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第四十話「それぞれの休日」

 向かったと言っても、ニーナの部屋の隣の隣だ。

 一口で隣の隣と言っても、その距離が二十mくらいある。どれだけ広いんだよ、まったく。

 自分の家に若干文句を言いながら自分の部屋の前まで行く。扉には横に広い楕円形のプレートに『桜華』と書いていて、周りに桜の花びらが描かれたネームプレートが掛けられている。

 いったい誰だよ、こんなネームプレートにしたのは・・・あ、俺か。

 これを作った時の事を思い出しながらニーナがいる部屋と俺の部屋の間にある部屋の扉にも掛けられているネームプレートを見る。少し距離があるのではっきりとは見えないが、俺のと同じく桜の花びら―――もとい、桜の木が描かれたプレートが見える。

 今は使われてない部屋。そして、これからも使われないであろう部屋。

 その部屋を少しの間だけ見つめた後、俺はカバンから部屋の鍵を取り出し、鍵を開けて中に入った。


 部屋の造りはニーナの部屋と何ら変わらない。

 畳のしかれた部屋に、中央には脚の低いテーブル。窓際には冬を越す用の石の入れ物を木で囲った物が置かれており、向かい合う様に椅子が置かれている。暖房や冷房と言った空調を管理する霊石は設置されていないが、映像霊石や照明霊石なんかは設置されている。

 その他には部屋の隅に置かれた勉強用の机に、その横、窓際に隣接するように置かれているベッド。

 壁一面に設置された本棚。その中に納められている本。

 あとはクローゼットに空っぽの四角い箱。

 ニーナの部屋よりは家具が一通り揃っているこの部屋が、俺が六歳の頃まで住んでいた部屋で、向うで療養しながらも時々帰って来ていた場所だ。


 部屋に入り、全体を見渡す。

 しばらく使っていなかったと言うのに埃が全く見当たらない。どうやら母さんが掃除してくれたらしい。

 ベッドの上に荷物を置き、中から父さんと母さんに渡す物を取り出す。

 今はこれ以上この部屋ですることはないから早々に部屋を出る。出る途中で机の上の写真立ての裏に張り付いていた鍵を取った。


 部屋を出てニーナの所には向かわず、隣の部屋―――今は使われてない部屋の前で止まり、先ほど取って来た鍵を使って扉を開け、『ユエラ』と書かれたプレートが掛けられた部屋に入った。

 この家の部屋の造りはどれも同じだが、家具の位置や種類までは流石にそれぞれ違う。

 だが、俺が入った部屋は先ほどまでいた俺の部屋と何ら変わらない光景だった。

 部屋の中央にある脚の短いテーブル。机の位置にベッドの位置。流石に本の種類までは違ったが、壁一面を覆う本棚。空っぽの四角い箱。

 まったく同じ部屋がそこにあった。

 部屋の中央へとゆっくり足を進め、全体を見渡す。

 この部屋も埃や塵一つない。十年も前から使われていないと言うのに、どうやら母さんはこの部屋も掃除していたらしい。もう帰って来るかもわからない、生きているのかもわからないのに・・・母さんは待ち続けているのか。

 無意味な事は、母さんもわかっているはずだ。けれどもその『もし』の可能性を望んでいるのだろう。

 我が母ながら考える事は同じ・・・と言う事か。

 俺の場合は、もう殆ど諦めかけているが。

 そんなことを考えながら、机の上にある写真立てを手に取る。そこには、桜が満開に咲き誇っている木の前で父さんと、母さんと、俺と・・・そしてユエラがそれぞれ二人ずつ並んで映っていた。

 霊であるユエラは普通なら写真には写らない。

 この写真はユエラと会ってから一年後に撮った写真だ。この頃にようやくユエラが霊力なしで物に触れることが出来た。

 霊がこの世のものに干渉するには霊力が必要だ。

 その霊力が必要なくなったと言う事は、肉体が構成され始めた証だと父さんが言っていた。

 正直霊を見ることが出来た俺と父さんにはそんな事まったく気づかなかったが、霊が見えない母さんが、ある日突然ユエラの姿をはっきりと認識したことからその事実に気が付いた。

