第三十六話「氷の女王」
突き出していた右手を下ろす。
フィールドには既にゴーレムの姿はどこにもない。体を構成している物質の最小の大きさまで分解し、核を粉々に破壊したのでもう再生することはない。
「桜華・・・」
「・・・・・・」
終わった後に俺自身何をしたのか理解出来なかった。
何故俺は助けた?
黒堂寺の悲鳴を、助けを求める声を聞いた時に俺は何を感じた?
ニーナの時も同じだ。助けを求める者を迷わずに誰でも助けた。今までもそうだ。いろいろな人が、霊が助けを求めていたら何も考えずに助けていた。そのせいで関節的にでも天蘭院も助けてしまった。
その天蘭院を見ると、膝立ちになってメアーユ先生に治癒されている。
そして、天蘭院がこちらを向く。その顔は何故か笑っていた。
「ちっ」
視線を逸らして出口へと向かう。
「どこに行くの。次は天上院さんの試合だよ」
「さっきも言っただろ。トイレだよ」
今度は嘘偽りなくトイレへと向かった。
◇
・・・・・・。
視界が紅い。燃えるように紅い。
いや、実際に周りは荒ぶる炎を巻き上げて燃えている。壁も、床も、天井も家具も全て燃えている。
今日は年に数回の十二天族と十一貴族のパーティーの日でそのパーティー会場に来ていたはずなのに突然爆発が起きた。そのすぐ後だ、急に目眩がして意識が朦朧とし始め、何かとても大切な―――忘れてはいけない何かを忘れていくような、まるで記憶に蓋をされているような感覚がし始めた。
意識が途切れるのを我慢していた時、視界に黒い物体が見えた。
大きな、紅い目をした真っ黒な狼だ。その横には彼がいた。
「あっ・・・く、―――君?」
彼の名を呼ぶ。だが、それが誰なのかだんだん分からなくなってきていた。
彼に一歩近づこうとした時、彼は急に飛び退いた。そして、彼のいた場所に無数の霊術が飛んで来た。霊術が飛んできた方を見ると、警備兵達が一斉に再度霊術を構成している所だった。
「あ、ダメ・・・」
逃げてと言おうとしたけれど、大きな声が出なかった。
そして、警備兵達は真っ黒な狼の攻撃を受けて吹き飛ばされる。
「や、めて・・・止めてよ、―――君!」
腰にぶら下げていた鞘から剣を引き抜き、彼に向かって走り出す。
彼が持っていた大きな鎌が警備兵に当たる直前に間に割り込み、剣で受け止める。ほんの少し彼が驚いたような顔をしたけど、すぐに無表情に戻り、私に向かって攻撃を再開した。
ハルバードに似ているが、大きな鎌が付いたその武器は異様な形をしていて物凄く厄介だった。
それでも何とか戦える。
攻撃をかわし、受け止める度に彼の名前を必死に呼ぶ。
そして、ついに彼が口を開いた。
「・・・お前が、天蘭院 志恵那の娘の、天蘭院 綾香か?」
「そうよ。ねえ、どうしてこんなことするの、―――君」
彼はその問いには答えなかった。
返事を聞いた彼は私から大きく離れ、私をしばらく見つめた彼は振り向いて歩き出す。その時、服の下にあった複雑な形をした、銀色に輝くネックレスが見えた。
私は彼を追おうと走り出したが、天井が崩れて来て彼の下へ行けなくなる。
「どうして・・・ねえ、どうしてこんなことするの、―――君! 答えてよ! ―――君!」
歩みを止めない彼に向かって何度も、何度も名前を呼ぶ。でも、誰を呼んでいるのか、誰の名前を呼んでいるのか全く分からない。
徐々に彼に関する記憶が思い出せなくなって来ていた。
それでも、声の続く限り彼の名前を呼び続ける。私の気持ちを―――彼に対する気持ちを込めて呼び続ける。
煙を吸い過ぎたのか息が苦しくなってきた。
最後に、煙を吸ってしまうのも構わず息を大きく吸い込み、喉が枯れるのも構わずに彼の名前を呼ぶ。
「天ヶ咲君!」
◇
「はっ!」
自分でも驚くくらい勢いよく目を覚ます。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
身体が熱い。呼吸を荒げながら辺りを見る。
壁も天井も床もカーテンも全て白だ。それにこの鼻にくる消毒液の匂いから考えるに、ここは保健室?
