第二十七話「尾行者」
「見て見てお兄ちゃん。すっごいでしょ♪」
語尾を弾ませながら目の前のを指さす。
ニーナに引っ張られて中庭に出た俺達が先ず目にしたのは入り口を塞ぐようにあった焦げ茶色の壁だ。
こんな所にこんな物はなかったはずだ。
恐る恐る横から回り込んで全体を見渡せるところまで行く。
「これは・・・」
「・・・何?」
付いて来たオルスレッドが俺の言葉の続きを言いながらそれに触る。
「熱っ!」
触れるとジュッと音がした。
まるで焼きたての何かだ。微かに肉の焼けるいい匂いがするのは気のせいか?
「ニーナ、これは?」
「すっごい大きな霊獣の丸焼き! ティウナさんに〈シフト〉を教えて貰ってるときにね、お兄ちゃんが帰って来る少し前に中庭に現れたの。それを、ティウナさんが炎で焼いたの♪」
いや、それ・・・楽しそうに言う事じゃないからニーナ。
霊獣の丸焼き?
そんな事をする奴は聞いたことがないぞ。そもそも何の霊獣だこいつは。
目の前の焼かれた肉の塊は見上げる程大きかった。恐らく腹であろう高さは家の二回にまで到達している。
「ちょっと桜華! この霊獣って・・・」
「何か分かったか?」
肉の塊を調べていたオルスレッドは驚愕の顔をしながらこちらを向く。
「これ・・・バルザーゴだよ。間違いない」
「なっ! マジか・・・」
「ああ、間違いないよ。ほら、これ」
そう言ってポーチから短剣を取り出して何かを切り取って見せる。
それは炎で焼かれたのに真っ白で、骨のような物だ。
「バルザーゴの角だよ。こっちは牙だ。それにそっちは爪だよ。特徴が一致してる・・・これ、貰っても良い?」
目の前の高ランク素材に目が眩んだのか、オルスレッドは一心に素材を切り取っていく。その姿はまるで宝物を見つけた時の子供のようだった。
隣でニーナがくすくすと笑っていた。
なるほど。
だからティウナの奴の機嫌が良かったのか。
大方、純度100%の霊石でもゲットしたのだろう。宝石や霊石といったキラキラしたものが大好きだったからな。今度会った時には指輪にでもしてそうだな。
◇
「「「ごちそうさまでした(!)」」」
俺の家のそれなりに大きな食堂に、俺とニーナ、さらにオルスレッドの声が響く。
オルスレッドが素材を切り取った後、俺と二人で丸焼きバルザーゴを解体した。食える部分と食えない部分に分け、食えない部分は家から少し離れた所に穴を掘って埋め、食べれる部分の半分程はアクティナの市場に持って行った。
夜になったとはいえ、アクティナには結構な数の人がまだいて、市場はそれなりに賑わっていた。
そんなところに俺がバルザーゴの肉を持って行ったのだから、さあ大変。
市場は荒れるは荒れる。
話を聞きつけた他の商人が駆けつけてバルザーゴの肉の奪い合いだ。ただし、既に焼かれているので、今日明日、明後日には食べないといけない。よって、今日の晩のメニューには俺達がついさっき食べていたのと同じバルザーゴの肉が並んでいるはずだ。
「いや~、久しぶりにこんな美味しい肉を食べたよ。食材の高級さはあるけど、ニーナちゃんの料理の腕も上手いね。より一層おいしかったよ」
「お、お粗末様でした」
食器を片づけながらニーナは頭を下げる。
俺達も手伝おうとしたのだが、ニーナにやらなくていいと押されてしまった。本人が楽しそうだから気にしなくていいか。
その後すぐにオルスレッドは帰って行った。
もちろん、師匠のお土産も忘れずにだ。あれでご機嫌を取ろうとしているのだろうけど、あの人の機嫌はそんなことでは取れないと思う。下手をするとティウナよりも頑固な人だからな。
精々頑張れよ。
それからニーナに今日一日の話を聞いた―――もとい、聞かされた。
最初こそは楽しそうに話していたが、俺の事をティウナに聞いたと言う話になってから暗い雰囲気になった。
無理もない。
大切な人を滅され、復讐の為に費やした時間。