 その記念にと家族四人で写真を撮ったのだ。

 あの時の母さんとユエラの嬉しそうな顔は見ているこっちまで幸せになった。

 写真を眺めているとニーナとメイドがやって来た。

「お兄ちゃん、そろそろ行こう」

「ああ」

 写真を元あった位置に戻して父さんと母さんが待つ部屋へと向かった。


                ◇


 一階に下りて奥の方へとメイドに案内される。

 別に家の間取りを忘れたわけでもない。ただメイドが俺達を父さんたちの下に送り届けるように命令されているので、俺達はそれに付いて行っているだけだ。

 やがて目的の場所へと到達する。どうやら父さんたちは食堂で待っているようだ。

 時間的に昼過ぎ。と言う事は昼飯の用意をして待っていたと言う事か。

 ここに来てから30分ほど経っている。痺れを切らしてないといいんだが。

「旦那様、桜華様をお連れしました」

 そう言ってメイドは返事を待たずに扉を開け、中に入らずに横に待機する。

 それを見て俺は先に中に入り、

「ただいま、父さん、母さん」

 椅子に座って待っていた二人へと挨拶をした。

 その挨拶に、

「んん、おかえり」

 と、屈強な肉体で四十代後半にも見えなくはない容姿だが、実年齢は三十代後半と言うまったく外見からは見えない真実を持った俺の父さんこと天ヶ咲 隆二は首を縦に動かしながら素っ気なく答え、

「おかえりなさい、桜華。待ってたわよ」

 と、黒色長髪を後ろで軽く結い、こちらは三十代半ばのはずだが、若者が着るような私服を着て街中にいれば若者がナンパしに掛かりそうなほど若く、大学生でも十分通るんじゃないかと思わせる容姿。加えて物腰柔らかな微笑みを持った俺の母さんこと天ヶ咲 静奈は両手を合わせ、満面の笑顔で迎えてくれた。

