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第三十九話「帰館」

 階段を上がりきると、目の前には豪邸と言って差し支えない豪華な家があった。

 五階建の建物に、レンガやコンクリートを組み合わせて建てられた豪邸。壁の色は柱が黒でそれ以外がレンガ特有の赤色。窓はどこも曇りがないほどに磨かれているようで、太陽の光を眩しく反射している。

 ニーナは目の前の家がアクティナにある家よりも豪華なことに驚いているようだ。

 あの家も世間一般からすれば豪華な部類に入るのだが、これは別格だ。

 俺達が出てきたところは中庭に二つある円柱状の塔の一つで、塔から家までの距離はおよそ100mで、そこには隅々まで手入れのされた花や草木に、掃除の行き届いた噴水とちょっとした遊具がある。

 中心にある噴水を境にして左右対称に作られているここは、間違いなく天ヶ咲邸だ。

 ニーナは楽しそうにはしゃぎながら花や蝶を追いかけていた。

 ここは、相変わらず変わらない。子供の時からこのままだ。微妙に草木の伸びや色合いが変わっているが、そんな事は気にしないし気にならない。

 昔は一人で遊ぶのが退屈だったけど、ユエラと会ってからはそんな事はなくなった。

 いつも傍にユエラがいた。リルがいた。その頃から退屈と言う言葉が嘘のように思えた。笑って、泣いて、怒って・・・幸せな時間だった。黙って空を眺めていた時もあったが、退屈だとは思わなかった。いつまでもこうしていたいとさえ思えた。

「お兄ちゃん」

 さっきまで無邪気にはしゃいでいたニーナが心配そうな顔で服を引っ張っていた。

「泣いてるの?」

「・・・え?」

 その言葉に、俺の目から生暖かい物が垂れているのに気が付いた。

 それを指ですくい取り、舐めて見ると少しショッパかった。この味は・・・そう、涙だ。俺は泣いていたのか?

 自分でもいつの間に涙が出ていたのか分からなかった。

 そもそも、涙を最後に流したのは七年も前の事だ。ユエラがいなくなってからはそれはもう酷いくらいに泣いたもんだ。あの時に一生分の涙を流しきったと思っていたんだが、どうやらまだ少し残っていたらしい。

 心配そうに俺を見つめているニーナの頭をワシワシと撫でて、笑顔で答える。

「泣いてないさ。それより、中に入るか。父さんと母さんが待ってる」

「うん♪」

 心配ないと安心したのか、ニーナは語尾を弾ませながら純白のスカートをたなびかせながら入口の方へと掛けて行った。


 玄関へと到着したニーナは、扉の大きさに呆然としていた。

 縦三メートル、横幅二メートルはある木製の大きな扉が二つ並んでいる。取っ手は何故かライオンの頭部の形をしていて、丸い輪っかを口に加えている。

 目を点にしているニーナの後ろからその輪っかに手を伸ばし、コンコンッと二回扉に打ち付ける。殆ど待たないうちに扉がギギィー・・・っと鈍い音を立てて開かれた。

 そこには、黒と白の布地でエプロンやカチューシャを付けた、いわゆる『メイド』なる人が立っていた。肌の色は真っ白で華奢なその腕でどうやってこの大きな扉を開けたのか気になるらしく、ニーナはそのメイドを凝視していた。

 出てきたメイドと目が会う。

「おかえりなさいませ、桜華様。時間どおりでしたね」

 メイドはそう言って三つ編みにした薄紫色の髪を垂らしながら頭を下げる。その顔は無表情だ。

 そして、頭を上げた時に俺の前で未だにメイドを凝視しているニーナに視線を送った。

「この方はどちら様ですか?」

「ああ、ニーナと言ってな。いろいろあって今は向うで一緒に暮らしてる。悪いがニーナも登録しておいてくれないか?」

「畏まりました」

 そう言ってメイドは逆にニーナの目を凝視し、次に人差し指と中指をくっつけてニーナの首筋と手首に指を宛がう。

 一分くらいしてからようやく立ち上がり、無表情のまましばし立ったままで動かなくなった。

「この人、どこか具合でも悪いの? お兄ちゃん」

「いや、そんなことはないぞ。今はお前を登録してもらっているんだ」

 俺の言葉が分からなかったのか、ニーナはもう一度不思議そうにメイドを見つめる。

 先ほどまで微動だにしなかったメイドは登録が終わったのかようやく動き出した。

「登録完了しました。それではこちらへどうぞ」

 メイドの案内にそって家の中へと入って行く。


 一階は広場のような造りになっていて、天井をくり抜いて一階と二階の一部が一つの空間へとなっている。パーティーでも開けそうなほど広く、扉とは反対側の方に二階へ通じる階段が左右に二つずつあり、途中で合流してそこからまた左右に分かれている。

