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第四十一話「エデンの里」

 翌日。

 天ヶ咲家の本宅の居間には太陽が昇り始めたばかりだと言うのには五人の人影があった。五人と言ってもそのうちの一人は妖怪との間に生まれた半妖で、もう一人は人型の人形だ。

 その五人の表情は家族団欒と言った物ではなく、不満の表情を表す二人の人物がいた。


「ん~~」

「むぅ~~」

 静かな早朝の時間に不満を表した声が聞こえる。

「母さんもニーナも、そんなに不満がることはないだろ?」

 俺は目の前で年甲斐もなく頬を膨らませている母さんと、隣で俺の手を握って同じく頬を膨らませているニーナを見る。

 たった一晩しか経っていないが、二人ともこの一晩でかなり仲良くなった。それはもう激変ぶりだ。

 最初は母さんに軽く怯えていたニーナは、今では自分から母さんに抱き着きに行くし、母さんは母さんでニーナを本当の娘のように可愛がっていた。

 本当はもう少しゆっくりして行きたかったのだが、俺にも予定がある。

 理由を二人に話して今日出発することは伝えてある。

 だがこの二人が予想以上に仲良くなってしまい、離れたくないと言い出したのだ。それならここにいろとニーナに行ったが、二―ナは俺に付いて行きたいらしく、悩みに悩んだ末に付いて来ることになった。

 だったらそんなに不満な顔をしないでほしい。

「ニーナちゃん。いつでも帰って来ていいのよ。ここはもうあなたの家だからね」

「お義母さん・・・」

 どこかのドラマ的な展開を繰り広げる二人。

 俺はそんな二人をいったん置いておいて父さんの元へ近寄る。

「父さん、昨日はありがとう。おかげでいろいろとしなくちゃならない事が見つかった」

「そうか。それならいい。それとだ、これを渡しておく」

 そう言って俺に分厚い紙の束で作ったお手製感抜群の本を渡してくる。

「これは?」

 表紙には何の文字も書かれていないその本を手に取って、ページを捲る。

「昨日話した事について詳しく書かれている。簡単に言えば調査結果報告書だ。他にもいろいろと書いてある。」

 確かにそこには『調査結果報告書』と書かれていた。

 どうやら昨日聞いたことよりもさらに事細かく記載されているらしく、一つ一つの報告事項のページ数が多い。この休みの間に読み切れるだろうか?

 まあ、読み切れなくても夏休みがあるからいいか。


 報告書をカバンに直して未だにじゃれ合っている二人の所へ行き、ニーナを引き剥がす。

「それじゃあ、行って来る」

「行ってきます」

 父さんと母さんに簡単な挨拶をして霊術を発動する。

「ああ、行ってこい」

「二人とも、気を付けてね。村長さんによろしく」

 父さんと母さんの言葉を聞き終え、移動する場所の座標を指定する。

「ポイントθからδへ・・・<ポイントチェンジ>」

 俺とニーナを囲むように白く光る円が描かれ、中心にはθと言う字が浮かび上がる。

 光は次第に強くなり、やがて眼を開けていられなくなるほどになる。あまりの眩しさに目を閉じると、足が地面から離れたような浮遊感が襲って来る。

 ニーナは慌てて俺の手を強く握る。

 だがその浮遊感もすぐに収まり、目を開けるとそこは緑なんかほとんどない岩石地帯だった。


                ◇


 見渡す限り岩、岩、岩。

 微かに草が生えているくらいで、それ以外はごつごつとした岩がそこらへんに転がっていて、地面も全て岩だ。

「お兄ちゃん、ここ・・・どこ?」

 そんな光景を見ての開口一番のニーナの言葉がそれだった。

 いきなり周りが岩だらけの所に来ればそうなるか。

「ここは戀国の北東に位置、この国唯一の火山でもあるバルニア火山の一番北の所だ」

「そんなところになんの用があるの?」

「ちょっと村長に会いに行く」

「村長?」

「行けばわかる。それに・・・ニーナの仲間もいる」

 そう言って、俺の言葉の意味がいまいち理解できていないニーナの手を握って歩きはじめる。こんな所で迷子になんかなったら終わりだからな。何としてでもニーナとはぐれるわけにはいかない。