 二人の迎えを受けた後、俺に続いて入って来たニーナに母さんはいち早く気が付いた。

「あら、あらあら。桜華、この可愛い子はいったいどうしたの?」

 母さんが父さんの隣から離れてこちらに近づいて来る。母さんが言ったことで父さんもようやくニーナの存在に気が付く。

「ああ、ニーナって言うんだ」

「は、初めまして。ニーナと言います」

 そう言って深々と頭を下げるニーナ。

 その様子はどこかテンパっているようにも見えた。

「初めまして、ニーナちゃん。私は、桜華の母の、天ヶ咲 静奈よ」

 母さんはニーナの前で屈んで目線を同じにする。

「アトラントで襲われていたところを助けて向うで一緒に暮らしてたんだ。それと、言っておくけどニーナは猫又の妖怪と人との間に出来た半妖だから」

「まあ、そうなの。それじゃあニーナちゃん。猫又の半妖と言う事は当然耳と尻尾があるわよね。見せてくれないかしら」

 さすが母さん。いきなりそこに突っ込むか。

 これをわざとやっているのなら反抗のしようもあるが、まったくの無自覚だ。

 母さんはいわゆる『天然』と言う奴だ。しかもその頭に超がつくほどド天然だ。これに母さんの笑顔が混じると大抵の男は惑わされ、断ることが出来なくなる。

 このことは我が身を持って知っており、俺以上に身に染みている人物がいる。


 ニーナは鈍く頷きながら目を瞑る。すると、ニーナを包んでいた霊力が薄れて行き、髪の色と同じ銀色の毛が生えた耳と尻尾が現れる。

 母さんはそれをそっと手で触る。

「ひゃっ、あ・・・ひぅっ」

 触られてこそばゆいのか、ニーナは体をビクビクと震わせる。

「まあ、この肌触り・・・最高!」

「へ? ・・・きゃっ」

 うっとりとした母さんの声が急に大きくなったかと思うと、いきなりニーナに抱き着き、ぬいぐるみよろしくの勢いでニーナを撫で始めた。

 それはまるで生まれたての我が子を撫でまわす母親のようであった。

 また始まった。

 俺はそう心の中で呟きながら母さんの餌食になっているニーナの下を離れ、父さんの所へと行く。

 父さんは呑気にお茶を飲んでいた。

「・・・止めようとは思はないわけ?」

「なにをだ」

 すでに諦めてますよオーラを出しながら父さんは肩を竦める。

 まあ、母さんの可愛いもの好きは今に始まったことではない。リルを連れて来た時もユエラを見た時もその可愛がりぶりは凄かった。

 一時期リルとユエラが母さんの着せ替え人形と化していた事がある。

 ちなみに俺は幼少期にすでに味わっているので、着せ替え人形と化した二人を傍から眺めていた。

「それにしても、また連れて来たのか。あの子もあの里に置いて行く気か?」

 父さんはニーナを見ながらそう言う。

「いや、そんな気はない。と言うか、俺は置いて行ってない。皆があそこにいたいと言うからいていいと言っただけだ」

 父さんの含みのある言い方に答えながら未だにニーナを撫でまわす母さんを見る。

 変わらないな、この二人は。

 父さんと母さんの容姿は俺の幼い記憶のまんまだ。少しは歳を取ってもいいはずなのだが二人からはそんなものは影も形も見えない。いったいこの二人はどうなっているのだろうか。

「お、お兄ちゃ~ん。助けて~」

 いつまでもこのままでは先に進まないので、母さんの餌食になっているニーナを助け、母さんを正気に戻すために二人の所へ向かった。


               ◇


 ニーナを弄りまくる母さんをどうにか宥め、俺達は用意されていた昼飯を食べた。

 無口な父さんは放って置いて、食事中は俺も母さんもニーナも口は物を食べることよりも話すことに専念していた。

 二か月も合っていないが、それなりに会話が弾んだ。

 最初はニーナのことについて話が出た。

 俺はニーナと知り合った経緯とそれからの生活をニーナの的確な修正を受けながら二人に話し、その後は学校の事について話が出た。

 どうやら二人は期末試験を学校に来ていたわけではないが映像霊石を使ってリアルタイムで見ていたらしい。なんでも、母さんが今回の試験はいろいろとあるかもよ、みたいなことを言い出したのが原因のようだ。

 結果は言わずもがな。

 普段最低限の戦闘しかしない俺とオルスレッドがペア戦で全勝をはたし、天蘭院の試合ではアクシデントが発生し、天上院と天城臣先輩の試合では物凄く希少なものが三つも見れたのだ。

 これで満足いかない者はそういまい。

 実際に父さんは良い研究材料が手に入ったと言っていた。

 ついでに黒堂寺のアクシデントの件は父さんに任せた。と言うより、既に依頼が来ているらしかった。


 昼食を食べ終わった後はニーナが父さんと母さんに持って来ていたお土産を渡し、そのまま母さんはニーナを連れてどこかへ行ってしまった。

 俺は父さんに呼ばれて書斎へと向かった。こちらも用事があったのでいい機会だと思い、書斎へと向かった。


                ◇


 同日昼過ぎ。

 戀国には至る所に山があり、さらにはいくつかの山が連なって山岳地帯と化している所もある。そんな中、北東にはこの国で唯一の火山がある。

 火山の名は『バルニア火山』

 武器や武具、さらにはタクティカルアーツなどの素材となる鉱石が豊富なこの火山は、標高4,000m。火山と言っても円錐型ではなく、三角柱を横にしたような形で、戀国の国境をなぞるように南東から北西に掛けて伸びている。

 山頂付近には至る所にマグマが堪っていたり、霊獣やら怨霊に悪霊のオンパレードなのでAランクの危険区域に設定されている。訪れた人の大半が遭難や崖から落ちて死んだりするので、迷いの森に次いで霊の目撃情報が多い。

 また、この山の麓と頂上には良質の温泉が湧き出ていて、温泉スポットとしても有名だ。


 そんな山の山頂を、南東に向かって歩く人影が二つあった。

 一人はアトラントにあるエクソシスト教育第一高校の蓮桜学園の制服である朱色のコートを着て、金髪金眼で男にしては長い髪を後ろで結い、背中には二m級の巨剣を背負ったオルスレッド=J・S=ヴェル。

