第十七話「終わりを告げる者」
「終わったかな?」
笑い声で契約が終わったことがわかったらしい。
「終わったよ、お父さん」
椅子の後ろにいたお父さんは立ち上がり座り直す。
僕たちの顔が真っ赤なことはこの際無視してくれたが、顔が少しにやけていた。
「それで、お前たちの契約はどんな形になったのだ? 見せてくれるか」
「どんな・・・形?」
「先ほどの石だ。握った時に二人に相応しい形になったはずだ」
そういえば何か握っているなと思い、手の中にあったものを見せる。
僕が持っていたのはネックレスでユエラが持っていたのはイヤリングだった。
「ほお、これは珍しい」
しげしげと眺めながらお父さんは呟く。
銀色の輝きを放つネックレスと、藍色の不思議な輝きを放つ二つのイヤリング。なんだか微妙に形が似ているような気がする。
「・・・綺麗」
ユエラはイヤリングを大事そうに両手ですくう様に持って眺める。
「珍しいって、どういうこと?」
「普通なら指輪。もしくはブレスレットになるそうだ。だが、今回はそのどちらでもない」
服の内側から手帳のような物を出して詳細を書き込んでいく。
こんな時でも仕事熱心なんだ。
「それだけ二人の思いが強かったってことだろう。それより早く付けてみろ。ユエラ、悪いが桜華の霊心を見ていてくれないか」
「? ・・・はい」
何が起きるのか気になったがとりあえず付けてみる。
すると、ネックレスが輝きだし身体全体が光に包まれた。
「な、なにこれ?!」
「落ち着け。害はないはずだ」
はず、って。
そんな曖昧なこと言わないで欲しい。
しかたなく大人しくしていると光はだんだんとネックレスを中心に小さくなっていった。
これといって変化はないような気がしたが、ユエラの顔は驚いていた。
「どうだユエラ。視えるか?」
「嘘・・・。霊心が、殻に包まれてる」
「・・・え?」
一瞬ユエラの言葉を疑った。今なんて言った?
僕の霊心が殻に包まれているだって?
そんなはずは・・・。
「上手くいったようだな」
「お父さん・・・どういうこと」
「あの石に少し細工を施していたんだ。お前がもし誰かと契約するのならば必要になるかと思ってな。そのネックレスをしている間は常にお前の霊心は核に包まれる。といっても疑似的な物だがな」
上手く事がいったのを確認してお父さんは安堵の溜息をする。
そう言う事は早くに言って欲しかった。
「ユエラもつけてみるといい。耳に穴を開ける必要がない造りのはずだ。というか、耳に当てるだけでベストな位置で浮かぶはずだ」
「こう、ですか?」
片方を右耳に近づけると、まるで磁石に引かれるように手から離れ耳元で浮いていた。それに呼応するかのようにもう片方も左耳に吸い寄せられる。
イヤリングからはそれぞれ片方の先が長くなっているひし形のような水晶が三つ付いていて、碧色に薄く輝いている。
そして左右のイヤリングと僕のネックレスが輝き、光の線が繋がった。
その光はやがて見えなくなる。
「今のは、いったい」
「二人が契約により繋がった合図みたいなものだ。これで桜華の黎明力は優先的にユエラに流れ込む。さらにはお互いの位置を離れていても確認出来るだろう」
目を瞑ってユエラの事を考えると、糸で引っ張られるような感覚がした。どうやらユエラも同じような感覚がしたらしい。
「なんか、不思議な感じだね」
「そうだね」
それからはお父さんから検査を受けた。というか、あれはもう調査だった。しばらく僕たちはお父さんの興味対象となった。
それから今出来る簡単な検査を行い、当たり障りのない話をしていると扉を叩く音がした。
「二人とも、ご飯が出来ました・・・あら?」
「あ、お母さん」
部屋に入ってすぐお母さんは立ち止まり僕の少し横に視線を向け、驚きの表情を作るがしだいに笑顔になっていく。
「あら、あらあら。可愛いお客さんじゃない。いつ来ていたの?」
お母さんは両手を合わせて微笑む。
というか、今なんて言った? 可愛いお客さん? もしかして、ユエラのことかな。
ユエラが見えてる!?
「ちょっとお母さん。ユエラが見えてるの!?」
ん?