力を手に入れる為にしてきたこと。その力をどう使うか。何の為に使うのか。
それらは12歳の子供には重すぎる話だ。
どうにか話を変えようと思った時には既に、ニーナは吹っ切れていた。何を考えたかは知らないが、どうやら頭の中の整理は終わったらしい。
そう言えばニーナの服がないことに今さら気が付いた。
今来ている白のワンピースはかつてユエラが来ていた物だ。サイズが合うかどうかは微妙だったのだが、何枚かは着れたので何とかなってはいたが、流石に数枚はきついので、明後日の休みの日にアトラントへ買い物に行くことになった。
服を買いに行くか、と言った時のニーナの喜びは半端じゃなかった。
最初は悪いです、と断っていたが、家族だから気にするなと言ったら諦めてくれた。
ん~・・・。
こんな会話を誰かが言っていたような気がして考えると直ぐに誰かわかった。俺の父さんだ。ユエラの時も同じことを言っていたな。家族だから気にするなと。
流石親子。似る所は似るんだな。
似ないでいい所は似ないで欲しかったが・・・。
色々と雑談をしていると、いつの間にかニーナが俺の身体に寄りかかって寝ていたのでそっと抱きかかえて部屋に運んでベッドに寝かした。
それから俺も自分の部屋に戻ってベッドに寝転び、意識を深い闇へと落した。
◇
「晴れて良かったね、お兄ちゃん」
それから数日。
今日は学園が休みの日だ。
そして、ニーナの日用品を買いに行くと決めた日でもある。
早朝から、太陽がまだ出ていない時間からニーナに起こされてしまった。そんなに楽しみだったのか。
「どこの町に行くの?」
「アクティナでもいいんだが、アトラントに行く。あそこの方が揃いは良いし、結構いいのが売ってるからな」
アトラントと言う言葉にニーナは一瞬身を強ばらせるが、すぐに戻る。
まだあの日から一週間しか経っていない。怖がるのも無理はないが、俺がいるし、認識阻害の霊術を使えば大丈夫だ。
「そう言えば、どうやってアトラントまで行くの? 迷いの森を抜けるとなると時間が掛かるよ?」
「その事なら心配するな。一瞬で着く」
ニーナの傍に行き、霊術を発動する。
「ポイントαからβへ・・・〈座標交換〉」
足元に『β』の文字が浮かび上がり、体を光が包む。ニーナはあまりの眩しさに目を閉じる。そして、目を開けるとそこにはアトラントの城壁があった。
「今のは・・・?」
「限定的なワープだ。ポイントをあらかじめ決めておき、そこにワープする霊術だ。さ、行くぞ」
「は、はい」
歩き出すとニーナが俺の手を握って来る。
傍から見て兄妹と思われることを祈っておこう。
俺達が先ず立ち寄ったのは服屋だった。しかも、美永瀬が言っていた〈セルス〉だ。あそこはブランド店と言われているが安い物も売っている。特に多いのは女の子の、それも子供から高校生に向けての服だ。
「わぁ~、どれにしようかな~。こっち? それともこっちかな? あ、でもあれもいいな~」
「・・・・・・」
子供用―――正確には12歳で中学生に属するのだが、見た目がまだ子供で背が小さいので子供用でも着れてしまう―――の服が並んでいる場所で、ニーナはいろいろな服を手に取っては鏡の前で体に当てて選んでいる。
楽しそうにしてくれているのはいいのだが、手持無沙汰の俺はどうしても居心地が悪くなってしまう。
何故なら、いくら子供用売場とはいえこの店の中にいる男が俺一人だからだ。
傍で店員がニーナの服選びを手伝っているし、入って来た時には兄妹と間違えられたいいものの、やはりこれはきつすぎる。
他の客の視線が痛すぎる。
主に中学、高校生以上の女子の視線が突き刺さる。それも入って来たばかりの女子だ。
時々ニーナが服を持って俺の所に来てはどっちがいいか訊いて来るので、それらの視線が消えるが、また入って来た女子からの視線が来るのは止めて欲しい。
かれこれ二時間くらいニーナの服選びが続いている。
