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第二十六話「変化」

―――チュン、チュンチュン

 少し開かれたカーテンの隙間から朝の光が差し込み、薄暗い部屋をほのかに照らす。

 差し込んだ光が顔に当たり意識が次第に覚醒していく中、不意に誰かの気配を感じた。しかし、この家には俺以外の誰かがいることがおかしいと気づき、起きようとした瞬間・・・、

「起きてください、桜華さん。朝ですよ」

 元気のいい、女の子の声が耳に響く。

 その声に導かれて目を開けると純白の髪の毛に銀色の瞳。頭には獣耳が生えていて、元気そうな女の子がベッドに両手を付いていた。

「あ、起きました?」

 目をらんらんと輝かせながらその女の子―――ニーナは首を傾げる。

「ああ、ニーナか・・・おはよ」

「はい、おはようございます。朝ご飯が出来ているので早く来てくださいね」

 ぺこりと頭を下げてニーナは部屋を出て行く。

 少し前までは誰かに起こしてもらうなんて考えもしなかった。

 ニーナを家に連れて来てからは徐々に何かが変わってきているような気がするが、それが何なのかは俺には分からなかった。

 しばらくベッドの上で寝転がっていたが、頭を切り替え、制服に着替えて朱色のコートを羽織ってニーナの待つ食堂に向かった。


 食堂に着くと、これまた朝ご飯にしては少し豪勢な食事が並んでいた。

 卵とベーコンを焼いて、パンの上に乗せたものと、クリームのいい匂いがするスープ。そして大きな皿に入れられた野菜が用意されていた。

 一人暮らしなので俺もある程度は作れるがこれはレベルが違う。

 とりあえずいつもの席に着いて既に置いてあった食事を食べ始める。それからすぐにニーナも向かいの席に座って朝食を食べ始めた。

「桜華さん、今日も学校ですか?」

「ん? ああ。俺の学園はあまり休みがないからな。それより・・・」

「なんですか?」

 ここ最近気になっていたことがある。

「その、桜華さん・・・ってのは止めないか? 聞いてるこっちがむず痒くなる」

 ニーナを家に連れて来た日から数えて今日で四日目だ。

 初日の方こそ戸惑っていたが、二日目辺りから打って変ったように慣れ始めたのだ。順応力が高いと言うか、何と言うか。

 そんなこんなでニーナが俺の事を呼ぶときは決まって『さん』がつく。

 あまり敬語を使われるのは馴れていないので変な感じになる。

「それじゃあ、どう呼べばいいですか?」

「ああ、敬語もやめやめ。堅苦しいのはなしだ。そうだな・・・それ以外ならまあ、なんでもいいかな」

「と言われても・・・。あ、そうだ。冷蔵庫の中が空っぽになってきたんですよ」

 いい案が思いつかなかったのでか、話を逸らされたがまあいいだろう。

 普段は俺一人分しか買ってこないから二人分を作ると食材が早く切れるのは当たり前だ。

 買い出しに行っていなかったことに少し反省する。

「そう言えば、ニーナは半妖だけどベースはどっちだ?」

「えっと・・・人、だとお母さんから聞きました」

「なら好都合だ」

「何がですか?」

 スプーンを口に銜えたまま首を傾げる。

 ニーナのこの首を傾げるのは癖なのだろうか。それともわざとなのだろうか。

「〈シフト〉は・・・出来ないよな」