呼吸を整えながらさっき見た夢の事を思い出す。
紅く燃える会場で、彼と戦った記憶。
会場を襲った者の容姿が、明らかに彼と似ていた―――いや、彼その者だ。そして、その襲撃者に向かって私が読んだ名前。
そして、二人が身につけていた銀色のネックレス。
「っ!」
それらが導く答えが閃く。
それじゃあ、彼が・・・? でも、今まで見ていた彼の実力ではそんな事が出来るはずもない。
自分で考えて思いついたその答えに驚いて起き上がろうとした時、体中に激痛が走る。
「痛っ!」
よくよく確かめると指以外体は動かなさそうだった。
腕には輸血用のパックと霊力供給用のパックからそれぞれホースが伸びていた右腕に針で刺さっていた。
一応習得していた治癒霊術を自分に掛けるが、それでもあまり効き目がないように思えた。どうやら相当手酷くあのゴーレムにやられてみたいで起き上がるのですらやっとだった。どうにか起き上がると右腕に針以外の感触がして、見ると加菜恵が私の手を握ってそのまま眠っていた。
このまま寝かしておいてもよかったけど、いろいろと聞きたいことがあるので起こすことにした。
「ちょっと、加菜恵。起きて」
「う、うぅ~ん」
加菜恵の肩を揺すると、まるで猫みたいに目を擦って目を覚ます。その目は私見た途端に涙を浮かべる。
「綾香!」
「きゃっ」
加菜恵にいきなり抱き着かれた。
「よかった、本当によかったよ~」
「ちょ、ちょっと加菜恵。痛いよ」
「あわわ、ごめん」
慌てて私から離れた加菜恵の目には先程よりも涙が溜まっていた。
なるべく心配を掛けないように笑顔で話しかける。
「ねえ、私いったいどうなったの? ゴーレムを倒してメアーユ先生に治癒されたところまでは覚えてるんだけど・・・」
加菜恵は涙を拭って頷きながら説明をしてくれた。
Sランクのゴーレムが出て来たのにも関わらず告知がされなかったこと。ゴーレムを出した黒堂寺さんに先生が話を聞いたら本人にその記憶がなかったこと。天上院先輩や天城臣先輩達でも障壁を破壊するのに三十分はかかるはずだったのにいつの間にか障壁が消えていた事。
他にもいろいろ話を聞いてなんとか状況を整理する。
ついでに、さっき見た夢の事も考える。
あれが、本当に起こったことだったとしたら・・・。
「ねえ、綾香。聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「あのね・・・ゴーレムを倒したのって、本当に綾香なの?」
その問いにどう答えようか迷った。
でも本当の事を話すことにした。
「私じゃ・・・ないと思う。『天の穹槍』が直撃した手応えはあった。でも、土煙の中にまだゴーレムの姿を見た気がする」
「だよね。私も、見た気がするの」
二人で考え込む。
でも、判断材料が足りなさすぎる。こうなったら私が感じた疑問を出来るだけ加菜恵にも話して何か手がかりになる事でも探すしかない。
加菜恵はこう言う時に何か重要な事をサラッと言うので役に立つ。
「ねえ、加菜恵。私の『天の穹槍』が直撃する直前、ゴーレムの動きが止まったような気がしたんだけど」
「え、そう? 私は気付かなかったな」
加菜恵は気付かなかったのかな。それにただ動きが止まっただけじゃなかった。ゴーレムから漏れ出ていた霊力もピタリと止まった。もしそんな事が可能な霊術があるとしたらそれは・・・。
他にも一番聞きたいことが残っていた。さっき見た、私の夢の事。
聞きたい。確かめたい。そして間違いであることを証明したい。そう自分で願いつつも、自分ではわかっていた。それが間違いでないことは。でも、間違いであることを願う。
