞いておきたかった。何故なら、あまりにも俺をそうだと断定するには材料が少なすぎるはずだ。

 それとも、俺が気づかないだけで他にも何か材料を与えていたのか。

 そんな考えがよぎり、聞くだけも聞いておこうと思った。

「あるよ」

 天蘭院は即答で答えた。

「最初に違和感を覚えたのは紅快天さんとの模擬戦の時。天ヶ咲君の殺気をどこかで感じたような気がしたの。次は天ヶ咲君が銀髪の小さな女の子とアトラントに買い物に来ていた時」

 銀髪の女の・・・ニーナか。

 なるほど。ニーナの服やら身の周りの物を買いに行った時に付き纏っていた気配はこいつだったのか。あの時は二人いたからもう一人は美永瀬で間違いないだろう。

 どうやらニーナが半妖だとは幸いにも気が付いていないようだ。

「天ヶ咲君の正体に確信を持ったのは期末試験の時。決勝戦で黒堂寺さんのゴーレムが暴走したのを破壊したのは私だと皆は思ってるけど、実際は違うよね。最後の一撃、本来なら私の攻撃が届くよりも先にゴーレムの一撃が私を襲っていたずだった。でも違った。あの時、ほんの一瞬だけゴーレムの動きが止まったの。最初は誰かが領域干渉か何かの霊術で動きを抑制してくれたのかと思ったけど違った。ゴーレムは動きだけを止めてはなかった。漏れ出る霊力すらも止まってた・・・まるで時間が止まってしまったかのように」

 いくら領域干渉霊術で対象物の動きを抑えたとしても、霊力までは抑えられない。何故なら、生きているからだ。たとえそれがゴーレムだとしても、精霊であっても。

 だが、そのゴーレムの霊力までもが止まったのを天蘭院は見逃さなかったようだ。まさかあの一瞬の停止に気が付くとは。

 霊力を止めると言う事は生が停止する事。それは死ぬことではない。つまるところ、生きてはいるが命の時間が停止している状態を指す。そんな事が出来る霊術は限られる。そもそも現時点で一つしか存在しない。

「抑えるんじゃなくて『停止』させる霊術は私の知る限り一つだけ。領域干渉でもない、空間霊術と時空霊術の融合霊術。完全オリジナルの時空間霊術―――『時の都(タイム・ロンド)』。それが使えるのは開発者の天ヶ咲 桜華君だけだもの」

「・・・・・・」

 なるほど。

 黒堂寺の悲鳴を聞いてうっかり手を出した時に使ってしまった俺のオリジナル霊術―――『時の都』。あれが切っ掛けで天蘭院の記憶の鍵が緩んだのか。

 皮肉な結果だな。まさか助けたのが原因で正体がバレるとは。

「でも、一番決定的だったのは・・・天ヶ咲君がいつも身につけているその、銀色のネックレスのおかげなの」

「・・・どういう事だ?」

 これに関しては本心からそう思った。

 俺のネックレスが一番の決定打だと? いったいどういう事だ。何故このネックレスが決定打になる。確かにこのネックレスは独特な形をしているが、そもそも他人のネックレスの形を一つ一つ覚えているか? 普通。

 そんなのはありえない。そう思ったが、どうやら天蘭院は覚えていたようだ。

「四年前の十二天族パーティー襲撃事件。あの時私と剣を交えたの覚えてる? あの時にね、去って行く天ヶ咲君の服の隙間から一瞬だけ見えたの。それと同じ、銀色のネックレスが」

 この発言に一番驚いていたのは教室にいる生徒だった。

 俺が四年前の襲撃者と言う事に驚いているのだろう。無理もない。強者揃いの十二天族のパーティーを襲ったのがたった一人なのだから。しかも四年前と言えば俺は中学生だ。どうやら中学生にしてそんなことが出来るとは思えないらしい。

 だが事実なのだ。

「なるほど・・・あの時か。まさかそんなことでバレるとはな」

 もはや誤魔化せきれない。

 天蘭院の話を聞くといろいろとヘマをやらかしていた。

 たかが復讐の相手の姿をまったくの赤の他人に重ねて見て平静を失い天蘭院に違和感を感じさせ、期末試験では取り返しのつかないヘマをたくさんしてしまった。

 フェンリル召喚に加え『時の都』の使用により天蘭院の記憶封鎖の鍵が緩み、そこから漏れた記憶によって俺の正体が完全にバレてしまった。本末転倒だな、まったく。卒業式まで隠し果せると思ったが、現実はそう甘くはないと言う事か。