 それに、俺が行こうとしている所は普通の人では行けない。

 ニーナならまあ・・・運が良ければ行けるかな? ・・・と言った具合だ。

 それ相応の場所にあるため外界との交流なんて一切していない場所だ。しかもたとえ道を教えたとしてもたどり着くことは出来ないだろう。よそ者が近づけば容赦無く飼いならされた霊獣が襲って来る。

 中でも一番たちの悪いのが霊だ。

 悪霊でも怨霊でもない、ごく普通の『霊』だ。

 もともとは霊を鎮め、祓い、必要とあらば排除するための霊術がここ数百年で著しく衰退し、代わりに霊を祓うための霊術ではなく戦争に利用されたり霊獣を殺すためや人を傷つけるための霊術へとなりかわってしまっている。

 そうしたため、今現在霊術を使う人の中で霊を祓う事が出来る人が格段に少なくなってしまっている。

 もともとは『霊』を祓うための『術』だと言うのに。


 霊は特別な存在だ。

 肉体が存在せず、魂だけでこの世に留まっている存在。

 そんなあやふやな存在に、人を傷つけ、霊獣を殺すために変わり果てた霊術しか使えない者が祓えるわけがない。

 そこまで悪い連中でもないんだが・・・歳が歳だからな。面白がって悪戯しているだけだ。

 霊獣ならどうにかなるが、霊に絡まれるとややこしくなる(主にニーナが暴れる)ので早く目的地へと向かう事にした。


 既にかなり近くに移動して来たのでそこまで時間はかからない。

 近くにあった洞窟に入り、一番奥へと進んでいく。

 一本道の洞窟はあまりにも静かだ。なぜなら、ここには夜行性動物はもちろん、霊獣すら一匹たりともいないのだから。

 この洞窟の入り口付近には中に入って来ようとする生き物に『入らないでおこう』と認識させる霊術が掛けられている。では何故俺は入って来ているかと言うと、理由は単純。俺が掛けたからだ。

 他にも罠なんかの霊術や洞窟自体を隠す隠蔽霊術がかけられている。

 この奥にはそうまでして隠しておかないといけない場所があるのだ。

 一般の人にバレれば、そうだな・・・小国なら潰しかねない『連合』の特殊部隊が派遣されるな。間違いなく。

 そしてこの先の場所が火の海と化すだろう。

 別にこの先の場所は戀国に対するテロリストがいるわけでも、Sランク以上の正真正銘の化け物がいるわけでも無い。

 なら、なぜそんなことになると思うかと言うと、この先には戀国の八割の人にとって憎み、怒り、憎悪の念を持つ者たちがいるからだ。その対象は奇しくもニーナのような存在でもある。

 だから念入りにその存在を隠しているのだ。


 十分くらい歩いただろうか。

 洞窟の中は真っ暗ではなく、壁や地面の岩が蒼く発光しているので進行にはなんら問題はない。だがいつまでも先の見えない洞窟を歩いていると迷う筈がないとわかっていても不安になって来る。

 ニーナには大丈夫だと何回も言い聞かせたのだが、それでも怖いらしく今は俺の背中に顔を押し付けながらしがみついている。

 時々水溜りを踏んでピチャン、と音がするたびに背中でニーナが短い悲鳴と共に体をビクつかせるのが伝わって来る。これから先、ここに来るたびにこうなっていてはきついな。

 馴れて貰わないと。

 どうにかならないものかと考えながら歩いていると、洞窟の先に光が見えてきた。どうやらようやく到着のようだ。

 薄暗い視界がだんだんと開け、洞窟を抜けると・・・そこには見渡す限りに緑が広がっていた。洞窟に入る前の岩石地帯は影も形も消え去り、青々とした草木と綺麗に咲き誇る花が見渡せる場所へと来ていた。