「ね、ねえ。加菜恵・・・ちょっと聞いていいかな」
「ん? なに?」
「四年前の、十二天族パーティー襲撃事件の事なんだけど・・・」
「それがどうかしたの?」
震える体を押さえ、唇をわなわなさせながらどうにか声を出す。
どうか・・・どうか違いますように。
「その時の、真っ黒な狼を従えた襲撃者・・・天ヶ咲君に、似てない?」
「・・・え?」
加菜恵の間の抜けた声が聞こえる。
顔を上げることが出来なかった。目を瞑り、唇をギュッと閉じて祈り続ける。さっきの夢がただの夢でありますように。私の記憶ではありませんように。そう祈り続ける。
少しの間加菜恵は黙って考え込んでいた。
いったいどれくらい考えていたのか、私には何時間にも感じられた。
「綾香は、どうしてそう思うの?」
加菜恵の口からは質問の答えではなく逆に質問が返ってきた。
私はさっき見た夢の事を話す。
パーティー襲撃者が複数ではなく一人だったこと。その彼の姿が天ヶ咲君に物凄く似ていた事。彼と同じく真っ黒な狼を従えていた事。
そして、その襲撃者が十二天族の天ヶ咲 桜華本人であったことを。
それらを話し終えて加菜恵の顔を見ると、信じられないと言う様な顔をしていた。無理もない。私にも未だに信じられないのだから。
やっぱり信じられないのだなと内心諦めかけた時、加菜恵の口からは予想もしなかった言葉が出てきた。
「綾香、アンタ何言ってるの? 十二天族の天ヶ咲 桜華は男じゃなくて、女でしょ?」
「・・・え?」
今、加菜恵は何て言った?
十二天族の天ヶ咲 桜華が、男性じゃなくて・・・女性?
そんなことは・・・。
「っ!」
そこまで考え、自分の記憶を探って驚愕の真実に気が付く。
そう、だ・・・加菜恵の言う通り、天ヶ咲 桜華は女性だと思っていた。いや、思い込んでいた。でも、何故か今は確信を持って言える。彼が、彼こそが本当の―――本物の天ヶ咲 桜華なのだと。
いつから? 私はいつからそう思い込んでいた?
考えるまでもなくあの時だ。十二天族襲撃パーティー。あの時、あの場にいた彼が皆を襲い、私の記憶を・・・いや、私たちの記憶を摩り替えたんだ。架空の天ヶ咲 桜華なる女性を創りあげて。
そこまで思い至って私は恐ろしくなった。
体中に寒気が走り、恐怖が訪れる。
あの時の彼の目は本気だった。人の命を奪う事に躊躇いのない冷え切った目だ。底の見えない闇を思わせる瞳に、恐ろしいほどの心を持っていた。
「いっつも思うのよね。なんでみんながあいつの事をどうして十二天族の天ヶ咲 桜華と勘違いしているのか分かんないんだよね。ねえ、綾香もそう思・・・どうしたの綾香」
自分の身体を抱いて震えていた私の手を加菜恵が優しく包み込む。
体温的には寒くないのだけど、どうしても体の震えは収まらなかった。それでも加菜恵の手の温かさだけは、この時はっきりと感じることが出来た。
それからしばらくして、期末試験最後の試合、四年生個人戦最終試合が行われることになり、私は医務室で映像霊石を介して加菜恵と見ることにした。
同時に、ある決意もした。
◇
試験会場に戻ると、ちょうど四年生の試合が行われるところだった。
さっき聞こえて来たアナウンスによると、最終試合を行う二人の意向により、自分の身を護る学校側の防護障壁なしで行われることになったらしい。と言うのも、さっきの試合で俺がフィールドを囲っていた障壁と生徒を護る防護障壁を見事に再生不可能な状態にまで破壊したことが原因なのだが。
フィールドの障壁は先生方がどうにかして再展開したらしい。