「なんですか、それ」

「ああ~・・・言いにくいな。ティウナにでも教えさすか」

「ティウナ・・・さん?」

 最後の一口大のパンを口に放り込み、牛乳と一緒に流し込む。

「ニーナと殆ど同じ、人型の妖怪だよ。あいつなら〈シフト〉の仕方もしっているだろう」

「桜華さんって、いったい何者なんですか? 私を庇ったり、私に居場所をくれたり、霊や妖怪となかよかったり。他にも・・・」

 気になることが十は確実に超えていた。

 やはり気になるのだろう。

 この家から一歩外に出ればたちまち人から避けられ、虐められる―――アクティナは別だが。

 そんな世の中に俺みたいな奴がいれば誰だって不思議に思うだろう。

 隠す気もないし、俺について教えてやってもいいが話が長くなってしまう。それに、自分の事を他人に話すのは少しばかり抵抗がある。

「その辺の気になることは全部ティウナにでも聞けばいい。報酬さえ渡せば何でも答えてくれるからな。報酬はこっちで渡しておく」

 それから学園に行く用意を見直してから、ティウナの奴を呼んだ。

 最初は物凄く面倒そうだったが最近手に入ったばかりの良い酒をやるといったらすぐに了承してくれた。それからニーナと合わせると、どうやら気に入ったらしくさっそくいろいろ教えていた。

 同じ獣同志、通じ合うものがあったのだろうか。


                ◇


 今日はいつもより少し早く起きたせいか三十分ほど余裕があった。

 迷いの森をいつもは走って通るのだが、いつもの時間が迫るまでゆっくり歩くことにした。早朝なだけあって虫や動物、さらには霊獣の姿を殆ど見かけない。

 異様に静かな森を散歩気分で歩いていたが、あまりに動物と霊獣の姿を見ない事に違和感を覚えた。

 この森には霊獣がかなり生きている。

 それこそ、一歩歩けば出くわす程にだ。それなのにこの静けさ。

 なにかあるなと思った俺は辺りを調べることにした。


 調べ始めてすぐに霊獣たちの姿が見えなかった理由が判明した。

 学園への行き道から少しそれた所にある、霊獣が以前争ったであろうその場所に―――そいつはいた。

 全長六メートル。イノシシのような顔をし、鼻からは三十センチほどの角が生えていて、さらに左右から大きな牙が二本生えている。

 大きく出た腹は茶色の毛に覆われている。

 見ただけでそいつが二足歩行が出来ることがわかる前足と後ろ脚。

 前足―――より正確には両手には鋭く研ぎ澄まされた爪。太く、そして長い尻尾。

 なによりもそれが寝ているにも関わらず漏れ出す威圧感。

 そいつを俺は、知っている。

「おいおい、どうしてこんな奴がこんなところにいるんだよ」

 その霊獣の名前は・・・バルザーゴ。

 Aランクの、しかもAAランクに属する霊獣だ。

 性格は非常に荒く怒りやすい。食い意地も荒く、こいつと出くわした霊獣や動物は皆喰われてしまう。

 しかも好戦的で、『連合』の奴らも手を焼く霊獣だ。

 そんな奴がこんな所で寝ているのだ。他の霊獣たちがいないのも頷ける。

 本来ならばこんな危険な奴は即刻排除しなければならないのだが、生憎とこいつに関しては無視してもいだろう。なぜなら、このバルザーゴは縄張りという物を持たないからだ。それがこんな所で寝ている理由の一つだ。

