第三十三話「過去の真実」
雷龍と姿を変えた『霆の雷矢』の直撃を食らい関上と上津が落ちてくる。
地面と衝突する寸前に周りにいた先生が霊術を発動して衝突を回避する。地面にゆっくり下ろされた二人の下に白衣を着た先生が数人近寄っていき、二人の状態を見た後に両腕を上に上げて交差する。
―――ビィィィィィィィィィィィィ!
直後、試合終了を告げるブザーが鳴り響く。
『見ていた俺ですら手に汗握る物凄い試合でした! その激闘を征したのは天ヶ咲&オルスレッドのペアだ!』
―――ワァァァァァァ!
司会の言葉の後に観客席から物凄い歓声が沸き起こる。
その声で大気が響く。
歓声の後に拍手が続いた。
「お疲れさん、桜華」
「・・・お前もな」
巨剣を引きずりながらオルスレッドが近づいて来る。その後ろには三メートルの巨躯を持つフェンリルが歩いて来ていた。
『久々に楽しめた』
「・・・そうですか」
『それでは儂はこれで戻るとする。ヴェルの小僧も、楽しかったぞ』
「助けてくれてありがとね」
それはいったいどう言う意味かフェンリルに聞こうとしたけれど鼻で笑って姿を消した。
オルスレッドに渡された巨剣を異空間ストレージに収納し終わると、別の白衣姿の人が話しかけてくる。
「二人も医務室に行って治療を受けてください。天ヶ咲君の方はその出血をどうにかしないと。オルスレッド君の方は霊力枯渇をすぐに直してください」
それだけ言ってさっさと戻ってしまう。
とりあえず言われるがまま第四実技棟に数室設置されておる内、俺達に今回使用許可が出ている医務室に向かう。本来ならこんな傷はすぐに治せるのだが、かなりの人数が俺の傷の具合を見ていたので、あっという間にそれが直っていたら怪しまれる。
オルスレッドの場合はかなり深刻な程に霊力が枯渇していた。今の状態であれだけ霊力を使えばそうなるのも当たり前か。
それもあってオルスレッドと二人で医務室に向かった。
「失礼します」
「お邪魔しま~す」
どっちのセリフを誰が言ったかは言わずもがな。
医務室の扉を開けると薬品特有の匂いと消毒液の匂いが鼻孔くすぐる。普段あまりこういう場所には来ないからこの匂いにはなれないでいた。
「お、来たな。こっちこっち」
左奥の机の前の椅子に座って煙草を銜え、医師ならではの白衣を着た女性が片手で手招きをする。机の上にある物については触れない方がいいのだろうか。
その姿を見た瞬間に帰りたくなったのは俺だけだろうか。
後ろのオルスレッドを見るといつもの作り物の笑顔でその女性に近づいて行く。
「アティア先生、お久しぶりです」
「よお~、オルスレッド。相変わらず感情の籠ってない笑顔だな」
「そうですか~」
などと当たり前のように会話をし始める。
アティア・フウ=ネスティル
蓮桜学園の医師の中でも指折りの女医師だ。その医師としての能力は外の世界に出ても十分に食べて行ける実力だ。
髪は紫色で後ろで団子のように纏めていて、唇は口紅で真っ赤でこれでもかと言うくらい化粧がされている。それでも変にならないところがまた凄い。
白衣の下のこれまた白色の服の胸元をこれでもかと言うくらいに押している胸に、女性にしては長く無駄な肉付きのないスラットした脚。それらを気にも留めず露わにしているその姿は誰がどう見ても大人の女性だが、これでもまだ二十代に入って間もないはずだ。
それなのにこの大人の女性特有のオーラは男性にとっては天敵だ。
噂ではファンクラブが出来ているらしい。
年齢も近いからそうなるのは予想出来なくもない・・・多分。だがこの先生に男の噂を聞いたことはない。何故なら・・・。
そんなアティア先生は楽しそうにオルスレッドと会話している。
と言うか、会話の前にいろいろとおかしなところがあるだろう。先生が煙草を銜えている事と机の上にある物とかあるだろう。特に机の上にある物はそもそもこんな所にあっていいものではないはずだ。