まあ、あの二人に防護障壁なんてあってないようなものなのだが。
四年、生徒理事会会長の天上院 咲恵。
同じく四年、部活長の天城臣 重次郎。
この二人による個人戦最終試合が始まろうとしていた。
観客席には見る限りに空席はなく、どうやら全校生徒および全教師が来ているようだ。それだけこの二人の試合を見たいと言う訳か。
毎回毎回この二人の試合はお世辞抜きで賞讃に値する。中には凄さのあまり涙を流す者もいる。
『氷の女王』の異名を持つ天上院に、地属性をベースとした戦い方をする天城臣。この二人の戦いはその都度勝者が変わる。さて、今回はどちらが勝つのだろうか。
会場の一番後ろの場所まで行くと、また俺の影からフェンリルが勝手に出てきた。
黙って地面に伏せたフェンリルにはもう何も言う気はなくなっていた。
そんなフェンリルは放って置いて、フィールドで向かい合っている二人を見て俺は呆れかえった。二人とも何故かやる気十分なのだ。
◇
「あら、天城臣君。今回は珍しくタクティカルアーツを使うのね」
「ああ」
笑顔で会話する二人だが、その笑顔とは裏腹に物凄い殺気を放っている。
天城臣先輩の方はナックルガード付のガントレッドを両腕に装着していてる。腕をすっぽり覆っているそれは一目でタクティカルアーツだとわかる。
「後輩が頑張って良いものを見せてくれたんだ。悪いが天上院、手加減なしで行かせてもらう」
「それは私もよ。久しぶりに本気を出させてもらうわ」
お互いが距離を取り、天城臣先輩は腰を落し、右手を前に左手を少し引いてボクサーのような構えを取る。
二人の準備が出来たのを確認して司会の二人がマイクを持つ手に力を籠め、声高らかに宣言した。
『それではこれより、一学期期末試験個人戦最終試合―――天上院 咲恵と天城臣 重次郎による試合を開始いたします!』
―――ビィィィィィィッ!
開始を告げるブザーの音が鳴り響き、二人から膨大な霊力が溢れ出る。
先に仕掛けたのは天城臣先輩の方だった。
「<大地の衝撃!>」
手に装着しているガントレッドに霊力が凝縮され、両手を地面に叩き付けると天上院に向かって地面が割れ、凄まじい衝撃波が襲い掛かる。
四年生にもなると無詠唱は当たり前か。
ゴーレムよりも威力が高い『大地の衝撃』が襲ってきているのにも拘らず、天上院は落ち着いた表情で腕を横に一振りする。すると、地面が一瞬にして氷に襲われ、『大地の衝撃』が無力化された。
だが天城臣先輩はそれを予期していたように次の攻撃を放つ。
地属性基本技の『地の硬矢』
硬度が非常に高く、貫通能力を備えているそれは、物理障壁から霊術障壁までも貫くことが出来る。天上院が造った氷の壁を砕いて貫通していく。
だがその分スピードが遅いので、かわされる。
天上院が『地の硬矢』をかわしている間に天城臣先輩は後ろに回り込み、地面に右手を突っ込む。そして、雄叫びと共に引き抜くと―――そこには巨大な土の腕が出来ていた。
最後の矢を避けた天上院が振り向くと同時に飛び上がり、巨大な土の腕の振り下ろす。
「<大地の撃鎚!>」
巨大な拳が天上院の真上から振り下ろされる。そのまま地面に激突し、激しい爆発音と共に衝撃が会場全体に走る。
ところどころで悲鳴が聞こえる。
どれもこれも地属性の技で威力は良いがスピードに劣るはずだが、天城臣先輩にはそんなことは通用しないのか、流石の速さだ。『大地の撃鎚』なんかはその重さから使いどころが限られると言うのにこの場で使って来た。
「いや~、流石は天城臣先輩。地属性のスピードの遅さを感じさせないね」
いつの間にか隣にいたオルスレッドが感嘆の声を挙げる。
