第四十四話「恋する乙女の思い」
テスト期間明け一日目の学校登校日。あと数日もすれば学生が待ちに待っている夏休みが始まる頃、時間にして朝の七時半、蓮桜学園の生徒会室に二人の人物が朝早くから来ていた。
一人は燃えるように真っ赤な髪をポニーテールにして、瞳の色は一般的な黒よりも暗い純黒。背は女子にしては高めで女性の身体的特徴がはっきり現れ、少し目つきがきつそうに見えなくもないが、根は優しく、生徒からの信頼も厚い生徒である蓮桜学園生徒会長の天蘭院 綾香。
もう一人は黒髪セミロングで瞳の色が珍しい翡翠色。セッティングなのかそうでないのかわからないが猫耳に見えなくもない髪型。黙って座っていればクールと言っても差し支えない容姿だが、その実元気を振り回していると言って良い程の活発な少女こと天蘭院の従者である美永瀬 加菜恵だ。
この二人は別に生徒会の仕事を朝からしに来ているわけではないし、誰かが来るのを待っているわけでも無い。
ただ、これから天蘭院がしようとしていることは、事によってはかなり危ない。何事にも準備という物が必要だ。
そのため精神集中とまではいかないが、ここで気持ちを落ち着かせているのだ。
二人ともここに来た時の最初の挨拶と少しの会話をしただけで、それから一言も話していない。
天蘭院は生徒会室の真ん中で両手を胸の前で祈る様に握って立っているだけだ。
そんな様子を美永瀬はただ見ているだけだった。
何も知らない者が見ればいったいいつまでそうしているのか聞きたくなる。
その沈黙を最初に破ったのは美永瀬だった。
「それじゃあ、綾香。時間だからあたしは先行くね」
「・・・・・・」
天蘭院は答えなかった。
良く見れば口が微かに動いていて、何かボソボソと喋っていることが分かる。どうやら最悪の時に備えて準備している最中の様だった。
そんな天蘭院を邪魔しないように美永瀬は静かに生徒会室を出て行った。
◇
生徒会室で綾香が気持ちを落ち着かせている所を邪魔しないようにあたしは抜け出した。
今日綾香がしようとしていることは下手をすると戦闘になるかもしれない。
最初、その話を綾香の口から直接聞いた時は大げさなと思ったけど、十二天族と貴族のパーティーを一人で襲撃して皆の記憶を摩り替えた相手だ。それくらいの事があっても不思議ではない。
綾香はこの採点期間で継承式も終わらせた。
今までは嫌だと断っておきながら決心すると今までのが嘘のように継承式を受け始めた。
綾香が今日することを決心したあと、あたしは採点期間をフルに使って十二天族の天ヶ咲 桜華についていろいろと調べてみた。
だけど、彼は幼少の頃から身体が弱かったせいでなかなかパーティーにも参加していなかったし、そもそも彼に関する資料たらが全てなくなっていたのだ。
もしあいつが本当に十二天族の天ヶ咲 桜華だとしたら、いったいどんな理由があってこんなことをしたのだろうか。いったい何が、あいつにここまでやる原因を与えたのか。
この話を綾香としている時、綾香のお母さんである志恵那さんに一度、真面目に向き合ってくれない事を覚悟して話してみた。
すると志恵那さんは、
『・・・そう』
と意味深げに答えただけだった。
後で綾香に訊いてみたが、お母さん何か知っているんじゃないかと言っていたが、本人が何も言わないので結局分からずじまいだ。
まだ時間は八時にもなっていない。少しくらいは生徒が来ているだろうけど校舎は驚くほど静かだ。
生徒会室は職員室や他の特別室と纏まって東棟にあり、校舎自体は二階までしかない。生徒会室はその二階にある。あまり人が来る場所でもないのでいつも静かだが、廊下の窓から見える中央棟にはほとんど人影なんて見えない。それこそ自分のクラスも・・・。
あたしは何気に自分のクラスの窓を見て驚いた。窓際の前から二番目の席に誰かが座っているのが見えたからだ。
その席は確か・・・。
遠目から見えるシルエットと普段そこに座っている生徒の事を思い出しながらあたしは急いで教室へと向かった。
東棟の階段を全段飛ばして―――文字通りジャンプして―――駆け下り、中央棟へと渡り階段を二段飛ばしで今度は駆け上る。
女の子にしてはありえない行動だと内心恥じながらも足を止めない。
そして、三階まで到着して自分の教室の扉を勢いよく開け放つ。
―――バァンッ
勢いよく開けたせいで扉が壁に当たって大きな音を出す。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「ど、どうしたの? 美永瀬さん。そんなに急いで」
既に教室にいた男子生徒が荒く息を切らしているあたしを見て若干驚きの表情をする。
金髪に金色の瞳。男のくせに髪を後ろで結い、一見チャラチャラしてそうなイメージを受けそうな容姿。しかしよく観察するとどこにも隙がなく、逆にこちらの全てを視られているような感じさえこいつからはする。