 強いが故に、他の霊獣の縄張りに悠然と侵入する。

 好戦的が故に、戦って死ぬことに躊躇いを持たない。

 だから放っておけばいつかここから去る。無駄な苦労をせずとも無事でいられると言う訳だ。今回ばかりは俺も関わらないことにした。


                ◇


 バルザーゴの事を無視して学園へと到着する。

 森の異変を調べるのでかなり時間を取ったらしく、教室に着くと同時にチャイムが鳴った。

 今日の一時間目は体育なのでHMが終わると同時に女子は第二体育館にある更衣室へ、男子はこの教室で着替えてグラウンドへと向かった。


「今日は来るのが遅かったじゃないか、桜華」

 体育の時間。

 教師によって俺等はグラウンドを走らされ、女子は棒高跳びをしている。そんな中オルスレッドが俺の到着が遅かった理由を訊いてくる。

「天蘭院さんが心配していたよ。いつもの時間に君が来ない・・・何かあったんじゃないかってね」

「なんであいつが俺の事を心配なんかするんだよ」

「さあ、なんでだろうね」

 何か含みのある答え方をいつもの笑顔でする。この笑顔を見ていると腹が立つのは俺だけだろうか。

 走り終わった次は幅跳びだった。どうやら一通りの陸上種目はやるようだ。女子は短距離走をしている。

 その後もなお食い下がる気のないオルスレッドを無視してもよかったが、しつこく訊いて来るので答える。

「迷いの森の様子がおかしかったからな。ちょっと調べてたんだよ」

「それは興味深い話だね。それで、何か見つかったの?」

 興味津々と感情に出してお互いの距離を詰めてくる。六月とはいえ今日はかなり熱いので余計に熱くなる。

 少し距離を取りながら今日見たことをオルスレッドにも話す。

 この手の話に興味を持ち出すと引かないので話すのが一番手っ取り早い。まあ、話さなければいいだけのことだったのだが。

「アトラントから南に降りて山を越えた梺辺りにAAランクのバルザーゴがいたんだよ」

「バルザーゴだって!?」

 オルスレッドは大声を出して驚く。

「バカ、声がデカい」

「ごめん」

 幸いにも周りには誰も居なかったので聞かれてはなさそうだった。

 その後から詳しい事情を話したのだが・・・。


 放課後。

「よし、それじゃあ行きますか」

「おい、こら待てオルスレッド。どこへ行く気だ」

 学校が終わって商店街に寄って買い物をした後に家に帰ろうとこれからの予定を考えながら席を立つと、同時にオルスレッドも立ち上がってそんな事を言い出した。

「どこって、バルザーゴを探しにだよ」

 幸いにも早々とクラスメイトが出て行ったのでこいつのバカ発言を気にする者はいなかった。

 AAランクの霊獣を自分から探しに行こうとするやつはまずいない。いるとすれば自殺志願者くらいの者だ。ということは、とうとうこいつの頭もおかしくなってしまったのか。

 憐れみに念を送って教室を出る。

 その後ろをオルスレッドが当たり前のように付いて来る。

「今さっき僕の事を憐れんだでしょ」

 鋭い。読心術かと一瞬思ったがどうやら顔に出ていたらしい。

「バルザーゴの鼻から伸びてる角はタクティカルアーツの強化儀式に必要で重要な、しかもかなりランクの高い素材なんだよ? 牙と爪はその切れ味の鋭さから新たな武器や、部分強化にも使えるし、あの毛皮は貴族の間ではかなり重宝されてる」

 学校からの帰り道、オルスレッドはバルザーゴに関することを一人延々と話していた。

 確かにバルザーゴはその強さからかなり高いランクの素材が取れる。中でも一番高ランクで、しかも希少なのはAランク以上の霊獣の身体の中で生成される純度100%の霊石だ。

 一立方センチメートルあたりの大きさが100Lで取引される程だ。

「あの太い尻尾の筋繊維は細いのにも関わらず強度があるから、服や戦闘服の繋ぎに利用されてる。さらに肉はAランク食材で物凄く美味と聞く。これはもう狩るしかないでしょ」

「危険を冒してまで狩る気はない」

 西の門に到着して学生手帳見せて外に出る。

 そして整備された道を南に向かって歩き出す。あれからずっとしつこく付き纏って来るので場所には連れて行くことにした。


 迷いの森に入ってから一時間ほどで今朝バルザーゴを見た付近に到着する。

 物凄い勢いで飛ばして来たから結構速く着いた。

「この辺り?」

「・・・・・・」

 答えずに黙って辺りを見回し、目的の場所を見つける。

 その場所には既にバルザーゴの姿はなかった。あれから何時間も経っているのだから当たり前か。

 追跡霊術を使ってみても相当時間が立っているので行方は分からなかった。

「残念だったな。もうこの辺りにはいなみたいだ」

「そっか。そりゃ残念」

「俺は帰る。お前なら一人で帰れるだろ」

 そう言って家の方に向かって歩き出す。東の方の森にはあまり立ち寄らないが、西と南の森は毎日通り抜けているのでもはや自分の家の庭のように感じる。時々ここが危険な場所だと忘れてしまうくらいにだ。