確かに天城臣先輩のあのスピードは異常だが、今はそんなことより気になることがあるので感心してはいられなかった。
「どうしたの、桜華。そんなにそわそわして」
「いや・・・ちょっとな、心配で」
「天上院会長のこと? それなら心配いらないんじゃ・・・」
「違う。心配してるのは天城臣先輩の方だ」
「へ? それってどう言う・・・」
そこまで言い掛けた時、パキン、と何かが氷るような音が聞こえて来る。俺とオルスレッドが同時にそちらを向くと、心配事が現実になってしまっていた。
天城臣先輩が馬鹿でかい氷によって氷漬けにされていた。
氷属性中級霊術―――『氷搭の墓』
美永瀬も使っていた技だが規模がでたらめだ。
高さ十メートル、直径四メートルといったところか。それほどデカい氷柱に天城臣先輩が閉じ込められてしまった。あれでは身動きできまい。
「もしかして、桜華の心配事って・・・これ?」
「ああ。あの人、攻撃を受けると何倍にもして返すからな」
『大地の撃鎚』が巻き起こした土煙の中から天上院が姿を現す。あれだけの攻撃を食らったのにその身はかすり傷一つない。かろうじて服が破れているくらいだ。
このまま天城臣先輩が規定時間以内に氷柱から脱出できなければ天上院の勝ちとなる。タイムアップの時間が迫り、誰もが天上院の勝ちだと思った時―――声が聞こえた。
『世界の始まり 大地に降りたつ 魔の獣―――地へと誘い 陸を征し その身に降りし物を支えよ』
野太く不気味な声が何処からともなく聞こえてくる。
大気が振動して耳で聞こえる声ではない。心に直接―――大気に漂う霊力を通して聞こえてくる声だ。
「これってもしかして・・・」
隣でオルスレッドが呟く。恐らく、こいつが考えていることはあっているだろう。
『霊声』
霊力を言霊に変換し、大気に流す声。
詠唱が出来ない人の為に開発された技術だが、習得がかなり難しい。なんせ、実態を持たない霊力を声として放たなければならないからだ。
『地の王にして空を駆け 陸の王にして海を渡れ―――天と海には汝の友を 大地には我が王座を築け』
だが、この場で霊声が必要な奴がいるだろうか・・・いや、一人だけいた。
氷漬けにされてなお殺気を、霊力を放ち続けている天城臣 重次郎が。
―――バキッ・・・
氷に罅が入り、その罅が全体を包み込む。
流石の天上院も事の状況に気が付いたのか、距離を取る。
「・・・異空間ストレージより第三倉庫―――七番ボックスを指定」
右手の前に霊術陣が現れ、その中から蒼白色の刀身をした長刀が現れる。
天津神が持っていた日本刀のように細く長い剣だが、持ち手の部分が複雑な形をしている。それはまるで―――オルスレッドの持つ『雄絶の炎剣』のような持ち手だ。
「桜華、あれって・・・」
「その通り。お前が持っているのと同じ、氷属性の『古代武器』・・・『氷雪の零剣』。触れる物全てを凍らす剣だ」
グラキシアーズを抜いた天上院は天城臣先輩が紡ぐ最後の詠唱を聞いていた。
『祖は魔なる肉体を 魂には聖なる物を 来たれ 地を護りし大地の化身よ!』
一際大きな霊声と共に氷が砕け散る。
『<大地の巨獣!>』
―――ゴゴゴゴゴゴゴォォォォ
地震が起こり、フィールドの中央が裂け―――そのなかから大きく捩じれた二本の角を生やし、龍のようにとがった口。蒼く光る瞳。屈強な肉体と背中には黒翼の翼を持ち、二本脚で立つ巨大な精霊が現れる。
その姿は精霊と言うよりも悪魔に似ている。だが、こいつはれっきとした精霊だ。
四精霊の一匹、土属性のノームを護りし地属性最強の精霊だ。