そんなことはお構いなしにオルスレッドアティア先生の前にある椅子に座る。
「治療をお願いしてもいいですか?」
「お前は霊力枯渇だったな。となれば霊力供給か。濃度はどれくらいだ?」
「AランクかBランク+で」
「了解」
戸棚を開けて中をごそごそとあさり始める。
やがて輸血用パックに似たパックを取りだし、別の戸棚から取り出してきた三つのビーカーに入っていた薬品を混ぜ合わせてパックに詰める。パックから垂れているホースの先に注射用の針を取り付け、オルスレッドの腕をアルコール消毒して針を刺す。
その後スタンド持って来てその上にパックを吊るす。
「これで終了だ。Aランクの霊淘を使ったから一時間もあれば安全ラインまで霊力は戻るだろう」
「ありがとうございます」
「さて、次は天ヶ咲か」
煙草を灰皿に放り投げてこちらを向く。その目は妙に嬉しそうだった。
「遠慮しておきます。これぐらい自分で治すことが出来るので」
そう言って立ち去ろうと扉に向かいノブを掴もうとした時、俺が開けるよりも先に扉が開き、隼美先輩が入って来た。
最悪のタイミングに入って来た先輩の目の前で大きく溜息を付く。
「おお、天ヶ咲か。ビックリしたぞ。もう治療はすんだ・・・様には見えないな」
「あら、ちょうどいい所に来てくれたわね千慧ちゃん。その子を捕まえてくれるかしら? そのこったら治療も受けずに出て行こうとしてたのよ」
「それは本当か、天ヶ咲。治療はちゃんと受けないと駄目だぞ。ただでさえここに来ようとした咲恵を押しとどめて私が代わりに来たのだから、治療は受けて貰わないと困るな」
そう言って逃げようとした俺の背後に回り込み、羽交締めをする。
力を入れて振りほどこうとしたけれど、血を流し過ぎたのか力が入らず、頭がクラクラし始めた。
「くっ・・・」
「ほら、大人しく治療を受けろ。受けてくれないと全校生徒が氷像と化してしまうぞ」
冗談めかして言う隼美先輩のセリフは俺には冗談に聞こえなかった。
あの人ならそれくらいはやりかねない。そもそもここに駆けつけようとした時点で相当に心配していたのだろう。それを押しとどめられているとすれば、今頃あの人の周りの先輩達は凍えているに違いない―――文字通り温度的な意味でだ。
確かにこれ以上は立っているのも辛くなってきたし、もたもたしているとまた面倒な奴が来そうな気もしたので治療を受けることにした。
「変なことは一切しないでください」
「心外な。私がいつ変な事をしたんだ?」
「その机の上にある物を見てもまだそんな事を言いますか?」
机の上の物に視線を向ける。
そこには高さ四十センチ、円底の半径二十センチ程の円形の容器が置かれており、その中にはホルマリン漬けにされた奇妙な生き物が浮いていた。
白い表面に、脚が左右合わせて六本生えており、上から見れば人の手にも見えなくはないそれは、細長い尻尾が生えている。一見すれば蜘蛛にも見えるが、それは蜘蛛などではない。蜘蛛よりははるかに大きい。それこそ大の大人の手の平サイズくらいある。
俺はその生物を知っている。
そいつの名前は『デグラト』
寄生虫の一種で非常に珍しく、最悪な霊獣だ。生物の体に寄生するのが寄生虫なのだが、こいつは特にヤバい。なにせこいつは人の身体に寄生するのだ。
Aランク霊獣に指定されているデラグトは、その個体数が圧倒的に少ない。
その理由は先にも挙げたように人に寄生するからだ。一個体につき一人に寄生し、体内に卵を産み付ける。その際、人の生死は関係ない。
昔はたくさんいたとされているが、今は昔ほど死体の数が少ないので絶滅危惧種に仲間入りを果たしている。
「それ、デグラトですよね。そんな物を目の前に見せられて大人しくしている方が難しいですよ」
「アティア医師。それは流石にしまってください。風紀委員長としてもそれは見逃せませんよ」
「二人ともこの手の生き物の可愛さが分からないとはね」