 俺達はその階段を上っていく。

 ニーナは初めて見る物ばかりで右を見たり左を見たりと忙しなく首を動かしている。しまいに首が疲れるぞ。

 右と左の階段が合流している所まで来ると、入り口からでも見えたとても大きな絵の前を通る。その壁には目の前で見るとさらにどれだけデカいんだと言いたいくらいの絵が飾られている。

 しかも何だこの絵は? 以前来た時にはこんな絵ではなかったぞ? 前は全体的に絵が薄暗く、白い服のような布を着た男が、汚くなった体と服を川で洗っているけったいな絵だったはずだ。

 さらにその前は確か、その男が化物から逃げている絵だったか?

 あれもあれでけったいな絵だったが、今回のはなんだ?

 中央やや下に三人の絵が描かれている。

 その後ろには、これは・・・太陽と月か? 左には赤く光り輝く丸い球体に、右ではその光を浴びて白く光っている同じく丸い球体。赤い球体の反対側は暗いので、この二つは太陽と月で間違いないだろう。それで、その下に広がっているのは・・・これは海か?

 青く広がり波打つように凸凹した表面に、泡立つ波。間違いない、これは海だ。

 何故太陽と月と海が一緒に描かれているんだ?

 それに、この中央に描かれている三人。右には黒髪に碧い瞳で、美少年とも美少女とも見て取れる年若い人物―――多分、俺とそう歳は変わらないか一つ年上くらいだ―――が真っ黒い服を着て描かれており、真ん中には金髪に長髪でこれまた碧い瞳の男性が紅色の仕立ての良い服を着て、背中に大剣を背負って立っている。

 碧い瞳は珍しいな。

 この世界の人の瞳の色は基本的に黒か金色だ。

 稀に水色などの人もいるが、黒と金以外の目を持つほとんどの者が特別な力や理由がある。そう、例えば真紅の瞳の少女とか・・・。

 三人目の絵を見た時、俺の足は自然に止まった。いや、その絵に止められてと言うべきか。

 蒼白色の巫女装束に、腰には日本刀を二本。藍色の髪に碧い瞳をした女性の絵を見た瞬間に俺の足は歩くことを止め、その絵に釘付けになった。

 神秘的なクールさを持ち、加えてどこか心優しそうで安堵感が得られるその美貌にどこか見覚えがあった。

 どこだ、どこで見た。

 次第に鼓動が速くなっていく。

 必死に記憶を探るが思い出せない。気のせいか頭痛までしてきた。

 あまりにも頭痛が酷くなって来たので考えることを止めて頭を押さえていると、ニーナとメイドが立ち止まって俺の事を呼んでいた。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「桜華様、体調がすぐれないようですが」

「あ、ああ・・・大丈夫だ」

 頭痛をなんとか誤魔化して二人の下へと歩き出す。

 あの絵の事を考えずにいると、いつの間にか頭痛は嘘のように消え去っていた。


                ◇


 メイドに連れられて二階にあがり廊下の奥の方へと進んでいく。

 一階には食堂や調理場に風呂場、研究室やちょっとした娯楽施設があり、基本的には大勢で賑わう場所などになっている。二階と三階は客室と仕事部屋。四階は壁や部屋をくり抜いて大きな研究施設と化している。五階は殆どが倉庫だ。

 その二階の廊下を奥まで行き、そこにあった扉を開けて渡り廊下へと出る。

 下は池になっており、俺達は池に掛けられた渡り廊下を歩いていた。俺達がさっきまでいたのは新館の方で、お客用に建てられた建物だ。

 この家の持ち主一家が住んでいる本館はこの廊下を渡った先にある池―――と言うよりも湖と表現した方がいい大きさだ―――の中央にある離れ小島のような所に建てられている。しかも新館みたいにレンガ造りではなく木造だ。

 この家には暖房や冷房機能に霊石を一切使用しておらず、襖と言うらしい木の骨組みの両面に紙や布を張っただけの、長方形のスライド式の扉やドアを開ければ家の造り上風が入って来て涼しいし、扉を閉めて各部屋で石の入れ物の中で炭に火をつけるかすれば冬は越せる。