「ちょっと、『大地の巨獣』って・・・」
『行くぞそこの娘よ』
バハマードが鋭い爪の生えた手を鉤爪の如く開き、天上院目掛けて突き刺す。
グラキシアーズを掲げて瞬時に氷の壁を何枚も造りどうにか防ぎきる。だが次々に腕を振るうわ口から炎を吐くわ長い尾で叩き付けるわで氷の壁が罅だらけになる。
バハマードの攻撃を天上院は十分間凌ぎ続ける。
いくら地属性の次に防御力が高いからと言っても限度という物がある。
いよいよあと一撃で壊れてしまうと言った所でバハマードが攻撃の手を止めた。諦めたのかと思ったが、バハマードは翼を大きく広げ飛び立った。
空中で止まり、下を向いて右腕を引き拳に力を溜める。同時にバハマードの前に尋常じゃない程の大気が圧縮していく。
『娘よ、これは耐えられるかな?』
そう言ってバハマードは急降下を始める。拳に圧縮した大気を纏わせている所から見ると、インパクトの瞬間に破裂させる気なのだろう。
「仕方ないわね」
想像も出来ない一撃が迫っていると言うのに、天上院は落ちついた様子を見せる。
「・・・霊術陣解凍」
バハマードから発せられる膨大な霊力よりも多い霊力が天上院に纏わりつき、その日焼けを知らない白く美しい肌を侵すかのように霊術陣が浸食していく。
目前に迫ったバハマードは天上院目掛けて拳を振るう。
『<破城鎚>!』
拳に纏わらせていた空気が破裂すると同時に地面が爆発し、上と下からの衝撃波が天上院を襲う。拳によって逃げ場を失われた衝撃波は超高密度の中で凄まじい爆発を起こす。
―――ドォォォンッ!
今試合一番の振動だ。
手すりを掴んでいないとこけてしまうそうな程だ。
フィールドは隕石でも落ちたかと思うほどに陥没している。実質、あの技の威力は隕石が落ちた時くらいの威力を誇っている。
「『破城鎚』か。この国の霊術じゃないね」
オルスレッドの言う通り、あのバハマードが使った『破城鎚』は戀国の霊術ではない。他国が作り出した霊術だ。
俺にとって忌々しい国が創りあげた・・・。
流石の天上院でもこの一撃を食らって無事では済むまいと思ったのか、天城臣先輩はバハマードを消した。かなり息が上がっている所を見ると、あれほどの精霊を出すのは今の天城臣先輩にとってはかなり疲れるらしい。あの人が膝に手を付いている所を始めてみた気がする。
それほどの疲労と絶対の自信があったからなのだろうが、天城臣先輩は周りの状況に気が付いていなかった。
凍てつく大気と、舞い散る氷片が現れたことに。
「あら、終わりなの? 天城臣君」
美しい響きを持った声が聞こえてくる。
「っ!?」
驚いて振り返った天城臣先輩はクレーターの中央を凝視する。
土煙が晴れ、そこにいたのは・・・。
「おいおい、ちょっと待て。いくらなんでもそれはやり過ぎだぞ」
「?」
俺の独り言にオルスレッドは首を傾げる。
クレーターの中心では天上院が立っていた。ただし、普通の出立ちではない。
背中側には八枚の花弁を持った氷の華が一つ咲いていて、身体は白を通り越して青白くさえ見える。何より特徴的なのはその冷気だ。まるで氷人形のようなほど、ある意味美しかった。
「天上院・・・それは、なんだ?」
「さあ? なんだと思う?」
天上院がグラキシアーズを前に向けると、足元で広がりつつある氷から無数の『氷の凍矢』が放たれる。
「くっ」
疲れ切った体に鞭を撃ってその攻撃をかわす。
だがそれだけで天上院の攻撃は終わらなかった。次々に『氷の凍矢』を放ちつつ上空から氷柱が天城臣目掛けて落ちてくる。
それをどうにか防ぎ切った天城臣へと休む暇なく、無詠唱で次々に氷属性の霊術が放たれる。