「ねえ、どうして・・・どうしてこんなことをしたの?」

「・・・・・・」

 必死になって理由を聞こうとする天蘭院。

 お前なんかに―――天蘭院みたいに何不自由なく今まで生きて来た奴にわかって堪るか。

 そもそもこうなったのは全てお前の母親のせいだ。

 お前の母親である天蘭院 志恵那が霊や妖怪を全て悪だと決めつけ、問答無用で滅していたおかげで、俺の大切な人までもがその餌食になった。

 一度死んだ人は戻らない。

 それは霊にも通用する。魂が再生不可能まで破壊されれば消滅する。ユエラは一瞬にして滅せられた。苦痛を味わなかっただけでも良かったと思ったが、そもそも滅さなくても良かったはずだ。

 話し合えば、分かち合えたはずだ。当時はそう思えた。

 しかし月日が経つにつれてそんな考えは浅はかな考えだとわかった。天蘭院 志恵那には話し合いなど最初から通用しないのだ。

 あいつのせいで、いったいどれだけの霊の集落が破壊されたことか。

 だから許せない。許す気も到底ない。

 そして何よりもユエラを滅したことは何があっても許さない。たとえ天蘭院 志恵那が心を入れ替えて霊や妖怪の為に残りの人生を使おうと絶対に許さない。ユエラを滅したことを忘れて呑気に生きていることが許せない。お前からすればただの霊かもしれないが、俺からすれば掛け替えのない存在だ。それを目の前で滅せられて許せるはずがない。

 だから復讐を誓った。あいつにも同じ目に遭わせてやる。愛しい人を、愛する人を、掛け替えのない人を目の前で殺して、後悔と絶望のどん底に突き落としてやる!

 それだけを胸に刻んで今ここにいるのだ。


「答えて・・・くれないの?」

 天蘭院の声が段々と弱々しくなってきた。

 さて、どうするか。

 今この場に天蘭院 志恵那はいない。よって今ここで天蘭院を殺しても意味がない。なので適当な理由を言って納得してもらおうと考え、口を開こうとしたその時、


「私に復讐するためよ」


「っ!」

 当然聞こえてくる、そんな言葉。女性にしては低く、男勝りのようで今この場において聞こえてくるはずのない声。その声のした方に勢いよく振り向く。俺と同じことをクラス全員がしていた。

 視線の先―――教室の後ろの扉に声の主がいた。

「・・・え?」

 天蘭院がその姿を見るなり目を見開く。

 そこには天蘭院が立って―――いや、良く見ればそっくりだが別人の人が立っていた。髪は血を思わせるように天蘭院よりも赤黒く、背中までのストレート。身長はかなり高く、女性にも関わらず180cm以上はある。

 赤と白が基準の巫女服。女性特有の身体的特徴がはっきりしていて、それだけで大人の女性とすぐ分かる。

 腰には長刀と脇差が一本ずつある。

 顔立ちも天蘭院そっくりだが、目元がもっときつい。まるで天蘭院から『優しさ』を引いたような―――否、その女性に『優しさ』を足せば天蘭院そっくりな目つき。

 黙って立っていれば超絶クールな印象を受ける容姿。加えて目を合わせるだけで殺されるのではないかと思えてしまう鋭利で冷たい視線。

「お前は・・・っ!」

 俺は椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。

 会ったのはほんの十分にもみたない程度。それでもその姿を鮮明に覚えている。忘れるはずがない。この七年間、一度たりとも忘れはしなかった姿。

「どうして・・・お母さんが、ここに?」

 そう。突然現れたそいつこそ、俺が復讐を誓った相手。その名は・・・、


「天蘭院っ・・・志恵那っ!」


 憎しみと憎悪と恨みを籠めてそいつの名を口に出す。

 名を呼ばれた天蘭院 志恵那はただ黙ってこちらを見つめていた。


はい、

ついに桜華の正体が皆にバレテしまいました

これから先どうなるのでしょうね~(笑)


続きは乞う御期待を

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