 それから家に帰り出したのだが何故かオルスレッドが俺の家に晩飯を食べに行くと言い出した。今家に来られるとニーナの事がバレてしまうので断ったのだが、頑なに行くと言い張って聞かなかったので諦めた。

 こいつに知られたところで言いふらしたりはしないので気にしないでおこう。


 家に着く頃には日は完全に沈んでいた。

「いや~、桜華の家に来るのは久しぶり・・・ん?」

 屋敷と言っても過言ではない俺の家を見上げたオルスレッドは眉を顰めた。無理もない。家には既に明かりがついているのだから。

 一階の明かりは薄暗くだが部屋以外全てついているようだ。

 別棟の食堂の明かりはより一層光っていた。

「ちょっと桜華。明かりがついてるよ。誰かいるの?」

「・・・質問は一切なしだ」

 鉄の大きな扉を通って家の玄関を開ける。

 あの日から四日しか経っていないが自然と言葉が出た。

「ただいま」

「・・・へ?」

 少し大きめの声でそう言うとオルスレッドは間抜けな声を出した。おれがいきなり「ただいま」なんて言ったらビックリするだろうな。

「いったい誰にあいさつを・・・」

 そう言い掛けたオルスレッドの言葉を遮るように小さな足音が聞こえ、誰かが駆け寄ってくる。

 純白の長い髪に年相応には見えない容姿。

 それに頭から生える・・・あれ?

「おかえりなさい・・・お兄ちゃん!」

「ただいまニーナ・・・って、うおっ」

 俺の手前でジャンプして抱き着いてくる。それを受け止めて頭を撫でる。

 その頭には今朝にはあった耳がなかった。良く見ると尻尾も消えていた。

 ということは・・・。

「良く見たら〈シフト〉がちゃんと出来てるじゃないか。ティウナの教えが良かったのかお前の才能なのか・・・どっちにしろ良かったな」

「うん♪ ティウナお姉さんが優しく教えてくれたの」

 ニーナは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 何かいろいろ気になる所があるぞ。

「ティウナお姉さんって・・・それに今、俺の事をお兄ちゃんっ言わなかったか?」

「言ったよ。ティウナお姉さんに何て呼べばいいかな? って相談したら、『あいつは生粋のロリコンだからそう呼んでやれ』って」

「っあ・・・の、化け女っ」

 好き勝手に言いやがって。誰がロリコンだと? あいつにだけは言われたくないな。

 今度会ったらこき使ってやる。

 ニーナを抱いたまま振り返るとオルスレッドが固まったまま立っていた。その目には信じられないという光があった。

「お、桜華? その子は、いったい・・・」

「質問は無しだと言ったはずだ」

 とりあえず自分にもどうしてニーナを家に連れて来たのかはっきりしていないので黙っていてもらう。

 物凄く訊きたそうだったが目で訊くなと言うと、仕方ないと肩を竦めて諦めた。

 その代りいつもの俺を観察する目に戻った。

「その後でね、『今の妾は機嫌がいい。せめてそう呼ぶときは家族であることを思い、呼んでやれ』だって」

「機嫌がいい?」

 あいつが機嫌がいいなんて口に出すなんて・・・いったい何があったのだろうか。

 いつも不機嫌そうな顔をして酒、酒言っている奴が上手い酒を手に入れてもなかなか機嫌が良くなることはなかったのに今回に限っては機嫌がいい・・・か。

 本当に何があったのだろうか。

「あ、そうだお兄ちゃん。こっち来て。見せたいものがあるんだ」

「見せたいもの? って、どこへ行く気だ」

 俺の腕から飛び降りたニーナは、俺の手を引っ張り走り出した。


桜華、ティウナに『ロリコン』扱いされてましたねw


え?

ティウナが誰かですって?

それは後のお楽しみと言う事でw

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