「なん、なの・・・あの霊術は。下位の霊術ならともかく、中級の霊術を無詠唱で使いまくるなんて。桜華はあれが何なのか知ってるの?」
「・・・霊装」
「霊装?」
聞いたことがないようでオルスレッドの記憶の中にはないみたいだ。
なくて当たり前だ。これはある人の完全オリジナル霊術で、その人は自分の霊術を他人に教えようとはしなかったからだ。
「正式名称は『霊術装纏』。自らの身体に特殊な霊術陣を刻み込むと言う狂気の方法を行い、本来攻撃系の霊術をその霊術陣へと織り込んで肉体に取り込み、取り込んだ技の特性、本質、特徴を自らの技能として使えるようにした霊術。下手をすると禁忌の部類に入るな」
「そんなことが・・・」
出来るのかと言いたそうだったが、実際に目の前でやられては言いようがない。
完全に無詠唱で霊術を次々に放つ天上院の攻撃を天城臣先輩は必至の形相で防ぐ。だが完全に防ぎきれるはずもなく、かなりの攻撃を食らっている。
防護障壁を自分で張らないといけないので、二人は障壁なしで、攻撃を食らう事前提で戦っている。そんな天城臣先輩が未だに倒れない理由は十一貴族にあるのだろうが、今一番の理由は恐らく―――天上院の後ろで咲いている氷の華の花弁が半分程掛けているからだろう。
霊術を使い続けていると、その花弁が時間と共に消えているのだ。
八枚あった花弁が今では・・・三枚までに減っている。
天城臣先輩はあの花弁がなくなれば自分に勝機が訪れると思っているようだ。これだけの霊術を維持するのは相当難しい。それは自分でよく分かっているはずだ。
だが、そんな事を考えているから、また今の状況に気が付かないのだ。
霊術を使い続ける天上院の霊力が先ほどから減っていないことに。
霊術を使えば霊力は減る。それは当たり前の事だ。しかし、天上院の霊力は減っていない。これが意味することはただ一つ。花弁から得た霊力で放った霊術が未だにその役目を果たしているからだ。
天上院の足元から広がっていた氷は既に、放たれた霊術と合わさってフィールドをすっかり囲んでいた。
もはやこのフィールドは、天上院の手の平の上も同然。
ようやく花弁が一枚まで減り、好機が見えてきたと思った時、天上院が嬉しそうに微笑む。
「よくここまで持ったわね、天城臣君。でも残念。この花弁がなくなっても私のこの術は消えないわよ」
「な・・・に?」
そうこうしているうちに、最後の花弁が散り、そして・・・。
「霊術解放―――<雪氷・永久の凍結氷河>」
地面を覆っていた氷が砕け散り、氷塊が、氷片が天城臣先輩の下へと集まっていく。
「くっ」
必死に抵抗する先輩の努力も空しく、足元から徐々に氷っていき、
最後には氷で出来た巨大な氷塊が出来上がり、天城臣先輩はその中に完全に閉じ込められた。
まさに『氷の女王』にふさわしい光景がそこにあった。
もはや脱出することも不可能。
それを察した先生により合図が出され、司会の人によって試合終了が告げられる。
こうして天上院 咲恵が個人戦を優勝し、一学期期末試験が幕を閉じた。
少し遅くなってしまいましたが無事更新出来ました
もの凄い量になってしまいました
二話分くらいあるかなw
我ながらよく書けた方だと思います
え~と、
いろいろと詰め込んでみました
重要なこともそうでないこともいろいろとあります
楽しんでいただけたら幸いです
次回より第三章に入りたいと思います
本当は第二章でやりたかったんですけど、
第三章に分けることにしました
期末試験が終わってキリが良いですしね
それでは、
十月にまたお会いしましょう