唇を尖らせて不服そうにデラグトの入った容器を戸棚になおす。
可愛さって・・・。
これがこの先生の周りに男の噂を聞かない理由だ。
つまり、グロテスク系の物が大好きなのだ。ぬめぬめ動くワームや、臭いにおいを放つ蟲。ダンゴ虫のような拳サイズの蟲が大量に蠢くさまと言った物を溺愛しており、人間の男には興味がないらしい。
依然、告白した男子生徒が顔を真っ青にし、身体をガクガク震えさせながら帰って来たのを思い出す。
その後彼は一週間ほど学園を休んだ。その前日に彼に話を聞いた生徒によると、
『む、むし・・・蟲。う、うじゃうじゃ。しょ・・・しょく、触手? い、嫌だ・・・そんなのになりたくない』
と一日中呟いていたらしい。
彼の言葉でも察しが付くようにこの人は今、触手なる生き物を創っているのだ。
生物師としての免許を持つ彼女は、いろいろな生き物のDNAを組み合わせ、独自の個体を造ることをこの国より許可を得ている。そんなことは許されない行為にも思えるが、なにせ彼女が挙げた功績を知れば誰もが理解せざるを得ない。
話によると既に八割程完成しているらしく、あとは生命維持を自らが行えるようにするだけだとか・・・。
そう言う事があったのでこの人には極力関わらない事にしているのだ。
霊核剥離の霊力を使えばそれぐらい造作もないことだからだ。俺だってまだ命は惜しい。
「とりあえず頭を見せな」
「隼美先輩、この人が変なことしないか見張っていてください」
隼美先輩が頷くのを確認してから頭をアティア先生に診せる。
アティア先生は俺の顔に付いていた血をガーゼで丁寧に拭き取り、傷口に気を付けながら髪の毛をわけていく。
その手際は流石と言うべき丁寧さだった。
「ほ~、これは見事にパックリ切れているな。はぁ~、このぬめぬめとした光景が堪らん・・・」
などと頭の上で言われては鳥肌が立ってしまう。
「先生。早く済ませてください」
「まったく、そう急かすな―――<癒しの光>」
アティア先生の指先が光に包まれ、その光は俺の頭から全体を包み込む。
温かな光が身体全体を優しく包み込む感覚は、久しく忘れていた感情を思い出させる。それは、もう手に入れることが出来なくなった光。『幸せ』と言う名の光・・・。
しばらくして光が薄れていき、頭の痛みも消え去った。
「とりあえず傷口だけは塞いでおいた。もう一回頭を打たない限り開くことはないだろう。だからと言って、触り過ぎても開くぞ」
そっと傷があった場所に触れてみると、微妙に他の場所より柔らかかった。馴染むのにはまだまだかかりそうだ。
その後に輸血をしてもらい、診断書を書いて安静にしておくように言われた。
治療を終わらせたアティア先生は何やら片づけをし始めた。
「どこかに行くんですか?」
オルスレッドが片づけた荷物を持って医務室を出ようとした先生を呼び止める。
「お前ら二人が気絶させた二人を診に行くんだよ。未だに目を覚まさないみたいでね。まったく、見ていたけど酷いことするね」
それだけ言って出て行った。
先生が出て行った後に室内でしばらく気まずい時間が続いた。
オルスレッドは通信霊石で師匠に結果報告をしに外に出て行ったし、俺は別に話をする気はないから黙っていたのだが、隼美先輩は何かを言いたそうにこっちを見ては頭を振って視線を逸らしたりしていた。
そんな事を三十分ほど続けられると流石に気になって仕方がなくなった。
「隼美先輩、何か言いたいことがあるのならはっきり言ってください」
「うっ・・・その、なんだ」
俺が気が付いていないと思っていたのか、必死に誤魔化そうとあたふたするが、すぐに諦めたように深く溜息をついた。
「その~、なんだ。お前がさっきの試合で召喚した精霊―――いや、神獣か。それについてなんだが・・・」
頭を掻きながら視線をあっちこっちに動かす。
その様子は何処からどう見ても男の仕草だ。この人には女性としての意識があるのだろうか一瞬本当に心配してしまった。
