もう一つの第二十三話
第三実技棟のフィールドを真っ白い霧が覆っている。
さっきまでそこで十二天族の紅快天と彼が模擬戦をしていた。いや、恐らくまだ続いているはずだ。
でもフィール全体を覆う霧は二人の姿を見せてはくれなかった。
私は自分でも緊張している事がわかった。いつしか右手は胸の前で強く握っていて、汗が滲んでいるし、鼓動が早くなっているのも感じられた。
霧が晴れるまでの間。私はどうしてこうなっているのかを思い返す。
部活勧誘期間最終日。
なんとか無事に今年度初のイベントを終え、私は生徒会室で資料の整理および後始末をしていた。
各部活や委員会がこの期間の間にどんなことをしたのか、模擬店を出したところの売上金額を書いた書類や騒動の始末書。はたまた今回のイベントに参加した生徒の仕事の書類をまとめていると、風紀委員の隼美 千慧が扉を勢いよく開けて入って来た。
「どうしたんですか千慧さん。そんなに慌てて」
「天蘭院。悪いが模擬戦を行うからすぐに書類を用意してくれ」
その後は理由を訊く時間が無い程に急かされながら書類を用意した。
その書類に風紀委員の元で正式に行う模擬戦であることを証明すると書き、誰が行うのかを書く欄に名前が書かれるのを見て驚いた。
「一年の紅快天と・・・天ヶ咲君?!」
彼の名前を見て驚いた。
今まで彼が試合をしているのを見たことがない。
正確には、試験で試合はしているけど彼はいつも後衛で補助をしていて、前衛に出ることも、ましてや一対一をする所なんて見たことがなかった。
「ああ、そうだ。ついさっきちょっとしたいざこざがあってな。どうせなら模擬戦で決めろって言ったんだよ」
「いったいどういう事か説明を・・・」
「すまんがそんな時間はない。第三実技棟の準備があるからな。知りたければ一緒に来い」
そう言って出て行く千慧さんを追いかけるように、今日の仕事を書記の子に任せて出て行った。
第三実技棟に着くと、私は言葉を失った。
帰ったはずの一年が全員と言って良い程集まっていた。良く見ると二年生から四年生も集まっていた。下手をすると全校生徒が来ているかもしれない。
今回の部活勧誘で出した食べ物の売れ残りを売っている生徒もいた。
「これは・・・」
隣で千慧さんも驚いているようだった。
その後いろいろ生徒に訊いた結果、一年の紅快天の呼ばれて来たと言う。
何でも、紅快天が自分の近くにいる生徒を使って他の生徒を呼び出し、二年から四年の先輩に対しては自分が三年を倒すと煽って呼んだらしい。
「千慧さん、どうしましょう」
「いったん控室に行こう。あいつも来るだろうからな」
千慧さんに付いて行き、途中で加菜恵と会ったので強制連行して控室まで向かった。
控室に来てから少しして彼とオルスレッド君が入って来た。
私の顔を見るなり彼は嫌そうな顔をしたけれど、今は気にしている場合でないと言い聞かせ来たばかりの彼に詰め寄った。
「ちょっと天ヶ咲君。これはいったいどういう事!?」
詰め寄ると明らかに彼はさっきよりも嫌そうな顔をしたが答えた。
「俺が知るか。聞くなら隼美先輩に訊け」
私は千慧さんに今度こそ説明をしてくださいと求める視線を送った。
「いや~、どうも紅快天とその取り巻き共が呼んだらしくてな。気づいた時にはもう遅かったんだよ」
「遅かったって・・・たかが模擬戦でしょ!?」
「それがどうも向うは本気で天ヶ咲を自分のサポーターにしたいらしい」
「サポーター!? どういうこと」
何だか嫌な単語が出てきて更に説明を求めた。
「要するに、あっちが勝手に天ヶ咲君を引き抜きたがってるだけってこと?」
今回の出来事の発端を掻い摘んでだが聞いた私はあまりにも無茶な要求を聞き返す。
「要約するとそういうことだ」
「くっ、だ、ダメ・・・あはははははっ」
その話を聞いた加菜恵はお腹を押さえ込んで笑い始める。