 戀国には一応四季節ある。

 夏と冬の気温の差がおかしいくらいあるけれど、春と秋は心地いい暖かさだ。町の人に訊けば十中八九春か秋が好きなはずだ。

 なんせ夏は水不足になるのではないかと思える程暑いし、冬は家の一階部分は優に積もる。

 だが、戀国は地下水が豊富なので水不足になることはない。

 冬に降った雪が夏になるにつれて溶けて地面に沁み込み、地下水路まで行くまでに飲み水として大丈夫なまでに綺麗なる。

 昔から大雪が降ってはその分の水分が地下に流れているので、水不足にならないのだ。

 雪が積もり過ぎて冬の間は商売も仕事も出来ないと言うのが難点だが。


 全長200m程はある本館へと続く廊下を歩き、新館程ではないがそれなりに大きい扉をメイドは片手で開ける。

 その様子をニーナはまたしても目を点にしながら見ていた。

 ん~。

 どうやらニーナは、メイドがこれほど大きな扉を片手でいとも簡単に開けているのに困惑しきっているようだ。これは早く教えてやらないと教育上あまり良くない事を覚えそうな予感がする。

「ニーナ、さっきからそんなに驚いてどうした?」

「・・・逆に訊きたいです。お兄ちゃんは驚かないんですか? あのメイドさんが、片手であんなに大きな扉を開けたのを。人間の女の人って、見た目の割に力持ちなんですね」

 っと、ニーナが感心するような目でメイドを見ている。口調が丁寧になるほど驚いている。

 ニーナの視線に気が付いたのか、メイドが振り向いて首を傾げる。それにしても・・・よく精巧に作られてるな。

 もはやどこから見ても人間にしか見えない程だ。

「ニーナ。あのメイドはな、人じゃないんだ」

「人じゃ・・・ない?」

「な、そうだろ?」

 俺達の前で立ち止まってこちらを見ているメイドに話しかける。

 するとメイドは、一歩前に出て来て答える。

「はい。私は人ではございません。私は桜華様のお父様であり、旦那様である隆二様によって作られた人型人形――― Person Type Doll その頭文字を取って<PTD―形式七型>でございます」

 人形とは思えない動きの滑らかさで丁寧に頭を下げるメイド―――もとい PTD―形式七型。

 一つ一つの動作に声の滑らかさは人と見分けがつかないが、新館の家の扉を開けてくれた時から表情が一切変化していないのに気づけば納得できる。

 気づかなければ人だと思ったままだ。さすがは父さん・・・とんでもない物を作りやがった。

 でも・・・七型か。

「形式七型・・・か。以前・・・二か月前に来た時は確かまだ五型じゃなかったか?」

 俺は少し疑問に思ったことを七型に訊く。

「はい。二か月前までは五型だったと旦那様から聞き及んでおります」

「二か月でタイプが二つも変わるなんて、いくらなんでも早すぎないか?」

 そう、いくらなんでもタイプが変わるのが―――言い方を変えればタイプを変える程の研究成果が出るのが早すぎる。一つ変わるだけならまだわかるが二つはどう考えてもおかしいだろ。

 何かあったのか。

 俺のその考えはどうやら当たっていたようだ。

「はい。形式五型も六型も問題が発生したため急遽作り直し、先週私達である七型が完成しました」

「問題? 父さんにしては珍しいな」

 あの父さんが問題のある人型人形を世に出すはずがない。

 なんせこの人型人形は本来、身体の不自由な老人や障害者の方々の介護兼世話をするためにと考えられて作られ始めた人形だ。少しの問題でもそれがその人たちにとって大きな問題になりかねないかもしれないと言うのに、問題を抱えた人形を売るだろうか。

 六型は知らないが五型は世に出たはずだ。

 と言う事は、それで問題が出たと言う事か。

「五型に関しては、四型の改善にと機能を増やした結果、セキュリティが少し薄くなってしまい、プログラムハッカーの方が不当な霊術プログラムを追加してそのプログラムが問題解決の緊急回避プログラムと合わさり、暴走したとのことです。同じようなことをした方が四桁台に上りました。その方々は今もなお治療所にて治療中とのことです」