なんだかこんな事を前にも言ったような気がする。まあ、いっか。
「ユエラちゃん、ね。可愛いお名前ね」
「お、お邪魔してます」
「ふふ、礼儀正しい子ね」
そう言ってお父さんの隣に腰を下ろす。
「この子があなたの言っていた五人目の子ね。あら、この気配は・・・」
「そうだ。ここ最近、桜華と一緒にいた霊だ。以前話した通りになったからあの石を使って契約をした」
「でもいくら契約をしたからってすぐには体が構築されるわけじゃないんでしょ?」
「恐らく霊体の密度を上げているのだろう。だがおそらくまだお前では触れることは出来ないだろう」
「そうなの? ユエラちゃん。手を出して」
「は、はい」
お母さんが手を差し出しその手を握る様にユエラが手を出すが、お互いの手が触れることはなかった。
「あら残念。早くユエラちゃんに触れたいわ」
お母さん。それ以前にいろいろと気になる所があるでしょ。
例えば、いつから一緒にいたのかとか。どうして契約したばかりなのに霊力を持たないお母さんが見えるようになったのかとか。
でもお母さんは気にした様子が全くなかった。
これが僕のお母さんなのだが、全く追求して来ないというのはちょっと不安になる。
「桜華のお母さんって、なんか変わってるね」
「お父さんもよく言ってる。お母さんはときどきちょっと抜ける所があるって」
自分の親ながらちょっと心配してしまった。
「よし。いっそのことユエラをうちの子にするか」
「あら。いいわねそれ」
「ちょっと二人とも!?」
なんだかいきなりとんでもない話をし始めた。
「そうと決まったら早速始めましょうか。今日は桜華の誕生日だし、ついでにユエラちゃんが私たちの家族になったお祝いもしましょう」
口を挟む暇もなく話が勝手に進んでいった。
その後はされるがまま食堂へと連れて行かれ、食堂に入るとテーブルの上には多種多様の料理が、デザートが置かれていた。
「さあさあ、二人とも。席に着いて。始めましょう」
こういう時にだけ押しの強いお母さんに押されながらも、楽しい誕生会&ユエラが新しい家族になったお祝いが行われた。
いつもとは違って一人増えただけで場の空気は大きく変わった。いつも無表情なお父さんがいつもより笑っていたし、お母さんなんかジュースで酔っていた。
ユエラは何故か涙を流していたけれど・・・楽しそうに、嬉しそうにその顔は笑っていた。
◇
月日は流れて・・・あれから三年が経った。
相も変わらずそこら中で蝉が鳴き、また蒸し暑い季節がやって来た。今日は僕の家がある山を下りた所にある町―――アクティナへと一人で来ていた。
この季節になると他の町からいろいろな商人達がやって来て結構賑わう。戀国の人じゃない人も集まるので、町は一種のお祭り騒ぎだ。時間は昼ごろなのでどこの店も張り切っているらしく、客引きの声や楽しそうな声があちこちから聞こえてくる。
「あら、天ヶ咲さんとこの坊やじゃないか。今日は一人かい?」
人込みの中を歩いていると不意に声を掛けられ振り返れば、知っている人が手を振っていた。
「釘宮のおばちゃん。体の調子はもういいの?」
「ああ、もうばっちしさ。隆二さんに礼を言っておいてくれよ」
「りょうか~い」
このおばちゃんは定食屋を家族みんなでやっていて、この辺じゃ結構有名なお店だ。
最近体調を崩したと聞いたがもう大丈夫のようだ。僕としてもここにはそれなりに家族と一緒に来るので元気になってくれたのはありがたい。
「それで、今日はどうしたんだい一人で。確か今日は坊やとユエラちゃんの誕生日だろ? 家にいなくていいのかい」
「あはははは、いろいろあってね」
言葉を濁す。どうしよう、この町の人ってそれなりに僕の家のこと知っているからいつもと違う事があるとわかってしまう。
ちなみにユエラの誕生日が僕と同じ、八月二十一日なのは四年前に契約した日を親が誕生日にして書類を出したからだ。よくもまあ霊であることがバレなかったものだ。
「どうせまた隆二さんが呼び出されて、夕方からになったんでしょ」
やはり僕たちの家の事を知っているだけはある。鋭い。
「坊やは今日何しに来たんだい? こんなところで遊んでいる暇があったら、ユエラちゃんに可愛いプレゼントでも買ってやったらどうだい」
おばちゃんが笑いながら頭をワシワシを掻く。そろそろ六十歳のはずなのに無駄に元気だなこの人。
「い、今から買いに行くんだよ。マリーさんに先月から依頼して、さっき完成したって連絡が来たから取りに行く最中なの」
「よくマリーが受け入れたね。しかも先月からって・・・」
よほどマリーさんが僕の依頼を受け入れたのが不思議なのだろう。
それもそのはず。あの人は極度のめんどくさがり屋で、自分の店を月数回しか開けないくらいだからな。
マリーさんとは、雑貨店を経営している女性で容姿は良いのだが性格が結構捻くれている。客が商品を求めても『お前には売れん』と、言うくらいだからな。
雑貨店といってもその大半はアクセサリーだらけだ。そっち方面の専門店にしろよと思うのだが、本人は全く変える気はないらしい。折角、細工師の一級資格まで持っているというのにこれでは宝の持ち腐れだな。