四人しかいない静かな控室に加菜恵の笑い声が響く。ちなみに千慧さんは外の様子を見に言っている。
「ははははっ・・・さすがお嬢様だね。でも天ヶ咲を専属サポーターにしようって、どういう頭してんだろ」
「・・・お前、何気に酷いことを言うな」
「そうだよ加菜恵。・・・私だって専属サポーターにしたいのに・・・」
「何か言ったか?」
「え、ううん。何も言ってないよ」
「・・・・・・」
彼は疑いのような視線を送って来る。
だが私はさっき言ったことをもう一度言う気にはなれなかった。
専属サポーター。
一言で言えば、自分に合ったサポート役の人と契約をしてお金を払い、自分が求めた時にサポートしてくれる人の事を指す。
これに関しては申請も許可もいらないが、学生の内にこの契約をすることはなかなかない。
なぜなら、学生の内は戦闘スタイルも性格も大きく変わる時期なので、そんな時期に専属サポーターを持とうという者はなかなかいない。
でも、そのサポート役が彼なら話は別だ。
彼はどんな人でも確実に、そして精確にサポートする。
それが彼がこの学園で有名な理由だ。
私も何度か彼に補助・強化霊術を掛けてもらったことがあるので良く分かる。こちらのデータを教えていないのに完璧に補助してくれた。
だから紅快天が彼を欲しがる理由も何となくわかる。
そして、専属サポーターにはもう一つ、別の意味がある。
それは―――遠回しでいう告白だ。
自分の能力、癖、スタイルなどを相手に教えると言う意味で、いつの間にか関節告白じみた意味も付いていた。
私の場合は、どちらかと言うと・・・後者の方だ。
だが、何故か私は彼に嫌われているのでその願いは叶えられないのだ。
それからしばらくして千慧さんが出て行った時よりも申し訳なさを浮かべて戻ってきた。
「どうしたんですか、隼美さん」
「天ヶ咲、すまんな。ちょっと予想外なことが起こった」
「予想外なこと?」
尋ねると千慧さんは、あ~、んー、とか言いながらどう伝えたらいいのか頭を掻きながら考える。
そして、何か諦めたふうに溜息を付いた。
「なんて言ったらいいんだろうな。まあ、なんだ。簡単に言うとだな・・・賭けが行われてる」
「「・・・は?」」
彼と声が被る。
学生の戦闘で、ましてや模擬戦で賭け事が行われるなんてあまりにも非常識すぎる。
いったい彼らは何を考えているのだろうか。
「おっと、そろそろ時間だな。行って来い天ヶ咲」
壁に備え付けられている時計を見てから、千慧さんは彼の背中を一回勢いよく叩いて彼を送り出した。
「さてと、それじゃあ・・・」
彼を送り出してから千慧さんは振り返る。
「私たちも観客席に行きましょうか」
そう言って席を立ってドアに向かおうとすると、千慧さんに呼び止められる。
「ああ、まった天蘭院」
「なんですか?」
「どうせなら、私たちもやってみよう」
そう言って千慧さんはコートの内側から小さな霊石を取り出す。
そこに霊力を籠めると小さなウインドウが現れ、そこには紅快天と彼の名前が書かれてあった。
「これは?」
「さっき言った賭けのだ。ここに自分の名前を書いて、賭金を設定して送れば登録される仕組みになってるんだ」
「な、それってつまり・・・」
私たちも賭けに参加すると言う事だ。
ウインドウを見ると現在来ている生徒の七割から八割が紅快天の勝ちに賭けている。
紅快天が勝てば自分が賭けた金額の二倍から三倍が手に入る。対して彼の場合、もし彼が勝つ方に賭けて彼が勝てば、十倍から十五倍になる。
普通に考えれば彼の方に賭けそうな気もするが、最低の賭金が少しばかり高い。
それに、勝つ確率で言えば他の人は紅快天の方が高いと思っているはずだ。だから必然的に、大穴を狙うより確実にお金が手に入る方に賭けているのだろう。
さらに今もなお参加人数が増えているということは、更に勝利した時の倍率が上がる。