「おい、待て。ハッカーが四桁!? しかも二か月も治療中!? ・・・はぁ~。そいつらはいったいどんなプログラムを追加しようとしたんだよ。て言うか、勝手に追加するならここに追加して欲しいプログラムの内容を届ければいいだろう」

 俺はバカげた話を聞いて頭が痛くなってきた。


 霊術プログラムは父さんが考えた新しい方法だ。

 動作や行動、言語と言ったものを霊術として組み上げ、それをプログラムとして人型人形に組み込んで人形は動いている

 最初に出来たのは、いちいち自分で状況を判断して霊術を発動しなくてもいいようにと考えたもので、自分が習得している霊術陣にある条件を付けくわえ、その条件が満たされたときに半自動で発動するようにした霊術陣の一部の事を指す。

 そのプログラムは何度でも書き換え可能で、取り外しも簡単に行える。

 しかも霊術の発動が苦手な人でも簡単に発動出来ると言う事で結構低級者と中級者の一部に人気がある。上級者は勝手に発動されると返って邪魔らしい。

 そんな便利な霊術を考え出した父さんなのだが、一つ問題があったらしい。

 条件の書き換えや取り外しは簡単でも、霊術―――この場合は半自動で霊術を発動させる霊術―――をプログラムとして作り替えるのがかなり難しいらしく、正直父さんの会社の中で一番優れている人でも作れないそうだ。

 紅快天の模擬戦の時に使用した『干渉支配』も、相手の霊術の支配権を奪うためだけに俺が創った霊術で、父さんに手伝ってもらい、やっとのことでその霊術自体をプログラムとして侵入させれるようにしたのだ。

 ちなみにハッカーとは、その霊術プログラムを利用、悪用して公にされていない霊術を奪ったり、プログラムが施されている他人の霊術を発動出来ないようにする人たちの事を指す。


 実質、この世界で霊術をプログラムに書き換えることが出来るのは俺の父さんだけだ。

 難しいと・・・いや、出来ないとわかっていて何故しようとするかな。

 注意書にも書いていた筈だ。『既に追加されている霊術プログラム以外のプログラムを追加しようとすると、既存のプログラムと予期せぬ反応を起こす可能性がありますので、検査のされていないプログラムを追加しないようにお願いします』と。

 そうならないためにもセキュリティをわざわざ掛けてると言うのに・・・。

「届けられる内容ではなかったと言う事ですよ。暴走した五型を調べた所、緊急回避プログラムと合わさっていて解析が困難だったようですが、どうやらハッカー全員が追加しようとしたプログラムは全て卑猥なプログラムだったそうです。それも重度の」

「・・・・・・」

 七型が淡々と述べた事実に俺は何も言えない程呆れてしまった。

 あぁ~・・・いるなぁ、そんな事を考える奴。て言うか実際に考えた奴が。あまりにも馬鹿馬鹿しくて忘れていた。


 プロトタイプと一型が完成した頃、初めに貴族と天の名を持つ一族の家で正常に稼働するか実験を行った事がある。まずは二か月間試してみて、何か気になる所があれば父さんに報告が来ていたのだが・・・どこの貴族だったかな。

 そのハッカー達と同じことを考えたバカが何人かいたのが。

 あくまでこいつらは掃除や洗濯、料理に留守番と言った家事をするのが目的として造られ、最終的には介護兼世話人形として売り出す予定だと言うのに・・・お前ら貴族の欲求不満解消係な訳があるか。これには父さんがあまりの馬鹿さ加減とその残念な頭に怒り狂い、いくつかの貴族の家が潰れたっけか―――経済的にも血筋的にも物理的にも。

 まあ、戦果で貴族になったばかりの三流貴族だから子供も妻もいなかったので、何も問題はない。

 その時の俺は物心がようやく付き始めた頃だが、怒りながらここの新館よりは二回り程小さな家を父さんが粉々に潰している所を笑って見ていた記憶があるな。

 いやぁ~、拳を振るうたびに爆発でもしたんじゃないかと思うくらい見事に壁が崩れていく様子は見ていて本当に楽しかった―――後で母さんにしこたま怒られたが。あの時の母さんは怖かった。父さんも怒ると怖いが、それよりも怖いと確信したのが後にも先にもこの時だったな。


 予想外の理由に頭を悩ませながら自分の家の天ヶ咲邸へと入った。


テストが終わったので更新します

長らくお待たせしてすみませんでした


更新したばかりですが、

土曜日か日曜日のどちらか、

都合により更新できないかもしれないのでご了承ください

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