腰かけている籠にはニーナが選んで決めた服が大量に入っていた。半妖は成長する速さが普通の人間より遅いので、買い込んで着られないということは殆どない。
ちなみに、ニーナの年齢は人間換算で12歳だが、今は〈シフト〉しているだけで実際は半妖なので実年齢はもうちょっと高い。
完全な妖怪でないから100歳ではないはずだ。
いったい何歳だ・・・、
―――パコッ
「イテッ」
何かに頭を叩かれ、顔を上げるとニーナが嬉しそうに立っていた。顔は笑っているが気配は笑っていなかった。
「お兄ちゃん。今失礼なこと考えてたでしょ」
「・・・・・・」
鋭い。
女と言う生き物はどうしてこう鋭いのだろうか。母さんも釘宮のおばさんも皆鋭すぎる。
「お詫びに次行くよ」
「お、おい」
俺の手を取るニーナ。
荷物はと言おうとして振り返ると、店員が営業スマイルで荷物を持って付いて来ていた。
「どこに行くんだよ」
「下着売り場だよ♪」
「なっ・・・そ、そんなところに俺を連れて行くな」
語尾を弾ませて言う事ではない。
こいつには恥じらいという物がないのか。
いくら家族と言ったからってこういう事に男である俺に見られたり聞かれたりするのは恥ずかしいはずだ。
脚を止めてニーナの引っ張りに堪えようとすると、後ろから肩を押された。
「な、え・・・ちょっと、なにするんですか」
「ささ、お兄さん。妹さんの下着を選んであげてくださいよ」
笑顔で俺の肩を押す店員。
この笑顔は営業スマイルなんかじゃない。れっきとした正真正銘、本心からの笑顔だ。しかもこの状況を半分楽しんでやがる。
「こ、これ以上俺に恥をかかせるな二人とも!」
「可愛いの選んでね、お兄ちゃん」
「私がエスコートしてあげますから、ほら」
エスコートは男性が女性に付き添って送ることを言うんであって意味が違う!
俺の静止の言葉も行動も意味をなさず、女性用兼子供用下着売り場へと二人に連行されてしまった。
◇
桜華がニーナと店員に引っ張られて下着売り場に連れて行かれる様子を、少し離れた場所から二人の女子が隠れながら覗いていた。
「あ、の野郎~。いくら妹だとは言え、下着売り場にまで付いて行くか?!」
「ちょっと加菜恵。言葉が汚いよ」
桜華の事を隠れてこっそりと覗いていたのは、桜華と同じ学園の、しかも同じクラスの美永瀬 加菜恵と天蘭院 綾香だった。
「にしてもあいつ、妹なんかいたんだ」
「うん、びっくりしたよ」
下着売り場へと移動した二人を追いながら、私は今の状況になった顛末を思い返していた。
◇
「綾香~。家に帰ろうよ~」
「もう、加菜恵ったら。期末試験で使うタクティカルアーツの強化儀式に必要な素材を買いに行くって言い出したのは加菜恵だよ」
アトラントの東にあるショッピングモールの中のコーヒーショップで待ち合わせをしていた。
加菜恵は来て早々に帰ろう言い出した。
誘って来たのは加菜恵なのに。
「ほら、行くよ」
「暑い~」
六月に入ってからは一気にじめじめしだしたので、まるでサウナにでも入っているような暑さが始まった。
ここのショッピングモールには雑貨からアクセサリーに日用品。さらには武器に霊術、タクティカルアーツの儀式、部分強化素材までも売っている。
買えない物はないと言われるくらいだ。
二人で目的の店に向かっていた途中、綾香は急に立ち止まった。
「どうしたの? 綾香」
「加菜恵・・・あれ」
信じられないと言う顔でどこかを指さす。
あたしもその方向を見て綾香と同様に固まった。何故なら・・・、
「お兄ちゃん、どこへ行くの?」
「まずは服を買いに行く。今着れる服が少なかったからな」
そこには、朱色のコートを着た制服姿ではなく、黒い龍のような柄の入った白色のTシャツに黒色のジャケットを着て肘まで捲り、紺色のジーンズを穿いた・・・滅多に―――と言うか一度も見たことがない、私服姿の天ヶ咲 桜華の姿があった。