それもそのはず。
こいつは世界中のあらゆる情報を記録する一族の一人なのだから。名をオルスレッド=J・S=ヴェル。若くして一人で記録者としての仕事をしているクラスメイトだ。
「オルスレッド・・・ちょっと話があるの」
「へ? ・・・って、美永瀬さん。いったい何!?」
あたしは机の上にカバンを置くとオルスレッドのネクタイを掴んで教室の後ろの方へと向かう。
引っ張って来たオルスレッドをあたしと壁とで挟み、ネクタイを引いて顔を近づける。
今にも顔と顔とがぶつかりそうな程近い距離だ。誰かに見られれば誤解を招きそうなほど近い。
あたしとこいつとでは身長差が結構あるので見上げなければならず、微妙に恥ずかしいがこの際それは気にしないで話を進めよう。
「オルスレッド・・・あんたはどこまで知ってるの? そもそも、いつから知ってたの?」
何の前置きもなしに唐突に切り出す。
こいつが知っていないはずがない。記録者としてのこいつなら少なくとも知っているはずだ。あいつの事を。
「・・・何の事かな?」
だがオルスレッドはニコッと笑みを作りながら答える。よくよく見れば感情の籠っていない笑みだ。
その笑みでいつもなら見逃してしまっていたが、一瞬だけ瞳が揺らぐのを見た。
「惚けないで。天ヶ咲の事よ。あんたいつもあいつといたでしょ。そうじゃなくても記録者なんだから知ってたはずよね。あいつが、同姓同名なんかじゃない。本物の天ヶ咲 桜華だって事に」
「・・・・・・」
オルスレッドは答えなかった。
でもその目は驚いてはおらず、むしろ賞讃してきそうな目だった。
しばらくオルスレッドは黙ったままあたしのことを見る。その瞳は微動だにせず、また瞬きもしていなかった。それにつられてあたしも瞬きしなかったが不思議と辛くはなかった。でも、あたしの全てを視られているような気がどんどん増してくる。
全てとは裸を見られると言う事ではなく―――それだけでもむしろ大問題だ―――あたしの瞳を通して思考、考え、有様、心など、あたしを構成する目に見えないものを視られている感覚。これが、記録者としても観察なんだと改めて思った。
それからして、ようやくオルスレッドが口を開いた。
「なるほど・・・さすが天蘭院さん。恋の力は侮れないね」
この短い沈黙の間にオルスレッドは全てを理解したかのような口振りで答える。
「否定はしないんだ」
「でも肯定もしないよ。僕にはそれに関して答える資格がないからね。でも、これだけは言っておくよ。桜華はそれなりの理由があって行動している。それがどの程度の物なのか、侮っちゃいけないよ」
オルスレッドの眼が変わる。
これは・・・この眼は本気の眼だ。オルスレッドは本気であたし達に忠告しているんだと感じた。
こいつがここまで本気で忠告して来ると言う事は、それだけ天ヶ咲も本気と言う事。
内心で不安が湧きあがって来た時、教室の扉が開く音がして振り向くと天ヶ咲が入って来た。
「やあ、桜華。相変わらず早いね」
「なんだ天ヶ咲か」
あたしは内心の動揺と不安を押さえ込みながら、綾香が来るまで天ヶ咲をここに留まらせるために、椅子に座って何やら分厚い本を読み始めた天ヶ咲の下へと近づいて行った。
◇
誰もいない生徒会室。行事や仕事がない限り普段は訪れない教室。
私は朝早くから学校に来て不安でいっぱいな心を落ち着かせるために生徒会室に来ていた。既に決心したと言うのに、いざ当日になると朝から不安と後悔が押し寄せてきた。
本当にこれでいいのか。別の方法があったのはではないか。もしくは今まで通りで良かったのではないか。
そんな気持ちが湧きあがってくる。
でも私はもう決めたのだ。彼に真実を訊くと。
それに、いつもお母さんが言っていた。
『欲しい物が、したいことが、何か願いや希望があるならねだってはいけない。自分で勝ち取りに行きなさい』
この言葉は実にその通りだと我が身を持って実感した。
私は四年前の襲撃事件の時、何もすることが出来なかった。周りの人が倒れ、傷ついているのにただ見ている事しかできなかった。襲撃者を捉えることが出来なかったし、明らかに手を抜かれてもいた。
私は誰かを護るために小さい頃から鍛錬してきた。そのおかげで当時は同年代の子の中でも実力は上の方だった。
でもそれは井の中の蛙だった。
家の道場に来ていた子は確かに強い子がいた。でもその中で一番になったからと言っても外の世界で通じるわけではない。それを思い知らされたのが十二天族襲撃事件の時だ。
襲撃者は警備兵の攻撃を防ぎ、召喚した霊獣でいとも簡単に薙ぎ払い、他の十二天族の猛攻をも防ぐ。親たちが何故か襲撃者に攻撃していなかったは言え、二十人以上もいる十二天族の学生から逃げ切ったのを見て強いとわかった。それでも私は倒せると思った。