「ニーナ、着いたぞ」

「ん? ・・・ほわぁ~」

 俺の背中で丸まっていたニーナは顔を上げて目の前に広がる光景を見て感嘆の声を上げる。

 岩しかない岩石地帯の洞窟を抜けると緑が広がっていれば誰でも驚く。

「お兄ちゃん、この場所はいったい・・・?」

「さっきも言ったがバルニア火山だ。と言っても、ここはその火山の穴の中みたいな場所だ。後ろを見てみろ」

 そう言って振り返ってみれば、後ろには切り立った険しい崖がそびえ立っていた。目測で一キロ以上はありそうな壁だ。その壁がグルンと一周してここを覆っている。

 広さ的にはそこそこの大きさの村が二つか三つ入るくらいの大きさだがここには小さな村が一つあるだけだ。

「正式な名前はないが、誰が言いだしたかは知らないがここにいる皆はここのことを『エデンの里』と呼んでる」

「エデンの里・・・?」

「理想郷的な意味だ」

 ニーナの質問に答えながら歩き出す。ニーナを下ろしても良かったのだが、下りる気配がなかったので負ぶったまま歩き出す。

 少しの間歩くと目前に川が見えてくる。

 その川の橋を渡った辺りからぽつぽつと民家が見えてきた。昔ながらの丸太を積んだだけの家だが、ここの光景と合わさってなんら違和感がない。

「ねえねえ、お兄ちゃん。ここにはどんな人たちが住んでるの? こんな所に住むくらいだからやっぱり普通の人とは違うの?」

「そうだな、ここに住んでるのは・・・」


「ワシらみたいな奴じゃよ」


 俺の言葉を遮って誰かの声が聞こえる。

「ん?」

「え?」

 その声の方に振り返ると・・・、

「お化けじゃぞ~っ!」

 と、どこかの子供が言いそうな事を楽しそうに言いながら、一人の爺さんが両手を胸の所まで上げ、手首から先をだらんとさせながら鬼気迫る顔で立っていた。

「ひっ・・・っ」

 年齢は六十から七十。顔の至る所には皺があり、まるで幽霊みたいに顔色が悪い。

 と言うか、まるでどころかこの爺さんは幽霊そのものだ。体は殆ど半透明で透けている。誰がどう見ても幽霊だ。

「何が『お化けじゃぞ』、だ。いきなり現れるな、爺さん」

 未だに『お化けじゃぞ』の体勢から動こうとしない爺さんの頭に軽いチョップを叩き込む。

 すると爺さんは「アイタッ」と言ってようやく動いた。

 子供たちに好かれると言うよりは率先して自分から子供たちと遊びそうな幽霊の爺さんが頭を擦る。

 その顔はチョップを食らったにも関わらず楽しそうだった。

「いいじゃないか、小僧。年寄りのサプライズじゃ。それに、ほれ。その子は驚いてくれたぞ」

「あぁ?」

 爺さんの指さす方に顔を向けると、現在進行形で俺の背中で起こっている事態に気が付いた。

「っ、うっ・・・あぅ・・・ひっ」

 あ・・・やべ。

 背中でニーナが物凄く涙目になりながら口をパクパクさせていた。

 あまりにもこの爺さんの登場のしかたが衝撃だったらしく、『シフト』も解けて耳と尻尾が見えていた。しかも毛がビンビンに逆立ち、刺さるんじゃないかと思えてくるほどだ。

「い、いや・・・っ」

「っ!」

 今にも爆発し出しそうなニーナの両脇を持ち、膝を曲げて丸くなるニーナを爺さんの正面に向ける。

 俺の行動の意味が分かっていない爺さんはその場から動こうともせず、先ほどから爺さんの後ろで殺気を放っていたもう一体の幽霊とニーナからの同時攻撃を受けた。

「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

―――ドォンッ!