そんなことは置いておいて、先輩が言いたいことをようやく理解した。
だがあえて今は何も知らないフリをする。
「それがどうかしたんですか」
「疑う訳じゃないんだが・・・その神獣と何時頃契約したんだ?」
「そうですね・・・この学園に入学する直前です。親と北の方の国に旅行に行った時に契約しました。本来は普通の狼のサイズなんですけど、少しの間だけなら大きく出来ます」
さも本当事のように話すが、もちろん全部嘘だ。
契約したのは七年前だし、大きさはもっと大きい。だが、初めてフェンリルを召喚した時に媒体となったリルとで会ったのは北の方の国なのであながち全て嘘ではない。
フェンリルの話ではあの時、リルは生きてはいたがそう長くはなかったそうだ。このまま死なすのは可哀想だと思ったらしく、生きている内に媒体としてその魂を自分と同化させたらしい。今でもフェンリルの中で生きていると言っている。
「入学直前と言う事は二年半前か」
先輩の言いたいことは理解したような顔をワザと装い、話を続ける。
「何を言いたいのか分かりました。四年前の十二天族パーティー襲撃事件についてでしょう?」
「・・・・・・っ」
先輩は痛い所を突かれて目を見開く。
四年前。
父さんに強制的に連れられて一度だけ出席した十二天族と十一貴族のパーティー会場が何者かの襲撃を受けたことがある。十二天族と十一貴族からは死者は出なかったものの、警備に当たっていた兵士と悪魔祓い師らが半数以上重症を負った。優秀な治癒師がいたおかげで死者は出なかったらしい。
襲撃者は未だに捕まっておらず、何人いたかもわかっていない・・・と言うのが表向きだ。
襲撃者が捕まっていないのはまだ頷けるが、何人いたかもわからないのは可笑しいと当時出席していなかったお偉いさんたちの意見なのだが、わからないのも当然だ。
何故なら、そのパーティーを襲ったのは複数ではなくたった一人なのだ。しかも、それは他でもない―――俺自身なのだから。
当時の俺は復讐をすることだけを考えていた。
あの日、彼女を―――ユエラを滅した天蘭院 志恵那に復讐する事だけを胸に生きていた。血の滲む思いで修業し、『終焉の魔女』と言われている霊能力者の下に弟子入りし、それこそ死を覚悟したりもした。
そうして力を手に入れた俺は、そのパーティーの最後で全員の不意を衝いてフェンリルを召喚し、その場にいた全員の、俺に関する記憶を封印してもらい別の記憶と擦り替えた。
それで終われば良かったのだが、流石は十二天族。
記憶が混乱して意識も完全にははっきりしていない状態で俺を敵と認識して攻撃してきた―――まあ、俺に関する記憶が入れ替わっているので無理もない。
本当ならその場から逃げても良かったのだが、当時の俺は力を手に入れて命を懸かった戦いを望んでいたのかつい相手をしてしまった。その結果、パーティー会場は全焼。負傷者を多く出した。
最後までしつこく追って来た天蘭院 綾香とは燃え盛る会場の中で戦い、最終的に崩れてきた天上のせいでお預けとなった。
その際にフェンリルを出したままだったので、十二天族達は「黒い狼の霊獣を従えている者が襲撃者のリーダー」と考え、未だに捜査しているらしい。
なので疑われても当然と言えば当然か。
だが今ここで正体がバレルのは避けたい所だ。
「結構群れで行動してましたから同じ霊獣を従えている人は他にもいると思いますよ。それに、俺のは霊獣じゃなくて神獣の方ですから」
「それもそうだな。悪かったな、変な事を訊いて」
「いえいえ。疑うのも無理はないです」
とりあえず疑いの目は逸らせたので今回はこれでいいだろう。この先でまたそんな事があればその時に対処すればいいだけのこと。
「それじゃあ私は上に戻るよ。咲恵にお前が大丈夫だったと言わないといけないからな」
そう言って隼美先輩は観客席へと戻って行った。