でもその代わり腕は一流だ。
そんな人に依頼を受けて貰えた条件は・・・なんと酒だ。
根っからの酒好きで、お父さんがなかなか世に出回らない酒を譲るといったら即行でOKしてくれた。現金な人だな。
「マリーが適当な物は作ることはないから、ユエラちゃんきっと喜ぶだろうな」
ちゃっかり信頼されている所もまた不思議なのだが。
その後はおばちゃんに挨拶をしてマリーさんの店へと向かい、頼んでいた物をもらった。また機会があれば酒で受けてくれるらしい。体には気を付けろよ。
そんなこんなでお目当ての物を手に入れた僕は家へと帰ることにした。
桜華がマリーさんの店を出た頃。中庭ではユエラとリルが膨れっ面で座っていた。
「も~、桜華ってば。黙って町に行っちゃうんだから」
「ウァフ」
「リルもそう思うよね」
桜華が町に出かけたと知ったのはお義母さんに桜華がどこにいるか聞いた時だ。私も行くと言ったけれど、なぜかお義父さんが帰って来て桜華が帰って来るのを待ちなさいと言われてしまった。
「早く帰って来ないかな・・・桜華」
「クゥ~ン」
リルの喉をコロコロ撫でると気持ちよさそうにリルは鳴く。あれから四年経ったので結構大きくなっているが、まだまだ子狼だ。
しばらくそうしていると突然リルが起き上がり、唸り始める。
「グルルル」
「どうしたの、リ・・・ッ!?」
急に背筋に強烈な悪寒が走り振り返ると、そこには巫女装束のような服を着た女性が立っていた。
「お義父さんのお客、さん・・・?」
隆二が連れて来た人がユエラを睨みつけるような目で見ていた。そして、少しずつ近づいてくる。
なぜか本能が今すぐここらか離れろ、逃げろと警告している。でも足が言う事を聞かず固まってしまっていた。
「この気配・・・お前、霊ね」
「ッ!!」
次の瞬間。
殺気に似たものを感じてリルを抱えて後方へと大きくジャンプする。先ほどまで立っていた場所を中心に草木や咳石、地面が何か鋭いものに引き裂かれる。
霊術!
リルを抱えたまま今度は左に避けると、後ろにあった木が真っ二つに切断される。
「ちょっと。いきなり霊術を人に向けて放つなんてどういう事!? しかも鎌鼬なんて、殺す気?!」
「・・・心外だな。私は人に向けては術を放っておらんよ。ただ、霊に向けては放っているがね」
「まさか・・・」
「上一級祓魔師および悪魔祓い師の権限を発動。エクソシストの名においてこれより、ただちに霊を排除する」
そういって彼女は霊術を発動し、ユエラはレイピアと短剣を具現化した。
アクティナから家までの山道を、マリーさんが作ってくれたプレゼントを抱えて急いで家に帰っていた。
思っていたより時間が掛かってしまい、ユエラが怒っているだろうなと思うと、ちょっと悪いことをしてしまった。
「でも、おかげでいいのが手に入った」
ユエラに用意したプレゼントは、中に写真が入れることが出来るロケット式のペンダントだ。以前大事そうに写真を持っていたのを見かけたので、これにすることにした。
「早く戻らない・・・」
―――ドォン
走る速度を速めようとした時、爆発のような音が辺りに響き渡り、地面が唸りを上げて揺れ出した。
「な、いったいなにが・・・っ!?」
音のした方を見ると、ちょうど僕の家がある辺りから火柱が天へと向かって立っていた。
しかも続いて二本目、三本目が立つ。
「あれは・・・もしかして、ユエラの『獄炎柱』?!」
一度だけ見たことがあるユエラの霊術。嫌な思いが体中を駆け巡り、霊術で身体を強化して家へと急いで戻る。
家に着くと、焦げた臭いが辺りに漂っていた。
玄関を潜ると同時にお父さん達が出てきた。
「お父さん、さっきのは何!」
「わからん。とりあえずユエラを探してくれ」
目を閉じてユエラの事を考えると、何かに引かれるような感覚がする。ただその感覚がいつもより弱いような気がした。
急いでユエラがいる場所に向かう。
中庭にいることはわかっていたから外から回り込む。
そして、目の前に信じがたい光景が映し出された。
「・・・あ、かは・・・ぐっ」
服の至る所が擦り切れ、腕や脚から血が出て苦悩の声を出すユエラ。その傍に倒れているリル。
そして、ユエラの首を片手で絞めて持ち上げている女の人。
「ユエ、ラ・・・?」
「桜華・・・あっ、逃げ・・・てっ」
「・・・っ! ユエラを放せよ!」
「・・・・・・」
無言で僕を見つめた女性は、視線を戻し霊力を高めた。
「・・・くっ!」
―――ドンッ
二人の間にユエラが小さな爆発が発生し、爆風によりユエラは後ろに吹き飛ばされる。
「ユエラ!」
「おう、か・・・」
傍に駆け寄りながら差し出された手を握ろうとしたそのとき、
「・・・滅」
煙の中より響く、無慈悲な声。
そして、
僕の手は空を切り・・・ユエラの手を握ることはなかった。
・・・・・・。
ユエラファンの皆さん、真に申し訳ありません。
こんな話にしてしまって申し訳ない限りです。
でも、これからも見ていってください。