「お前達もやってみないか」
千慧さんの誘いに加菜恵とオルスレッド君は自分の名前を入力し、賭金を設定してどちらに賭けますかという選択肢で―――二人は迷わず『天ヶ咲 桜華』の名前を押した。
「え・・・」
その行動に私は少し意表を突かれた。
もしかしたら二人は紅快天の方に賭けるだろう思っていた分、驚かされた。
「何そんなに驚いてるのよ綾香」
「え、だって今・・・天ヶ咲君の方に賭けたよね?」
「そうよ。それが何?」
加菜恵は当たり前のように言い返す。
オルスレッド君はともかく、さっき自分で彼を専属サポーターにしたいなんてどういう頭してるんだろう、って言っていたのに、さっきあっさり彼に賭けたのだ。
誰が見ても驚くはずだ。
「何、綾香。あんたまさか紅快天の方に賭けるなんて言わないわよね?」
その言葉は私を挑発しているのだと気が付いたが、少しイラッとして、半分ムキになって名前を入力し、賭金を設定して―――『天ヶ咲 桜華』の名前を押した。
「わ、綾香あんた。いったいどれだけあいつに賭ける気よ」
加菜恵は私が賭けた金額を見て身を見開いた。
「いいでしょ別に。私が誰にどれだけ賭けても」
自分でもやっていることに恥ずかしくなって顔を背けた。
その後は千慧さんに妙な事を言われながら、観客席に四人で向かった。
観客席に行くと、既に二人の戦闘が始まっていた。
迫りくる『火炎榴弾』を物凄い速さで避けていた―――というか、ほとんど目で捉えられないくらいに速かった。
素人目にはあまりの切り替えの速さに彼が何人にも見えているだろう。
「って、あれってもしかして神獣!?」
紅快天の方を見てみると肩に炎の鳥が乗っていた。
「そうらしいな。しかも不死鳥ときたか」
「ありゃ~。これ天ヶ咲の奴勝てるかな?」
いつの間にか食べ物を買って来ていた千慧さんと加菜恵が取っていた席に座る。
二人から目を逸らしフィールドを見ると今度は別の霊術が放たれていた。
「お、今度は『飛翔炎舞』か。こりゃ凄い数だな」
「うわ~、これちょっと・・・」
夥しい数の炎の鳥が彼に向かって飛翔していたが、それら全てを彼はまるで踊るかのように避けていた。
前後左右から遅い来る炎の鳥を避ける様はもう呆気にとられるのに十分だった。
「そう言えば、天ヶ咲の奴って・・・攻撃手段を持っているのか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
千慧さんの質問に加菜恵と目を合わす。
「そう言えばあいつが攻撃してるところ見たことないね」
「言われてみれば・・・」
今までの試験などの戦闘を思い返す。
彼はいつもオルスレッド君と組んでいるけれど、いつも後衛を勤めている。後衛と言っても、最初に補助・強化霊術を掛けて、後は後ろで指示を出しているだけだ。
前衛に、ましてや攻撃をしている所なんて見たことがない。
「おい。それは言い換えれば相手に勝つことが出来ないということだぞ」
「それってヤバくない?」
加菜恵は今フィールドで行われている試合へと視線を戻した。
「天ヶ咲君ならなんとかするよ。きっと・・・」
そう祈って彼を見る。
かれこれ五分ほど攻撃が続けられているが、一撃たりとも当たってはいなかった。それどころか属性外霊術で炎の鳥の支配権を奪い取りいつの間にか形勢が逆転していた。
いつの間にか自分の霊術の支配権を奪われていた紅快天は、周りを自分の霊術に囲まれて驚いていた。
「お、干渉霊術か。純粋な干渉霊術は最高クラスの霊術なんだがな」
「こうもあっさり使うところを見ると、ある意味嫉妬しちゃうかも」
「これで終わ・・・」
誰がどう見ても勝敗はついたと思ったが・・・、
『―――〈限界突破!〉』
手を上に翳し、フェニックスがその上で翼を大きくさせ、迫り来る炎の鳥を飲み込み大きな炎の雫へと変化する。
「なっ・・・『限界突破』だと!?」