その横には、手を繋いで12か13歳くらいの女の子が一緒だった。
「うっわ~。なんか、服の組み合わせはありだけど、色が地味じゃない? まあ、あいつにすればあの色は似合ってるけど・・・綾香はどう思う?」
「はぅ・・・天ヶ咲君の私服姿、初めて見た」
「・・・・・・」
綾香は完全に蕩けきった表情で天ヶ咲の後姿を見つめていた。
駄目だ。
この状態になった綾香はあたしでも戻すのに時間が掛かる。そんな綾香をいったん放っておいて、再度天ヶ咲を見る。
いつもの冷たい表情とは違って、少し嬉しそうだった。
あんな天ヶ咲は見たことがない。
「ん~」
未だに蕩けきっている綾香を見て、どうしようか悩む。こうしている間にも天ヶ咲の姿が小さくなって来ていた。
「よしっ!」
綾香の手を取って立ち上がる。
「ほえ?」
「いくよ、綾香!」
「ちょっ・・・どこへ行くの?!」
「もちろん、天ヶ咲の後をつけるに決まってるでしょ!」
見失わないように全力で走り出す。
綾香が引っ張られながら悲鳴を上げているが気にしないで走り続けた。
◇
「ん~・・・」
「はぅ~・・・」
あれから天ヶ咲はニーナと言う妹―――正確には「お兄ちゃん」と呼んでいただけで、定かではない―――と服屋を出た後、身の回りの家具や雑貨を買っていた。
その後でお昼ご飯を食べて適当にぶらぶらするだけだった。
これといって収穫は・・・あたしにはなかったが、あれからずっと蕩けている綾香からするとかなりの収穫があったようだ。
最後は小さな遊具がある所で遊んで帰って行った。
「綾香~。いつまで惚けてる気?」
「ふぇ・・・あれ、天ヶ咲君は?」
ようやく意識が現実に戻って来たのか天ヶ咲を探してあたりをきょろきょろ見渡す。
う~む。
ここまで綾香に思われている天ヶ咲には嫉妬すら感じる。
だが、その天ヶ咲は綾香の姿を見るといつも嫌そうな、まるで憎んでいるような顔をする。あれについてはあたしも綾香も心当たりがなかった。
何故、天ヶ咲が綾香の事をあんな目で見るのか、どうしてあんな殺気を送るのか分からない。
ただ言えるのは、二人の関係がこのままだと進展することはないと言うことだ。下手をすると綾香の心が傷ついてしまう。
それだけは何としても避けたいが・・・綾香の願いは叶えてやりたい気持ちもある。
ん~。
どうしたものか。
「はぅ~、今日は良い物が見れてよかった~」
「それは良かったね」
なんかだんだんと腹が立ってきた。
この怒りをどこにぶつけようか。いっその事期末試験で天ヶ咲をブッ飛ばしてやろうか。
「・・・でも」
「ん?」
そんな綾香の表情が暗くなった。
「何か、引っ掛かるのよ。あんな嬉しそうな表情の天ヶ咲君は初めて見た・・・ハズなんだけど、どこかで見たような気がするのよ」
「ふ~ん。綾香が忘れるなんて珍しいね」
店員が運んで来たストロベリーパフェを突きながら綾香を見る。
その表情が痛みに耐える表情だとやっと気が付いた。
「って、どうしたのよ綾香。どこか調子でも悪いの?」
「違うの。天ヶ咲君の事を考えて、何かを思い出そうとしたら、いつも頭痛が・・・」
「頭痛・・・」
綾香もか。
あたしも時々ある。
この間の模擬戦の時なんてそうだった。あいつの気配と殺気が変わった瞬間、あたしは背筋に走るものと同時に激しい頭痛に襲われた。
それはまるで、思い出すのを拒む痛みだった。
「それってもしかして・・・思い出すのを拒むような、痛み?」
「え・・・加菜恵も?」
綾香とこれはいったいどういう事かと見つめ合う。
あいつがいったい何者なのか。知りたいけど、知れば後戻りが出来なくなるような気さえした。
んー・・・
ちょっとやり過ぎたかなw
ニーナの大胆さと
綾香の蕩けっぷりを書いてみたんですけど、
ちょっと・・・ねぇ。
そろそろ期末試験に入ろうと思います
それではまた