「ヘブッ」

 ティウナ直伝であろう強烈な『ソニックボイス』が爺さんを正面から襲い、

―――ドスッ

「オボァッ」

 後ろからは爺さんの股目掛けて何か棒のようなものが跳ね上がる。

 それは見事に爺さんの『大事な部分』に炸裂し、爺さんは白目になりながら体を真っ二つに折り曲げ、顔を地面に当てながら蹲る。

「ほら、ニーナ。落ち着け。もう怖いのはいなくなったぞ」

「っぐ、んっ・・・ヒック・・・・っ」

 泣いてしまったニーナを正面から抱いて背中を擦る。

 ニーナを宥めていると、爺さんの屍を踏みながら(正確には死んではいない)今度は婆さんの幽霊が近づいて来た。

「悪いね、桜華や。爺さんが迷惑を掛けたみたいで」

「気にすんな、婆さん。その爺さんが悪いだけだ」

 目の前で蹲った爺さんの背に乗ってこちらを見る婆さん。

 歳は爺さんと変わらないくらい。爺さんよりは小柄だがニーナよりは背が高く、孫に好かれそうな雰囲気の婆さんが笑顔で立っていた。

 この二人はこの里創設時からいる二人で、何かと世話になったりしたりしている。

「村長のところには御爺さんに行ってもらうよ。ほれ、御爺さん。いつまでも蹲っていないでさっさと村長の所に桜華が来たって伝えてきな」

「ば、婆さんや・・・少し待ってくれな―――アブッ」

 婆さんは蹲る爺さんに無理やり村長の所へ行かそうと爺さんの尻を蹴りまくる。ニーナには見せられない光景だったので見えないようにする。

 蹴られ続けた爺さんはとうとう諦めたのか、前かがみになりながらトボトボと里の中へと入って行く。

「それじゃあ、行こうか」

 そう言った婆さんの後を付いて行く。

 そもそも目的地は知っているので付いて行く意味はないのだが、いつもの事なので気にしない。

 橋を渡りいよいよ里の中に入ると、橋を渡るまで感じ取ることが出来なかったが結構な人数の気配を感じた。その気配は大きく二つに分かれる。

 確定した気配とあやふやな気配。

 それらは人であり半妖であり、霊である。

 広場では子供たちが仲良く遊んでいるし、洗濯物をしている人や店をしている人、または半妖に霊がいた。

 そう、ここは人と半妖、霊、そして中には妖怪とが共存する場所なのだ。


 今のこの世界には霊を頭ごなしに悪いと決めつけている人が圧倒的に多い。ほとんどの人が霊を全て悪いと決めつけ否定する。そんな世界でここのような場所が外界に存在するか。

 答えは否である。

 そんな場所、どこを探してもここ以外存在しない。なぜならここは『創られた場所』だからだ。

 この里の村長と俺が創った里。

 人と半妖、さらには霊に妖怪がお互いを憎しみ合うことも無く、助け合い、励まし合う場所。まさしく理想郷。故に『エデンの里』。

 俺が今まで助けていた霊や妖怪達をこの場所に連れて来ていたのだ。

 外の世界において皆には居場所がない。だからこの場所を創った。皆が生きていける場所を。

 だって理不尽じゃないか?

 霊だから、半妖だから、妖怪だから、それらを人間と扱っているから。たかがそれだけの理由で周りから蔑視され、憎しみの目で見られ、まるで汚らわしい物の如く扱われるのが。

 彼らだって生きている。

 確かに霊には肉体がない。だが魂はある。肉体と魂が揃っていなければ生きてはいけないのか? 彼らはもと自分たちと同じ人間だぞ? なにがいけない。

 妖怪だってそうだ。

 妖怪が生まれる理由はなんだ? 自分たち人間の悪しき心が生んだ産物だぞ? それを何故否定する。彼らだって好きで妖怪になった訳ではない。ちゃんとした理由がある。

 彼らには自我がある。心がある。生きたいと思う意志がある。

 それを理解しようともせずに否定するのは許せなかった。故に俺は行動した。霊を助け、妖怪を護った。反抗してきた人間の賊や『連合』の聖教徒どもを殺したこともある。おかげで正体不明の霊信教派として手配されてしまった。


 そうしてこの場所が出来た。

 数はそんなに多くはないがそれなりに集まった。

 中にはここで生まれた子供も結構いる。外は怖いと言う事しか知らない。だが今はそれでいい。もっと詳しく知れば取り返しのつかない事になるかもしれない。

 俺はこの場所が新たな時代の始まりの場所になると信じている。

 人と霊が共存できる世界。

 それが実現する日はかなり遠い。でも来ないとは限らない。だから俺はここを護り、これからも霊を助ける。

 それは昔、ある霊と約束したこと。


『人と霊が共存できる世界を一緒に創ろう』


 既に『一緒に』と言う事は敵わなくなったが、俺はこの約束を絶対に果たす。護りたい人が、大切な人が目の前でいなくなるなんてことはもう嫌だし、それを誰かが感じるのも嫌だ。

 絶対に成し遂げて見せる。

 俺は自分たちの手で創りあげた場所を見つめながら、この時もう一度心にその思いを刻み込んだ。


遅くなってしまいすみませんでした

次話は出来れば近々更新したいと思います




なんだか最近自分で書いてて思ったんですが、

結構恥ずかしいことを書いているような気がするんですよね

気のせいでしょうか・・・?

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