 その先を歩いているもう一人は、黒髪の長身長髪。顔立ちは凛々しいと言うよりも厳しいと言うイメージを強く受ける女性だ。その女性はオルスレッドが巨剣を背負い足場の悪い道を走っているのに対して、こちらは何も持っていなかった。

 オルスレッドは決して筋力などが弱いわけではない。むしろ同年代と比べるとかなり強い。

 にも関わらずオルスレッドが『走る』速さよりも女性が『歩く』速さの方が速かった。

「師匠~。待ってくださいよ~」

 オルスレッドは情けない声を出しながら目の前を歩く女性―――もとい自分の師匠へと呼びかける。

 女性は立ち止まり、振り返って自分の弟子であるオルスレッドの方を向く。

「遅い! まったくお前は何をやっているんだ。さっさと走れ」

 容赦のない言葉が放たれる。

「無茶言わないでくださいよ。こっちは師匠に重力増大の霊術を掛けられてるんですよ?」

 オルスレッドはそう言いつつも十mは離れている岩へと跳躍する。

「怠けていた罰だ」

 自分の弟子にペナルティを与えているのに何の情も掛けずに歩き出す。

 その歩行は一歩で十m以上進んでいる。それは歩きとは到底思えないが、良く見ると女性の足は地面に付いておらず、足は歩くと言う動作をしているだけで、実際は地面ぎりぎりを滑る様に移動しているのだ。

 傍から見れば歩いているのに滑っているので奇妙な光景に見える。

「早くしないと、またあの女に逃げられるぞ」

「そもそも、こんな所に本当にいるんですか?」

「・・・・・・」

 オルスレッドは無言で歩く師匠を追って再び走り出した。


                ◇


 同日夕方。

―――キィィン・・・カキィン、キィン・・・

 アトラントにある天蘭院家の道場では金属同士のぶつかる甲高い音が響く。

 響く金属音はもちろん剣による音。それを打ち合っているのは、真っ白な布に紅いラインの入ったここの道場着を着た天蘭院 綾香と、赤紫色の巫女服を着た天蘭院に物凄く似ている女性だ。

 天蘭院の方は愛用のタクティカルアーツを模した刃がない模擬剣で、対する巫女服の女性は刃渡り三十㎝ほどの短刀だ。

 傍から見れば得物的に有利なのは天蘭院だ。

 しかし、先ほどから天蘭院は相手の攻撃を避けるのと裁くのに必死で、まったく攻撃出来ていない。

 短刀の突きや斬り払い、斬り上げに斬り下げ。それらを天蘭院は息を荒げながらどうにか避ける。しかし、それも限界になり、相手に回避不可能なまでの距離に詰め寄られ、そのまま仰向けに倒されてしまう。

「あっ・・・う!」

 倒された天蘭院は胸を大きく上下させながら息をする。

 その様子を、相手をしていた女性はただ無言で見つめている。彼女は天蘭院が息を荒げているのに対して汗一つかいていなかった。

 しばらく経つと天蘭院の呼吸が穏やかになり、再び立ち上がって模擬剣を構える。

「もう一度、もう一度お願い・・・お母さん!」

 お母さん。

 そう呼ばれた『天蘭院 志恵那』は手に持っていた短刀を構えなおす。

「疲れているからと言って、手加減はしませんよ・・・綾香」

「お願いします!」

 天蘭院 志恵那の言葉に、天蘭院は声を上げて答え、先に仕掛けた。


                ◇


 こうした三者三様のテスト休み二日目を皆それぞれ平穏に過ごしていた。

 だが、彼ら彼女らはまだ知らない。

 その平穏に着々と終わりが近づいていることに。


遅くなりましたが、

更新しました


<十月二十二日>

すみませんでした

バルニア火山の標高を間違えて「0」を一つ付け忘れていました

他にも訂正しました

真に申し訳ありませんでした

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