千慧さんが勢いよく立ち上がる。その顔は驚愕していた。
「Aランク指定の霊術だぞ! どうしてルール違反の告知がされない!」
「元の神獣が子供と言う事でランクが落ちたと言う事かな?」
慌てる千慧さんお言い聞かせるように加菜恵が冷静に分析する。
確かにあの神獣は子供だったが、Aランクと決まっている霊術を使って告知されていないのは少し気になる。
結局告知がされないまま霊術が発動する。
「『炎の爆矢』?! いけないっ! 最低でも水属性が使えないないとあれは防げ・・・!?」
あまりの事に腰を浮かしてしまう。
翼を一振りしてフェニックスが無数の『炎の爆矢』を彼に向かって放つ。
『避けて!』そう言おうとしたけれど、彼の方を見た瞬間に背中に走るもの感じた。
彼の気配が、彼が放つ殺気が―――変わっていた。
いつもの彼の気配を例えると『無関心』、『無表情』、『無感情』といったものだ。殺気は例えるのなら冷たい水、または氷だ。
その冷え切った殺気は依然の私の母の様だった。
しかし、今の彼は今までと全然違った。
気配に関してはここからでもわかるくらいに『感情』が表に出ているし、殺気にいたっては氷なんてものじゃない。
もっと、底の見えない―――一言で言えば『闇』だ。
暗く、光の届かない、何もかもを飲み込に、恐怖を与える『闇』
それを感じて私は言葉を失った。
人はいったいどうすればあのような殺気が放てるのか、怖くて仕方なかった。あれではまるで・・・。
―――ズキッ
「っ・・・」
何かを思い出そうとした時、急に頭痛がした。まるで、思い出すことを拒むかのような―――いや、拒まれるような頭痛だった。
頭を振ってフィールドを見ると驚くことが起きていた。
「え・・・嘘。なんで・・・なんで天ヶ咲君が『氷属性』を使えるの!?」
そこには―――右手に銃を持って迫り来る『炎の爆矢』に向かって『氷の凍矢』を撃っている彼の姿があった。
「あれが・・・天ヶ咲の戦闘スタイルか」
「銃使い・・・え、嘘!」
隣で加菜恵が更に驚きの声をあげる。それもそのはず。なぜなら・・・。
彼は開いている左手でもう一丁同じ銃を取り出したのだ。
しかもその銃から放たれたのは『水冷榴弾』だった。
『水冷榴弾』は『炎の爆矢』に当たると急激に熱せられ、水蒸気へと変化する。そして、たちまちフィールドが水蒸気で満たされ、なにも見えなくなった。
右手を胸のところまで持って来て強く握っていた。
高鳴る鼓動をどうにか抑え、霧が晴れるのを今か今かと待つ。
フェニックスが小さく鳴く声が聞こえた。
そして、だんだんと霧が晴れ、そこに見えたのは・・・。
紅快天の後ろから頭に向けて銃を付けつけている彼の姿だった。
直後、試合終了のブザーが鳴り響き、鼓膜が破れるかと思うような大歓声が起こった。
「ふぅ~。なんとか勝てた・・・ってところか」
千慧さんは心臓に悪いとぼやいていた。
加菜恵は賭けで手に入ったお金を早速自分の元へと送っていた。
「・・・千慧さん」
「ああ。少しばかり気になることが多すぎるな。もう一度控室に行くか」
そう言って席を立ってあることに気が付いた。
「あれ、そう言えばオルスレッド君は?」
ここに来るときは一緒にいたはずのオルスレッド君の姿が見当たらなかった。
というか、試合中見ていなかった。
「さあ? あいつのことだ。もう天ヶ咲のところの行っているかもしれん」
いまだに作業をしている加菜恵の服を引っ張り控室へと戻って行った。
来週は更新できないので、
今回は特別に更新しました。
といっても、読んでわかったと思いますけど
今回は「天蘭院 綾香」視点で書きました。
なんか、
これは書いておいた方がいいな~
と思ったので・・・。
(あとあと重要なことをいくつか書いたので気づく人がいるかな?)
それでは
次話も楽しみにしていてください