だけど結果は違った。倒すどころか一撃すらも加えることが出来なかった。
このままではいけない。もっと力を付けなければ。その時私は深く決心し、それから血の滲むような鍛錬を始めた。
女の子だからと言って肌に傷がつくのは気にしない。骨を折ったこともあったし、霊力枯渇で死にかけたこともあった。もっと言えば指一本動かせない程の重傷を負ったこともある。
それでも諦めず、確かな目標を持って鍛錬を積んだ。そうして今では二つ名を持つほどにまで力を付けた。
『炎天の女神』
それが私に与えられた二つ名。
二つ名を与えられるにはそれなりの実力を提示しなければならない。取得の方法はいろいろある。例えばSランクの霊獣を一人で倒せるようになる。戀国が定めた二つ名取得の条件をクリアする。既に二つ名を持っている人の弟子になって実力を認めてもらい、天照一族に承認を得るなど。
私は二つ名取得のための条件をクリアし、その名に恥じぬ力を得た。
でもそれは、決して人を傷つけるためだけの力ではない。私が求めたのは『護るための力』なのだ。
だから・・・だから私はこの力で彼をきっと救ってみせる。
たとえ彼が抱えるものが闇であっても、その闇を私が祓ってあげる。なぜなら私は、こんなにもあなたの事が・・・。
―――キ~ン、コ~ン、カ~ン、コ~ン・・・
その時、登校時間の五分前になる予鈴のチャイムが鳴る。どうやら私は四十分以上も目を瞑って立っていたようだ。
準備は・・・万端。
この日の為に継承式も終わらせて私の家が契約している神霊を呼び出せるようになったし、緊急防御プログラムも霊術に付け加えた。幻覚霊術などによる五感に働きかける霊術を打ち消すための霊術も掛けている。
残る問題は、彼と対峙した時に私自身の心が揺るがないかどうかだ。こればっかりはその時が来るまでどうしようもない。
でも、昨日私が呼んだ、予知も出来る戀国でも指折りの占い師は私の未来は真っ暗だと言った。それはつまり、今現在において未来は決定していないと言う事。私の決心次第でこの先の未来が決まると言う事。
それならば勝ち取りに行こう。
たとえそれが結果的に『後悔』に繋がったとしても、何もしないで後悔するより何かして後悔しよう。どんな結果になろうとも、それは私が選んだ道なのだから。
長机の上に置いていたカバンを持って生徒会室を出る。
向かい側に見える中央棟の窓にはたくさんの生徒が来ているのが見える。その中、三階の私の教室の窓際、一番前の席に彼が座っていた。遠くからだからちゃんと見えないけれど、それが彼だとわかる。
私は今一度覚悟を決めて教室に向かった。
◇
教室に着くと既にクラスメイト全員が来ていた。
その中、窓際最前列の席に座って何やら本らしき物を読んでいる天ヶ咲君の傍に加菜恵とオルスレッド君がいた。
自分の席にカバンを置いく。
そこでもう一度大きく深呼吸をする。声が裏返らないだろうか。気づかれていないだろうか。そんな考えが浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返す。
終わりのない考えを振り切る様に両手を強く握り、三人に近づく。
天ヶ咲君の机の横に立つ。
その時オルスレッド君と目が会う。その眼は『頑張って』とも『覚悟は出来てるんだね?』とも『本当にいいんだね』と訴えかけて来ていた。どうやらオルスレッド君は私がしようとしていることがわかっているみたいだった。加菜恵と何かあったみたいでもあった。
小さくオルスレッド君の眼を見て頷く。
視線を下ろして本を良く見れば幻覚霊術が掛けられていて対策をしていない人が見れば別の本に見えるみたいだった。その本に目を移し、危うく声を漏らしそうになった。
「・・・・・・・っ」
それは、十二天族でもかなりの権限がないかぎり閲覧どころかその存在を知る事さえないできない代物だった。
そこに書かれている文字は・・・。
「へぇ~、フィアナード王国に関する報告書・・・か。凄いの読んでるんだね、天ヶ咲君」
「・・・・・・っ」
その言葉に、天ヶ咲君の雰囲気が変わった。
一瞬だけの揺らぎ。その直後には警戒の気配へと変わる。その気配を感じた時、私は穏便に進まないだろうとわかった
もう後戻りは出来ない。これが私の選んだ道。どんな結末になろうとも受け入れて見せる。どんな結末になろうとも・・・絶対に彼を救って見せる。
今回は加菜恵と綾香視点を書いてみました。
ストーリー的には進んでません申し訳ありません
ここから先の話がなかなか難しく、
あまり上手く書けていないのが現状です
明日の更新が遅くなるかもしれないですけど、
更新できるように頑張ります
これからもよろしくお願いします




